やじさんの日記帳 2003年6月

山のあなた 2003,6,30
本日午前8時40分、1384キロを走破して無事帰ってきました。

午前5時過ぎ目が覚めた。夏用のシュラフにくるまっていたが、少し涼しく感じた。
もう眠くないのでシートを元に戻し、パンを食べ缶コーヒーを買って飲んだ。
6時には準備完了し、道の駅南きよさとを後にした。

まだ6時なのにこんなに陽が高かったのか。
眩しいほどの朝日を浴びながら、交通量の少ないR141を飛ばした。
甲府の市街地もまだラッシュ前。御坂トンネルの手前で休憩。
山中湖の手前あたりで若干混雑したが、籠坂峠を無事越えてきた。

しかしR246に乗ると渋滞が始まった。片側2車線あるのになんで渋滞するんだろう。
原因は工業団地に向かう交差点。右折車が大量に詰まり、右側車線を塞いでいた。
その交差点を通過すると渋滞は一気に解消。と思ったのも束の間。
しばらくするとまた渋滞。今度は交差点の中央分離帯に2トン車が突っ込んでいた。

それをやり過ごすとその先に渋滞はなかった。
家に近付いたがもう8時半か。工事を始めているな。
家には寄らず駐車場に車を止め、バッグをかついで家まで歩いて帰った。
8時40分、無事到着。楽しかったなあ。

その後は午前中かけて美術館をアップ。
お昼になったので弁当を買いに車を出した。ついでに給油。
家には戻れないので箱根の林道を散策。夕方家に戻った。


今朝ラジオを聞いていてふと感じたこと。
カール・ブッセ作・上田敏訳 山のあなた

山のあなたの空遠く、
「幸」住むと人のいふ。
ああ、われひとと尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く、
「幸」住むと人のいふ。

人に聞いて「幸」を探しに行ったけれど、見つけることができずに帰ってきた。
しかし、人は「もっと向こうにあるんだよ」と言う。

「幸」って、いったいなんだろう。
山の彼方ってどこ?そんなに遠くにあるものなのだろうか。
いくら探しても、見つからないということなんだろうか。

でも、この詩の意味が、ようやく今日わかったよ。
「しあわせ」って、外にあるものじゃない。遠くにあるものじゃない。
本当は、自分のすぐ足元に、そして自分の中にあるんだよ。

そうだ!そうだよ!自分自身の考え方の問題なんだよ。

今日太陽を見られたこと、青空を見られたこと。
なんでもないことだけど、僕はうれしかった。僕にとっては「しあわせ」なんだ。

車の中で過ごす夜、テントで迎える朝。最高のスイートルームだよ。

寄り道、道草、家は遠い 2003,6,29
ああっ、今日中に帰る予定だったのに…今道の駅南清里に来ています。
寄り道しすぎて予定外に時間がっかってしまった。もう少しだけど今日はここで断念。

明け方、少し雨が強くなった。6時に起きてパンを食べて準備を始めた。
ここの道の駅で泊った人は僕の他にも何人かいたようだ。

6時半、出発しようとするとラジオから”駿東郡清水町”と流れてきた。
巡回ラジオ体操の中継だ。なんと、今日だったのか。見に行きたかったな。

さて出発だ。R113をひたすら西に進んでいく。途中ショートカットしR287に出た。
米沢の市街をパスし、ツーリングマップルを見ていると、小野川温泉が目に止まった。
小野小町の伝説が伝わると言う古い温泉らしい。共同湯も2軒ある、行ってみよう。

というわけで地図を見ながら進んだが、おすすめの”尼湯”とやらはみつからない。
道に迷っていると川原に出た。夜には蛍が見られるらしい。
すると”小野小町が発見した温泉”の看板。ホントかよオイ、と言いたくなったが行ってみた。
先に進むと板でできた塀に囲まれた露天風呂があった。まだ8時だが開いていた。

とりあえずタオルを持って、いくらかなあ、と思って歩いていくと受付が無い。
よく見ると”無料です”と書いてある。ラッキー!ここはTMにも出ていなかった。
道に迷った怪我の巧妙で発見できた。
ちゃんと男女別になっていて、塀に囲まれているので女性でも安心だ。

さっそく中に入ってみたが、意外にもきれいで新しかった。
無料の露天風呂というと、大抵古くて混浴なんだけどな。
先客におじさんが一人いた。湯加減は僕にはちょうどいい。
硫化水素の匂いのするやや白濁したお湯。空を仰ぎながらゆっくりと浸かった。
しばらくしてそろそろ上がろうかな、と思ったら子供3人とその父親が来て賑やかになった。

温まってすっきりしたところで先に進むかな。
来た道を戻るとY字路のところに”尼湯”を発見、200円だった。
さて街に戻って給油をしようかとも思ったが面倒だ。このまま進もう。
さらに南に進み桧原湖に抜けよう。有料道路は通らずに9舛離澄璽箸鯀る。
峡路マニアの僕にとってはおあつらえ向きの道だ。

しかし高低差の激しい急カーブの連続で、燃料計の針がみるみるEに近付いた。
だんだん不安になってきた。ダートに入りますますペースが落ちた。携帯は圏外。
こんなところでガス欠したら大変だ。携帯も使えないんじゃどうにもならんな。
アマチュア無線もあるけどあてにならないからな。

手に汗握りながら経済運転に努め、なんとか峠を越えた。これでひと安心。
桧原湖に出てスカイバレーの交差点でスタンド発見、やっと一息つけた。
五色沼の辺りに来ると、コンビニやスタンドがやけに地味だ。ほとんど茶色の看板。
セブン‐イレブンも、あの派手な色使いをしていない。景観に配慮しているのだろうか。

R459に乗り西進、喜多方に向かった。喜多方といえば蔵の街、そしてラーメンだ。
そうだ、ラーメンを食べていこう。雲が切れ、青空が広がってきた。
駅前の駐車場に車を止め、駅で観光マップをもらって駅前を散策。
駅前には周囲の観光の馬車が並んでいる。この馬は見なれたサラブレッドとは違い
足がものすごく太い。そしてガッシリしているがおとなしそうだ。

周囲を散策した後、駅前のラーメン屋さんで塩ラーメンを食べた。
このラーメンの麺は見なれない、少し太くて平たくて柔らかい麺だった。
スープは少し塩辛く、低血圧の人にはいいかもしれない…(なわけないか)
お腹がいっぱいになり、さて次はどこに行こうかな。

ツーリングマップルで検索。
湯野上温泉というところに無料の混浴露天風呂がある。よし、行ってみよう。
会津若松の市街は渋滞していたが、郊外へ出ると快適だ。
1時間弱で湯野上温泉郷を散策。露店風呂を探すが見つからない。

諦めようとした時に、小さく”露天風呂”とだけ書かれた矢印の標識を発見。
それにしたがって進むと、なんだこりゃあ。とんでもなく狭い踏切を越えて
恐ろしく急な坂を下ると恐ろしく急なカーブ。軽でも切り返さなければ曲がれない。
本当にここでいいのかなあ。帰って来られるかなあ、と不安になってきた。
すこし進むと男女数名が坂を登ってきた。タオルを持っているところをみると、ここでよさそうだ。

さらに坂を下ると数台の車が止まっていた。車を止め周囲を見渡すと、あったあった!
でも…塀みたいのがあるけど高さは50センチくらい。何の役にもたっていない。
脱衣場も無いし、周囲にはカップルの釣客も何人かいる。
さらに上の吊り橋からは遮る物は何も無い。お湯はほとんど無色透明。
うーん、アレに入るには勇気がいるな。おじさんが一人で入っていた。

せっかく来たんだし、タダなんだから入っていこうか。
みんな釣に夢中で温泉なんか気にしていないようだし。
意を決して服を脱いでお湯に浸かった。ちょっと熱めだがこのワイルドさが気持ちいい。
空を見上げると吊り橋の上に人の姿が。まあ気にしないことにしる。
温まったのでお湯から上がり、体を拭いているとカップルが車から降りてきて写真を撮っている。
おーい、まだ服着終わってないんだけど。

車に戻ろうとすると、さっきのカップルは温泉に入っていった。勇気あるな。
そういえば北海道の無料混浴の露天風呂に何箇所か行った事があるが、
女の子で入ってくるのはみんなカップルだったな。単独ではちょっと無理かな。

さてペースを上げよう。R121日光街道をひた走る。
川治温泉から川俣湖方面に入り、山中の細い道を高速で駆け抜ける。
たくさんの温泉を横目に後ろ髪を引かれる気分で走り去る。
奥鬼怒川林道に入るとまるでラリーのSSだ。ハンドルは常に左右に振られていて
一瞬たりとも気を抜くことができない。峡路マニアの僕でもさすがにこれは堪える。
地図で見るとカーブは数個所だが実際には数えきれないほどの数だ。なかなか進まない。

延々とSSを走り続け、ようやくR120に出た。ううっ、ちょっと疲れたな。
金精峠を越えて群馬県に出て、しばらく走ると白根温泉を発見、思わず吸いこまれた。
ここはきれいな大きな施設で600円。露天風呂は秘境の雰囲気を醸し出していた。
もみじの木もあるので紅葉の時期はいいだろうな。おゆもぬるめでちょうどいい。

温泉を出るともう5時だ。ひえーっ、まだ沼田の20キロ以上手前だよ。今日中に帰れるかな。
もう温泉には寄らないぞ。沼田からはR145をひたすら西進。
長野原からはR146を南進、軽井沢に出てR18、141と乗り継いでようやく道の駅発見。
あと100舛曚匹納宅だがもう走る気力がなくなった。今日はここで泊ろう。

しかし今日はよく走ったな。でも僕は運転は全く苦にならない。
ただ走っていて、流れていく景色を眺めているだけで楽しい。何百キロでも平気だよ。
だから、夜はあまり走りたくない。それに危険だから。じゃ、また明日。Zzzz…

久しぶりのライブ 2003,6,28
夜中に何度か雨の音で目が覚めた。車の中はやはり寝心地があまりよくない。
4時過ぎから明るくなりうとうとしていたが、6時には起きてパンを食べた。
そして寝袋を片付け着替えをして7時に道の駅を出発した。

一路奥只見湖へと向かう。久しぶりだな、何年ぶりだろう。
R252、R352へと乗り継ぎ、シルバーラインの入口まで来た。いよいよだ。
このルートは奥只見湖の建設資材を運搬するために作られたルート。
そのほとんどがトンネルになっている。

僕はこういうワイルドな道が大好きだ。
最初は断続的に短いトンネルやシェッドが続く。カーブもきつい。
しばらく進むと延々と直線のトンネルが続く。圧迫感があり、路面もガタガタ。
でもこれがいいんだよ。前も後も車は無く走っているのは僕だけ。
まるで巨大な鍾乳洞を走っているようだ。ううーん、最高だ。

何箇所かレベル(水平)ラインが表示しているが、思ったより急勾配だ。
この道は何度来ても楽しい。この世のものとは思えない不思議な感覚になる。
午前8時、霧に霞む出口が見えてきた。

トンネルを抜けてカーブを曲がると巨大な堰堤が見えてきた。
重力式ダムとしては日本で最高の高さの堰堤だ。
たしか何かの映画のロケをやったような気がする。(原作は黒四だったかな)
霧の中に立つ鉄塔も、幻想的な姿だ。

まだ時間が早いので、電気式のモノレールも営業していなかった。さて、戻るか。
トンネルに入ると帰りも楽しい。所々霧が発生していて視界が悪い。
この時間になると対向車が多くなった。窓を開けるとすごい音がする。

途中の分岐点で銀山平方面に出てみた。外は雨。
銀山平温泉に行ってみたがまだ開いていなかった。まだ8時半だからな。
建物は新しくきれいだったが10時まで待っていられないので戻るころにした。

再びトンネルに入り坂を下っていく。楽しい時間は一瞬にして過ぎてしまった。
またいつか来よう。今度は紅葉の時期がいいかもな。

朝の湯之谷温泉郷を横目に見ながら来た道を戻る。
R252、290を延々と走る。交通量は少なく山間を走る快適な道だ。

お昼前、五頭温泉郷に到着。さてどこに行こうかな。
まず村杉温泉を散策。共同湯が1軒あった。とりあえずチェックしておこう。
一巡りして隣の出湯温泉を偵察。こっちは湯治場の雰囲気だ。途中共同湯を発見。
さらに奥に進むと華報寺という古いお寺があり、その境内にも共同湯があった。
駐車スペースがあったのでさっそく車を止めて行ってみた。

