やじさんの日記帳 2003年8月
デジカメが3台も 2003,8,31
今日で8月も終わりか。早いなあ。
7時半のゆっくりの起床。8時ころトーストで朝食。

父に頼まれてデジカメのドライバーをインストール。
父はまた新しいデジカメを買ってきた。たしか1ヶ月くらい前に買ったばかりなのに。
しかし今回のは拡張性があり、フィルターやコンバーターレンズも装着できる。
おかげで父のお下がりのデジカメが僕の手元に3台になったよ。

午前中、昨日父が買ってきた去年の富士総合火力演習のビデオを見ていた。
これも毎年手に入る。僕が毎年入場券を確保する限り。

そういえば昨日の演習はニュースで見かけたが
あの事故に関する報道が一切耳に入らない。
まさか報道管制をしいているとは思いたくないが。

1時間半ほどで3億円以上もの弾薬を使った報道されていた。
でも隊員に聞いたところによると、迫撃砲の弾は演習では10年以上前の、
使用期限の切れた弾薬を使用しているため、不発弾もけっこうあると言う。

その後、荒れ果てた車の中を整理&清掃。
やっとまともに乗れるようになったよ。

一度家に戻り北海道や演習の画像の整理&HPにアップ。
高画質で撮った画像は一度編集して画質を落とさないとアップできない。
これが意外と手間がかかる。一括してできれば楽なんだが、そんなソフトないかな。
結局夕方までかかってしまった。

それにしても暑い。北海道から一気に帰ってきたからな。
もうエアコン無しではいられない。夜も付けっぱなし。

そろそろ出発の準備をしないとな。またあの灼熱を味わいに。

ミスターも見学 2003,8,30
今日は陸上自衛隊最大規模の実弾演習、富士総合火力演習の日だ。
すでに10年以上まえから欠かさずこの演習を見学している。
どんあことがあってもこれだけは見なければならない。

5時半前、今日もアラームが鳴る直前に目が覚めた。
そして朝食を食べて早速準備開始。車庫に下り、今日使うバイクを引っ張り出した。

アフリカツインはこの前エンジンをかけたしセルも付いているので簡単だ。
問題はXLRだ。コイツはしばらく乗ってなかったし、もともとエンジンのかかりが悪いのだ。
30回ほどキックしてもかからないのでしばらく放置することにした。
集合&出発時間は7時だから余裕だ。と思ったら山梨の友人がもう来たよ。

XLRの元のオーナーは彼なのでエンジンの始動は任せることにした。
6時50分になったので、裾野駅で待ち合わせている友人を迎えに行った。
元同僚と、米原で出会ったKPさんとその友人、合計5人で演習場に向かった。

そして8時前には到着。前方の花道の横の場所を確保しようとしたが
場内の整理をしている隊員が、右の前方に空きがあるのでそこへ行けと言う。
いやだ!ここがいい!。席を立ち、しばらくその空白域が埋まるのを待った。
そのうちその隊員がいなくなったので、ベストポジションを確保した。

開始までのしばらくの時間は大型スクリーンでのビデオ放送と
音楽隊による演奏。退屈することはない。天気も曇っていてちょうどいい。
開始10分前くらいになるとVIPが入場してくる。

なにやら後方が騒がしくなったので、振り返ると思わず目を疑った。
黄色い派手なスーツを着た人は、日本人なら誰でも知っている”ミスター”長嶋茂雄氏だ。
他にもツンクや大村崑もいるじゃないか。
防衛庁長官よりよっぽど有名人だ。こんな人も見学にくるんだなあ。

演習内容は毎年少しづつ違うが大筋は同じ。新しい兵器が登場することもある。
それにしても90式戦車の120ミリ滑腔砲は、筆舌に難い凄まじさだ。
これほどの音と衝撃波を全身で味わえるのは、おそらくここだけだろう。

前段演習では雲が低く、空挺部隊のパラシュート降下は延期となったが
後段の途中で状況を中断し、上空1500メートルからの降下が始まった。
通常は3000メートルの上空から行われるが、今日は雲が低いため低空からの降下となった。

空挺部隊がヘリから飛び降りた瞬間にパラシュートが開いた。
しかしその中の1人だけはパラシュートが半分くらいしか開かずかなりの速度で地上に降下した。
そのほかにも全く開かず落下した物があったが、あれは何だったんだろう。
その隊員が捨てた装備品だったんだろうか。そうならばいいが。
やはり1500メートルでは無理があったのか。

場内アナウンスでは12人全員が無事降下したと言っていたが、これじゃ大本営発表だ。

そして場内が騒然となった。落下(着地)地点には数台の救急車が駆けつけていた。
その後どうなったのかは知る術もなかった。

予定より13分ほど遅れて演習は終了した。なんとも後味の悪い感じだ。

演習終了後、VIP達はすぐに会場を後にしたが、大村崑はスタンドで弁当を食べていた。
今の若い人は知っている人も少ないだろうな。少しの寂しさを感じた。

家に戻り、北海道ですっかり虫だらけになった車を洗車することにした。
しかしこびり付いた虫はなかなか取れない。
水をかけてふやかした後、爪で擦り取るしかなかった。
1時間半ほどかけて何とかきれいになった。

今度は夜の花火大会だ。コンビニで食料を買って沼津の会場に向かった。
打上開始は7時半から。5時前に到着したので駐車スペースは十分。場所も確保。
6時過ぎにはKPさんも到着。そういえば花火は久しぶりだな。
今シーズンはこれが最後になるかもしれない。

大玉中心のこの大会。八重芯の変化菊も多数見ることができた。
これだけ八重芯がたくさん見られる大会も珍しいな。
8時半には終了したが、周辺道路は大渋滞。東側には出られずに仕方なく家とは反対方向に。
しばらく走り、片浜まできてようやく右折できた。
そして9時過ぎには家に到着した。

明日は天気が悪そうだから、車の中を掃除しようかな。

無事帰還 2003,8,29
-----昨日は早めにアップしてしまったので続きです-----

苫小牧港を出航してしばらくすろと動揺が大きくなった。
フィンスタビライザーを装備してしているだろうがそれでも横揺れが大きい。
外の見える窓に行くと。海水か雨水かわからないが窓に叩きつけている。
けっこう時化ているようだ。まっすぐ歩くのにも苦労する。
中には口を押さえて廊下を歩いていく人の姿も・・・。

そろそろお風呂に入ろうかな。温泉じゃないけどまあいいや。
放送では大浴場といっていたが実際はどうなんだろう。
早速行ってみると更衣しつは大きく、ドライヤーも2基設置されていた。
浴室に行くと、洗い場が15くらい。浴槽も4つに仕切られ泡風呂もあった。
船にしてはかなりいいレベルだ。大浴場として認めよう。

体を洗った後浴槽に入ると波立っている。
揺れる度にお湯が左右へと移動している。それにつられるように僕もふらふら。
これじゃお風呂も大時化だ。でもけっこうおもしろかった。
お風呂から上がり、設置してあったドライヤーで髪を乾かそうとしたが
このドライヤーパワー不足だ。仕方なく自分の持ってきたドライヤーを使った。

その後、まだ10時だかみんな寝静まったので僕も寝ることにした。

28日の走行距離196キロ4653
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朝5時過ぎ目が覚めた。しかし室内は消灯されているので真っ暗。
再び7時前に目が覚めたので、歯磨きと洗面、そしてコーヒーを飲んだ。
パンを食べた後、外を見に行くと青空が広がっていた。
気がつくと揺れもほとんどなかった。

その後もすることがないのでベッドでうとうと。
気がつくともう12時だ。寝すぎてなんか調子がおかしくボケている。
そして1時過ぎには接岸が近付き、荷物をまとめて車両甲板に下りた。
しかしなかなか動き出さず、40分以上車で待っていた。
地上に下りたのは13時51分だった。

それにしても何なんだ、この暑さ。まるでサウナに入っているようだ。
しばらく北海道で涼しさに慣れてしまったのでこの暑さは堪えるな。
大洗からはしばらく国道51号線を南下。潮来インターから高速に乗った。
最初のパーキングエリアに止まりアイスを食べた。
それだけでは足りず、次のパーキングにも止まりまたアイスを買った。

その後湾岸線までは順調に進んだが、レインボーブリッジのランプで突然渋滞。
多分浜崎橋のジャンクションか環状線が渋滞の先頭だろう。
はるか先まで車の列が見える。それも時折動く程度。
結局この渋滞を抜けるのに1時間10分ほどかかってしまった。

谷町からは渋滞もなく順調。御殿場インターで下り、
久しぶりに農免道路を通って家に戻った。
これで今回の北海道の旅も終わりを告げた。

それにしてもいろんなことがあったなあ。入院のおまけも付いて。
石垣で出会った人たちが、あんなにたくさん北海道にいるなんてびっくりしたよ。
お盆開けの北海道も初めてだったけど、意外にライダーが多かったな。

またいつか、こんな夢のような旅をすることができるだろうか。


本日の走行距離264キロ トータル4653キロでした。
使用した燃料:371.65リットル。燃費:12.5/函’確疎紂39,782円
温泉代:5,840円これは意外にかかったな。おまけの入院費(3割)59,490円でした。

さようなら北海道 2003,8,28
昨日の午後10時ころ、車の周りがなんだか騒がしい。
多くの人が車から降りて空を見上げている。んんっ、なんだ?

僕も車から降りて空を見上げると、南東側の空にオレンジ色に輝く明るい星。
あっ、火星だ。いつのまに雲が晴れたんだろう。本当に明るいな。
双眼鏡を持ちだして覗いてみたが、ブレてしまって見ていられない。
今日が大接近の日。見ることができてよかった。

朝目が覚めたのが6時前だった。今日は北海道最後の日だ。
いつものようにコーヒーを飲みながら朝食。
7時過ぎに道の駅を出て支こつ湖方面に向かった。

道道16号を登り湖畔に出て、ダートを抜けて8時過ぎ樽前山登山口に到着。
でも山は霧で全然見えない。でも時折霧が晴れて外輪山?が見える。
どうしようかなあ。これじゃ登っても仕方ないかな。
しばらくシートを倒して休みながら考えた。

すると数台の車が来て登山の準備を始めた。
それじゃ僕も登ろうかな。もしかしたら霧が晴れるかもしれない。
もしダメだったら外輪山まで行って戻ってこよう。
靴の紐を締め直し、登山名簿に記入して早速登山開始。

木でできた階段は段差が大きく登りづらい。
最初は林間のコース。そしてすぐに展望台に出た。
一瞬霧が晴れ、支こつ湖の湖面が見えた。晴れていたらきれいだろうなあ。

そこからしばらく木の階段が延々と続く。傾斜が急なのですぐに息が切れる。
それでもハイペースで登っていき、後からだれも追いついてこない。
こういう単調な登山は苦手だな。だから富士山も登ったことがない。

そして森林がなくなり風をもろに受けるようになった。寒い。
ついに木の階段もなくなり非常に歩きにくくなった。
視界がほとんどない中横風を受けると耳が痛くなる。
スキー場でよく感じるあの痛さだ。それに霧で髪の毛がびっしょりだ。
まいったなあ。帰ろうか。でも後から登ってくる人とすれ違うと恥ずかしいな。
頭にタオルを巻き付けると少し楽になった。

所々立ち止まり、息を整えてまた登る。小又で少しづつ登っていく。
霧が濃く、どこが頂上なのかも全くわからない。
時計を見てだいたいの目処をつけて登る。
外輪山まで45分と書いてあったかから、僕のペースなら35分くらいか。

登り始めてから30分。それじゃもう少しだ。
すると突然砂の壁が消え、目の前が真っ白になった。
おおっ、やっと来たか。そこには樽前山と掘られた丸太が立っていた。
所用時間33分。晴れていればもっと早く登れただろうな。

三脚を取り出して記念写真を取った。本当はマニュアルで撮りたかったのだが
なぜかマニュアルだとセルフタイマーが使えない。
後続の人を待っていたが一向に来ないので諦めて下山開始。
晴れていれば目の前に火山ドームと後には支こつ湖が見えるんだろうな。
まあ次のための楽しみにとっておくことにしよう。

しばらく下ると数人の登山者とすれ違った。
「こんにちは」と挨拶すると「オハヨウゴザイマス」と答えが返ってきた。
あれっ、普通山だと朝でも”こんにちは”って言うんだけどな。
よく見ると外国の人だった。霧で直前までわからなかったよ。

往復1時間10分ほどで到着。車に戻り休憩もとらずに移動開始。
札幌の友達のところへ行ってみよう。入院していてアイヌモシリに行けなかったからな。
真駒内まで来て電話すると、明後日上京するので準備が忙しいという。
それじゃ戻るか。羊ヶ丘を経由してR362出て苫小牧に向かった。

途中ウトナイ湖を見て駐車場で休憩。
しばらくすとSさんからメールが来たので街に向かった。
Sさんの家はわかりづらく迷ってしまったので迎えに来てもらった。
Sさんの飼っている猫は今日は機嫌が悪く、手を引っ掻かれてしまった。
そしてNさんも到着したので3人で郊外のラーメンの店に向かった。

僕は地元では運転はかなり早い方だがこっちの人は雨でもめちゃくちゃ早い。
ついて行くのがやっとだよ。北海道人は侮れない。
そして名前は忘れてしまったけどすごくおしゃれなラーメン屋さんに到着。
チャーシュー味噌カレーラーメンをごちそうになってしまった。
カレーラーメンは初めてだったけど美味しかった。
みんなと食べる食事もこれが最後だと思うと少し寂しくなった。

いつのまにか雨が強くなってきた。涙雨かな。
3台車を連ねて苫小牧港に向かった。
港に向かう車の中では寂しくてくて涙が出そうだった。
北海道での風景がいろいろ頭に浮かんできた。
秘境の温泉やトロッコ、そして入院していた時のこと。
別れはやっぱり寂しいけど、それ以上に楽しい思い出ができたよ。
いままで北海道に来た中で、最高の旅になったよ。

15分ほどで苫小牧港に到着。乗船手続きを済ませた。
そして3人で送迎デッキに上がり、船を眺めていた。
NさんとSさんがお土産をくれた。

出会いがあれば別れもある。そしてまた新しい出会いもある。
わかっているんだけど、別れはやっぱり寂しい。

乗船開始のアナウンスが入った。
これでしばらくお別れだな。でもきっとどこかで再会できるよ。
車に乗りこみ涙をこらえて手を振った。また来るからね。

18時45分、定刻に出航。船を降りるときはもう茨城だ。

またまた再会・温泉三昧 2003,8,27
5時半、目が覚めると窓の内側が曇っていて外が見えないほどだ。
気温が下がったのかな。外に出ると霧雨が降っていた。
2度寝すると調子が悪くなりそうなので出発の準備開始。

コーヒーを沸かし朝食を食べた。そして6時半前道の駅を出た。
R244を南下し越川温泉を目指す。しかしいつのまにか根北峠を通過。
全然気がつかなかったな。どこにあったんだろう。
かなり通り過ぎてしまったので先に進むことにした。

峠を下り、今度は川北温泉だ。
橋を渡ったところで右折してダートに入った。
比較的走りやすいダートで5キロほど先に分岐がある。
川北温泉100メートルの古い看板があり、そこを曲がると今度は新しい200メートルの看板。
このあたりの空間は歪んでいるのだろうか。
実際には200メートルほどあった。

まだ8時前だ。誰もいないだろうと思ったらレンタカーが1台止まっていた。
聞いてみると神奈川から女満別に来て、温泉巡りのために車を借りたという。
たしかにバスや列車じゃ来られないもんな。
さっき通り過ぎてしまった越川温泉も、地元の人に聞きながら何とかたどりついたという。
かなりわかりにくい場所だったらしい。

いつのまにか空に雲はなくなり、澄んだ空気、青い空、鮮やかな緑、まぶしい日ざし。
最高の天気だよ。アブも1匹もいないし。
美しい景色を見ながら温泉に浸かった。温度ももぬるめでちょうどよかった。
女湯の方はこっちとは泉質が違うらしいので入ってみたかったが
誰か来ると困るので遠慮しておいた。

今日は長距離の移動なのであまりゆっくりもしていられない。
温まったところで温泉を後にし、開陽台に向かった。
開陽台には米原で出会ったWNさんがいるらしい。早く行かないと撤収してしまう。
WNさんは携帯を持っていないので、まだいるという確証はないんだけど。

車を飛ばして8時半過ぎ、開陽台に到着。駐車場に入った。
すると見たことのある顔が。クラクションを鳴らすと目が合った。WNさんだ。
うわーっ、久しぶりだなあ。車から降りて思わずハイタッチ。
まだ3ヶ月しか経っていないけど、あのころと変わっていなくて安心したよ。
WNさんも明後日帰るという。北海道で再会できてよかった。
そして記念写真を撮った。

WNさんも積みこみを終え出発するというので握手をして別れた。
それじゃ、またどこかで。

僕も先に進むことにした。
以前入れなかった、からまつの湯に向かった。
養老牛温泉からダートを5分くらい走って到着。車1台とバイクが4台止まっていた。

今日もちょっと混んでるな。少し待たないとダメかな。
とりあえずタオルを持って中に入った。
まだなんとか一人分のスペースがあったので服を脱いで湯舟に向かった。
足を洗っていると地元の人が入っていて、「○○と体を流してから入ってね」
お湯は無色透明、水着もタオルも禁止なので昼間は女性は難しいかもしれない。

お湯の温度もちょうどよく、他の人達と話しながらゆったりと浸かった。
ここはアブが多く、注意しないと刺されてしまう。3箇所も刺された人もいた。
温まったのでお湯から上がり、汗が引くのを待って服を着た。

車を出しダートを先に進み、道道に出た。
んんっ、ここから裏摩周まで近いな。行ってみるか。
車を飛ばし、摩周湖方面を見ると山の上に雲がかかっている。
あのくらいなら見えるかな。駐車場に着くと僅かに霧がかかっていた。
展望台に登ると湖面ははっきりと見ることができた。
そして周りの山には霧がかかって幻想的な風景だった。
ゆっくり見ていたかったが観光バスが3台も来たので帰ることにした。

さて先に進むか。虹別に出て標茶に向かい、そこから西進。
牧場の中の快適な道を飛ばす。途中鶴居キャンプ場を偵察。
居心地のよさそうなキャンプ場だな。ここに来たら長居しそうだよ。
この時間ではみんな出掛けているのか人影は少なかった。

そこから北上し、ダートを抜けて阿寒湖に出た。
そして足寄峠を越えて一気に進もうかと思ったが、オンネトーに寄ってみることにした。
するとまた温泉に入りたくなった。

駐車場に車を止め歩くこと約15分。湯の滝が現れた。
右側の滝の途中に湯舟があり、さっそく入ろうとしたが女性キャラリーが数人。
温泉に入らないなら登ってこなければいいのに。
しかし待っていても帰らないので他の人と一緒に温泉に入った。
お湯はぬるくて僕にはちょうどよかった。
しばらく浸かったあと車に戻った。

そこからはひたすら苫小牧を目指す。
足寄から上士幌。航空公園キャンプ場に寄ってみたがバイクが4台だけ。
そして狩勝峠を越え、トマムを経由して占冠に出た。ニニウ方面は未だ通行止め。
ガソリンを入れようと思ったが手持ちの現金が少ししかない。
金融機関はあるかな、と思ったら目の前に信用金庫が。
でも時刻は16時59分。あと1分だ。急いで車を止めCD機に急いだ。
現金を引きだし外に出ると、同報無線のチャイムがなった。ギリギリセーフ。

その後、樹海ロードを西進。薄暗くなってきた。
そろそろ温泉に行こうかな。近くに夕張の温泉があったので早速向かった。
ここは露天風呂もあり、内湯も2つの温度があり快適。
すっかり温まったのでアイスを食べた。

温泉を後にしコンビニ寄ってまたアイスを買って食べた。
R274を走っていると突然レーダーの警報が鳴った。
なんでこんな所で?
ふと左側をみると白いワンボックス。移動オービスだ。
赤い光が少し見えたがあれはライトの反射かもしれない。
まあ考えても仕方ない。出たとこ勝負だ。

そして道の駅マオイの丘公園に到着。今日はここで泊ろう。
今夜は北海道最後の夜。少し曇っていて星はよく見えない。
後で火星が見えるようになるかな。

まだあと少し時間があるから楽しんで帰ろう。

本日の走行距離:604キロ  トータル4193キロ

中湧別新発見 2003,8,26
一度5時ころ目が覚めたが二度寝。次に目が覚めたのが6時半。
二度寝するとどうも目覚めが悪い。眠い中出発の準備。
今日もコーヒーとパンで朝食。
列車に泊っていたチャリダーも荷物を積みこんでいた。

そして7時過ぎ、道の駅おこっぺを出て紋別方面に向かった。
待てよ、興部といえば氷のトンネルだ。Uターンだ。
来た方向に戻りR239を南下していく。
そして札久留峠の手前を右折。しかし氷のトンネル見学不可の表示。
さらにキャンプ場から奥は通行止めの看板。

本当かなあ。信じられないなあ。とりあえず進入。
山奥へと進んで行く。対向車は1台も来ない。
途中の分岐を間違えて右に進んでしまい、数キロ先で気が付いてUターン。
キャンプ場に着くとガードレールで通行止め。
歩いて行こうかとも思ったが、他に誰もいないし熊出没の看板に脅かされて断念。

ここ何年か見ていないな。来年こそは。仕方なく来た道を戻ることにした。
札久留峠を越え滝上町から札中トンネルを通り未舗装の丸立峠を越えた。
そして丸瀬布からR333に乗り、遠軽を通り新しい高規格道路を通過しサロマに出た。

んんっ、ここは佐呂間湖の端の方だな。ありゃーっ、芭露は通過してしまったな。
戻るか。佐呂間湖沿いに上湧別方面に走っていく。
途中の道の駅愛ランド湧別に寄って、窓の虫を落とそうと車を止めると
さっきまで公団の車の脇にいた4・5人の人達がこっちに向かって歩いてきた。

そして何か道路情報連絡先マップとやらを渡された。
何かのアンケートかな、と思ったらポケットティシューとチューインガムを1個くれた。
ガムはあまり噛まないんだけどまあいいや。もらっておこう。

さらに先に進み、旧芭露駅に到着。懐かしいなあ。
ここは旧国鉄湧網線だったんだよな。高校生のころ乗ったなあ。
まだ駅舎とホームだけは残っていた。
駅舎は今は無料宿泊所となっていたが、
今ヌシのような人がいて、巾をきかせているので敬遠されているらしい。

駅を後にし道の駅中湧別に到着。図書館に行くとKさんと遭遇。
Kさんとは地元のホームセンターで会ってから約1ヶ月ぶりだ。
手持ちの電気製品をここで全て充電していた。思わず笑ってしまった。
どうやらこの近くのキャンプ場にしばらく滞在しているようだ。
それに去年温泉もできてロケーションは最高だな。知らなかったよ。

この図書館には漫画の本もたくさんあり、手塚治虫もたくさんあった。
ブラックジャックも全巻揃っていて、今まで読んだことのなかった1・2巻を読んだ。
1時間ほどでKさんに挨拶をして先に進むことにした。
Kさんは、もう行っちゃうの?という表情だったが僕にはもうあまり時間がない。
もう少し余裕があれば、僕も同じキャンプ場に泊ったんだけどな。
また来年浜松で会えるかな。

来た道を戻り知床方面に車を向けた。
途中急に睡魔に襲われ能取パーキングで1時間ほど休憩。
2時過ぎ目が覚めたがどうも寝起きが悪い。調子が悪いのかな。
網走、斜里を通過しウトロに到着したのは3時半過ぎ。
久しぶりにカムイワッカの湯の滝に行って見ることにした。

この道路は数年前から夏季は一般車両は通行止めになる。
もう車で来られるとは思わなかったよ。複雑な気分でダートを飛ばす。
そして4時過ぎ、駐車場に到着。けっこう車が止まっていて、バスも2台いた。

車を止め、橋に向かった。わらじを借りようとも思ったが、今回はこのまま行こう。

川に入らないように登るのはかなり大変だ。
岩場は極端に滑りやすい。この靴でこんなに滑るなんておかしいな。
あのわらじレンタル屋が潤滑剤を塗っているんじゃないかと思うほど滑る。
必死に木につかまりながら登る。
川の中を歩いている人はスイスイ登っていく。

それにルートを慎重に選ばないと先に進めなくなる。
やっとのことで滝壷に到着。しかし人が多すぎて入る気にはなれなかった。
しばらくして下山開始。登って来た崖を避けて森の方に入ったらルートを見失った。
まだ川の音が聞こえるからいいが、山で遭難するひとはこうやって迷うんだろうな。
藪をかき分けて進む。しばらくすると川が遥か下になってしまった。
やばいな。これじゃ本当に遭難してしまう。それに熊が出たらおしまいだ。

下に降りられそうな場所を見つけ、木につかまりながら急な崖を降りていく。
もし滑ったら命も危ない。慎重に下って行き何とか川原にたどりついた。
そしてやっと道路まで出た。沢登りの方が全然楽だったな。

車に乗りこみ来た道を戻る。途中何箇所か鹿に遭遇。
人に慣れてしまったのか、近付いても全く逃げようとしない。
途中でバスに追いつきペースダウン。

知床峠を越えようかとも思ったが、やっぱり戻ることにした。
そして清里町の清里温泉緑風荘に向かった。温泉に入っていこう。
清里町にある3箇所の温泉は全て280円。激安だ。それにここは新しくてきれい。
他の2箇所は行ったことがあるので残ったのはここだけだった。

温泉で汗を流し、今日の泊る場所を決める。
暗くなってきたからもう走るのは止めよう。
一番近い道の駅はなやか小清水に到着。今日はここで泊ろう。

明日は秘境の温泉に行ってみようかな。


本日の走行距離:505キロ  トータル3589キロ

またまた再会 2003,8,25
5時半ころ目が覚めた。んんっ、なんだ?ずいぶん明るいな。
フロントシェードとピラーの隙間から朝日が見えた。
外を見まわすと青空。北海道に来て最高の青空だ。

コーヒーを沸かし、朝食を食べて出発の準備。
6時半前には道の駅を出た。そして北上を開始。
美深に出て街中を周回するがコインランドリーは見つけられなかった。
やっぱり都会じゃないと無いのかな。まあ稚内まで行けばあるだろう。

諦めて北上開始。道の駅びふかに寄り、裏手にあるキャンプ場を散策。
大きなキャンプ場にはコインランドリーがあるだろう。
予想通り管理棟に洗濯室なるものを発見。ここで洗濯していこうか。
おまけに1回100円と格安。病院より安い。さっそく洗濯物を放り込んだ。

洗濯にはかなり時間がかかるのでサイト内を歩いて散策。
するとふと目の前に見たことのある習志野ナンバーのバラデロ。
これはっ・・・。桜島のユースで出会って、石垣にずっといたおじさんだ。
「おはようございます」というと、向こうも気付いた。6月中旬から来ているという。
「他にも石垣のメンバーがいるよ」というので行ってみると、撤収中のキャンパーと目が合った。
「あれっ、どこかで見たような顔」。楽園にいたキャンパーだ。久しぶりだなあ。
他にももう一人知っている人がいた。

あちこちで知っている人と会うなあ。それもほとんどが石垣で会った人。
今までにいろんな人達と出会ったからだけど、これってなんか複雑な気分だよ。
日本中を走りまわっているフリーのライダー達の仲間入りしてしまったのか。
僕もこの世界に引きこまれて、社会復帰できなくなるような気がするよ。
シャケバイや製糖を勧められ、渡りになってしまうのだろうか。

そろそろ乾燥が終るころなので乾燥機の中を確認。でもまだ半乾き。
100円を追加投入した。あと40分追加だ。
そして乾燥が終ったのが10時ころ。バッグに詰めこみキャンプ場を後にした。
ちょっとお腹がすいたので道の駅に寄り、男爵コロッケを2個買って食べた。

R40を北上し、中川からは道道119号線を西進。いい番号だな。
以前通行止めだったけど、トンネルが開通していた。
そして海岸線にでてひたすら北上。100キロくらいのハイペースで走る。

そういえば車検の時にオイル交換したけどすでにそれから4500キロ。
そろそろ交換しなきゃ。というわけでカーナビデ検索するとすぐ近くにオートバックス発見。
すぐに掛け込みオイル、エレメントを交換してもらった。

30分くらいで作業終了。そして宗谷岬に向けて走りだした。
海岸沿いの道を走っていく。海峡の上には雲は無いがサハリンは見えない。
宗谷岬に着いてもやはりサハリンは見えなかった。
多分雲に隠れているところがそうだろうが、稜線は確認できなかった。
夏の間は海面の温度が高いので見えないことが多いらしい。
そういえば真冬に来た時は良く見えたな。

写真を撮っただけで通過。R238を南下していく。
途中クッチャロ湖のキャンプ場を偵察。ライダーは3人しかいなかった。
さらに南下を開始。枝幸から内陸に入り歌登へ。
前から気になっていた歌登健康回復村に行ってみた。

そしてそこにあったホテルのフロントで聞くと、温泉入浴だけもできるという。
400円払って温泉に入った。ちょうどみんなチェックインした直後だったのか
温泉はけっこう混んでいた。ほとんどは宿泊客だった。
それでもいろいろな湯舟もあり、露天はなかったけど窓が大きく外がよく見えた。

そのご再びR238に出て南下。日が沈むとおそろしく美しい夕焼けが広がった。
所々車を止めて写真を撮った。こんな幻想的な夕焼けは今回初めてだよ。

暗くなったので道の駅おこっぺに停車。
ここは列車の無料宿泊施設がある。でも行ってみるとチャリダーでいっぱい。
とても寝られそうなスペースはないので今日も車中泊。
明日は知床に行ってみようかな。