引き戸をあけて中に入ると受け付けがあったが、そこのおばあさんはいくらよんでも起きない。
こんにちは!といっても目を閉じたままうつらうつら。大丈夫かな。まさか・・・。
間をおいて、今度は少し大きな声で「こんにちは!」と言ったらようやく目を覚ました。
150円を払って中に入ったが、湯舟は5〜6人入ればいっぱいだ。
それなのにロッカーは30個以上ある。こんなに入ったら浴室は身動きができなくなるな。

お湯はすごくぬるくて僕にはちょうどいい。40度あるかないかくらいだ。
開け放たれた窓から落ちてくる雨を眺めながら、ゆっくりとした時間が過ぎていった。
ふうーっ、いい湯だった。さっぱりしたよ。

車に戻り地図を見てるとすぐ近くに瓢湖があるじゃないか。
さっそくエンジンを掛け瓢湖に向かった。冬に来た時は大量の白鳥がいたっけな。
15分ほどで到着。車を止め歩道橋を渡ると湖面が見えてきた。
鳥は見当たらず、藻か水草のような物がいっぱい。
代わりにあやめ祭りなるものが開催されていた。あやめなら雨にも似合うな。
などど考えながら歩道橋を下りていったがよく見ると何羽か白鳥がいる。
なんで残っているんだろう。怪我でもしてるのかな。それともここの居心地がいいのかな。
この数なら日本野鳥の会でなくても数えられる。

きれいなあやめを期待していたが、そのほとんどの花はしおれて枯れていた。
その代わりにあじさいは色鮮やかできれいだった。

瓢湖を後にし新潟市街へ。新潟港に行き北海道航路のパンフレットをもらってきた。
そして2時前、新潟テルサに到着。思ったよりきれいで立派な建物だ。
途中で見た大きなスタジアムはワールドカップの時建設したヤツかな。
ちょっと戻って散策してみた。周りは公園になっているようで賑わっていた。

4時過ぎ、新潟テルサに戻りしばらく休んでいた。
5時半、開場時間になったので会場に向かった。いつのまにか青空が広がっていた。
席は右よりの前から3番目。すごくいい席だ。
そこでMISATOの公式サイトのBBSで知りあったkazuboさんとはじめまして。埼玉から来たという。

前半はバイオリンなどの弦楽器に合わせてスローテンポ。この演出は初体験だった。
後半からは全員立ちあがっていつものロックンロールライブになった。
思いっきり弾けてツアー千秋楽を楽しんだ。
ライブが終わり、kazuboさんに「今度は西武で」と挨拶をして会場を出た。

すぐに車に乗りこみ高速並みの国道を飛ばして新発田温泉に行ったがすでに営業終了。
そのままR290に乗り荒川温泉郷の道の駅関川に来ました。
今日はここで泊ります。明日また温泉散策しよっと。

温泉三昧 2003,6,27
ここは新潟県十日町市、道の駅十日町クロス10(テン)というところです。今夜はここに泊ります。

今朝はなぜか朝5時半ころ目が覚めた。再び寝たが6時半にまた目が覚めた。
眠れないので7時には起きて朝食を食べ、その後荷物をバックに詰めこみ車に乗せた。

まだ早いので車を駐車場に移動、忘れ物がないか確認。
9時、金融機関の業務が開始されるのを待って出発。今日もいい天気だ。
近くの信用金庫に行き、台湾の旅行代金を振り込んだ。

さてこれでOK、それじゃ新潟に向けて出発だ。
急ぐ旅でもないので高速道路は通らないで行こう。
R246バイパスを北上し、御殿場からR138で河口湖まで行き御坂峠を越えて休憩。
長い下り坂を下り甲州街道に乗った。市街地は渋滞していたが郊外に出ると快適だ。
なぜかコーヒーがどうしても飲みたくなり道の駅はくしゅうで缶コーヒーを買った。
岡谷あたりで意識レベルが低下。危険なので道の駅小坂田公園で30分ほど寝た。

すっきりしたところで走りだす。松本からはひたすらR19を北上、この道は初めて通る。
所々工事個所があるが、信号も少なく快適に走れる。エアコンを止め窓を開ける。
長野市街では渋滞に巻き込まれ30分ほどのロスタイム。
燃料を入れるとなんと1107円だ。ハイオク並みに高いな。
燃費は1箸△燭蠅覆鵑箸10舛魃曚┐拭せめてこれくらい走らないとな。

長野からはR117を北上、途中脇道に逸れ戸狩温泉に行ってみた。
ここはスキーリゾートなので今はシーズンオフ。ほとんどの宿や店は閉まっている。
閑散としていてゴーストタウンのよう。なんだか寂しいな。

望の湯という温泉を見つけたのでさっそく行くことにした。温泉好きの僕には見逃せない。
料金350円を払って浴場に入った。無色透明な湯で匂いもほとんどない。
湯舟は7〜8人は入れるだろう。まだ6時前だったが、夜には夜景がきれいだろうな。
よくみると露店風呂もあったので外に出たが、まだ明るいので外から丸見えだ。
でも風に吹かれて入る露店風呂は最高にいい気分。つい長湯をしてしまった。
お湯から上がって350性箸寮粁丹料水を一気に飲み干した。ああ、いい湯だった。

戸狩温泉を後にし、先に進もうかと思ったがまだ少し早いな。
近くには野沢温泉郷もある。でもツーリングマップルを見ると、外湯は宿泊者向けらしい。
とりあえず行ってみることにした。20分ほどで到着。ううっ、こういう温泉街っていいなあ。
温泉郷を車で一巡りしてみたがすごくいい雰囲気だ。外湯もたくさんある。
外湯は全て無料だという。そのわりに立派な建物でいかにも温泉っていう感じ。
ここもシーズンオフだが雰囲気は最高。う〜ん、入っていきたいよお。
でも車を止めるところも無い。違法駐車でタダ湯じゃさすがに気がひける。
今回は諦めるか…と思って帰ろうとすると有料駐車場発見。観光協会の駐車場だ。

受付で聞いてみると外来でも入っていいという。やったあ!
2時間200円の料金を払うと観光マップをくれた。外湯が13箇所もある。
さっそく散策開始。薄暗くなってきた温泉街はいっそういい雰囲気になってきた。

まずはさっき見た”大湯”。木でできた立派な建物。湯舟は2つあり、熱い湯とぬるい湯。
お湯は透明だが硫化水素(H2S)の匂いがする。いかにも温泉という感じだ。
僕はぬるい湯が好きなので、ぬるい方に入ろうとしたが熱くてとても入れない。
他に誰もいなかったので、水のバルブを全開にしてなんとか入れるようになった。
それでも5分ほど浸かっていただけで体がすごく温まった。

それじゃ次だ。今度は”滝の湯”というところ。
歩くこと約5分で到着、さっきのよりは小さい。中には地元のおじさんがいた。
こんにちは、と言って僕も入った。ここは湯舟は一つ。熱いのを我慢してなんとか入った。
しかし数分でギブアップ。おじさんは「いい湯だ」を連発していた。よく熱くないな。
街角にあるベンチに腰かけ野菜ジュースを一気に飲んだ。

その後”麻釜湯”、”河原湯”と回ったが、何れも熱くてとてもじゃないが入れない。
足の先をつけただけでもあっちっち。こんなのに入ったらゆだってしまう。
水で薄めた掛け湯だけで出てきてしまった。
うーん、これじゃ不完全燃焼だ。もう一個所行ってみるか。

とうことで今度は駐車場のそばの”横落の湯”というところに行ってみた。
ここは温泉街の中心部なので地元の人で賑わっていた。こういうのって大好きだ。
ここのお湯は熱かったが、なんとか我慢して入ることができた。
しかし体の感覚がなくなりそうなので、すぐに上がって湯を水で薄めて浴びた。
それでも体はポカポカだ。もういいだろう。十分満足できた。
一時間ほどの温泉ハシゴだったがすごく楽しかったよ。また来たいなあ。

車に戻り交通量の極めて少ないR117を北上し、9時過ぎ道の駅に到着。
今日はここで泊ることにしよう。
明日は奥只見湖に行ってみよう。久しぶりだな。
このあたりは温泉がたくさんあった楽しみだ。

梅雨の晴れ間 2003,6,26
今日は久しぶりに朝から太陽を見られました。ずっと雨が続いていたからな。
青空を見るといやなことが全部飛んで行くような気になるよ。
梅雨の晴れ間、貴重な一日だ。

8時過ぎ、車を駐車場に移動して家に戻った。
9時半ころ母に頼まれた高枝切り鋏を買いに清水町のホームセンターに向かった。

玄関先の金木犀や、20年余り前、引っ越してきた記念に僕が庭に植えた杉の木が大きく成長し
両隣の領空を侵犯するようになってしまったのだ。
木の高さも2階の屋根の高さを超えるほどになった。
おまけに春になると実をたわわに実らせ、大量の花粉を撒き散らすようになった。
おかげで僕は毎年花粉症に悩まされるようになってしまった。
近隣の人たちも春になるとくしゃみをしたり、目を擦っているような…
気がしないでもないような気がするかもしれない。(意味不明瞭・難解)

というわけで、苦情が出ているわけではないが、高枝切り鋏が必要というわけだ。
渋滞も無く、9時55分に到着。10時になるまで車で待機。
開店と同時に店内に入った。

まずはザックを物色。キャスター付のザックが欲しかったが意外に重たい。
とりあえず値段を確認して検討することにした。
そして目的の高枝切り鋏を買って車に戻った。

その後R1バイパスを西進、カインズホームに行ってみた。
適度な値段で多機能の45リットルのDパックが気に入って買ってしまった。
中は2層式で、銀マットやテントなども外側に取り付けられるようになっている。
台湾に行くには2泊だからこれ1つで十分だな。

一度帰ろうかな、とも思ったが工事中で家に帰れないんだな。
そうだ、バイクの車検が終わったと連絡があったので引き取りに行こうか。

R1を東進していると突然沼津の消防指令センターからその他予告指令が入った。
場所は石川、逆方向だ。いったい何があったんだろう。
すぐに脇道に入り待機、受信機に耳を欹(そばだ)てる。
本指令が入ったのでよく聞いていると、交通事故によるオイルの漏洩だ。
救助工作車が同時出場しなかったので怪我人はいないだろう。
こんなものを見に行くと渋滞に巻き込まれるのでそのままレッドバロンに向かった。

車を駐車場に止めてとりあえずバイクだけ引き上げて、後で車を取りに来よう。
残金を支払ってバイクに乗り家に向かった。
気温も30度近くまで上がって快適だ。風を切って走るのが気持ちいい。
20分ほどで家の近くまで来たが工事中の看板が立ち塞がっていた。
警備員の人に上まで行けるかと聞いたら今日は一番上が工事中だという。
とりあえず行ってみたが、道路を完全に掘り返し消火栓を埋め込んでいるので通行不能。
車庫は目の前なのだが適当なところにバイクを止めて、今度は駅に向かった。

15分ほどで裾野駅に到着。電車が来るまで少し時間があった。
昼の御殿場線は空いている。電車が来たので一番前に乗り込むと空席があった。
そういえば最近の車両はボタンを押さないとドアが開かないのだ。
15分ほどの電車の旅。懐かしい大岡駅で降りてレッドバロンに向かった。
この駅は僕が高校時代乗り降りしていた駅だ。

そこから昔の通学路を歩いてレッドバロンに到着、車を引き上げた。
一度裾野に戻り昼食を食べた後、天気がいいので海岸に向かった。
30分ほどで海岸に到着し、車を止め防波堤の上に座って海を眺めていた。
今日はのどかだなあ。風に吹かれていると急に米原の海が頭に浮かんだ。

夕方家に戻ろうとするとまだ工事中。もう5時になるよ。
これじゃ水戸黄門が見られないじゃないか。
しばらく開通するのを待って車庫に行き速攻で洗車。
その後部屋に行きテレビをつけると「この紋所が目に入らぬか!」のシーン。
ストーリーは全くわからないが、悪者が「ぎゃふん」と言わされるところはいい気分だ。

夕食の後は出発の準備。新潟でのライブは明後日だけど奥只見湖や温泉に寄ってみたい。
明日の朝ゆっくり一般道路で新潟まで行こう。

台湾へ行くぞ 2003,6,25
ここ何日か太陽を見ていない。今日も朝から雨。時折強く降る。
8時過ぎ、車を駐車場に移動。小降りになるのを見計らって家に戻った。

ネットで台湾のツアーや航空券を検索。
19800円のツアーは何社あったがHISは一人参加追加料金が17000円。
京王観光は18800円だが飛行機の時間帯が選べない。
ダイナスティーホリデーは時間帯も選べて一人参加追加料金は10000円。
昨日調べたら19800円だったのに、今日は19300円だった。更新されたのかな。
この他にも台湾出国税1200円と成田空港使用料2040円、合計32940円。
どうしてこんなに安くできるんだろう。ホテルもまあまあだし。