本日の走行距離:466キロ トータル3084キロ


トロッ王国 2003,8,24
体調はほとんど元に戻ったようだがまだ時々咳が出る。まあしばらくは仕方ないかな。

寝心地の良い布団で、静かにそして体を伸ばして寝ることができた。
ユースホステルは男女別の部屋なので、僕は一人で個室を使用できた。
普通は相部屋になるのにな。まあこの時期空いているからかな。
でもテレビが各部屋にあるなんて。昔では考えられなかったな。
これじゃ民宿とほとんど変わらないよ。
こうしないと、今の若い人は泊らないのかもしれないな。

午前2時ころ目が覚めて眠れなくなった。
仕方ないのでテレビを付け、子守歌代わりにしたがなかなか寝つけない。
なぜかな。昨日寝たのは11時過ぎだったのに。
3時半過ぎになると意識レベルが低下し夢の中へ。

6時半には目が冴えてきたので起きあがった。思ったより寒くないな。
顔を洗ったり車に忘れものを取りに行ったり身支度を整えた。
そして8時ころ朝食を食べるため1回の食堂に下りた。

すでに食事時は用意されていて、ご飯とお茶はセルフサービス。
おかずはユースにしてはすごく良く感じた。これも変わったな。
食べ終わると食器はそのまま残して立ち去った。
後片付けはヘルパーさんがやってくれる。

食事を終え出発の準備。9時にユースを出発した。
今日の目的地は仁宇布のトロッコ王国。
Nさんたちは今日苫小牧に帰り、僕はまだ道央付近に泊る予定。
そのため2台で出掛け、旭川近くの道の駅当麻に車を止めて、
そこから1台で北上することにした。ユースから1時間半ほどで当麻に到着。

当麻からはSさんの車を僕が運転することになった。
ガソリン車のミッションなんて久しぶりだな。
シフトノブはムーンアイズになっているのでシフトパターンがわからない。
Sさんに聞きながら発進。R40をひたすら北上していく。
途中道央道の暫定無料供用区間を走り、美深から仁宇布に向かった。

そしてトロッコ王国には1時ころ到着。さっそく申し込みをした。
いつのまにか立派な車庫や、方向転換用のターンテーブルもできていた。
軽食も食べられるようななり、事務所の内装もリニューアルされていて、
さらに新しい車両も導入されていた。けっこう設備投資をしているんだな。
驚くべきことに観光バスも止まっていた。

料金を確認するといつのまにか1000円になっていた。一昨年までは500円だったのに。
まあこれだけ設備がよくなれば仕方ないかな。

今トロッコが出発したばかりなので次に乗れるのは30分後くらいだろうな。
周囲を散策し、写真を撮ったりしていた。
しかし40分を過ぎても1台も戻ってこない。なんだなんだ、どうなってるんだ?
しばらくしてアナウンスがあり、どうやら車両故障のようだった。
ここは単線なんで、先頭の車両が故障すると追い越しができす、全車両がつっかえてしまう。
結局戻ってきたのは2時を過ぎていた。

運転の仕方やエンジンの掛け方を教わり、方向転換してさっそく乗りこんだ。
この感覚、久しぶりだな。最初はSさんが運転することにした。
アクセルを回すと走りだした。ああ、懐かしい感覚だな。
サスペンションがないので線路の振動が直接伝わってくる。
みんな楽しそうだな。よかった。

途中走りながら運転をローテーションする。こんなことしたのは初めてだ。
そういえば今まではいつも一人参加だったからな。友人達と乗ったのは初めてだった。
スピードを落とし、前の車両との距離をあけ、一気にアクセル全開にする。
けっこう加速感とスピード感があり楽しい。でも前の車両が遅くすぐに追いついてしまう。
そんなことの繰り返しで終点に到着。方向転換して来た方向に戻る。
NさんもSさんもトロッコは初めてで楽しそうだった。

30分ほどで戻って来た。お腹がすいたのでうどんとコロッケを食べた。
帰ろうとすると、入口のところの店の前でおいしそうにアイスクリームを食べる老夫婦が。
すぐに車を止め3人でひつじソフトクリームを食べた。これがまた美味しかった。

一度来た道を二度通るなど言語道断。とトサカさんみたいなことを考え
別のルートで帰ることに。山岳路を快調に飛ばす。
途中牧草地のようなところに展望台の看板発見。すぐにUターン。

あの展望台見たことがある。忘れてたけどここだったのか。
おそろしく急な坂を登って展望台(看視塔)に到着。
登れないようにしてあるベニヤ板を乗り越え階段を上がる。
全体的に朽ちていて、錆びた床鉄板は踏み抜きそうだ。
僕は3階くらいまで上がると高さと風と、この錆に怖くなり階段を下りた。
前に来た時登ったからいいや。

すれ違うようにSさんが登ってきた。「怖い、怖い」を連発しながら登っていく。
最終的に一番上まで登ってしまった。下から見上げていても怖い。
しかしこんな塔をいつまで放置しているのだろう。
昭和58年に建てられてからメンテナンスされていないようだし。
それに横に建っているログハウスはいったいなんなんだろう。

中に入ってみると、炊事場やお風呂まである宿泊施設のようだった。
いったい誰がこんなことろに泊るんだよ。まったく補助金の無駄使いだな。
下駄箱の上にはなぜがたくさんのCDシングルが置いてあった。

その後R40に出て道の駅に戻って来た。
そこで記念写真を撮ってNさんたちと別れ、僕は自分の車で幌加内方面に向かった。
2日間一緒だったから別れるのは寂しい。また会えるかな。会いたいな。

途中コンビニで食料を調達しようと思ったら財布が無い。
あっ、Sさんの車のシートの下に置いてあったんだ。
まいったな。もうだいぶ先まで行ってしまったんだろうな。
しかし電話してみると、はるか手前で止まっていた。
どうやら買い物をしていて、僕が追い越していたようだ。

すぐに来た道を戻りSさんの車を見つけた。
ああよかった。現金もカードも全部入っていたから気が付くのが遅れたら大変だったよ。

財布を受け取り一路幌加内を目指した。
真っ暗な道をカーナビを頼りに飛ばす。急がないと温泉が閉まってしまう。
温泉まで70キロ近くある。それでも1時間半ほどで到着、少し余裕があった。
今日もゆったりとお湯に浸かり、疲れを癒した。

明日は最北端を目指そうかな。

本日の走行距離:約400キロ トータル(自車のみ)2618キロ


秘境の温泉 2003,8,23
夜中に何度か目が覚めた。
いつのまにか雨が激しく降り、風も吹き荒れていた。
時折風で車が大きく揺れた。その度に目を覚ました。

明るくなってくると、雨も時々小ぶりになった。
そのころを見計らってトイレに行き出発の準備。
7時過ぎ、道の駅を出て北に向かった。

士別市内に入り、コインランドリーを探して回るが見つからず。
諦めて旭川方面に向かった。旭川の市街に入ったが、やっぱり見つからない。
探すところが悪いのかな。と思ったらコインランドリー発見。でも駐車場が無い。
まあ今日じゃなくてもいいや。

今日はお昼ころ、旭川でNさんたちと待ち合わせなのでまだ時間があるな。
ちょっと美瑛まで行ってみるか。R237を南下し美瑛のライダーハウスへ。
でもIさんのバイクは無かった。多分仕事に行っているのだろう。
周りを散策しようかな。と思ったらNさんたちが旭川に到着したという。
ありゃっ、思ったより早かったな。急いで旭川市街に向かった。
そして道の駅で待ち合わせした。

Nさんの友人のSさんは所用があるというのでNさんと近くにラーメンを食べにいった。
旭川ラーメンは初めてだったけど、麺がなんか普通の麺とは違って独特だった。
それに同じ醤油ラーメンでもスープの出汁も選べる。
チャシューは燻製でいい香りだった。

道の駅に戻り、2台車を連ねて秘境の温泉に向かった。
大雪湖を過ぎ、途中を右折しダートを走る。
約10キロほどのダートを走り、温泉にたどり着く。
その前に2回の川渡りがある。細い丸木橋をバランスを取りながら渡る。
そして岩間温泉に到着。小雨模様の天気で午後4時過ぎ。誰もいなかった。
3人で貸し切りだ。お湯の温度も調整してぬるめのお湯に浸かった。
うーっ、いい気分だなあ。こんなワイルドな温泉っていいなあ。

帰ろうとしたらカップルがやってきた。こんな時間から・・・。
薄暗くなってきたダートを飛ばす。途中狐や鹿に遭遇した。

今日はどこに泊ろうかな。Nさんたちはユースに泊るというので僕も泊ることにした。
とりあえずチェックインしてから近くの温泉に行った。
洞窟風呂という看板に誘われて吸いこまれた。
それは地下にあり、洞窟のような雰囲気だった。
お湯は少し熱めでゆったりとは浸かっていられなかった。

その後ユースに戻り、トランプをしたりテレビを見たり。
久しぶりに沖縄で買ってきた泡盛を飲んだ。
最近のユースは規則が緩やかになって泊りやすくなったな。
昔はお酒なんて飲めなかったのに。

さて明日は天気がよさそう。ちょっと北上してみよう。

今日はトレッカー 2003,8,22
今日は6時半ころ目が覚めた。
さっそくコーヒーを沸かしパンを食べた。

シュラフを片付けシートを戻し、7時半ころ道の駅を出た。
道路にはなぜか小学生の姿が。今日は登校日かな。でも普通は21日だし。
そうだ、北海道の学校の夏休みは短いんだ。もう3学期が始まっていたのか。

まずR275に出て北上。北竜町のひまわりを見に行こう。
北竜町に入ると道路沿いにたくさんのひまわりが植えてある。
それがみんな道路の方向を向いているのですごく鮮やかだ。

市街地をしばらく走り、ひまわりの里に到着。
まだ8時過ぎなので車が1台とバイクが1台だけ。
さっそく展望台に登ったが、なんか様子が変だ。
時期が遅かったのか、80%以上のひまわりは花ビラが落ちてしまっている。
あの黄色い鮮やかさがなく、なんとなく萎れている感じがした。
さっきの通り沿いのひまわりの方がよっぽどきれいだった。

迷路も営業前だったので早々に退散。
さて次はどこに行こうかな。天気もまあまあだし。
ツーリングマップルで検索。んんっ、雨竜沼湿原が近くにあるな。
でも往復5時間かかると書いてある。とりあえず行ってみよう。
一人だと怖いので、誰か他に登る人がいたら僕も登ろう。

暑寒ダムを過ぎるとダートになった。しかししばらくすると広い舗装道路。
と思ったらまたダート。そんな繰り返し。ロッジの所で行き止まりになった。
車を止め周囲を散策。近くに登山の準備をしてるようなカップルがいた。
聞いてみると、湿原まで行くという。それじゃ僕も行こう。

Dパックにいろいろ詰めこんで準備開始。けっこう重い。
登山名簿に記入し、環境美化整備協力金200円を支払った。
ツーリングマップルには5時間と書いてあるけど
僕は歩くのが早いので4時間あれば十分だろう。

9時40分、登山開始。最初は平坦な砂利道。これなら2時間なんて何でもないな。
前を歩いていた人達を余裕で追い越していく。
しかし橋を越えると急な登りになった。ううっ、結構急だな。
そしてもう一つの橋を渡るとさらに険しくなった。

一気に汗が吹き出てきて息が切れる。でもペースは落とさない。
と言うより落とせない。僕はゆっくり歩くのが苦手なのだ。時間ももったいないし。
5分登っては休む。その繰り返し。時々写真を撮る。
ストップウォッチはまだ25分。こんなんで本当にたどり着けるのかな。

延々と歩きにくい山道を登っていく。もう疲れた、と思ったら比較的平坦になった。
すでに50分が過ぎていた。まだかなあ。一度川沿いに下りてまた登る。
そんなことを繰り返しているうちに、なにやら草原が見えてきた。
おおっ、もしかしてあれかな?一層ペースが上がる。
しばらくして展望台のようなものが見えた。ふーっ、やっと着いたか。

そこからは木道になっているが歩きにくい。
途中川渡りがあり、なぜが橋がない。
そこには看板が立っていて、ブラシが数本置いてあった。
よく見ると、靴の底に付いている植物の種を落として下さい。と書いてあった。
なるほど、湿原に無い植物の種を持ちこませないようにしているのだ。
僕は靴の底を見たが、きれいだったので川の水で底を洗って川を渡った。

そこからしばらく歩くと展望が広がった。
うぉーっ、これが雨竜沼湿原か。きれいだなあ。北海道の尾瀬か・・・。
背の低い植物がずっと広がっていて、あちこちに池がある。水は澄んでいるが黒く見える。
そして周囲は外輪山のようになっている。だれがここを見つけたんだろう。
最初に見た人は驚いただろうな。こんなきれいな場所があるなんて。
ニセコの神仙沼や、仁宇布近くの松山湿原みたいだ。

4舛了矯木道を歩いて回った。しかし所々傾いていて歩きにくい。
かなり朽ちているところもある。
しばらく行くと資材置き場のような物を作っていた。
聞くと、この木道を作り直すために資材を降ろす場所を作っているという。
資材にみんなネットがかかっているところを見ると、ヘリで運んできたんだろう。

足早に木道を歩き、所々立ち止まって植物を観察する。
そしてさっきの展望台に戻ってくると、同時に登り始めたとカップルが到着した。
時計を見ると2時間が経過していた。ゆっくり登ってきたのかな。
それとも僕が早すぎたのだろうか。

そこでしばらく休憩していたが、風が強くなってきたので下山を開始。
すれ違う人と挨拶を交わしながら進む。
途中かなり疲れたような夫婦に、まだだいぶありますか?と聞かれた。
もうすぐです、そこを登れば見えてきますよ。というと元気を取り戻したようだ。

下りは登りより全然楽だ。汗もそれほどかかない。
でも膝がガクガクする。それに注意しないと転落してしまう。
下りはそれほどペースを上げずに慎重に下っていく。
結局1回も立ち止まらずに下山してきた。

山小屋に立ちより戻った時間を記入するとちょうど14時。所要時間3時間20分。
かなりのハイペースだった。登りも座って休んだのは1回だけで約3分。
疲れたけどいい気分だ。病み上がりの割にはそれほど体力も落ちてなかった。

車に乗りこみダートを快調に飛ばし、R275を北上。そして留萌に出た。
オロロン街道を北上、途中ニシン番屋に寄った。
夕陽も見られそうに無いので羽幌まで行って戻ってきた。
そして風力発電の町、苫前からR239に入り内陸に向かった。
尾根には数えきれないほどの風力発電のプロペラが並んでいる。

交通量の少ない山間部の道路を飛ばす。朱鞠内湖に寄ってみた。
水位が下がり、湖底が露出。荒涼とした風景が広がっていた。
キャンプ場にはテントは2張り。寂しさが漂っていた。