その後車を出し、近くの公園に止めて台湾のガイドブックを見ていた。
温泉もあるし、鉄道で1日で1周できることもわかった。
するとだんだん台湾に行きたくなってきた。梅雨も明けているだろうし。

さっそく旅行会社に電話してみた。行きは午後の早い便で、帰りは遅い便が希望。
心配していた最低催行人員2名はOPツアーを組んだ場合で、フリーの場合は1名でもよかった。
1日は歯医者で5日は弁天島で花火なので2日出発しかない。よく考えるとあと1週間だ。
間近だけど大丈夫かな。しかし全て問題なくOKで予約が取れた。後は代金を振り込むだけ。
ついに台湾行きが決定した。SARSは大丈夫だよな。

その後沼津のパソコンショップにCDRを買いに行った。
しかしパソコンショップに行くと、ついバルク品のコーナーに足が向いてしまう。
早速物色してみると、いつのまにかHDDドライブの容量がアップしている。
100G以上も出てるんだ。80Gでも1万円以下になっていた。

一度裾野に戻り昼食を食べてガイドブックを検索。どこに行こうか考える。

夕方雨もあがり、路面も完全に乾いてきた。
家に再び戻りネットで検索。やはりダイナスティーホリデーが一番よさそうだ。
まだ1週間あるんでゆっくりと予定を立てようかな。

台湾は近い 2003,6,24
今日も朝から梅雨空。小雨が降っている。

この天気でも工事やるんだろうな。
8時半に車を出し、一度駐車場に行ったがそのまま沼津まで行くことにした。
今日は認定日なのでハローワークまで行かなければならない。
10時から受付なので、まだ少し早いな。
海岸の駐車場まで行き防波堤の上に車を止め時間調整。15分くらい前に出発。

道路も駐車場も混雑は無く、10時前に着いてしまった。
ハーローワークに行き、書類を出して待つこと約15分。今日はすごく早く呼ばれた。
帰りに求人票を検索。でも人材派遣の求人がほとんどだ。
別に就職先は静岡県じゃなくてもいいかな。

一度家に戻ろうとしたが、やはり工事中で帰れない。
仕方ないので山の反対側に回り込み、保育園の横に車を止めて歩いて帰った。

そしてネットで台湾のツアーを検索。観光無しのタイプでいい。
事実上の安全宣言が出たからもういいだろう。
よく探すと台北2泊3日で19800円というのがあった。パッカー気分で行こうかな。
でも一人参加だと10000円増し。まあ仕方ないな。それでも格安航空券と同じ値段だ。
ネックは最低催行人員が2名というところだ。

観光付とフリーと選べるが、観光付だと食事も付くがお土産屋に連れていかれるんだよな。
台湾のツアーで行くお土産屋は特に行きたくない。噂に聞いたことがある。

それにしてもお手軽な海外だな。明日電話で聞いてみよう。
他にもバンコクや韓国が2万円台なんだけど、一人だとどうしても不利だな。

3時半からは歯医者に行った。この時間なら空いている。
30分くらい待って治療開始。今日で終わりかと思ったら型をとった。
ということはもう1回だ。1本の歯に4回も通わなきゃならないのか。次回は7月1日。

4時過ぎ、工事が終わるのを待って家に戻った。
やっぱりカンボジアへも行きたい。どうしようかな。

沖縄、慰霊の日 2003,6,23
今日は沖縄戦から58年、慰霊の日。
未だ人々の涙は乾かないし、傷も癒えることはない。
沖縄には戦跡や、戦争に関する資料館がたくさんある。
そのうちのいくつかを、僕も尋ねたことがある。
そこで目にし、感じるものは、想像を絶するような悲惨さだ。言葉も出ない。
しかし、実際に体験した人の思いは、いかなる手段をもっても伝えられないだろう。

僕は、戦争をしらない世代だ。”平和”といわれる時代に育った。
でも、この国が”平和”だと、誰が決めたの…


アジアの国に行って気付いた日本のこと。覆された日本の常識。

水道の水が飲める・・・当たり前じゃん------水はどこでも買えるよ
交通ルールを守る・・・免許持ってるんだから------ぶつからなけりゃいいじゃん
街がきれい・・・ゴミが落ちていると気になる------ゴミは外に捨てるものさ
停電がない・・・停電?冗談じゃねえ!------蝋燭やランタンは必需品だよ
定価がある・・・どうやって買うのよ?------買いたい値段で買うのさ
定刻に電車が来る・・・来ない方がおかしい------来た列車に乗ればいいさ
お釣りはちゃんと戻る・・・詐欺師か?------気がつかないのは要らないってことだろう
社会保障制度がある・・・税金を払ってるんだから------自分の力だけで生きる
放置自転車が多い・・・邪魔だなあ、誰のだ?------いい物みつけたっ!

日本に生まれたということだけで、こんなに恵まれていたんだ。


今朝は雨は降っていないが曇り空。いつものように車を出した。
午前中、沼津のホームセンターに行き、車用の冷蔵庫を買った。3500円(税別)
午後からは雨が降ってきた。早く梅雨が明けないかなあ。

花火の計画 2003,6,22
今日は夏至、梅雨の合間も今日で終わりかな。

6時半ころ一度目が覚めた。まだ早いな、と思ってまた寝てしまい、起きたら9時。
昨日は寝たのは2時近かったけど。今までこんなこと無かったのにな。
まだ調子が戻ってないのかもしれない。

昼食を食べた後、昨日父からもらったデジカメを自分のパソコンにつないでみよう。
と思ってUSBケーブルを接続した。一応ドライバーは自動インストールされ
リブーバブルディスクとして認識してアイコンも出るのだが、なぜか開けない。
もう一台のノートパソコンで試してみるがやっぱりダメだ。なぜだろう。
どちらもこの他に2つのリムーバブルディスク(メディアリーダー)をインストールしてあるからかな。
それともドライバーが悪いのかな。
メーカーのHPを検索するが最新のドライバーは無い。わからんな。

お昼過ぎまで試行錯誤するが結局埒があかなかった。
SDカードのメディアリーダーを買うしないかな。

それから弁当を買いに行き、箱根の中腹の林道まで走りに行った。
日曜とあって、2輪・4輪ともオフロード車がたくさん通るがすでに舗装済。
残っているダートは御殿場市内の数百メートルだけ。そこももうすぐ舗装されてしまうだろう。

夕方帰ってきてもう一台のNECのパソコンにカメラを接続すると正常に認識した。なぜだ?
まあ僕のパソコンは4台ともLANでつながってるからどれか1台使えればいんだけどね。
夕方雨が降り始めた。また梅雨に戻るのかな。

その後、今年の花火観覧計画を立てる。
まずは7月5日の弁天島花火大会。これは去年も見に行った。
というか、別の用件で行ったのだが浜松の友人に教えてもらって見に行ったんだ。
駐車場も無料だし、今シーズン初めての花火大会だ。
その後は、23日本平・25熱海・26安倍川・27沼津・28熱海・8月5日の熱海、とメジャー大会が続く。
北海道に上陸してからは8/13帯広・15足寄・16釧路があるけど行けるかな。
帰ってきてからは30日昼は国営花火大会、夜はサンセットページェント。
その間にもたくさんあるんだが、どうしようかな。

参考までに静岡県東部近郊はこちらをご覧ください。全国はここ

車は復活 2003,6,21
今日は朝からすごくいい天気だ。
6時半ころ目が覚めたが寒い。
昨日の夜暑くなって寝ぼけたままエアコンをつけて、そのまま寝てしまったんだ。
設定温度は21度。寒いわけだ。

7時ころ、電話がかかってきた。今日は工事は無いという。
ああよかった。ひさしぶりにゆっくりしていられる。
でも7時半には起きて朝食の後、洗車することにした。

この前洗車したのだが、雨が降るとすぐに汚くなってしまう。
ここ何日か梅雨の晴れ間なので天気のいいうちに洗っておこう。
30分ほどかけて外を洗った。

ふと燃料メーターを見たらもうなくなっている。
おかしいな。まだ150キロくらいしか走ってないのに。なんでこんなに燃費が悪いんだろう。
スタンドに行って給油すると23リットル入った。計算すると6.6キロ/箸澄
ひえ〜っ、軽なのにこんなに燃費悪いの?ターボで4WDだからって悪すぎるう。

給油を終えレッドバロンに行って納税証明書を持っていき、海岸まで走った。
防波堤の上に車を止め、エンジンを止めた。
そして久しぶりに波打ち際まで歩いてみた。でもここは石コロばかりの海岸、歩きにくい。
海岸線に近付いていくがなかなか波打ち際が見えない。
あれーっ、なんだこりゃぁーっ。波打ち際はすごい急角度。
ここでコケたらそのまま波にさらわれてしまいそうだ。
いつのまにこんなになっちゃったんだろう。
昔は砂浜だったような気もしたけどな。すくなくともこんなに急じゃなかったよ。

防波堤の上に戻り、海風を浴びながらしばらく海を眺めていた。
浜では釣りをしている人、日光浴をしている人、魚網の修理をしている人、
堤防の上ではジョギングをする人、座って佇んでる人、たくさんの人で今日は賑やかだ。

お昼に一度家に戻ってきた。まだ25キロくらいしか走ってないのでもう燃料メーターが振れた。
こりゃ整備しなきゃダメだな。
とりあえずオイルとオイルエレメント、それにエアエレメントを交換するか。
近くのホームセンターには無かったので沼津まで出かけて買ってきた。

家に戻り車をジャッキアップしていると、上から父が降りてきた。
デジカメを買って来たが、画像のパソコンへの取り込み方がわからないらしい。
付属のCD-ROMでドライバーをインストールして再起動させればいいだけの事なんだけど。
わからない、と思い込むと最初から戦意喪失してしまうものだ。

しかし、父は2ヶ月くらい前にデジカメを買ったばかりじゃなかったかな。
どうやら新製品が安売りしていたので衝動買いしたようだ。
でも普通の単三電池(2本)も使えて3メガピクセルで3倍工学ズーム。まあまあの性能だ。
しかしメディアはSDカード。ウチにある3台のデジカメ全てメディアの互換性が無い。
とりあえず父母が使っているパソコンにドライバーをインストール。
古い(といっても買ってから2ヶ月くらい)デジカメは僕がもらえることになった。
今使っていたデジカメは、この前落として調子が悪かったのだ。
(そのカメラも父のお下がりだったが)

整備を終え、検査の結果が出たころなので病院へ行ってみた。
しばらくして呼ばれたので診察室に入った。
レシートのようなものに、結果が印字されていた。それをパソコンに取り込んだ。
赤字になっているところが3箇所。赤血球557、ヘマトクリット50.7%、それにGPT70だ。
お腹の調子が悪いので、やや脱水症状気味で肝臓が疲れているらしい。
先生にコンビニの弁当ばかり食べてはいけないと言われた。
念のため輸液をすることになった。

何年か前に入院した時は500mlの輸液を連続で受けて、
15分おきくらいにトイレに行きたくなったのを思い出した。

輸液のパックを見ると200mlのアミノ酸加電解質だった。
他に何かアンプルを折って加えていた。
左手の静脈に針を刺したが少し痛かった。30分ほどで点滴が終了。

待合室に行くと変な人が座っていた。看護師とのやりとりを聞いていると笑ってしまう。
尿検査をしようとしたのだが、「今は全然出にゃあからダーメだあ〜」などと方言まるだし。
あの話し方、聞き覚えがあるな。でもまさかな。
そのうち○○さん、と看護師が言った。あがやぁ、同級生だ。
中学卒業して以来だな。あのころから変なヤツだったが話しかけるのはやめておこう。
彼は僕に気付かずに帰っていった。

病院(正確には医院)を出て車の調子をみるためにちょっと走ってみた。
深良から箱根を登り湖尻峠を越えて芦ノ湖に出た。それから強羅を経由して元箱根へ。
夕方の箱根は閑散としていて何となく寂しく感じられた。そして箱根峠を越えて帰ってきた。

車の調子は快調になった。これで少しは燃費が良くなるだろう。
僕の調子が良くなったら、来週あたり遠くにいってみようかな。

ハイキング 2003,6,20
今日は久しぶりに太陽が見られた。
何となくまだ調子が悪いが朝食を食べてから車の移動。
車庫に戻ってきてふとバイクの車検が近いのに気がついた。
車検証を見ると7月10日まで。天気のいいうちにそろそろ車検に出そうか。

さっそくレッドバロンに電話。予約をしてさあ出掛けるか、と思ったが
そういえば工事中だけど通れるかな。まあいいや。バイクぐらいなら通れるだろう。

出発しようと思ったらライトがブルーのバルブのままだった。
多分大丈夫だと思うけど、もし引っかかったらノーマルのバルブ代を請求されてしまう。
しょうがないな、換えて行くか。
エンジンを止め車庫を物色すると、ノーマルのバルブが2個あった。
アフリカツインは簡単に交換できるので楽だな。
数分でバルブ交換を終え走り始めた。

さて、工事はやってるかなあ。
坂の下まで下ったところでダンプが道を塞いでいた。
あちゃーっ、ダメか。反対側の階段を下りるか。と思ったらダンプを動かしてくれた。
何とか通りぬけ沼津方面に向かった。

そういえばバイクに乗るのは沖縄から帰ってきた時以来だな。
今日は気温も高く、Tシャツ1枚で気持ちいい。

途中大岡駅に寄り、御殿場線の時刻を確認。なんと1時間に2本もある。
僕が高校生の時は朝のラッシュ時のみ1時間に2本。他の時間帯は1本しかなかった。
1時間以上空く時間帯もあったのに。便利になったもんだな。

レッドバロンに到着し、諸費用を支払って受け付け終了。今日は代車がないという。
まあさっき電話で聞いてたからいいけど。さてどうやって帰ろうかな。
ここから歩いて帰れば2時間半くらいかな。ハイキング気分だ。
全部歩きでもよかったが、電車にも乗りたかった。

とりあえず歩き出し、門池の周囲を回り、根通りを歩いていった。
45分ほど歩いて下土狩駅に到着。ペットボトルの飲料を一気飲み。
風が気持ちいいなあ。

数分で電車が来た。2両編成のワンマンカーだ。
平日の昼とあって、車内は空いている、僕は一番前に乗り運転席から前を見ていた。
国鉄のころはシェードを下げてしまって前が見られなかったのに。随分変わったもんだ。

隣の長泉納米里駅では一番前のドアしか開かない。
運転士が運転席の後の窓を開けきっぷを回収していた。

まもなく裾野に到着。180円だった。

駅から20分ほど歩いて駐車場に到着。本屋に時刻表を買いに行った。
その後弁当を買って駐車場に戻って食べた。

昨日行きのフェリーは予約したが、19日は認定日で戻ってこなければならない。
11日に着いて17日に帰ったのではあまりにも滞在時間が短い。
それにアイヌ一万年祭も少ししか見られなくなってしまう。
こうなれば飛行機でとんぼ帰りだ。

さっそく検討開始。しかしこの期間、早割も特割もない。普通運賃だけ。あがやぁ〜。
でもJALのマイルが13000マイルくらいたまっている。これなら羽田-青森に乗れる。
千歳から青森まで普通運賃で行けばいいんだな。でも片道20000円。仕方ないな。

相変わらずお腹の調子がよくないので思いきって病院に行くことにした。
父の同級生が近所で開業医をやっているのでそこに行った。
受付を済ませるとまずは尿検査。トイレに行って紙コップに採取。
次にに看護師からいろいろと尋問を受ける。調子が悪くなったのは帰りの機内だったが、
帰国時イエローカードに虚偽の申告をしたと言ったら困ったような顔をしていた。
体温は36.9度。あれっ、微熱があるな。気にならなったけど。血圧は110-60で正常。

先生にインドのスパイスが原因ですか?と聞くと、そればかりじゃないかも…と脅迫する。
診察の後は採血と便の検査だという。
看護師にベッドに寝てベルトを緩めるように言われたが、どういうことだ?
そして横になるように言われた。ええーっ、自分でやるんじゃないのおっ!?
何か棒のような物で少しだけ取るという。うううっっ。---中略---
次は採血。腕をゴムで縛ってうっ血させる。いてーっ。見ないようにする。

診察室からの声が聞こえた。話しをしているの前の会社の食堂のおばさんだ。
この前も整形外科でばったりと会ったが、それにしてもすごい偶然。

窓口での会計は3400円、薬は薬局で1220円だった。
血液検査の結果は明日の午後。また来なければならないのか。

帰ってきてテレビをつけしばらくすると、なんか懐かしいような曲が。
BEGINと夏川リミがでてるじゃないか。
島人ぬ宝は感動だったな。米原でずっと聞いてたからな。
沖縄は梅雨明け間近、また米原の海が目に浮かんできたよ。

まず〜い薬を飲んで休むとするか。

絶滅種再発見 2003,6,19
今日も朝から曇り空。すぐにでも泣き出しそうな空だ。
朝食を食べて8時過ぎ、駐車場へ車を移動。

家に戻り、午前中はずっとHPの更新。
スキャナーは動きが遅く、A41面スキャンするのに1分以上かかる。
画像ファイルを他のCPU=1GのPCに転送して画像編集する。
スキャナーとつながっているPCは古いので速度が遅い(550MHz)

そんなことをしているうちにお昼を過ぎてしまった。
目が疲れてきたので駐車場に行き車を出して弁当を買いに行って、公園の駐車場で食べた。
そして郵便局に行き、往復はがきを50枚買ってきた。

そのうち雨が降ってきた。台風は山陰のあたりにいるようだ。
そういえば石垣で出会ったHDさんは、今鳥取の柳茶屋キャンプ場にいるようだが大丈夫かな。
まあ沖縄の台風ほどじゃないと思うけどね。北海道でまた会えるかな。

夕方家に帰ってきて夕刊を見ると、1面になんとも嬉しい記事が。
絶滅したとされていた”ダイトウウグイス”が81年ぶりに南大東島で確認されたらしい。
もし絶滅種とされていた生物、が正式に確認されれば、史上初だ。前例は1つもない。
あの絶海の孤島で、密かに生き続けていたんだ。

南大東島は台風情報以外はあまりなじみの無い島だ。僕は2回行ったことがある。
島の周囲に砂浜は全く無く、断崖絶壁ばかり。
台風が来ると大波で、気象台の地震計が揺れを感じるという。あの島に…。

その後、MSのワードを設定し、往復はがきの印刷を始めた。
16日から受付を始めた富士総合火力演習に応募するためだ。
今年で12年連続になる。いつのまにか歴史を重ねているんだなあ。
毎年同じ名前で応募すると当たらないので友人に電話して承諾を得た。
さっそく友人の名前で25枚、僕の名前で25枚印刷した。
これを毎日少しづつ出していく。当選確率は10倍くらいだから多分1人最低1枚は当たるだろう。
運がよければ2枚当たる。1枚で4人入場できるんで今年も当たったら友人を誘って行こう。

ふと北海道行きのフェリーの予約を忘れていたのに気が付いた。
渡辺美里のライブが9日だから、10日か11日のフェリーを予約しなきゃ。
ネットで検索すると、大洗航路は既に満席。
う〜ん。予約開始日にはインドにいたからな。
八戸航路を検索すると空席があったのですぐに予約。今年も八戸まで走るのか。
まあ山形の友人の所にでも寄っていくとするか。
結局11日の八戸発8時45分を予約した。苫小牧に着くのは同日15時45分だ。
2ヵ月後には北海道か。米原で出会ったキャンパーに再会できるかな。

車は治ったけど… 2003,6,18
今日も曇り空。朝方は雨は降っていなかった。
朝食の後車を駐車場に移動。台風情報ではまた西表島を通過か。
米原の人達は大丈夫かな。今年はこれで3つ目じゃないかな。
去年は少なかった分今年は当たり年かな。
う〜ん。米原に行きたいなあ〜。

家に戻りさっそくカンボジアの検索。
ほとんどのツアーはアンコール遺跡を2日、そしてホーチミンへ向かう。
ベトナムは次回でいいんだよ。両方行くとどちらも中途半端になってしまう。
それに2カ国のビザが必要になってしまう。

しかしよく調べると、5泊6日で遺跡観光が4日あるツアーもある。
それに添乗員なしで1人から催行。ツアーとフリーの中間みたいなヤツだ。
ホテルも3グレードから選べる。ホテルはスタンダードで十分。これならいいな。
パッカーデビューの最終準備だ。これにしよう。

旅行会社はホライゾンというところ。なんかおもしろいツアーがいっぱいある。
最短でいつ出発できるか問い合わせてみよう。

9時過ぎ、車を出して沼津まで買い物。
お昼ころ戻ってきて弁当を食べたが、こんどは車の調子も悪くなってきた。
2月に北海道に行った時から気になっていたんだが、最近特におかしくなってきた。
アイドリングが不安定で、回転ものびない。燃費もすごく悪い。
まるでプラグがカブっているような現象だ。

しかし僕の車、プラグ交換なんて簡単にはできないのだ。
インタークーラーを外し、そしてイグニッションコイルを外さないとプラグキャップさえ外せない。
自分でやってもいいんだが、前にキャブをバラして大変な思いをしたことがある。
とりあえずディーラーに電話予約して見てもらうことにした。

まだ3年も乗っていないのだが走行距離はすでに7万キロを超えている。
そういえばプラグ交換をしてなかったな。
ディーラーに到着しサービスマンに状況を説明すると、やはりプラグらしい。
1時間くらい待って作業終了。3本あるのプラグの内1本は完全にダメだったという。
やっぱりな。もう少しメンテナンス性のいい車だったら自分でやるんだけどな。
部品代と工賃で11970円。けっこうかかってしまった。

帰りの道はすごく快調。3千回転あたりのもたつきも完全になくなった。
車は治ったのだが僕はまだ不調。病院に行った方がいいのかな。

家に戻り、HPの新しいコンテンツを作成。くだらないページに時間をかけてしまったかな。

アンコールワットへ 2003,6,17
今日も朝からしとしとと降る梅雨特有の雨。相変わらずお腹の調子があまりよくない。

朝食を食べて車を駐車場に移動しようかと思ったが、雨なら工事は休みかな。
でももし道を掘り返されたら一日車を出せなくなってしまう。
とりあえず車を出して自販機でコーヒーを買って、工事現場の前で待機。
8時半ころ資材を積んだトラックが来たので諦めて駐車場に移動した。
雨の中。長靴を履き傘をさして家に戻ってきた。

11時ころ、出かけようと思い駐車場に歩いていくと、今日は工事をしていなかった。
さっきのトラックは何だったんだ?
そしてよく工事の看板を見ると、なんと8月20日までとなっている。
ひえ〜っ、こんなことずっと続けるのかよぉ。いっそどこかにでかけちゃおうかな。
まいったなあ。

車に乗り込み近くの書店に行き、カンボジアのガイドブックを買ってきた。
アンコールワットを見に行きたい。それもたっぷり時間をかけて。
ツアーで行こうか、それともパッカーデビューしようか。
パッカーデビューは英語の通じる国にしようと思っていたんだけどな。

♪世界地図を広げて、行きたい場所に印を付けたら、すぐにでかけるぜ〜♪
この歌を知っている人は…同世代の人だ。

僕は走り出すとなかなか止まらないのだ。
何れにしろ多分近いうちに行くことになると思う。

ガイドブックを見ていると、怖いことばかり書いてある。
出版社は旅行会社と結託してるんじゃないかと疑いたくもなる。

家に帰ってきてネットで検索。意外に安いツアーもある。
しかし7月後半になると値段が高くなる。行くんなら7月前半だ。
カンボジアのビザは空港でも取れるのか…それならすぐにでも行けるな。
とりあえず来週の歯の治療が終わってからにしよう。

今朝の朝日新聞の朝刊の8面に面白い記事が出ていた。昼寝の一等地という題で。
カンボジアのどこかの宮殿。大理石の上で昼寝をしている人たちのこと。
やはり冷たい大理石の上は、昼寝の一等地なんだな。

夕刊の社会面には涙を誘うような悲しい記事もある。
大阪で、電車に飛び込んでなくなった老夫婦とその兄。なんでこんなことに…。
忙しさと不況。このトレードオフのような関係が、平行して続いている。

日本人は、中国やインドで見てきた人たちの持っている何かを、完全に失っている。

旅の余韻 2003,6,16
目が覚め時計を見ると7時半を回っていた。昨日はあのまま寝てしまったんだ。
昨日よりはよくなったとはいえまだ調子が悪い。

僕がインドへ出掛けてから家につながる唯一の道路を工事している。
水道管の敷設工事らしいが、道路を掘り返してしまうと車の出し入れができなくなってしまう。
したがって毎日工事が始まる8時半までに車を近くの駐車場に移動しておかねばならない。
近くといっても歩いて10分近くかかる。おまけにウチは丘の頂上にある。