来た道を戻り、朱鞠内駅に向かった。しかしそこにはすでに駅舎はなくなっていた。
あれーっ、何年か前に来た時はまだホームも線路も残ってたのに。
置いてあったノートに、名前も残していったのにな。あのノートはどうなったんだろう。
さすがにこれには寂しさを隠しきれない。
錆びた五メートルほどのレールと、駅の看板だけが、モニュメントとして残っていた。
そしてすっかり整備された駐車場と、真新しいバス停が建っていた。
仕方ないんだけどな。旧国鉄の痕跡が、どんどん無くなっていくな。
昔、ここで暮らした人達の歴史が、無くなってしまうような気がしてならない。
十勝三股の駅も、幌加の駅も、そしてここも。

寂しさを感じながらそこを立ち去った。
そして政和温泉に到着。今日は疲れたからな、ゆっくり浸かろう。
ここは4種類の湯舟があり、ハーブの香りのする湯はすごくリラックスできた。

本当に夢の中にいるような気分だよ。幸せだなあ。
そして露店風呂の縁に座り、庭園を眺めていた。
もう、思い残すことは何もない。そんな感じになった。
去年の10月に旅に出てからのことが、次々に頭に浮かんでは消えた。

すっかり長湯をしてしまった。
以前何回か来た時は混んでいてこんなにゆっくりできなかったもんな。
あー、いい湯だった。帰りにアイスクリームを買って食べた。

もう先に進むのは止めた。ここの道の駅に泊ろう。
トイレ横の屋根下には5・6人の学生風のチャリダーが集っていた。
たぶんここで野宿だろう。いいなあ、こういうのも。
そんな旅をすることは、ずっと夢だった。

僕も今、夢の中の世界にいるんだよな。夢ならば覚めないで欲しい。

本日の走行距離:313キロ  トータル2067キロ

北の鳥沼・南の米原 2003,8,21
朝6時前目が覚めた。辺りを見まわすとキャンピングカーがいっぱいだ。
他にも窓にタオルなどを当てて、ここで夜を明かしたと思われる車が10台以上。
建物の下にテントを張っているライダーもいた。

ゆっくりと準備をし、コーヒーを沸かして飲んだ。
インスタントでもこうやって飲むコーヒーって美味しいよね。
前に止めていたワゴン車の中年の夫婦は料理を作っていた。

7時半前、車を出し苫小牧市街に向かった。
病院に行き、入院証明書兼診断書を作成してもらう。
7日間入院していたので、少しだけど共済金が支払われる。
僕が支払った入院費の半分くらいだけど。

8時過ぎ、道立苫小牧病院に到着。なんとなく懐かしい気がした。
窓口に行き書類を渡すと1週間から10日くらいかかるという。
28日に帰ってしまうので、それまでに仕上げて欲しいと頼んで病院を出た。

さてどこへ行こうかな。とりあえず門別方面に向かってみた。
鵡川あたりまで高規格道路が無料で供用されていた。

門別町に入り、沙流川の河川敷に下りてみた。
台風10号でかなり増水したらしく、草が全て下流方向を向いていた。
それに中州に置いてあったユンボが見えないくらい流木が引っかかっている。
橋脚の下部は流水でザグられて池のようになっていた。

そこから上流に向かってR237を遡る。日高町からは石勝樹海ロードを西進する。
福山からニニウ方面に行こうとしたら、なんと通行止め。
ありゃー、ここはしょっちゅう通行止めになるんだよな。迂回路も無いし、仕方ない、戻るか。

来た道を戻り、今度はR237を北上し占冠に向かった。
そして石勝線沿いの山深い道を飛ばす。
北海道に来たときは必ずここを通る。でも逆方向に走るのは初めてだ。
鮮やかな緑に囲まれ、高通量の極端に少ない道を快調に飛ばす。
エアコンを止め窓を全開にする。気持ちいいなあ。

トマムを経由しR38に出た。国道に出ると高通量も増える。
樹海峠を越え富良野市に入った。そうだ、鳥沼に行ってみよう。
途中ちょっと迷ったけどなんとかキャンプ場を発見、車を止めて散策。

誰か知ってる人いるかなあ。車を降りると見たことのあるような車。
あっ、習志野ナンバーの軽のワンボックス。去年から米原にいた人だ。
帰りのフェリーも一緒だった。
さらに先に進むと見たことのあるテント。もしかして。
回りこむと椅子に座った人は笑いながら右手を上げた。
「あっ、久しぶりです」去年の10月から米原にいた人だった。
鳥沼といえばライダーには有名だが3人も米原キャンパーがいたなんて。
他にも会ったことはないが有名なキャンパーが数人いた。

一通り挨拶をしてキャンプ場を後にして十勝岳方面に向かった。
一番上まで行って間近に十勝岳の写真を撮ろうと思ったが、
最上部まで行くと逆に近すぎて山頂が見えなくなってしまった。
早々に引き返し、今度は吹上温泉に向かう。途中行き過ぎてしまいUターン。
駐車場には平日にもかかわらず、10台以上もの車が止まっている。

タオルを持って温泉に向かって歩いていく。温泉はすぐ近くだった。
湯舟を見ると2つあって10人くらい入っている。
しかしお湯に浸かっているのは2・3人。他の人はみんな縁に座っている。
さっそく服を脱いで温泉に浸かった。しかし熱くて長時間は入っていられない。
だからみんな外で座っていたのか。

僕も5分くらい入っていたら熱くなってきた。一度外に出て涼み、もう一度入った。
また5分くらいで耐えられなくなった。僕にはちょっと熱すぎるようだ。
どうやらここはかなりの人気のある温泉のようだった。
温泉を後にし、白金温泉方面から美瑛町市街に向かい
ライダーハウス蜂の宿に行ってみたけど知りあいはいなかった。
まだ3時過ぎだから仕事に行っているのだろう。

美瑛からR237を南下。富良野からはR38に入る。
ホームセンターに寄りラジオを買った。
持ってきたラジオがなぜか見当たらなくなってしまったのだ。
そしてダイソーを発見したので乾電池を調達。
途中コンビニで弁当を買って、道の駅スタープラザ芦別で食べた。

そして歌志内に入り、道の駅うたしないチロルの湯に到着。しかし営業していない。
おかしいなあ、温泉が休みなわけないはずだけど。

諦めて他に行こうとしたら、すぐ上に建物発見。なんだ、ここだったのか。
さっそく車を止めて温泉に入った。ここは500円だった。
中は広く、たくさんの湯舟があり、やや黄色味がかったお湯だった。
露店風呂は気持ちよく、つい長風呂をしてしまった。でも気持ちよかったあ。

温泉を出て先に進もうかとも思ったが、明日は北の方に行きたいのでここでストップ。
他にも何台かここに泊ると思われる車がいた。
今日はゆっくり休めそうだな。

本日の走行距離:490キロ トータル1754キロ

とんぼ帰り 2003,8,20
今日も不思議なことにアラームの鳴る15分前に目が覚めた。
そして午前5時、アラームが鳴るのを確認して布団を出た。

朝食を食べて出発の準備。といっても持って行く物はほとんどない。

アイソレーターの調子が悪いのか、発電量の問題かサブバッテリーの充電が不充分だ。
こうなったら強制充電。インバーターで交流化し、チャージャーで充電だ。
車庫に降り、バッテリーチャージャーをDパックに詰めこんだ。

そして5時55分、家を出て駅に向かって歩き始めた。
駅までは早歩きで10分ほど。まだ閑散としている道路を歩いていく。
裾野駅に到着し東京までの乗車券(2210円)を買った。

6時14分、始発の上り電車に搭乗。席は空いていたので右側の窓側の席に座った。
窓の外を懐かしい景色が流れていく。右側の景色は何年ぶりかな。
御殿場を過ぎるとやや混んできた。松田から国府津まではラッシュ並み。

国府津から東海道線に乗り換え。意外に空いていて窓側に座ることができた。
平塚を過ぎるとラッシュになった。
こんなにたくさん電車が走ってるのになんでこんなに混むんだろう。
それだけたくさん人がいるってことだろうな。

品川で降りる予定だけどこんなに混んでて降りられるかな。
まあ降りられなければ終点まで行ってもいいんだけどね。
でも心配は無用で、品川で多くの人が降りたので特に問題は無かった。

品川からは京浜急行線で羽田空港まで行く。この路線は初めてだ。
JRから直接乗り換えて、待つこと数分で羽田直行の電車が入ってきた。
電車は空いていて座ることができた。今度からこの路線を使おうかな。
モノレールより早いし安い。上り普通電車できた時はこれで行こう。

空港には9時15分には到着。特典航空券は自動チェックイン機では発券されず窓口に行く。
窓側の席を指定すると、非常口座席しか空いていないというが、
いやいや、僕はそこに座りたかったのだ。ラッキー。
事前に座席指定しようとしてもいつも指定済みになっていたのだ。
手荷物検査は難無くパス。バッテリーチャージャーが引っかかると思ったけどな。
以前よりセキュリティーレベルを引き下げているようだ。

10時15分ころ機に乗りこんだ。予想通り非常口座席のピッチはファーストクラス以上。
足のを伸ばしても全然余裕だ。でも離着陸の時、目の前にスッチーが座るけど。
ボーディングブリッジを離れ機は滑走路へと向かって行ったが大渋滞。
滑走路には離陸待ちの飛行機が7機も待っている。
なんでこんなに渋滞しているのだろう。

しばらくして機長から案内があり、さっき離陸した飛行機が鳥と衝突したという。
いわゆるバードストライクで今点検中という。
結局離陸したのは10時50分くらいだったと思う。

うとうとしていると着陸態勢に入ったようだ。でもなかなか着陸しない。
同じところを3回くらい旋回してようやく高度を下げ始めた。
さらにまた旋回して着陸したのは12時を過ぎてしまった。
先に離着陸する機を待っていたのかな。

機を降り足早にバス乗り場へ。余裕で間に合った。
途中懐かしいねぶたで跳ねた道路を通り、40分ほどで青森駅に到着。
すぐに駅に行き、新千歳空港までの乗車券と函館・南千歳までの特急券を買った。
しばらくしてスーパー白鳥が入線してきた。緑色の格好いい車両。
でも乗ってしまうと外は見えないけど。

その後景色を見ながらうとうとしていた。気が付くと吉岡海底駅。
ドラえもんの帽子を被った子供たちが乗りこんできた。

そして定刻に函館駅に到着。反対側のホームに止まっていた北斗に乗り換えた。
久しぶりに乗る北海道の特急。高校生の時以来だな。

18時過ぎ、薄暗くなった南千歳に到着。反対側に止まっていた空港行きに掛け込み。
空港から駐車場の会社に電話して迎えを頼んだ。
でもなかなか来ない。痺れを切らし再び電話するともう着いているという。
どうやら待っている場所が違うらしい。
指示通りの場所に行くと黄色いバスがいた。わかりづらいなあ。

車に乗りまず恵庭温泉に行った。この温泉はいつも帰る時寄る温泉だ。
ここにくると北海道ともお別れだなあ、という感じがするんだけどな。

その後道の駅マオイの丘公園に停車。今日はここで泊ろう。


一時帰郷 2003,8,19
朝5時前、乗船開始のアナウンスで目が覚めた。
んんっ、何だ?まだ5時前じゃないか。
そういえば苫小牧発早朝発の八戸行きの便があったな。

ちょうどいいや、起きることにしよう。
とりあえずターミナルは開いていたので、歯磨きと顔を洗いに行った。
そしてシュラフを袋に詰め込んで、シートを元のポジションに戻した。

6時過ぎ、ターミナルを出て新千歳空港へ向かった。80キロ以上のハイペースで走る。
途中国道を左折、空港から少し離れた所の駐車場に車を入れた。
そしてカウンターに行き手続き。市町村名を記入する欄があったので裾野市と記入した。
でも駐車場の人はそれが読めなくて、「これはなんと読むのですか?」と聞かれた。
あっ、それは静岡県です。と言うと、なぜか割引になり2日で1000円になった。
帰りの時間を確認し車をロック。空港まで送ってもらう。

「そこの大型バスに乗ってください」と言われた。大型バス?
どう見ても大型バスなんてない。9人乗り程度のワゴン車と中型バスがあるだけだ。
大型バスというと乗車定員30人以上でナンバーの大きさが22×44センチのものだ。
まあ細かいことは気にしないことにしよう。多分あの中型バスのことだろう。
僕はエンジンのかかっている中型バスに乗り込んだ。乗客は僕だけ。
空港まではかなり距離があるが、信号が1つもないので7分ほどで到着。

6時50分、新千歳空港のターミナルに入った。
まだ手荷物検査のゲートも開いておらず閑散としている。
僕は自動チェックイン機でチェックイン。前部の窓側を指定したのに34K。
朝1番の便なので、けっこう予約が入っているようだ。

7時過ぎ、手荷物検査のゲートが開いたのでさっそく検査を受け搭乗口へ。
そこで東京モノレールの乗車券を買っておいた。
7時30分になり搭乗開始。定刻は50分だけどまだ乗り込んでくる。
どうやらキャンセル待ちで乗ってきたようで、座席は満席になった。
そして定刻から少し遅れて新千歳空港を飛び立った。

離陸してすぐ雲の中に入り、さらに高度を上げると雲しか見えない。
退屈なのと、早起きしたので眠くなり夢の中へ。
ふと目が覚めると目の前に”お目覚めですか?”のメッセージ。
あっ、飲み物をもらいそこなった。
外を見ると雲ばかりだが、その中に頭を雲の上に出した富士山が見えた。
もう羽田が近いようだ。しばらくして着陸態勢に入った。

着陸すると小雨が降っている。気温は21度。これじゃ北海道と変わらないじゃないか。
空港からモノレールに乗り浜松町へ。そして東京駅まで戻り新幹線へ。
15分待ちくらいで名古屋行きがあったが、新大阪まで行かないのでカラカラだ。
乗車券は三島までだったので裾野まで車内で清算。230円払った。
1時間ほどで三島駅に到着。しかし下りの東海道線との接続が悪く20分も待ち時間がある。
なんだなんだ、これじゃ熱海で降りても同じだったじゃないか。

とりあえず三島で途中下車し、バス停に行き時刻を確認。雨は上がっていた。
あと5分ほどで御殿場行きがあったのでそれに乗ることにした。
車内清算した分無駄になってしまったが仕方ない。12時15分くらいまでに帰りたい。

そして予定通り12時過ぎに駅付近に到着。15分には家に到着。
すぐに昼食を食べバイクに乗り沼津の職安へ。なんとか間に合った。

家に戻ってきて録画してあった大地の子を一気に見た。
また涙をこぼしてしまった。
でも途中でテープが終わっていて、9話の途中までしか見られなかった。

7時過ぎ、ゆっくりとお風呂に入ってまったり。
明日は始発電車で北海道にトンボ帰り。今日は早めに寝ようかな。

やっと退院 2003,8,18
今日も6時に周囲の物音に叩き起こされた。
しばらくして看護婦さんが来て検温と採血。
昨日でカップのコーヒーが無くなったので、自動販売機のカップコーヒーを飲んだ。

朝食の後は抗生物質の点滴。その際中にレントゲンのお呼びがかかったが
この状態じゃ行けない。点滴が終ってから撮影に行くことになった。
今日の検査の結果で退院できる。熱も下がったので多分大丈夫だろう。
ちょっと不安な気分でレントゲン室に行ってきた。

その後はしばらくテレビを見ながらまったり。
しばらくして看護婦さんが来て今日退院できるという。やったあー。
これからのスケジュールの説明を受けた。
この後、午後から最後の点滴をして、夕食の後退院という。

今日のお昼はうどんだった。初めて美味しいと思える食事だった。
昼食を食べ終わると許可をもらって新千歳空港へ。
入院が延び、予約してあった今日の航空券は無駄になってしまったので
明日一時帰郷する航空券を手配しに行かなければならない。

久しぶりに運転する自分の車。感覚がもどるまでにそれほどの時間はかからなかった。
30分ほどで空港に到着。駐車場に車を止めターミナルへ。
まずエアドゥの窓口へ。一番隅っこなのでかなり歩かされる。
行ってみたが明日の便は全て満席。ありゃー、これは予想外だ。
ANAとコードシェア便になってから搭乗率がアップしたらしい。

仕方ないのでJALの窓口へ移動。聞いてみると午前中は空席があるという。
ああよかった。乗れないとヤバいことになるところだった。
一番早い便は特便割引になったので22,000円。意外に安くなった。

空港を出て今夜泊ろうとしていた公園を偵察。
しかしその公園の駐車場は午後6時に閉鎖になってしまうので使えないな。
諦めて病院に戻ることにした。
しかし意外に時間がかかってしまい、予定時刻を20分ほどオーバー。

その後は高校野球を見ていた。
4時ころ、最後の点滴を受けていると、Nさんと友達が来てくれた。
本当は夕食の後退院する予定だったが、一緒に食事に行こうということになった。
急遽荷物を整理し、車に運び、最後に同室の人と看護婦さんに挨拶をして病院を出た。
ちょっと寂しい気もしたが、もう入院なんてイヤだな。

Nさんの車に同乗させてもらって札幌のスープカレーの店に向かった。
支忽湖を経由して札幌へ。チャリダーの姿が多かった。
札幌の街は久しぶりだ。その目立たないところにその店はあった。
いつもは混んでいて結構待つらしいが、そのときは空いていてすぐに席につけた。
スープカレーは本当にカレーの味のするスープだった。
初めて食べたのでよくわからなかったが美味しかった。

9時ころ病院に戻ってきて自分の車に乗りこんだ。
そして近くの温泉に行き、苫小牧フェリーターミナルに到着。
今日はここに泊り、明日の朝新千歳空港に向かいます。

久しぶりのカツ丼 2003,8,17
今日も朝6時の起床。でもまだ眠い。15分くらいしてやっと起きあがった。
顔を洗いにいってからコーヒーを飲んだ。そのごしばらくゴロゴロ。
7時45分に朝食を食べ、しばらくしてから抗生物質の点滴。
熱は出なくなったけど、まだ小康状態。平均36.6度。平熱とはいえない。
咳は突然出て数分で収まる。その繰り返し。でも間隔が長くなったような気もする。

今日は高校野球が中止になってしまったのでテレビを見ていても退屈だ。
再び世界の境地の写真を見ていると、やっぱりまた中国に行きたくなってきた。
ほかにもマチュピチュなど今まで候補に上がったところも。

点滴が終るとうとうとしていて、気が付くともうお昼だった。
でもほとんど動いていないのであまりお腹が空かない。
それにあの美味しく無さが、食欲を減退させているもう一つの大きな要因だった。

3時過ぎ、シャワーを浴びて洗濯を始めた。
明日には退院できるかも知れないので、あまり量は無かったけど洗っておくことにした。

夕方、キャンプから帰ってきたNさんがカツ丼を持ってきてくれて一緒に食べた。
カツ丼はおろか美味しい食事は久しぶりだな。本当に美味しかった。
でもちょっと食べすぎの感じ。最後はちょっとつらかった。
30分後の病院の夕食はメニューを見ただけで箸はつけなかった。

テレビではUターンラッシュのニュース。いったい僕は何をしていたんだろう。
明日の検査の結果がよければ退院できるけど、結局1週間の入院だ。
まあ大事に至らなかっただけ良しとするか。まだあと1週間あるし。
お盆過ぎの、混んでいない北海道もまたいいかもしれない。

回復基調 2003,8,16
今日も朝6時に目が覚めた。もうちょっと寝ていたかったのだが周りの音で起きてしまう。
どうやらみんな6時前にはすでに起きていて、6時になると一斉に行動を開始するらしい。
そういえば洗面所には、「6時前の洗面は・・・ご遠慮下さい」と表示してあったな。
仕方なく僕も起きあがり、周りより少し遅れて行動開始。

どうやら病状は安定してきたようで、37度を超える熱は出なくなった。
歯を磨いた後、ペーパーカップのコーヒーで一服。

ニュースを見ていると、地元の静岡は大雨で大変なことになっているようだ。
キャンプ場へと続く林道が崖崩れで120人も取り残されているとか。
本当に今年はなんかおかしいな。おかげで僕の調子もおかしくなった。

7時45分、朝食が配られたが半分程度食べて、あとは昨日もらったドーナツを2個食べた。
朝の薬を飲もうとして、薬を全部袋から出してみた。
するとなぜか抗生物質だけがやけに多く残っている。あれっ、なぜだろう。
袋を見ると、1回2錠になっている。そういえば最初そう聞いたような気が・・・。
まあいいや。今回から2錠づつ飲めばいいか。

朝食を終えしばらくして点滴開始。今日からは小さな抗生物質の点滴だけで
500ccの電解質の輸液はなくなった。これでだいぶ楽になった。

調子も回復し、暇になったので本を読んだり車に行ったり。
エンジンをかけて少し駐車位置を移動した。

お昼を食べた後、またドーナツを1つ食べた。
そしてシャワーを浴びるためナースステーションに寄り、留置してあった点滴の管を外してもらった。
これで左手が自由になった。今後はその都度針を刺すが、今のより細いから痛くないだろう。

今日は土曜日なのでシャワーだけ。僕はべつに構わないけど。
そういえば沖縄では逆に浴槽がある方が珍しかったし、八重山病院にも無かったな。

シャワーを浴びた後はテレビを見たり本を読んだりしてまったり。
アイスクリームが食べたかったが売店はお休み。昨日から3連休のようだ。
アイスを諦めると急にコーヒーが飲みたくなったので自販機で買って飲んだ。

夕食もあまり美味しくないのでパンを1つとキャラメルコーンを食べた。
その後、高校野球をずっと見ていて終ったのは7時40分過ぎ。

そういえば今日はUターンのピークのようだ。
いつもなら僕もこの時期Uターンの波に乗っていたんだけどな。
今年は28日までいられる。お盆過ぎの北海道を初めて味わえるよ。



地球の果てへ 2003,8,15
今日は終戦記念日。戦争を知らない世代の僕達も、決して忘れてはいけない日。
今、僕達が暮らしている”平和”と呼ばれる時代。
多くの、数えきれないくらいの人々の、犠牲の上に成り立っているということを
決して忘れてはいけない。そして、語り継いでいかなければならない。
過去の事実に、目を背けてはいけないと思う。

午前6時、周囲の音で目が覚めた。ちょっと頭が痛いが熱は無いようだ。
昨日の午前4時ころ以来、解熱剤を使用していない。
36度台後半の微熱はあるが、以前のように高熱になることはなくなった。
変えた抗生物質が効いているのだろうか。

起きてから朝食まで時間があるので、歯を磨いたり顔を洗った後コーヒーを飲んだ。
8時前、食欲が無いわけではないが、あまり気の進まない朝食を食べた。
その後、電解質と抗生物質の点滴。
Nさんが持ってきてくれた本を読んだりテレビを見ながら過ごす。

お昼は稲荷寿司などで、終戦記念日というタグが付いていた。

午後になってやっと点滴が終ったので、腕にカバーをしてもらって入浴。
ここのお風呂は広くて快適だ。温度も39度くらいでちょうどいい。
待っている人がいるかもしれないので早めに上がることにした。

その後は高校野球を見ながら休んでいた。いつのまにか頭痛も収まっていた。

ふと外を見ると青空が広がっている。ちょっと車まで行ってみた。
空気がひんやりしていて気持ちいい。あっ、気持ちいいと感じられるようになったのか。
今までそんなことを感じる余裕がなかったんだな。

夕方、うとうととしていると誰かの気配。誰だ?
Nさんは羽幌に行ってるはずだけど・・・。
だんだん意識が回復してきた。あれっ、Nさんの友達だ。
一昨日Nさんと一緒に来て初めて会ったばかりなのに
今日は一人で来てくれたんだ。嬉しかったなあ。
それに図書館から本を何冊か借りてきてくれた。
しばらくの間、世界を旅した話しをしていた。

夕食の後”冒険・探検へ行こう”と”地球の果てへ”の2冊を読み始めた。
僕の知らなかった世界がまだたくさんあるんだ。
否、僕の知っているところなんて、ほんの一部だったんだ。
うーん、行ってみたところばかりだよ。
あと1年くらいフリーターでいようかな。そんな気分になってしまった。
冒険心って、いくつになっても変わらないんだよな。

今日は一日37度以下の体温で推移した。
このまま順調に回復すれば、月曜日には退院できるだろう。

会期延長 2003,8,14
今日で入院3日目。午前4時ころ寒くて目が覚めた。
看護婦さんから解熱剤をもらって再び寝入った。
しかし午前6時になると周りの人達が起き始めるのでいやおなく起きてしまう。

朝食の後、輸液の準備をしているとお呼びがかかりレントゲン室へ。その後採血。
輸液を始めしばらくすると先生が来て、17日の退院はできないという。
もし強行に僕の日程通り行動すると、命にかかわることになるかもしれないと脅迫する。
今まで使っていた抗生物質が効いていないようで、病状が快方どころか悪化しているという。
そのため今日から別の抗生物質を使うという。
まいったな。19日にはどうしても帰らなければならないのに。

相変わらず咳が出る。といっても集中的に。出ない時は全く出ない。
それに痰の検査をするといってもほとんど痰なんて出ない。
気管支を拡張させる薬を吸引しても咳がひどくなるだけだった。
18日にもう一度検査して回復していたら退院できるらしい。

仕方ない。また予定変更だ。マイルで予約した行きの航空券は無駄になってしまった。
それより問題は認定日だな。19日の朝の便で直接羽田まで飛ぶが。

いつものように美味しくない昼食を食べしばらく休んだ。

2時過ぎ、17日のJRの乗車券を買ってあったことを思いだした。
そうだ、これを払い戻さなきゃ。でも払い戻しちゃうと帰路が絶たれる気もする。
しかし執着していても仕方ないな。変えられないものは受け入れるしかないか。

看護婦さんに外出許可をもらおうと書類を書いていると、今日もNさんと友達が来てくれた。
そして苫小牧駅まで乗せてもらい、無事払い戻しをすることができた。
病院に戻りしばらく旅の話しをしていた。
Nさんの友達はパッカーであちこち海外を旅していた。
そんな旅人にまた出会えたなんて嬉しいなあ。
早く退院して秘境の温泉に行きたいよ。

5時を過ぎるとお腹がすいてきたので昨日NSさんにもらったポテチを1袋食べた。
その後夕食が配膳されてきたが、まあまずくないと思えたのは魚だけ。
なんで味噌汁に正体不明な菌類の傘(キノコ)が入っているの?
それにきんぴらゴボウが異様に細い。60%ほど食べて中止した。

そしてさっきNさんたちが持ってきてくれたミニシュークリーム6個と夕張メロンゼリーを食べた。
うーん、こんなに美味しいなんて思わなかったよ。本当に美味しい。
そういえばNさんの友達の名前を聞いてなかったな。
もしこの日記を読んでいてくれたらここでお礼を言いたいです。
ありがとうございました。

それにしてもなんでこんなに熱が続くんだろう。原因はいったい何だろう。
ここの病院は、検査の詳細な結果は聞かないと教えてくれない。
地元の開業医なら検査結果を全部見せてくれたんだけどな。

夕方から抗生物質の飲み薬が変わった。今度は効いてくれよ。
でも抗生物質って菌に対しては有効だけどウィルスに対しては何の効果も無い。
というよりウィルスに直接作用する薬なんて本当に限られているし、他にはワクチンしかない。
でもワクチンはウィルスを特定できないと使えない。有効なウィルスも限られてる。
最終的には人間の免疫力が重要なんだよな。

まあアルファベット4文字の肺炎じゃあないと思うけどね。

また再会 2003,8,13
夜中に一度寒くて目が覚めて、ガタガタ震えていた。
看護婦さんに解熱剤をもらい、その後だんだん寒気もなくなり眠ってしまった。

次に6時に目が覚めた時には寒さも感じなかった。
食事までまだ時間があるのでとりあえず歯を磨いたりシャンプーをしたりしていた。
そして7時45分に朝食。いつも感じるのだが病院の食事はあまり美味しくない。
でもほとんど食べてしまった。これだけ食べたらお昼は食べられないな。

入院してしまうと本当にすることがない。
それに輸液を始めると外にも行けなくなってしまう。
しかたなく高校野球を見て過ごしているといつのまにかお昼になっていた。

昼食は焼きそばがメインで量は少なめ。ちょうどよかった。
でも焼きそばは屋台の方が数倍も美味しい。ちょっと残念だった。
口直しに売店に行きアイスクリームを買ってサロンで食べた。
それを見て他の患者さんが「おいしそうだね」と言っていた。
確かにこのアイスクリームは最高に美味しかったけど、
好きな物を食べられない人にとっては気の毒だったかもしれない。

その後ベッドに戻ると寒気を感じた。さっきのアイスが原因なのかな。
しかし布団にくるまっていても寒気は増すばかり。薬が切れたかな。
体温を測ると38.1度。先生が回診に来たのでまた熱が上がったと言うと
まだ2日目だからね・・・と軽く聞き流されてしまった。
まあそれくらい気にかけることもないということだろう。
そして看護婦さんに解熱剤をもらった。

それに比べて同室の人の病状は深刻だ。
発熱の原因がわからなかったり、肺を切除しなきゃ治らないとか
話しの内容から対症療法しかないように聞こえる。
それにもうお手上げだとか一生ここで過ごすのか、などど言っている。
長いこと入院しているとそう思うようになってしまうのかな。
体だけじゃなくて心のケアも大切なんだよな。
僕はこの程度ですんでよかったのかもしれない。

しばらくして薬が効き始め、体温が下がったころ
今日もNさんが友達と一緒にお見舞いに来てくれた。
と思ったらもう一人見たことのある懐かしい顔が・・・NSさんだ。
あれーっ、どうしてここがわかったんだろう。それに北上するって言ってたのに。
NSさんとは5月3日以来の再会だ。また会えるとは思わなかったよ。
どうやら僕の日記を見てここだとわかったらしい。