仕方なく起きて準備をし、ドリンク剤を飲み車を駐車場に移動させた。
少し雨が降っていた。そういえばいつのまにか梅雨に入っていたんだな。

それから部屋に戻りHPに残りの画像をアップした。
ついでに日記をまとめて編集。携帯用のトップページも作成した。

遠くからお寺の鐘の音が聞こえ、お昼になったのに気付いた。そういえば朝は食べてなかったな。
朝食を食べないなんてことは滅多になかったのに。

脂っこいものは避け、トーストと菓子パン。
うーん、まだ調子がよくならないな。いったい原因は何なんだろう。

朝食兼昼食を食べ終わり、1週間分の郵便物を持って小雨の中車まで歩いていった。
缶コーヒーを買って近くの公園に車を止めて、郵便物を開封した。
JALのマイレージバンクは13700マイルあまり。もうちょっとだな。
もう1通は渡辺美里の新潟テルサでのライブのチケットだった。
開けてみてびっくり。なんと前から3列目だ。やっほーっ!楽しみだなあ。

しばらく休んでから予約していた歯医者に向かった。
詰めた物を外す時は麻酔をかけないでリューターを使う。
痛くは無いのだが痛くなるんじゃないかとヒヤヒヤして全身が硬直する。
しばらくして詰め物をし、レーザーを当てて先生は行ってしまった。
この歯は今日で治療が終わるかな、と思ったけどまだみたい。

5時を過ぎないと、家の前の工事が終わらないので家に戻れない。
近くを流し、買い物をしていると5時を過ぎたので家に向かった。

そして旅日記のアップ。
お腹の調子は相変わらずあまりよくない。我慢できないほどではないが。
薬を飲んで安静にしていようかな。

帰ってきてから何度も画像や日記を読み返している。
まだインドの事が頭から離れないよ。

エピローグ 2003,6,15
気が付くと着陸体制に入っていた。
窓から外を見ると雲の中で稲光が見える。
そしてはるか下に、街の明かりが見えてきた。バンコクか。
現地時間に合わせるため、時計を1時間半進めると、日付が変わっていた。
数分後、滑走路に着陸。半数ほどの乗客が降りていった。
この時間でもさかんに離着陸が行われている。

バンコクでTDさんに佐野三治著”たった一人の生還”の文庫本をあげた。
ぼくもこの本は石垣の米原キャンプ場でT君からもらったものだ。
いったいこの本は、日本中、いや世界中どこを旅して回ったのだろう。

しばらくして機内清掃のため、係員が乗りこんできた。やはりマスクを着用している。
12時半ころ、搭乗が開始され乗客が乗りこんできた。
座席はほぼ埋まり、満席状態になった。
横にいたおじさんが降りたので横になれるかと期待したのだが残念だ。
夜中に出発して東京に午前9時過ぎに着く便は人気があるんだろうな。

機内が騒がしくなってきたので目が覚めた。しかし熟睡できなかったのでまだ眠い。
時計を見るとまだ4時半じゃないか。朝食はこんなに早いのかよ。
でもおかしいな。外は異常に明るい。
んんっ。時計を合わせ間違えたかな。あっ、そうだ。もう日本時間なんだ。
結局バンコクでは30分しか進めていなかったようで、日本時間ではもう7時半か。
でもインド時間ではまだ午前4時。眠いわけだ。

しばらくすと機内食が配られてきた。でもまだ起きたばかり。
いつもは少し活動というか目を完全に覚ましてから食べることにしている。
内臓もまだ寝ているだろうからね。
食べようかどうしようか迷ったのだが、パンとメインディッシュだけは食べてしまった。
これがいけなかったかな。いきなりスパイシーな食べ物は。

食べ終わると入国に必要なSARSに関するアンケートとツアーのアンケートを記入。
まもなく着陸態勢に入り、テーブルを格納しシートバックを元の位置に戻した。
そして定刻より20分ほど送れて着陸。ついに帰ってきてしまったか。

貨物室預けのバッグを受け取り、入国審査を終えたところでみんな集まって挨拶。
しかしもうこの時点で一人はいなくなっていた。
そして税関を通過すると、みんなそれぞれの帰路についた。
自然解散とはなんとも寂しい別れ方だ。
ついさっきまでみんな一緒だったのに…。
僕はもう少しこの旅の余韻を味わっていたい。
ホテル行きのバスまでまだ時間があったので、椅子に座って空港の喧騒を楽しんでいた。

ふと気付くと後ろの方でYSさんとTDさんが話をしていた。あれっ、まだいたんだ。
やはり彼女たちも。この肩透かしをくらったような解散の仕方に少し戸惑っている様子だった。
そしてバスの時間が近付いてきたので、僕はロビーを後にした。

みなさんに出会えて本当によかった。みなさんのおかげで最高に楽しい旅になりました。
ほんとうにありがとう。
旅人との別れには「さよなら」は言わない。
世界のどこかで、再会を期待して「またどこかで」と。
もしこの日記を見ていてくれたなら、この気持ちを伝えたい。
もしできるなら、もう一度会いたい。

長い間旅をしていると、いろいろな人に
「こうして旅先で仲良くなって、別れるのって寂しくない?」とよく聞かれる。
寂しいよ、涙が出るよ。
表情には出さなくても、心の中は泣きじゃくっている。
時間が経てば、それも楽しい思い出になる。そして新しい出会いもある。
わかっているんだけど、別れはやっぱり寂しい。それが素直な気持ちかな。

11時25分、バスに乗り込み走り出すと、外のベンチにTDさんとKMさんの姿が見えた。
窓を開け手を振ったが2人は僕には気づかなかった。心の中で「また、どこかで」と叫んだ。

ホテルに到着し、1週間ぶりに愛車に乗り込み高速に乗った。
久しぶりに聞くサブウーファーからの体を揺るがすような重低音が気持ちいい。

今日は日曜日。首都高も全く渋滞がなくスムーズに通過。
2時間あまりで御殿場インターを出て14時01分自宅の下に到着。
したがそのまま通過し缶コーヒーを買って飲みながら近くを流して走った。

そして14時40分、久しぶり、という感じで自宅に帰った。
これで僕のインド旅行も終わりを告げた。


その後、撮った画像をHPにアップしていくがどうも調子が悪い。
やっぱりあの機内食が悪かったかな。それとも緊張の糸が切れてしまったからかな。
全部アップしようと思ったが途中で断念。休むことにした。

最後の一日 2003,6,14
ふと目が覚めると外が明るい。時計を見ると午前5時過ぎ。さて、起きようか。
夜は少し寒かったな。この車両はエアコンの温度調整ができないからな。

寝具を片付けベッドをたたんで顔を洗って歯を磨いた。
席に戻るとチャイを売りに来たので朝の一杯。モーニングチャイといったところか。
しばらく窓の外を流れる景色を眺めていた。

6時30分ころ、終点のデリーの駅が近付いてきてスピードが落ちた。
いくつかの駅を通過し、デリー駅に到着。Dバッグをかついで外に出た。
うわーっ、暑い。まだ7時前だよ。気温は30度をはるかに超えている。
階段を上がり、駅前の駐車場で2台の車に分乗。運転手さんは同じ人だった。

このままレストランで朝食か、と思ったら朝飯前の観光だ。
まずビルラ寺院。ここはカメラが持ちこめない。セキュリティーチェックもある。
靴も脱がなければならないので裸足になって一周まわった。

次はインド門だ。でもここは長時間車を止められないので写真を撮っただけだった。
そして朝食を食べるためにホテルに向かった。

そのホテルは待ちの中。レストランに入ったが、なんなんだここは。
照明が暗く、まるでバーかスナックのようだ。
食事は出てくるのが遅く、バイキングといっても4種類だけ類。
それに最後に出てきた紅茶もなんだかカビ臭かった。

朝食を終えると再び観光に出発。
世界遺産のフマユーン朝。ここはタージマハールのモデルとなった所だ。
入場口の前ではヘビ使いが、名前はわからないがリードの笛のようなものを吹いていた。

中に入り芝生に囲まれた石畳を歩いていく。芝生ではリスや小鳥が戯れていた。
そして門をくぐるとフマユーンが見えてきた。
なるほど。タージマハールにように白くはないが、確かに似ている。
ここで自由時間になったので、気の向くままに歩いてみた。
こうやってのんびり歩くのっていいなあ。しばらく忘れていた安らいだ時間だった。

次に、ガンジーさんが火葬された場所というラージガードへ。
ここも靴を脱いで見学する。日向で靴を脱いだら熱い熱い。すぐに日陰に避難。
麻のような敷物があるが、それでも足の裏が焼けそうだ。止まっていられないよ。

見学を終え、汗ダクになりながら帰りの道を歩いていく。
この暑さも、聞こえる音も、目に映る景色も。今僕は、全ての感覚を全身で楽しんでいる。
本当に幸せだなあ。インドに来て本当によかった。

その後レッドフォードで下車。しかしここも車を止められないので数分の見学。
降りてすぐ、銃を持った警官が僕達の乗っていた車を追い払おうとしている。
仕方ないので適当に写真を撮って車に戻った。ちょっとせわしないなあ。

そして最後はチャンドニーチョーク。ここも残念ながら見るだけ。
ほとんどの人は車から降りずそのまま通過。
しかし僕とTHさんは車を降り、商店街を写真に写した。
うーん。ここで買い物をしたいよーっ。でも時間がない。
地下道をくぐり、反対車線に行って、車が戻って来るのを待った。

その間、周りを散策。通過ぎていく人、木陰で寝ている人、屋台で飲み物を売る人。
ここの人々の、普通の生活の一部を垣間見ることができた。
5分ほどしてから車が来たので乗りこんだ。これで観光は全て終了。
でも最後まで、僕はインドを楽しんでいたい。

ホテルに戻る途中お土産屋に寄った。
僕はここで余ったルピーを使いきるべく店内を物色。
観光地にいる物売りのように安くはないが、品質は信用できる。
腕飾りと小物入れ、菩提樹の象のキーホルダー、それにスカーフを買った。
これで1140Rs。40Rs負けてくれて1100Rs払った。

土産物屋を後にし、昼食を食べるためにホテルに到着。
でもまだ準備ができていなかったので、
一度部屋に行きシャワーを浴びて12時45分再びレストランへ行った。
今度も食事に時間がかかり、適当な所で切り上げて部屋に戻った。
部屋に行きYSさんに象の置物を分けてあげた。まあ一人で17個もいらないからね。

ここのホテルは休憩だけ。今までよりランクの低いホテル。
バスタブは無いがビジネスホテルよりいい。僕はこれでも十分なんだけど。

時間が無いので急いで荷造りと着替え。時間ギリギリにロビーに降りた。
猛烈な暑さの中、車に乗りこみお茶屋さんへ。
僕はお茶には興味が無かったが、その店にはお香がたくさんあった。
インドらしいパッケージのお香を適当に選んで700Rsを支払った。
ルピーの残りはあと250Rsほど。この額じゃ再両替もできないので余ってもいいや。

そしてそこから10分ほどで空港に到着。
ここでスルーガイドのカーンさんともお別れ。
明るくて、楽しくて、信頼できる素晴らしいガイドさんだったな。
僕達の旅を、何倍も楽しくしてくれた。7日間本当にありがとうございました。
最後に固く握手をし、僕達は空港の中に入った。

空港の中は涼しく、あの灼熱の下界ともお別れ。
まずは貨物室預けの荷物のチェック。
X線装置を通すが、この周囲で写真を撮っていたところ、現地係員に注意された。
撮影は禁止なのかな。別に書いてなかったけど。
そんな軽い気持ちでいたら、その人は警察に連れて行かれそうになった。
幸い注意だけで済んだようだが、ここは日本じゃないんだと、改めて思い知らされた。

チェックインまで少し時間があったので、売店でお土産を物色。
石のコースターと象の置物を残っていた200ルピーと5ドルで買った。
店を出てチェックインし出国審査。ここのおじさんはおもしろい人で、
前に並んでいた同じツアーの女の子に英語でいろいろ質問してくる。
最後に握手を求めてきた。日本人が好きなのかな。

僕に対しても同じようで、握手を求め、そしてピーナッツを何粒かくれた。

その後また1時間ほどあったので、またまたお土産屋を散策。
インド製の酒を探したが見つからず、店員に聞いてみると国産は無いらしい。
他の店でインドの皮製の小銭入れが気に入ったので、4個入りを10ドルで買った。