入院してしまうとすることがなくなってしまうので、来てくれるのはすごく嬉しい。
それに沖縄で出会った人と北海道で再会するなんて、
サラリーマンをしていたらこんなことはなかっただろうな。
やっぱり自由と安定はトレードオフなんだよな。
でも僕は自由を選んでよかったと思った。

夕方、すっかり平熱に戻ったのでシャワーを浴び、洗濯をすることにした。
洗濯が終り、乾燥機に衣類を移していると、突然洗濯機のフタが閉まってしまい、
その瞬間”バチーン”と大きな音が廊下に鳴り響いてしまった。
すると「こっちの方で大きな音がした・・・」と言いながら看護婦さんがやってきた。
「今のは僕が洗濯機のフタを落としたので」と言うと安心して戻っていったが、
やっぱり病院だけあって、こういう事にはシビアになっているんだな。

7時ころ、今日はもうないのかと思っていた輸液を開始。
早く開放されてキャンプしたいなあ。

ついにダウン 2003,8,12
午前4時過ぎ、目が覚めたが意識が朦朧としている。
体が熱く、そして頭が痛い。やっとの思いで体温計を取りだし測ってみた。
アラームが鳴ったので覗きこむと、39.2度を示していた。ありゃっ、こりゃやばいな。

1つのことをするのに10分くらいづつかかってしまう。
体温計をしまうのに10分、シュラフをたたむのに10分、シートを戻すのに10分など。
なんとかコーヒーとパンで朝食をとり風邪薬を飲んだ。
ふらふらするのでしばらくそのまま道の駅で休んでいた。
しばらくすると解熱効果がでて意識がはっきりしてきた。

8時半ころ車を出し、洞爺湖から支こつ湖を通りぬけた。
途中何度か休憩。11時を過ぎると薬の効果が薄れて、また寒気がしてきた。
やっぱりこれはただの風邪じゃないかもな。病院で診てもらおうかな。
カーナビで病院を検索すると、近くに道立苫小牧病院があった。
さっそく行ってみたが、駐車場が妙に空いている。
病院の駐車場は常に満車のイメージがあったが。
受付窓口に行くとすでに午前の診察は終了。午後もう一度来ることにした。

一度病院を出てコンビニに入ると、まるで極地に来たような寒さ。なんだよ、この寒さ。
パンと飲み物を買って苫小牧港の駐車場に車を止めて休んでいた。
それにしても寒い。窓を閉めきり日向に車を止めてもまだ寒い。
体温計を取り出し体温を測ると39.5度、最高記録更新。
なんかやばそうだから早めに病院へ行こう。
病院の駐車場で舌下で検温したらなんと40.1度。またまた記録更新。

1時になったので待合室に行き、待っているとすぐに呼ばれた。
まずは問診を受け胸部レントゲン。そして診察室に入った。
先生はそのレントゲンを見ながら白くなっている所を指差し肺炎を起こしているという。
ああっ、やっぱり。そんな気もしたんだよな。
そして熱が下がるまで数日入院することになってしまった。

まさか北海道に来て入院するなんて思わなかったよ。まいったな。
これじゃ何しに来たかわからんな。でもあと数日車で過ごしていたら重症になったかも。
石垣で入院した後は北海道か。入院の渡りだよ。

血液やCTの検査を終え入院の手続き。病室に案内された。
そしてベッドで横になり抗生剤と水分補給のための輸液開始。

しばらくしてNさんがお見舞いに来てくれた。石垣で11月に出会って以来約8ヶ月ぶりの再会。
それに本やお菓子や飲み物なども持ってきてくれた。
まさかこんな所で再会することになるなんて思いもしなかったよ。
でも家から遠く離れた所で入院して、お見舞いに来てくれるなんてすごく嬉しかった。

解熱剤が効いてきたのか、汗が吹き出てきて体温も37度台に下がった。
先生が回診に来たので、熱のある時に温泉に入ったのがまずかったのか聞いてみたら
水分が失われ脱水症状になり汗が出ず、体温が下がらなくなるという。
どうやら逆効果だったようだ。

そういえば雨の中花火を見たり、毎日かなりのハードスケジュールだったからな。
しばらくゆっくり休むことにしよう。

北海道に上陸 2003,8,11
朝5時前目が覚めた。なんとなく頭がボーっとしている。
取り急ぎコーヒーとパンを食べ、風邪薬を飲んで先に進んだ。

短い区間で一晩過ごしたので、料金所を出るときに警告音が出るかと思ったが
今回は何事も無く通過できた。

早朝の道路は空いていて6時過ぎには八戸港へ到着。
駐車場はいっぱいで、ターミナルの近くに空きを見つけるのに苦労した。
すでに乗船手続きが始まっていて、僕もさっそくチェックイン。
カウンターの中に下敷きが山積みになっていたので、聞いてみたら一枚くれた。

車を待機位置に移動し、7時半過ぎ積みこみが開始された。
予想通り2階に回された。2階だと出るとき時間がかかるんだよな。まあいいか。
できるだけたくさんの車を積むため巾ギリギリで止める。
ドアを開けて降りるのにひと苦労するほどだ。

取りあえずベッドに荷物を置き、船内を散策。2等の自由席は大混雑。
これじゃとても寝ていられないな。ベッドを予約しておいてよかったよ。
その後、外のデッキに出て外を眺めていた。
キャンセル待ちの連番は一昨日から続いていて、結局50台ほどは乗れたようだ。

船が動き出すとベッドに戻り休むことにした。
下船までの間、2回トイレに起きただけだった。
2時過ぎ、毛布を被っていても寒気を感じたので体温を測ってみた。
アラームが鳴ったので液晶を除きこむと、38.0を表示していた。これじゃさ寒いわな。
また風邪薬を飲んで下船までの間休んでいた。

船はほぼ定刻に苫小牧港に到着し、車両甲板が開放された。
車に戻り待っていたが、降りるのに20分ほどかかってしまった。

さてこれからどうしようか、霧雨模様で視界がよくない。
台風の影響で帯広の花火大会も中止との情報を得てしまったし。
米原で出会ったライダー数人にメールすると、旭川、江別、鶴の湯とバラバラ。
鶴の湯は近いけど、とりあえず道南方面に向かおう。
苫小牧の郊外に出ると、走行速度は80キロ以上。北海道に来たことを実感した。
その先、ツーリングマップルで検索。登別温泉に行ってみよう。

温泉郷に入り、さぎり湯を探す。今回はすぐに見つかり、車も止めることができた。
券買機で入浴料390円のチケットを買い早速浴室に。
露店風呂は無かったが、硫黄と明礬の2種類の温泉があった。
硫黄泉の方はぬるくて快適。
体に硫化水素の匂いがついてしまったので、無臭の明礬泉に入ってから上がった。

温泉を後にし、コンビニで食料を買ってR36・37を進む。
途中室蘭ではこの世のものとは思えないほど美しい夕焼けを見ることができた。
そして7時過ぎ、道の駅だて歴史の杜の到着。

しかしあまり食欲が無く、さっき買った弁当も半分くらいしか食べられなかった。
ヒーターをかけても寒気を感じるので体温を測ると38.4度。また上がってしまった。
原因は一体何なんだろう。風邪の原因はほとんどウィルスだからな。
体温が50度まで上がれば死滅する(生物じゃないから崩壊?)かな。

もう先に進むのは止めてここで泊ろう。

台風一過 2003,8,10
ふと外を見ると明るい。んんっ、何時だ・・・まだ5時前か。
再び寝入り、次に目が覚めたのが6時前。
東の空はオレンジ色に染まっていて、そらは真っ青。
台風が空気を入れ替えて、雲をみんな吸いとってくれたようだ。

シートを元に戻し、自販機でコーヒーを買ってパンを食べた。
そして身支度を整えて6時過ぎ、道の駅を出発した。今日は長帳場になるぞ。

それにしてもいい天気だ。ひたすらR4を北上していく。
単調な道に飽きると脇道に逸れ、山岳路を走る。
風にそよぐ稲の緑がこんなに鮮やかだったとは気が付かなかったよ。
窓を全開にして走る。

ツーリングマップルを東北版に切り替える。

体がだるいのや、喉が変なのは、昨日声を出し過ぎたからかな、と思っていたが
昼ころには顔がほてって本格的に調子が悪くなってきた。
そういえば数日前から喉が痛いような気がしていたが・・・。

仙台を通過したのは午後1時になってしまった。
渋滞の中一般道を走る気力がなくなり、大和から東北道に乗った。
さすがにお盆の時期だけあってほとんどが他県ナンバーの乗用車だ。
トラックはほとんどいない。

すぐにパーキングの日陰に車を止め、風邪薬を飲んで休むことにした。
1時間ほどして目が覚めて、再び走り始めた。

そうだ、温泉に行こうか。マップルを見ながら温泉を探す。
この先の西根インターの近くに温泉を発見。手前の滝沢インターで下りrR282を北上。
しばらく走ると左側に温泉発見。でも健康ランドみたい。料金は1200円。やめた。
再びマップルとにらめっこ。おっ、八幡平のすぐ近くじゃないか。早速向かう。

そして東八幡平温泉郷に到着。でも温泉が見つからない。
ツーリングマップルの温泉の位置は結構間違っているからな。
あちこち走りながら探す。一番奥にそのような建物があるのだが名前が違う。
でもどうみても日帰り温泉。案内板でもほかにはない。
なあんだ、名前も間違ってるじゃないか。これじゃなかなか見つからないよ。

入浴料500円を払って浴室に行った。
少し白濁していて僅かに硫化水素の匂いがする。内風呂は41度もあるので外に出た。
露店風呂は少し温度が低く快適。空を見ながらゆったりと浸かった。
でもやっぱりおかしい。いくら入っていても汗が出てこない。
お湯から上がっても一瞬で汗が引いてしまった。いつもはこんなんじゃないのにな。

温泉を後にし、途中のドラッグストアで風邪薬を買って、目的地八戸に。
7時を過ぎるとどこのスタンドも閉まっている。やばいな。
メーターの針はEラインの下まで下がっている。予備タンクを持ってはいるが面倒だ。
なんとか安代インター手前でスタンド発見。でも変だなあ。
一応看板は点灯しているのに給油場所は暗い。ありゃっ、閉店かな。
と思ったらおじさんが出てきて誘導された。やれやれ、助かった。
おじさんが言うには、虫が大量発生していて、背中から耳からみんな虫が入ってしまうので
仕方なく電気を消していたと言う。これでひと安心。

ずっと一般道で行こうとしたが、またしても気力がなくなり浄法寺インターに吸いこまれた。
あれっ、ETCの表示が無い。ここはまだ設置されていないのか。
久しぶりに通行券をを持って高速に乗った。

折爪SAで止まり、パンとおむすびを食べ風邪薬を飲んだ。
そして体温を測ると37.7度ある。今日はここで終りにしよう。

明日はついに北海道に上陸。ハラハラドキドキするよ。

来年も会えるね 2003,8,9
なんか台風が来てるな。でも朝は風も無く雨も小ぶり。

6時半過ぎに起きてシャワーを浴びて出発の準備。
北海道へのフェリーの出発地点が八戸になってしまったので西武から直行。
バイクと違ってたくさんの荷物を積めるので、いらない物も結構積んでしまった。

そして9時20分家を出た。R246を北上、御殿場に入ると濃霧&豪雨。
御殿場市内で給油をして、籠坂峠越え。窓に溌水剤を塗っていない車がスローダウン。
なかなかペースが上がらない。山中湖沿いの道は冠水していた。
もう諦めてバシャバシャと水の中を歩く観光客もいた。

その先大月方面に逸れ、甲州街道に乗った。
そのまま八王子まで行こうとしたが、大垂水峠がなんと通行止め。あちゃー、大雨の影響か。
仕方なく相模湖から八王子まで中央道に乗り、そこから西武ドームを目指す。
途中買い物をした後、狭山湖の手前で日帰り温泉発見。
営業時間を確認すると午後11まで。これならライブの後にも寄れるな。

1時前、西武ドーム前の駐車場にもま空きがあったが、出庫渋滞を避けるため
ユネスコ村の駐車場に止めることにした。まだ1時だしこの天気、駐車場はガラガラ。
それにしてもすごい嵐だ。車が横風でゆっさゆっさと揺れる。
でもこの揺れが気持ちよく、いつのまにか寝てしまった。

目が覚めると高校野球が始まっていたのでテレビで見ていた。
高校野球が終るころには雨も風も止んだのでドームに向かうことにした。
その前に車の中でドラえもんのTシャツに着替えた。
車を降りるとみんなドームへと向かっていく。3310(みさと)のナンバーが多い。
みんな僕のTシャツが気になるようで視線を感じる。ちょっと恥ずかしいけど、でも嬉しい。

入場口はすごい人。それでも流れはスムーズで5時半前には中に入った。
席番を確かめ自分の席に行こうとすると席が無い。代わりにテレビカメラが設置されている。
困っているとすぐにスタッフが来て、急遽カメラを設置したので席を移ってほしいという。
どこの席かと思ったら、1ブロック前。なんとド真中の前から10番目。
おまけに横10列の席に5人しかいない。これなら余裕で踊れる。ラッキーっ♪
ドームの中を時折通りすぎる風が心地いい。

開始30分前にはコブクロのライブが始まった。こんなの初めてだよ。
コブクロのライブなんて初めてだけど、そいえば美里に曲を書いていたんだよな。

スカパーの中継が入っているので時間通り5時に開始。外はまだまだ明るい。
しかし開始からいきなりパワー発揮。”18才のライブ”で一気にドーム全体が一体になった。
ねぶたの後遺症が癒えないうちにまた跳ねまくってしまった。
おまけに今度は腕も筋肉痛になりそうだし声もかれちゃうよ。

大江千里とのデュエットの10yearsでは、涙がこぼれそうになり、思わず天を仰いでしまった。
いいなあ。ずっとずっとこうしていたい。
好きなものを好きと言える。簡単そうで難しい。
でも、僕は今まででいちばん素直な気持ちになれた。大好きだよ。

途中予想通りドラえもんも登場しヒートアップ。ドラえもんのテーマ曲を全員で熱唱。
ドラえもんでこんなに盛りあがるなんて。

あっというまに3時間が過ぎてしまった。お金には換えがたい夢にような3時間だった。
終演時、スクリーンにV19・V20の文字が出ると、どっと歓声が湧きあがった。
僕も思わず目を疑った。やったあーっ!来年もここでMISATOに、そしてみんなに会える!

ドームを後にし駐車場に向かった。なぜか疲れは全く感じない。
数分で車を駐車場から出すことができ、さっき見つけた温泉に向かった。

10分ほどで到着、さっそくチケットを買って温泉に入った。
ここはいろいろな温度のお湯があり、39度くらいのお湯が僕にはちょうどいい。
露店風呂に行くと、雲に霞んだ月も見るとこができた。朧(おぼろ)月夜だな。

汗を流し、すっかり温まった。さて北に向かうか。
軽自動車の字光式のナンバーはまだ珍しいのか後に車がぴったり着いてくる。

来た道を少し戻りR16に乗りひたすら西を目指す。途中吉野家を見つけたのでチャージ。
R4バイパスに乗ったところで11時を回ったので、その先の道の駅さかいに車を止めた。
まだ少し行けそうだけど、今日はここで終りにしよう。

台風もいっちゃったようだし。今日は楽しかったなあ。

ねぶたとねぷたでねむたい 2003,8,8
夜中にトイレ休憩でSAに停車。国見SAだったかな。よく覚えていない。

その後、誰かの歯軋りで目が覚めた。バスの後方からのようだ。
ロードノイズは全く気にならないが、これはたまらない。
黒板や擦りガラスを爪で引っ掻いたような音。
他の人も気付いているようだ。誰か起こしてよっ。

しばらくして収まったのでなんとか寝ることができたが、バスの中なので熟睡はできない。
午前5時過ぎ、川口のパーキングで停車。
これが最後の休憩になるので歯を磨いて顔を洗った。
その先の首都高は渋滞も無く順調に進み東名に乗った。
そして6時45分、予定より2時間以上早く平塚駅前に到着。
ドライバーと添乗員さんに挨拶をして足早に駅に向かった。

この時間だとラッシュにはまだ早いかな。それに下り列車だから。
定刻になっても電車は入ってこない。なぜだろう。
駅のアナウンスによると、東海地方の豪雨の影響で、前の電車が運行を見合わせていたようだ。
運がよかったのかどうかはわからないが、2分程度の遅れらしい。
急ぐ旅ではないが、とりあえず先に進むことができた。

入ってきた電車は前の電車とかなり間隔が開いたため、かなりの混雑。
大きなバックパックを背負って乗るのは気が引けたが
ほとんどの人がここ平塚で降りてしまったので空席があり座ることができた。

途中国府津で下車し御殿場線に乗り換える。久しぶりだなあ。
発車まで30分ほどあったが、すでに電車はホームに入っていてドアも開いていた。
御殿場線はさっき言ってた豪雨の影響は無いようだ。ひと安心。
この区間に乗ったのは高校生の時以来だよ。何年ぶりなんだろう。
窓の外を流れる風景は、あのころとはだいぶ違って見えた。

御殿場では後続の特急に追い越されるために15分停車。ここでほとんどの人が降りていった。
そして9時過ぎ、無事裾野駅に到着。そこからは歩いて家に向かった。
途中パラっと雨が落ちてきたが、傘をさすほどでもない。
家に着くと急に大雨。なんとも運がよかったな。

しばらくして雨が上がったので、車にルーフトランクを取り付けた。
それから買い物に出かけたが、携帯に見知らぬ番号の着信。
一応出てみると東日本フェリーからで、僕の予約した便は欠航になるという。
ありゃーっ、せっかく予約できたと思ったのになあ。
でも怒ったところで何も解決にもにもならない。エネルギーの無駄だ。
早く何らかの打開策を見つけなければ。

翌日に延期したところですでに予約でいっぱい。
下手にキャンセル待ちをして積み残されたら大変だ。他の航路に変更しよう。

しかしよく考えると大洗航路が予約できる前、八戸航路を予約してあったな。
そういえばキャンセルし忘れていたよ。よしっ、八戸まで走るか。
これで当初の予定に戻ってしまった。でも怪我の巧妙みたいなもんだな。
とりあえず北海道までのルートを確保できてよかった。
でも9・10の2日間の予約をしていた人たちはどうするんだろう。
やっぱり青森まで走るのかな。

大洗なら明日の西武が終わったら家に戻ろうと思っていたが
八戸じゃそのまま向かうしかないかな。2泊車中泊でもいいか。

家に帰ってきて出発の準備。出発が1日早くなってしまったな。
明日はいよいよ西武でのライブ。台風の真っ只中、所沢へ向けて突進するよ。
今日は眠たいので早めに寝よう。

今日はねぷた 2003,8,7
朝5時半前目が覚めた。
なんか足が張ってるし、膝がガクガクするよ。でも疲れは感じない。
やっぱり噂は本当だったな。1日でこれじゃ、毎日跳ねたらどうなるんだろう。
でも昨日は星空の下ねぶたが見られたし、思いっきり弾けたからな。最高だったよ。

外を見ると、霧に霞んでいる。幻想的な風景ではあるが太陽は見えない。
このツアーはねぶたがメインだから、今日はおまけみたいなもの。まあいいや。

昨日は疲れたのでシャワーだけ浴びて寝てしまったので大浴場に行くことにした。
まだ5時半だから空いている。大きな湯舟に体を伸ばして浸かると疲れも抜けるような気がする。

すっかり温まったので、一度部屋に戻り朝食を食べにカフェに下りた。
バイキングだったので、パンとフルーツやスクランブルエッグを適当にチョイスして食べた。

まだ少し時間があるのでテレビを見ていると、台風が来ているじゃないか。
おいおい、こっちに来ないでくれよ。ずっとそこにいてくれー。

8時半、バスに乗りこみ十和田湖に向かった。
途中対向車線で駅伝をやっていた。先頭はケニヤの選手のようだ。
こっちの車線じゃなくてよかったあ。

峠を越えて十和田湖が見えてきた。
朝はあれだけ霧がかかっていたのに青空も見えてきた。
当初の予報では雨だったから、雨が降らないだけでもいいか。晴れ男のパワー発揮かな。

ここから観光船に乗って、子(ね)の口というところまで行くのだか、これはオプションだ。
バスの中で案内された金額は1320円。これは普通運賃だ。
僕はそれには申し込まず、自分でチケットを買うことにした。
事前調査でJAFの割引が適用になるのを確認していたのだ。
旅行会社で人数をまとめて買えば、団体料金にならないのかな。
それともマージンを稼いでいるのだろうか。個人でチケットを買ったのは僕だけだった。

10時45分発の船に乗り十和田湖の遊覧開始。
僕は外のベンチに座っていたので案内放送がほとんど聞こえなかった。
そういえば夏の時期に十和田湖に来たのは初めてだな。
学生のころ真冬にジムニーで来た記憶はあるが。
約50分の船旅。子の口で船を降りてバスに乗り、今度は奥入瀬渓谷の散策だ。

添乗員からは約40分くらいかかると聞いていたが、僕は歩くのが早いから30分で十分だ。
それでも寄り道したり、景色を楽しみながら散策ができた。
しかしゴール地点が見つからない。添乗員も場所がわからず行ったり来たり。
結局ゴールはずっと先だったが僕も行ったり来たり、かなり歩いてしまった。
昨日のねぶたの筋肉痛がさらに悪化しそうだ。

何とかゴールを見つけバスに乗り、昼食を食べに近くの観光センターに行った。
その後川原のベンチに座ってしばらく奥入瀬の流れを眺めていた。

時間になったのでバスに行き、五所川原のたちねぷたを見物しに行く。
このお祭りにはハネトみたいに参加できないのでどうでもよかったが、
きのうはねぶたをほとんど見られなかったので、ちょっと見てみたくなった。

そして会場付近に到着したのは午後4時過ぎ。ずいぶん早いな。祭りは7時からだよ。
でも全員バスから降ろされ会場まで連れていかれたのでねぷたの運行コースを散策。
とりあえず場所取りのため適当な所にシートを広げ場所を確保。
他にもっといい所がないかな、と歩いていると、昨日同室だった人と遭遇。
そこで一緒に見ることにした。そこは桟敷席の前でかなりいいポジションだった。
7時前になると歩くのも困難なほどの混雑。結果的に早く来たのが幸いしたようだ。

午後7時、花火の合図で祭りが始まった。
巨大な太鼓が登場し、その上に3人も乗って太鼓を叩いていた。
それが近付いて来ると、腹に響く低音。これがたまらなくいいな。
そして灯りのともったねぷたが次々に通りすぎていく。
中には10メートル以上もある巨大なねぷたもあった。
昔は20メートルのねぷたもあったという。

そして9時、お祭りも終了。巨大ねぷたも格納庫に入っていった。
雨も途中パラっと来た程度。天気にも恵まれたよ。

バス乗り場まで歩いていく。ふくらはぎが痛い。でもなんかいい感じ。
忘れられない思い出になった。またいつかねぶたでハネトになってみたいな。

9時20分バスは一路平塚に向けてひた走る。12時間のバスの旅だ。

ねぶたでハネト 2003,8,6
午前3時20分、目が覚めた。目覚ましが鳴る15分前だ。
不思議なことに、こういう時は必ず目覚ましの鳴るちょっと前に目が覚める。

まずシャワーを浴びて朝食を食べた。
パッキングは昨日のうちにほとんど終っているので余裕がある。
そして4時半、父に送ってもらい、家を出て三島駅に向かった。

駅前のベンチには何人か寝ている人がいた。一晩中寝ていたのだろうか。
券買機で平塚までの切符を買った。950円。
でもまだ改札は開いていなかったので駅前を散策。
4時50分になると改札が開いたのでホームまで歩いていった。

何本かの貨物列車や寝台列車が通過した後、東京行きの普通列車が入線してきた。
おっ、懐かしい113系だ。しばらくこの電車には乗ってなかったな。
少しづづ明るくなってきた空を見ながら電車は進む。朝焼けも見ることができた。

熱海から先は本当に久しぶりだ。学生のころは毎日乗ってたなあ。
小田原駅では左側に小田急線の電車が見えた。懐かしいなあ。
学生のころは三島から鶴川まで通ってたんだな。もう10年以上前になってしまったのか。

途中眠くなるが、乗り越すと大変なので眠らずに景色を見ていた。
6時9分、無事平塚に到着し待合場所へ向かった。
朝の駅前は人通りが少なく閑散としている。
駅前の通りを少し歩くとバスが止まっていた。ここだここだ。

バスに乗りこみ受付を済ませると座席を指定された。後から3列目。
この後ろ3列だけはなぜかシートピッチが異常に広く、らくちんだ。
参加者はほとんどが60過ぎの夫婦だ。
インドでは最年長だったけど、今度は最年少のようだ。ハネトになるひとはいないようだ。

厚木から東名乗り、高速を飛ばす。バスで東名を走るなんて何年ぶりだろう。
記憶にあるのは高校2年のころのスキー教室かな。
あの時はまだ首都高の川口線は開通していなかったな。
今回は運転しなくていいので景色がゆっくり眺められる。

東名川崎からは渋滞にはまった。用賀までの渋滞のようだが結構のロスタイムだ。
結局用賀を通過したのは8時15分、その先も事故で渋滞。
用賀から霞ヶ関まで35分もかかってしまった。
環状線に入ると流れは順調で、箱崎も無事通過。9時には東北道へ乗った。

それから青森目指して延々と走る。2時間おきくらいにトイレ休憩。
適度な揺れとロードノイズで、すっかり夢に中に誘いこまれてしまった。

5時半過ぎ、ようやく青森インターを通過、料金は36800円を表示していた。
その先渋滞。市街地に入り、会場の手前でバスを降りた。すでに6時を回っていた。

急いで浴衣を売っている店を探した。一応ネットで調べておいたのでそこに向かったが
途中で浴衣を売っていたのでそこでGET、着つけもしてもらった。
そしてバスに戻り、いらない荷物を置いて、いよいよねぶたへ向かった。

ライダー達は青森県板金工業組合のねぶたにいるらしいのでまず探索。
いかにもライダーらしい人たちばかり。車椅子の人もいる、よし、ここにしよう。
あまりに人が多すぎて、来ているはずの友人を見つけることができなかった。
でも跳ね始めれば関係ない。花火の合図でみんな一体になって跳ねていた。
ラッセーラー、ラッセーラーの掛け声で跳ねる。すぐに汗だくになる。

いつもは見るだけの祭りも今日は参加。たくさんの人に見られている。
そして、前後のねぶたを見ると、祭りに参加していることを実感しうれしくなる。

半周ほどすると足が疲れてきた。そして声も枯れ、脱水症状気味。
でもこんなに楽しいのって、本当に久しぶりだよ。強行日程だけど来てよかった。
あっという間に時間が過ぎていく。そして8時40分の花火の合図で終了。
スローペースだったんで、結局一周まわりきらないうちに終っちゃったな。

バスの出発まで10分しかないのですぐに離脱。ペットボトルの飲料を買って一気飲み。
なんとか時間前にバスに到着した。浴衣を着ていたのは僕だけで、みんな驚いていた。
それからバスで雫石の宿に向かった。
ねぶた祭りのために、青森市内や近郊の宿は全て満室らしい。それにしてもちょっと遠いな。

バスの中ではうつらうつら、途中SAでトイレ休憩。
しかしバスは給油に行ってしまい、待ちぼうけ。
すると僕は浴衣を着ているので、いろいろな人に声を掛けられる。
何回も来てるの?とか、その浴衣全部でいくらくらいするの?とか。

しばらくして再びバスに乗りこみ、安比高原へ。
宿は安比グランドホテル、ヴィラ。ここはスキーリゾートだ。
でもこの次期、たくさんのバスが止まっている。
フロントでキーを受け取ったのは午後11時半過ぎ。
疲れたけどすごく気持ちいい疲労感だな。明日は五所川原だ。

花火はお休み 2003,8,5
朝起きるとなんとなく頭が痛い。
エアコンはつけっぱなし。多分これが原因だろう。

朝食を食べているとクマゼミの鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声が「ありがとう」と言っているように。もちろん日本語じゃなくて。
「シェーシェーシェーシェー・・・」(謝謝)
一昨日から”大地の子”をみている影響かもしれない。

しばらくしても頭痛が治らないので風邪薬をのんで少し休むことにした。

お昼を食べてから近所のダイソーに買い物に行った。
明日からバスツアーで青森のねぶたと五所川原の立ちねぷたを見に行くのだ。
それに必要な物資を調達。といっても延長コードだけだけど。

昼過ぎ、ラジオを聴いていると、これから大気の状態が非常に不安定になり
雷を伴った雨が降るという。ええーっ、こんなにいい天気なのに。
まあ地上付近の空気が温められて、上空に寒気が流れ込めば上昇気流が起こるよな。

今夜は熱海で花火があって、前売り券も買ってあるんだけどな。
体調も良くないし、明日は5時の電車に乗らなきゃいけないんで今日の観覧は見合わせよう。

夕方家に帰ってくると、富士総合火力演習(通称国営花火大会)の当選ハガキが届いていた。
25枚も出したのに1枚だけか。一度当選すると、その後の当選確率が下がるようだ。
友人の名前でも25枚出してあったので聞いてみると、3枚当たったという。

抽"籤"じゃなくて抽"選"だもんな。厳正に抽出して選んでいるのだろう。
去年山形の友人名で同数出したところ1枚しか当たらなかったのに、
横浜の義弟名では3枚当選した。地理的条件も考慮しているのかもしれない。