待合所の席に座ってしばらく過ごし、残っていたドルでジュースを買った。
30Rsでも50Rsでも1ドルなので、迷わず50Rsのジュースを選んだ。
しばらくしてから10Rsでコーヒーを飲み、これで残り10Rs、もういいだろう。

そろそろセキュリティーチェックを受けようかと思ったら
THさんが、銀色の渋いブレスレッドを買ってきた。2個で200Rsだったという。
200Rsだと約520円か。それを見た瞬間、僕も欲しくなってきた。
すぐに店に行き品定めをして値段交渉。
ドルが4ドル残っているのでこれでどうにかならないかな。4ドルで約480円。
早速交渉開始。負けてくれというと2個で5ドルという。
英語で「もうあと4ドルしかないよー」と言いながら品物を返そうとすると「OK」という。
うまくいったな。支払いの時、僕のポーチに入っていた電卓を見て欲しがっていた。

そしてセキュリティーチェックに向かった。
ここで手荷物にもタグを付けスタンプを押す。かなり厳重だ。
搭乗口に行くとここでもタグをチェック。
さっきの事があったので、係員に写真を撮ってもいいかと英語で聞くと
「ノーノーノーノーノー!」とノーをすごい剣幕で5回も続けて言った。
仕方なく写真をあきらめ機に乗りこんだ。

これでインドともしばらくお別れ。楽しかったなー。
参加者も同じくらいの年齢層で、みんな仲良く楽しくできたしなあ。
本当に米原キャンプ場みたいだった。
もう、嬉しくて嬉しくて、言葉にできないよ。

そして今回の旅では、インドを、いや旅自体を、僕自身最高に満喫できたと思う。
メンバーに恵まれ、天候にも恵まれ、体調もよく、食べ物もよかった。
そして、僕の英語がこんなにまで通じるなんて、本当に驚いた。
相手が英語かヒンディー語しか話せないのだから英語で話すしかない。
相手にはおかしな事を言っていると思われたかもしれないが、
カーンさんが言っていた通り、とにかく話してみなければ絶対にコミュニケーションはできない。
何か言えば、たとえ少し間違っていてもだいたいなんとかなる。
間違えを指摘されれば、それで覚えて自分のものとなる。
僕は大きな自信を得ることができた。

思い起こしてみれば、これは米原にいたWNさんやTSさん、そしてガエルのおかげかもしれないな。

午後7時20分。機はボーディングブリッジを離れ滑走路へと向かっていった。
なぜか滑走路の手前で長時間停止。7時50分くらいにようやく離陸した。

エアコンの効き具合は僕にはちょうどよく快適。
でもインド人はみんな寒そう。みんな近くの冷気の吹き出し口を確認している。
そして毛布を被っている。やっぱり僕達日本人とは感じ方が違うんだな。

横に座っていたインド人のおじさんは時折英語で話し掛けてくる。
僕の持っているシグマリオンなどが気になるらしい。
そのうち横の2つの席を使って寝てしまった。
現地時間10時半、そろそろ休もうかな。
明るくなるころは、もう、日本かな。

夢のガンガー 2003,6,13
朝3時、腕時計のアラームの音で目が覚めた。さすがにちょっとつらい。
昨日、というより今日寝たのが午前1時ころ。2時間しか寝ていない。
それでもガンガーが見られると思うと起きあがる気力が湧いてきた。

昨日のうちに入れておいたバスタブのぬるめのお湯に15分ほど浸かってリフレッシュ。
シャワールームから出て身支度を整える。外はまだ闇の世界。

4時30分、エレベーターで0階に下りた。が、ここはどこだ?見覚えのないところに出た。
どうやら1階下に下りてしまったようだ。ロビーは1階だったので階段を登った。
みんな集合したところでバスで出発。
静けさの中の街の中をバスは通りぬけていく。
牛も人も、まだ眠りについている。

バスを降り市街地を歩いていく。人は少ないが、でも活気があふれている。
途中、露店でチャイを飲んだ。レストランで飲んだ物とは全く違う素朴な味だった。

まもなく、あの、夢にまで見たガンガーが見えてきた。
小学校のころ、社会科の教科書で見た、あのガンガーが、今僕の目の前にある。
ついに来た。本物のガンガーに、今僕は到達した。
ここに来られるなんて、本当に夢を見ているようだ。
嬉しくて、言葉にできない。夢の世界に、僕は、いる。

物売りの声なんて、全く気にならない。僕の全神経は、ガンガーに向かっている。

ボートに乗り、ガンガーを遡る。
左岸側は沐浴をするための階段が並んでいる。
日の出前の静かなガンガーに、多くの人が沐浴している。
そして、久美子ハウスが見えてきた。ああっ、ここがあの久美子ハウスか。
もう、何もいらない。ここに僕が存在するだけでいい。
そんな気持ちにさせるのは、やはりガンガーの力なのだろうか。

真っ白い太陽が雲の中から顔を出し、ガンガーは賑やかになってきた。
船は降り返し、火葬場の横に着き、僕達は船を降り火葬を見た。
オレンジ色の布に包まれた遺体が、荼毘にふされるのを待っている。
ここに流されている音楽は、レクイエムだろうか。

ガンガーを後にし、細い路地を通りぬけ、黄金寺院を見学した。
ヒンズー教のお寺とイスラム教のモスクが隣り合っていて
ここに入るのに空港のようなセフティーチェックを受ける。カメラも持ちこみ厳禁。
その後ホテルに戻って来たのが午前6時半。
まだこんな時間か。早起きして、すごく得した気分になった。

部屋に戻りシャワーを浴びて、7時に1階のカフェに下りた。

朝食の後、再びバスに乗りこみ市内観光。
仏塔ダメーク・ストゥーパとムルガンダクティ寺院を訪れた。
気温は40度を超えていたが、もうこの暑さにもなれてしまった。
むしろ暑さが楽しくなり、もうインドから帰りたくなくなってきた。

途中シルク屋さんに寄って敷物を2枚買った。

一度部屋に戻り、1時に再びカフェでランチ。
食事が出てくるのに時間がかかり、1時出発まであまり時間がなくなってしまった。
急いで部屋に戻り、シャワーを浴びて荷物をDバッグに詰めこんだ。
来る時入っていたポシェットが入り切れない。仕方ないのゴムバンドにくくりつけた。
そしてロビーに下りフロントで30ドルを両替、1時にバスに乗った。

そこから15分程で駅に到着。しばらくバスで待機した後、駅に向かった。
バスを下りると恐ろしく暑い。温度計はうなぎ登り。43度になっている。汗が吹きだしてくる。

ホームに降り、しばらくして列車が入線してきたので乗りこんだ。
僕達の乗る車両はエアコン付きのはずなのだが乗りこんでみると暑いじゃないか。
まだエアコンをかけたばかりで冷えていないらしい。
これから19時間の列車の旅なのに、これじゃ死んじゃうよ。

しばらくして少しづつではあるが温度が下がってきた。
今度の席は下段なので外が見えて楽しいな。
流れていくインドの田園風景を楽しみながら列車は進んでいく。

時折列車は速度を落とし、駅でもない所に停車したりする。多分信号待ちだろう。

5時を過ぎて、ようやく快適に過ごせる温度に下がってきた。
車内販売でチャイを売りに来たので買ってみた。4Rs。
簡単なティーバッグだったが意外に美味しかった。

今夜は車内泊。明日はインド最後の日。思いっきりインドを味わって帰ろう。

アグラからべレナス、列車の旅 2003,6,12
今日は移動の一日だ。
5時半に起床、バスタブにお湯を入れるがここもお湯の出が悪い。
適当な湯量になるまで20分ほどかかった。

7時ころカフェに行こうとしたら誰かが部屋のドアをノックした。
出てみるとホテルマンが何か言っているようだが聞き取れなかった。
繰り返して言っているのを聞いていると、それがモーニングコールだとわかった。
電話ではなく直接たたき起こされるということか。

1階に降り、カフェに行くと誰も来ていない。
中に入って英語で、「もう朝食は食べられるの?」と聞くと「YES」という答えが返ってきた。
パンをメインに適当に選び朝食を食べた。
しばらくすると何人かがやってきた。

YSさんはお腹の調子が悪いみたいでちょっとつらそう。ほとんど寝ていないみたいだ。
他にもお腹を壊している人もいた。それに比べて僕はなぜか調子がいい。
中国の時もそうだったが、食べ物が合わないんじゃないかと心配していたが取り越し苦労だった。
長期に渡るキャンプ生活でお腹が鍛えられたのだろうか。
でも今まで胃がもたれるなどの症状は経験したことが無い。

食事を終え荷造り開始。
今日、明日と長距離を鉄道で移動することになるのでスーツケースは持って行けない。
大きな荷物は直接デリーに送ってしまうことになる。
向こう2日間の荷物をDバックに詰めこんでいく。
しかしなかなか収まりきれない。僕の癖は必要と”思われる”物をみんな持ってしまうのだ。
荷物を厳選し、必要最低限、と思われる物だけにして、ようやくファスナーが閉まった。
2日分でこれじゃバックパッカーにはなれないな。

荷物をまとめ終わり、1階のロビーに降りた。
今回のツアーでは、各食事では飲み物が別料金なので意外とルピーを使ってしまう。
持っていたドルを30ドルほど両替した。
ここではレシートにドル札のシリアル番号まで記入している。
端数が出たので、僕に10Rs札をさし出し3Rsバックしろと言っているが
「僕は小銭を持っていない」、と言って札を押し戻す、と「OK」と言って行ってしまった。
何が「OK」なのかな…まあいいか、と思って集合場所に行った。
しかし後で気付いたのだが、これじゃ僕が7Rs損したんじゃないか。あがやぁ〜。

8時、車に乗りこみ一路アグラのトゥンデラ駅へ向かう。
細い路地や狭い橋を越え、低速移動体をかき分けながら進む。
レンタカーを借りたとしても、こんなんじゃとても僕は運転できないよ。

2時間弱の道のりでトゥンデラ駅へ到着。
まだ時間があるので車で待っていると、子供が近寄ってきて物欲しそうな目をしている。
ここの子供達を見ていると本当にかわいい。
みんなに何かあげたいけれど…それでいいのだろうか。

乗っていた一人が子供にボールペンをあげると、大人が来て奪い取ってしまった。
こうなることは何となく予想していたのだが、せつなくなるよ。
同じ一人の人間なのに…僕は、日本人として生まれた、というだけの事なんだよな。
こういう光景を見ると、複雑な気分になるよ。

10時半、車を降りて駅に向かった。
今まで僕達を運んでくれたドライバーさんともここでお別れ。一緒に記念写真を撮った。

少し歩いただけで汗が吹きだしてくる。気温は40度を超えている。
駅のホームに着き列車が来るのを待つ。まあ定刻に来ることはないだろう。
YSさんは相変わらず調子が悪そう。何もしてあげられないもどかしさを感じてしまう。

先着の列車が何本か来たが、どの列車も満員だ。しかも冷房は無い。
列車が止まる度に乗客が窓からペットボトルをさし出し、
それを駅員が受け取っては水道で水を入れていた。

駅で暮らしている人もいるようで、列車にはいつまでも乗りこまない。
子供が僕達の所へ寄ってきて、手を口のところに持っていき、そして手をさしだす。
つぶらな瞳で、ずっと僕の目をみている。いったい僕はどうしたらいいんだろう。
テレビでは何回も見たことがあるが、実際に経験すると、本当に打ちのめされる。
僕にできることって、いったい何があるんだろう。

定刻より20分ほど遅れて僕達の乗る列車が入線してきた。
3等のエアコン無し車両は満員。僕達は2等のエアコン付寝台車に乗る。
中に入ると涼しく快適だ。進行左側には縦、右側には横向きの2段ベッド。
僕は上段を割り当てられたが窓が無い。これから9時間の長旅、こうなると寝るしかない。

6時ころ、駅に止まった気配がしたので外に出てみた。
気温は相変わらず高く、この駅にも人々が溢れかえっている。子供達もたくさんいる。
列車が動き出しても、しばらくデッキから外を見ていた。
ドアは手動なので、ドアを開けて身を乗りだして前を見た。
右側には雲の切れ目に顔を出した太陽からは、天使のハシゴがのびていた。
インドに来て始めて見る夕陽だ。