8時過ぎ、ふと外を見ると雨が降っている。そのうち雷も鳴り出した。
アメダスを見ると、清水では時間雨量35ミリになっている。すごい雨だ。
結果的に熱海には行かなくて良かったのかもしれない。

こんな時間に家にいるのは久しぶりのような気がするよ。
明日は朝早いんで、ゆっくり休もう。エアコンはタイマーをかけて。


状況により、6〜7日は日記の更新ができないかもしれません。

霧の中の花火 2003,8,4
昨日は疲れてしまったうえ、遅くまでテレビを見ていたので目が覚めたのが8時。
外はすでに蒸し暑く、蝉が鳴いていた。

昨日の日記をアップしているともう10時近くなってしまった。
今日は歯医者を10時で予約してあったので急いで向かった。
歯医者に到着すると駐車場には車が1台だけ。やった、空いてる。
と思ったのだが待合室には5人もいる。
そして呼ばれた時は11時近くなっていた。

今日は特に削ったりする治療はしなくて、歯の表面などを磨いたり歯石を取ったり。
半年に1回くらいは歯医者でこのようなメンテナンスをしたほうがいいらしい。

お昼を食べた後給油に行くと、見たことのある人の運転するトラックが来た。
陸送屋のOさんだ。懐かしいなあ。
話しをしたかったけど、給油が終ったので一言だけ挨拶してスタンドを出た。

今夜は芦ノ湖の湖尻で花火大会がある。でもまだ早いな。少し休んでから出掛けよう。
4時近くなったので、深良用水沿いの道を登って湖尻峠に出た。
芦ノ湖スカイラインを下っていくが料金所は無人なのでタダで通過した。
湖尻の林の中の駐車場に車を止め湖畔を偵察。まだ場所取りをしている人もいない。

一度車に戻り待機。5時半ころ会場に向かった。
湖畔に下り、神事の行われる場所のすぐ横に陣取った。
薄暗くなってくると、神事が執り行われ、組んだ櫓に点火された。
それが終わると打上開始。しかし雲が低く、3号以上は雲の中。
時折霧が晴れる時もあったが、2.5号級のスターマインが限度。
替わりに期待が高まるのが水上花火だ。

打上は7時半から8時までの30分間で、
打上が終わると、埼玉栄高校のマーチングバンドの演奏が始まった。
これは去年も聴いたのだが、さすが!としか言いようがない。プロ級だ。
いったい1日に何時間練習しているのだろう。

演奏が終わったところで会場を後にした。
ほとんどの人はロープウェイの所の駐車場に車を止めたようで、出車時の混雑はなく
会場から家まで30分ほどで帰って来られた。
やっぱり近いといいな。

大地の子 2003,8,3
今日も夏らしい蒸し暑い朝。でも夏はこれでなきゃっ。

8時ころ目が覚めた。今朝は曇っているけど蒸し暑い。
この辺りは夏になるといつも朝は曇っている。でもそのうち晴れてくるよ。

10時過ぎ、ダイソーに行って車内の整理用のボックスを買ってきた。
ツーリングマップルをまとめて入れようとしたのだが、目測を過ったかギリギリ入らない。
入らないこともないが、少し曲がってしまう。ダメだこりゃっ。
仕方ないのでビデオを入れてあった箱と入れ替えた。

一度家に戻り、北海道に行く時に装着するルーフトランクを引っ張り出した。
2月に北海道に行った時使って、外した後そのままにしてあったので汚いままだった。
洗車ブラシで洗ってからワックスをかけた。

その後お昼を食べて清水に向かった。
今夜は清水港で花火大会がある。近所の清水町や韮山町でも花火大会があるが
やはり10000発上がる清水に行ってみたい。新生静岡市の記念大会でもあるし。

さてどこで見るかが問題だ。この大会は初参加なのでどこで打ち上がるかわからない。
日の出埠頭は混んでいて、駐車場も満車なので対岸から見ることにした。
会場を通過し、三保方面に行く途中上空ではアクロバット飛行が行われていたが
中部電力清水火力発電所の中にある渡船場に着いたころは終ってしまった。残念。

ここからは対岸の会場はよく見える。
まだ3時なのに、浮き桟橋にはすでに場所撮りのシートが貼ってある。
でもあんな所で見たら酔っちゃうよ。
対岸には打ち上げ用の台船が見える。どこに出てくるんだろう。
とりあえず三脚を立てて場所を確保。
近くのコンビニに行って戻ってくるとカメラを持ったおじさんが来ていた。
本格的な1眼レフのカメラと大きな三脚を持っていた。
そこでいろいろと話しをした。

人とのコミュニケーションの基本はやっぱり話しをすること。
初対面の人とは、話しをしなければ、意思を伝えることは難しい。
声をかけなければ、そのまま話しをすることもなく離れいき、2度と会うこともないだろう。
なかにはほとんど受け答えしてくれない人もいる。
でも大抵の場合、お互いに楽しい時間を過ごすことができると思うし
いつかどこかで再会することもあるかもしれない。
それがわかり、自然にできるようになったのは、僕が旅に出てからだった。

4時半くらいになると、なにやらたくさんの人が集まってきた。なんだなんだ?
すると北の方から4機編隊のプロペラ機がやってきた。おっ、なんだ。
でもさっきのアクロバット機とは違ってただ飛んで行くだけ。
しばらくして今度はF1と思われる4機のジェット機がスローで飛んできた。
何回か旋回して行ってしまった。
それが終るとほとんどの人が帰っていった。これを見に来たのか。

7時を過ぎると人がいっぱいになってきた。
浮き桟橋の上もいっぱい。通路にも人が坐っている。
もうこれ以上入れないって感じになった。

そして7時半打ち上げ開始。さすがに近い。そして高い。
10号の大玉が上がると、一番前にいるのに屋根が邪魔になるほどだ。
メジャー大会だけあって、絶え間なく打ちあがり、大玉の数も群を抜いている。
-----詳細は2003花火観覧記参照-----

8時半、雷3段で打ち止めとなり、観客が一斉に帰り始めた。
僕は袋小路の一番奥の方に車を入れたので、しばらく待っていた。
そして15分ほどしてから渡船場をを後にした。

市街地が近付き、予想と覚悟はしていたのだが渋滞が始まった。
それが予想外に激しく、渋滞を通過してR1に出るのに1時間以上かかってしまった。
結局帰ってきたのが11時を過ぎてしまった。今日はちょっと疲れたよ。

夜中、NHKで中国を舞台としたドラマ”大地の子”をアンコール放送していた。
以前、この番組を見た記憶がある。あれから何年経ったのだろうか。

中国を旅してきた後だったので、あのころとは違った視点で見ることができた。
国籍や人種を越えての愛情。テレビの前で涙をこぼしてしまった。
言葉や肌の色が違っても、やっぱり同じ人間なんだよな。

海外を旅して、僕はそこでは外国人になった。
日本にいたら、頭の中だけでしか実感できなかったことだ。

車をリフレッシュ 2003,8,2
今日は朝から真夏の日差し。蝉の声がいいな。

久しぶりに車庫で整備ができるようになったので、早速洗車開始。
それからゴチャゴチャになってしまった室内を整理。これが意外に時間がかかる。

電装品がたくさんあるので配線もすごい量。どれがどれだかわからなくなっている。
垂れ下がったり室内に露出している配線にコルゲートチューブを被せ固定していく。

1箇所通電していない所が見つかったが、原因を探るのにひと苦労。
リヤボードの上にはサブウーファーやアンプ、サブバッテリーや冷蔵庫もある。
元をたどるとその下に配線が入っていた。まいったなあ。
ボードを固定していたネジを外し、無理やり持ち上げ元をたどる。
途中配線を分岐させているところまでは通電している。このあたりが原因だな。
結局その部分のコネクターのヒューズが飛んでいた。ヒューズを交換して修理完了。

あとは室内清掃。運転には必要ないものがいっぱい。でも無いと困るような気がする。
だから物がいっぱいになっちゃうんだよな。とりあえず要らないような物を車から降ろした。
そんなことをしているうちにもうお昼になってしまった。汗びっしょりだ。

しばらく休んだ後、御殿場まで買い物に出掛けた。
帰り道、R246を走っていると脇道から白バイが出てきた。新型VFRのようだ。
よく見たいな。僕は左車線に除け、白バイを追い越させて後にぴったり付いた。
おっ、ピカピカの新車だ。獲物を探しているようだが
最近のバイクはライトが消せないから目立ってしまう。
沼津市内までずっと後をつけていたが1台も捕まらなかった。
白バイは途中の信号でUターンしていった。

僕はそのまま沼津方面に行き、今日の花火大会の下見。
今夜は沼津市の原地区で花火大会がある。
打ち上げは2000発と少ないが、8号の大玉が上がるとの噂を聞きつけた。
早速原小学校の周囲を探索。しかしこの辺りは住宅地で、8号を上げられるような空地は無い。
おかしいなあ、どこだろう。あっ、もしかしたら。
R1のバイパスを越えて山側に行ってみた。するとそこは広大な田んぼ。
多分この辺りだな。田んぼのあぜ道を徹底的に見て回る。

しばらく探すと、あったあった。あぜ道に茶色い筒が並んでいる。あれだあれだ。
さっそく近寄ってみると、さらにその先にはスターマインのセットが並んでいた。
近くに車を止めて、立入り禁止のバリケードを越えて接近。運よく誰もいない。
業者は臼井煙火、この業者は今日裾野でも打ち上げがある。そっちに行ってるのかな。
それにしても無人とは無用心だ。誰かが火を付けてしまったらどうするんだろう。
今夜打ち上げる花火がなくなってしまうじゃないか。まあいいや。

でもあの茶色い筒は4〜5号だな。8号はもっと太いはずだけど、どこだ。
さらに近付くと、川沿いの土手に直径30センチ近いステンレス製の筒が固定してあった。
おっ、これだこれだ。デカイなあ。高さも1.8辰呂△襪茵K佑凌板垢汎韻犬らいある。
とりあえず写真を撮ってその場を離れた。

まだ時間があるので、根通りを走って久しぶりに田子の浦港まで行ってみた。
堤防の付近はすっかり以前とは変わっていた。
車をできたばかりの波消しブロックの前に止めて、小田和正の自己ベストを聞いていた。
これを聞くと、去年バイクで放浪の旅に出て、石垣を目指して走っていた時のことを思い出す。
特に四国の帰全山キャンプ場や、奥白髪温泉のことを。
多分一生忘れないし、この曲を聞くと、いつでも思いだすんだろうな。

薄暗くなってきたので打ち上げ場所に戻ることにした。
6時半過ぎには到着し、広いところに車を止めて撮影場所を物色。
他にも何人か同じようなことをしている人がいた。
でも全然混雑は無い。みんなお祭りの会場で見ているようだ。
僕は少し離れた田んぼの中のあぜ道で撮ることに決めた。

すでに先客が2人。いろいろと花火の話しをする。同じ趣味同士なので話しがはずむ。
隣にいる人は、今年何回も僕と同じ花火大会を見に行っていた。
でもなんか聞いたことのあるような話しの内容。もしかして・・・。
「もしかして花火横丁の・・・」と聞いてみたら、やはりM42首相さんだった。
花火横丁のHPはいつも参考にさせていただいたページだ。
-----リンクの承諾を得ていないので、YAHOOで検索してください。1番に出ます-----
機材も経歴も及ばないが、僕は別の角度でも花火の写真を撮っている。

打ち上げは7時半から、スターマインは意外に4号も入ったりする。
単発は5号と8号のセット。こんな近くで大玉を見られるのは静岡県くらいか。
各都道府県の条例によって、保安距離(立入り禁止区域)が違うのだ。
用水路の対岸に行けば、8号の筒から20辰靴離れていない。こんなんでいいのだろうか。
お祭りの会場から、花火の打ち上げのアナウンスが聞こえてくるで
カメラの向きを決めるのには好都合だ。それにこちらは風上で絶好のポジション。

遠く富士川の花火や門池の花火も見えた。
愛鷹山の向こうで時々光っているのは裾野の花火だろうか。

-----詳細は2003花火観覧記をご覧下さい-----

1時間ほどで打ち上げ終了、M42首相さんに挨拶をして後にした。
またどこかの花火大会の会場で会うかもしれないな。

あぜ道を抜け、15分ほどでR1に乗り9時半過ぎ家に着いた。
近いと楽でいいな。明日は韮山と清水、どっちに行こうかな。

夏が来た! 2003,8,1
今日から8月、やっと本当の夏がやってきたよ。

朝。起きて気付いたのが蝉の声。そして空を見上げると青空。
そして蒸し暑い空気。やっぱりこれじゃなきゃ夏が来た気がしないよ。

しかしどうも頭が痛い。目が覚めた時エアコンがつけっぱなしだったが、多分これが原因だ。
設定温度は20度。そういえば夜中に寒くて起きたような気がするな。

10時過ぎまで休んだ後、車で沼津のホームセンターに出掛けた。
クリヤーの字光式ナンバーカバーを探したけれど見つからない。
リヤはスモークのカバーは付けたくないんだよな。

キャンプ用品を見ていると、L字型の懐中電灯が178円。青色LEDのキーホルダーも178円。
折りたたみ式クッションが200円、思わず衝動買い。他に携帯用酸素も調達した。

昼食を食べ、しばらく休んだ後大仁へ向かった。今日は大仁の狩野川で花火大会がある。
大仁町のHPを見ると6000発と表示してあった。なかなかの数だ。これは見に行くしかない。
R1は南二日町で、R136は狩野川大橋手前で多少渋滞したがほとんど問題なし。

3時過ぎ、とりあえず狩野川公園の駐車場に車を止めて周囲を偵察。
ここから大仁橋が見えるが、その下流ということは橋の向こうか。ちょっと遠いな。
でもなんか変だ。そうだ、ここは流れが逆なんだ。ということは橋の手前、あれが打ち上げ場所だ。
ということで早速打ち上げ場所を偵察。このじかんならまだ立入り禁止になっていない。
止まっているトラックは螢ぅ吋屮鵑澄そして河川敷に浸入。

設置してある筒を片っ端から見て回った。単発最大は5号が5基。他に3号〜4号。
スターマインは2.5と3号のセット。この距離じゃこんなもんかな。
5号玉は迫力がありそうだが国道までの保安距離は確保できていないんじゃないかな。

7時半ころ、友人も到着。修善寺道路の橋の下に陣取った。
小玉中心の打上だが、ゆったりと川原でそよ風を浴びながら見られる花火ってやっぱりいいな。
夜空にはカラフルな大輪の花が咲き、久しぶりにあった友人とは旅の話にも花が咲いた。

1時間ほどで打上終了。駐車場の出口には信号があり、1回で10台ほどしか出られない。
まあ急ぐこともないし、友人も地元なので空くまでしばらく立ち話をしていた。
9時すぎ、駐車場を出て家に向かった。

夜の街中を走り、10時前に家に着いた。
工事はすっかり終わっていて、やっと車庫に入れることができた。
北海道まであと10日、明日は洗車と車の整備をしなきゃ。