しばらくして車内販売が来たのでアイスクリームを買った。10Rsという。
僕は50Rs札を渡したが、なかなかお釣を出そうとしない。
「50Rs渡したじゃないか、お釣をくれよ」というふうにジェスチャーで示すと
しぶしぶ10Rs札を数え始めた。そして僕に30Rs渡してきた。
「10Rs少ないじゃないか」、と指を1本立てると、ニヤニヤしながら10Rsをよこした。
まったく油断も隙もない。米原で会ったTSさんやWNさんに聞いた通りだ。

8時40分。定刻から40分遅れでムガールサライ駅に到着。
すっかり暗くなったホームからターミナルまで歩き、そして外に出た。
僕達を見つけた小さな子供達が、またしても走り寄ってきて手をさしだす。
こういうことが続くと気が滅入ってしまうよ。

ここからはバスでホテルに向かう。今までにない高級感あるバス。
なぜか客室と運転席はガラスで仕切られていた。インドではこういうもんかな。
駅前の繁華街を抜け、バスは広い道に出た。といっても未舗装のガタガタ道。
そこでもバスは容赦なくホーンを鳴らし、追い越しをかけまくる。
バスは良くても道が悪い。乗り心地は決してよくないが、ここはインドなんだ。

しばらくして高規格道路から狭い路地へと降りていった。
小さな露店や店は電気がついてなく、蝋燭や電池式のランタンを灯している。
よく見ると、道路脇のテーブルに寝ている人がたくさんいる。
歩いている人や自転車に乗っている人、露店で食事をしている人もいる。
うーん。ものすごくいい雰囲気だ。まさにインドだよ、ここは!と思わず叫びたくなる。
1分1秒も無駄にしたくない。窓からじっと外を見つめる。
全身でインドを味わっている。インドに来て、本当に、よかった。

そこから15分ほど走ったころか、突然街に明るさが戻った。どうやら停電していたようだ。
裸電球が燈った商店街は、まるで縁日の露店のよう。
見ているだけで、すごく嬉しくなってくる。

途中結婚式の行列に遭遇。爆竹の大きな音が新しいカップルを祝っているようだ。

10時前、ようやくホテルに到着。今夜は中華料理。
といっても焼きそば、ピラフ、チキンなど。みんなスパイシーだ。
食べ終わったころ、隣から変なおっさんが僕達のテーブルに来て何か話している。
そして勝手に水を飲もうとしてグラスに水を注ぎ始めた。
添乗員さんがグラスを取り上げると、今度はペットボトルから直接飲んでしまった。
かなり酔っ払っているようだ。水を飲むと自分の席に戻っていった。
ガイドさんによると、いわゆるヤバい人達らしい。

11時過ぎ、部屋に戻ったがカギがなかなか開かない。やはりインドだ。
明日は3時起き。でもガンガーが見られるよ。

11日アグラHOWARD PARK PLAZA 泊
MC AM77:00 BF AM7:00 BO AM8:15 DP AM9:00

タージマハールだ 2003,6,11
今日で4日目。今回の旅は気候的にはかなりハードだが疲れは感じない。
毎日ミネラルウォーターを2リットル以上飲んでいる。
中国の時と違ってみんなで和気あいあいとやっているので楽しくてしかたがない。
こんなに楽しいツアーになるとは思わなかったよ。

今朝は目覚ましで5時45分起床。
まずはシャワーを浴びて、身支度を整えてから荷造り開始。
今日はバッゲージアウトは7時15分なので、その後朝食を食べに1階のカフェに降りた。
朝食を終え、8時に1階のロビーに降りてチェックアウト。
インターネットの使用料150Rsを支払った。

それから車に乗りこみ移動開始。今日も5時間以上の車の旅だ。
相変わらずのクラクションドップラーを聞きながらいつのまにか夢の中へ。
ふと目を覚ますと対向車が完全にこちらの車線に入って追い越しをかけていた。
うわーっ、ぶつかるうー、と思ったが、路肩の舗装の無いところまで除けて何とか交わした。
そんなことが何回かあった。速度が極端に違う車が行き交っているからな。
野良牛、ラクダ車、馬車、農耕用トラクター、オートリキシャなど遅い車も多い。

今日初めて気がついたのだが、故障などで停止している車の後には必ず石などが並べてあった。
これは停止しているという目印だったんだな。

途中ドライブインで休憩。気温は40度を超えているだろう。とにかく暑い。
そこにいたおじさんは日本のコインを欲しがっていたので、10円玉をあげた。

そして再び車に乗りこみ出発。1時ころかようやくレストランに到着。
巨大なステンレス製の皿に、たくさんの小皿が乗っていてそれぞれ違うカレーが入っている。
ターリー料理というらしい。そして小皿を空けるとつぎつぎにお替りをもってくる。
わんこそばのようだ。断らないと何回も来るよ。
ナンも4枚ほど食べお腹いっぱいだ。

そして食事を終えてアグラ市内に入り、まずはアグラ城観光。
車か降りると物売りがたくさん寄ってくる。
「いらない、欲しくない」と言っても聞く耳持たずに攻勢をかけてくる。
門の近くまで行くとやっと諦めて戻って行った。

ふと気がつくと大粒の雨が降ってきた。うわーっ、傘を持ってこなかったよ。
でも周りを見ると、誰一人雨具を使っている人はいなかった。
幸いしばらくすると雨は上がった。

城の中からは遠くタージマハールが見えた。
あれが、タージマハールか!ついにやってきたか。

写真を撮っていると、インドの中学生くらいの子供達が少し恥ずかしそうに手を振ってくる。
僕が手を振り返すと、楽しそうに笑って応えていた。
インドの人達は、特に子供達は写真に写るのが好きなんだなあ。

ひととおり城内を見学して、次にはタージマハールだ。
ここはセキュリティーチェックが厳しく、まるで空港のよう。
予備のフィルムや電池、カメラや時計以外の電池の入った物は持ちこみ禁止。
持っていると没収。それなのに物売りはフィルムを売っている。
没収したフィルムを還流させて売っているんじゃないかと思ってしまう。

列に並んでチェックの順番を待っていると、インド人が次々と割りこんでくる。
このあたりは日本人とは根本的に感覚が違っている。

まずは金属探知機のゲートをくぐる。
ブザーが鳴っても鳴らなくてもボディーチェックを受ける。
そして、バッグの中を見て、これは何か、ナイフを持っていないかなどの質問を受ける。
それを終えるとようやく中庭のようなところに出た。

タージマハールを見るにはさらにもう一度チェックを受けなければならない。
門の下に再びチェックゲートがあり同じような質問をされる。
そうしてようやくタージマハールを目前にすることができた。

おおっ、これがタージマハールか。写真で見るよりはるかに美しい。

ここで簡単に説明を受けた。
外側四方に建っている塔は、地震の時内側に倒れないように
全て僅かに外側に傾斜している。そう言われてみると、そう見える。
ここから1時間ほど自由行動になったので、気の向くままに歩き始めた。
水面に映る逆さタージマハールにも思わず見とれてしまう。

靴を脱いでタージマハールの中に入った。中を一周し、今度は外に出て周囲を回った。

向こう岸から川を渡ってくる人が絶えない。
左岸側には有刺鉄線が張り巡らされ、ライフル銃を持った警官が睨みをきかせていた。

階段を下り、モスクの前を通り、再び川を見に行くと、牛が死んで横たわっていた。
それに犬が気がついたようで、川を犬が牛のところまで泳いでいた。

そこでYSさんとTHさんと合流。一緒に集合場所まで戻った。

帰りは何かお祭りをやっているようで、賑やかな露店街を歩いていった。
本当はこういう所をゆっくり散策したいんだけどな。
途中からは電気駆動のバスに乗り駐車場まで行った。
このバスはボロボロで、ドアロックは壊れていて針金で止めている。
クラクションも壊れているようで、窓から手を出しボディーをバンバン叩く。思わず笑ってしまう。

そして車を乗り換え途中でミネラルウォーターを買い込み大理石の店に寄ってからホテルに到着。
食事のまで時間があまり無いので僕はスーツケースを自分で部屋まで持っていった。
部屋に入り、急いでシャワーを浴びてレストランへ。

夜にはふらふらとアグラの街を歩きたかったのだが、
ここは治安がよくないのでホテルから出ないようにと言われた。残念だ。

夕食はバイキング。やはりスパイスがきいた物が多い。
僕は甘い物は大好きなので、フルーツケーキのをたくさん食べた。

食事の後は話しをしながらまったり。
10時前に部屋に戻った。

10日ジャイプールCLARKS AMER連泊
MC AM6:30 BF AM7:00 BO AM7:15 DP AM8:00

バザール散策 2003,6,10
今日でインドに来て3日目。ようやくインドにも慣れてきた。

今朝は5時に目が覚めて寝られなくなったので、バスタブにお湯を溜めるためバスルームに行った。
水のバルブを回すがなぜかお湯が出る。しばらく出したままだがずっとお湯だ。
お湯といってもだいたい40度くらい。夜の間にタンクの水が温まってしまったのかな。

そのかわりお湯のほうはかなり温度が上がっている。
昨日の夜にはお湯でも40度くらいしか上がっていなかったからな。
でも僕はぬるいお湯が好きだから別に問題はないけどね。

まだ早いので余裕で準備。7時にモーニングコールが鳴るのを待って1階のカフェに降りた。
カフェには添乗員さんを除くと僕が一番だ。次いでYSさんがやってきた。
同じテーブルに座り、朝食のバイキングを適当にピックアップし席に戻った。
今朝もパンがメインだ。他にピラフを少しとスイカジュース。これはスイカをすりおろしただけのようだ。
しばらくしてYSさんが薄いオムレツのような料理を持ってきて、僕に半分くれた。
これが何だかよくわからないがとにかくうまい。初めて食べる料理だった。

朝食を終え部屋に戻り出発の準備。今日もここに連泊なのでバッゲージアウトは無い。
8時半ちょうどにロビーに降りた。今日は車に乗る組み合わせを変えて出発。

まずはピンクシティー、風の宮殿。街全体がピンクに塗られている。
街中ははっきり行って汚い。路肩にはゴミがいっぱい。野良牛や野良豚が残飯をあさっている。

人や車、動物などの障害物をやりすごし、10分くらいで到着。
車から降りて道を渡り、適当に説明を聞くが暑くてたまらない。
それに物売りがたくさん集まってきてうっとうしい。
彼らも生活がかかっているので、気持ちはわかるがどうにかならないものかな。

ここは見るだけで中には入れないので写真を撮ったところで車に戻り、
次は今日のメイン”アンベール城観光”だ。

30分ほどで到着。いよいよ象に乗る。
車を降りると象がたくさんいる。象使いが首の所に乗り、その後が座席になっていて
背中合わせに4人乗れるようになっている。
そして地上2.5辰らいのプラットホームに登ってそこから乗るのだ。
僕は片側に一人で乗って、反対側にはGT夫妻が乗ることになった。
乗ったところまでは何でも無い。しかし反対側を向けるために動き出すと思いっきり揺れる。
降り落とされるんじゃないかと思うほどだ。なんとかしがみついて乗りきった。
そして反対側に2人を乗せて動き始めた。

象が1歩1歩歩く度に大きく揺れる。降り落とされないようにしがみつく。
なかなか写真を撮る余裕が無い。見た目は楽しそうだが意外に怖いよ。
象の足取りは重くゆっくりとしている。人が歩いた方がよっぽど早い。

象は時折鼻息を荒くし、乗っている僕達を焦らせる。何故かはわからないが怒っているようだ。
地上を歩いている象使いも何か怒鳴っては棒で容赦無く象をたたく。ちょっとかわいそうだ。
しばらくすると象が急に立ち止まった。と思ったら大きく動いた。
対向象を避けるためだと思ったが、突然”ジョバーーー”という音。それも長時間続いた。
みるみる流れができていった。いったい何リットルくらい出たのだろう。

ゆっさゆっさと揺られて坂を登っていくが、またしても物売りの攻勢だ。
ついには「千円、千円」とうい中国と同じ千円攻撃を仕掛けてきた。千円は世界標準なのか。
降り返し地点に来ると後から登ってくる象が見える。
すると2つ後にいた象が、突然狂ったように起こりだし、ついには下に向かって駆け出した。
おいおい、どうなっちゃうんだよ。乗っている人は大丈夫かな。
そのまま視界から消え去ってしまった。心配だな。どうなったかは知る由もないが。

そのうち僕達の乗ってる象も怒りはじめた。
地上の象使いがさかんに「バランス、バランス」と言っている。
左に1人、右に2人乗っているのでバランスが悪いようだ。
GTさん(妻)が中寄りに移動し、事無きを得た。
30分ほどでようやく頂上に到着し象を降りた。

アンベール城からの展望は、まるで砂漠の中の万里の長城のよう。
荒涼とした山々に城壁が続いている。
宮殿の中は外とはまるで別世界のように美しい大理石で敷き詰められていた。
日陰では昼寝をしている人の姿も見える。何だか沖縄のようなのどかさだ。
窓からは城の下の方を遥かに見下ろすことができる。
山の下の方は池だったらしいが、ここ数年の干ばつですっかり干上がっていた。

ひととおり中を見学して、帰りは象ではなくジープに乗って降りる。
ここでも物売りの大攻勢だ。来る時10個千円と言っていた物が最後には50個千円になった。
いったい原価はいくらなんだろう。

城を後にし、展望所に立ちより休憩。
あまりの暑さにコーラを一気飲み、それでは足りずにミネラルウォーターを500ミリリットル。
ようやく体に水分が行き渡った感じがした。温度計は42度を指していた。

その後宝石店に寄り、昨日と同じレストランで昼食。
一応中華料理と言うことだったが円卓も無く、何だかインド料理と中華料理の混合みたいだった。
昼食を終え骨董店に行き、そこを出ると行き先別に別れて分乗した。
僕と  さん、KMさん、GT夫妻はOPツアーでバザールへ行くので1号車。
他の人達はここからはフリーだ。
僕もどうしようか考えたのだが送迎付きの方が楽なのでOPツアーを選んだ。

5分ほど走って車を止め、商店街のようなところを歩いていき、広場の所から自由行動になった。
でもだいたい5人一緒。ガイドさんだけ車に戻っていった。
どんなお店があるのだろうと横道に入ってみた。
おもちゃ屋とかタバコ屋、それにお菓子屋などいろいろなお店がある。
まず目に止まったのがタバコ屋。10本4Rsから15Rsくらいまで幅がある。
僕も他の人が買うのを見ていたが、ここでは日本人は珍しいらしく、どんどん人が集まってくる。
いつのまにかたくさん人が集まっていた。

僕はタバコを買わないので他の店を散策。アクセサリー店が目に入った。
腕飾りのようなものだが最初1箱100Rsと言っていたのだが、粘って2箱140Rsに値切った。
それを見て他の人達も次々に買っていた。
他にもお菓子屋さんに行って、よくわからない駄菓子を買った。
ツアーで行くお土産やと違ってケタ違いに安い。それに値引き交渉する楽しさもある。
店ではだいたい英語が通じるので何とか話しができて商談成立。
でもどこに行っても珍しがられているようだった。

もっとゆっくりしていたかったのだが時間になってしまったので車の方に向かって歩いていった。
いろいろな店の前を通りすぎていくと、あちこちで「ハロー」と声がかかる。いいなあこういうのって。
ここには観光客相手の店や物売りがいないので楽しくショッピングができた。

車に戻ってもう少し買い物がしたいとガイドさんに言うと、風の宮殿の近くの商店街に寄ってくれた。
そこで僕はTシャツを買おうと衣類のお店に入った。
しかしそこにはいろいろな、いかにもアジアって感じの長袖シャツがたくさんあった。
僕はそれが欲しくなり、値段を聞くと1枚525Rsという。ちょっと高いな。
値引き交渉をするが、なかなか負けてくれない。
手間がかかっている事や、品質がいいことをさかんに強調している。
15分くらい粘ったが埒があかないので帰るような素振りをすると、やっと妥協してきた。
結局長袖シャツ2枚とラクダの絵のTシャツ1枚を付けて600Rsににてもらった。

中国に行った時は面倒に感じられた交渉も、最近では楽しくも感じられるようになった。
言葉がある程度通じるということもあるかもしれないけどね。

車に戻ると目の前にあった人形のお店が目に止まった。
そこで1個25ルピーの人形を2セット、4個100Rsで買った。
100Rsといえば260円だ。1個70円足らず。メチャ安い。こんなんでいいのかと思うよ。
店のおじさんは階段でズッコケてかなり痛そうな顔をしていた。ちょっとかわいそうだった。

みんな車に戻ったかな、と思ったらKMさんだけ見当たらない。
どうやら一人で歩いていったようだ。慌ててガイドさんが探しに行った。
後から聞いたのだが、先日ここで日本人が2人行方不明になり、未だに発見されていないという。
やはり気をつけないとな。親近感を持っても油断してはいけない。

そこからは一度ホテルに戻ってしばし休憩。シャワーを浴びてさっき買った服に着替えた。
そして午後6時、再び集合してヒンズー教の寺院に行った。
大理石でできた美しい建物。中にはステンドグラスのような窓がはめこまれている。
入口の上には神様のシルエットが大理石を透かして見えていた。

7時からはお祈りがあるというのでしばらく外の階段に座って待っていた。気温は37度。
だいぶこの暑さにもなれてきた。
7時になり鐘が鳴る中、不思議な儀式が行われた。
そしてそこにいた人は祈りを捧げて周囲を一周し、
お坊さんからコンペイトウのようなお菓子をもらっていた。
僕も欲しくなったのでみんなの後に続いて一周しお菓子をもらった。
なんだかよくわからなかったが甘くて美味しかった。

外に出る時にインドの学生風の女の子たちが英語で話し掛けてきた。
最初はやはり、どこの国から?、日本からだよ。っていう感じ。もちろん英語で。
そして一緒に写真を撮ろうということになって、みんなで並んで写真に収まった。
やっぱり日本人は珍しいんだろうな。
彼女らは地元ジャイプールに住んでいるという。
こういうふうに地元の人と交流できるのって楽しいな。
ツアーじゃこんなことは無いと思っていただけに余計に嬉しくなった。

だんだんインドから帰りたくなくなってきたよ。車でホテルに帰る時にそう思うようになった。

ホテルに着くとすぐに食事。フリーの人達も無事戻ってきていた。

食時の後YSさんとビジネスセンターに行きインターネットを始めた。
PCの裏側を見ると、モデムは無くLANケーブルがつながってる。
これは…と思い自分のモバイルを持ってきて繋いだがネットにつながらない。
何度やってもダメだ。もしかするとこれはISDNのポートだったかな。
再びPCにつなぎ直し再起動させたが、ネットにつながらなくなりダイヤルアップの画面が出る。
やっぱりLANじゃなくて電話線だったのか。
やばいな。IDとパスワードがわからないのでそこで終わりにしてセンターを出て(逃げて)きた。

部屋に戻って来てシャワーを浴びようと思ったが、なぜかベッドメイクができていない。
フロントに電話するとすぐに行くという。英語が通じてよかった。
数分で人が来てテキパキとベッドメイクして帰っていった。

ああーっ、今日は楽しかったなあ〜。
インドに来て今日で3日目。みんなうちとけて、まるで米原キャンプ場にいるようだよ。
みんな若い人ばかりだが、僕が一番年上なのかもしれない。
明日はついにタージマハールへ。楽しみだな。

9日ジャイプールCLARKS AMER泊
MC AM7:00 BF AM7:00 DP AM8:30

暑い、いや熱い! 2003,6,9
現地時間5時半ころ目が覚めて寝られなくなった。
まだ薄暗いのにおかしいな。んんっ、日本時間だともう9時か。寝られないわけだ。
仕方ないのでバスタブにお湯を溜めてゆっくりと浸かった。
しかしこのホテルはお湯をめいっぱい熱くしても40度ほどにしかならない。
インドではこれが当たり前なのかもしれない。

7時になったので1階(インドでは0階という)のカフェに行き朝食。
僕はいつもパンとコーヒーだったので、とりあえず固いパンを2枚食べた。
でも何となく寂しいのでフルーツと薄くて直径15センチくらいある煎餅のような物を食べた。
食事の最中に突然電気が消えて真っ暗になった。停電はインドでは日常茶飯事らしく
ホテルの人は全くたじろぐ様子も無い。1分ほどで復旧した。
荷造りがまだだったので食べ終わるとすぐに部屋に戻って室内を片付けた。

バッゲージアウトは時間ギリギリの7時半。
その後身支度を整えて、8時ちょっと前に部屋を出ようと思ったらカードキーが無い。
やばいな。どこに置いたんだろう。Dバッグの中には見当たらない。
あっ、そうだ。スーツケースの中だ。さっき広げた時に何気なく置いたんだ。
急いで部屋を出ると、ポーターが持っていく寸前だった。
「ジャスモーメン」と言って制止し、スーツケースを開けるとやっぱりあった。よかった。

0階のロビーに集まって出発準備。
僕はフロントに言って100ルピーを10ルピーに両替してもらおうと思ったが
10ルピーは無いと断られてしまったので全部50ルピーに両替してもらった。
そして2台の車に分乗してクトゥブミナールへと向かった。
しばらくして到着。車を降りるとむっとする熱さだ。
ここは靴を脱いで観光する。僕は靴下も脱いで裸足になった。
これが意外に気持ちいい。石の道や階段を上がると展望が開けた。

インドは日本とは全く違った分化の国だ。
昨日は圧倒されていたが今日はようやくインドの実態が見えてきた。

クトゥブミナールを後にして一路ジャいプールへ。温度計は35度を示していた。
高速道路?に乗ると単調な景色の流れになる。
適度な揺れと、クラクションドップラーの連続で意識レベルが低下。いつのまにか寝てしまった。
2時間ほど走って休憩。そこでホットチャイを飲んだ。
この飲みものは初めてだが香辛料がきいていてなかなかうまい。
ついでに1箸離潺優薀襯Εーターを買ったが40Rs(約104円)だった。ちょっと高かったな。
やはりこういうところで買うと高い。今度は街で買おう。

休憩を終えて再び走りだす。単調な景色に再び寝てしまった。
本当は全てを目に焼きつけておきたかったのだが、つい睡魔に負けてしまった。
他の人達もみんな寝ているようだった。

しばらくしてジャイプールの街に入ってきた。
街中には野良犬や野良猫はおろか、驚くべきことに野良豚や野良牛さえもいる。これには驚いた。
牛が堂々と車を気にすることも無く道路を歩いている。
こちらの人は牛や豚を食べないからな。牛はここでは神様のようだ。
ここが中国だったら一瞬にして食料になってしまうだろう。
中国では飼い犬には服を着せておかないと、本当に食べられてしまうらしい。

まずレストランで遅い昼食だ。すでに1時をまわっていた。
数種類のカレーがメインだ。パンのようなホットケーキのような食材が出てきた。
これはおかわり自由。食べ終わると次々に運ばれてくる。
カレーと言えば日本で食べなれたボンカレーを思いだすがインドのカレーは全く別物だ。
辛さというか、スパイスの使い方が日本とはまるで違う。
そんなに辛くはないのだが、何とも表現ができない味だ。
そこではインドの民族楽器を演奏している人がいた。

食事を終えると天文観測所、シティーパレスと観光をした。
ここではカメラを持ちこむと50Rs(約125円)払わなければならない。
その割りには撮影禁止の場所も多かったりする。
しかし40度を超える熱さで観光どころでは無くなってきた。
ガイドさんの説明もほとんど右から左へと流れてしまう。

売店で買ったマンゴージュースを一気飲み。
そして別の売店でも500mlのジュースを買って一気に飲み干した。
水分を取らないと脱水症状になってしまうよ。
ようやく車に戻り、温度計を見ると43度。熱いわけだ。

その後更紗の工房に行ってお土産屋を探索。
ハンカチ5枚20ドルのところ15ドルにまけさせたがまだ高いような気がする。
でも日本で買えば…と考えると安いのだが、でもここはインドだ。う〜ん、まあいいか。

そしてホテルに到着。食事の後はビジネスセンターでパソコンを借りてインターネット。
日本語を表示させることはできたが入力ができない。
一応ホームページの閲覧はできるのだが、日本語が入力できず歯がゆい思いをする。

10時過ぎ、部屋に戻って来た。
ここインドではスケジュールはそれほどハードではないが、熱さでまいってしまう。
思いの他水分と体力の消耗が激しいようだ。
しかしインド人は汗をかかないのだろうか。汗だくのインド人なんて見たことが無いよ。

8日デリーQUTAB HOTEL泊
MC(モーニングコール)AM6:30 
BF(朝食)AM7:00 
BO(バッゲージアウト)AM7:30 
DP(出発)AM8:00

ついにインドだ 2003,6,8
一度5時半ころ目が覚めたが再び寝入る。
6時45分に目覚ましが鳴り起き上がった。
まずシャワーを浴びて着替え。そして昨日買っておいたパンを食べた。
外を見ると天気は曇り。でも雨が降ってなくてよかった。

ゆっくりと準備をして8時半、ロビーに降りてチェックアウト。
要らない荷物を車に置いてドアをロックした。次に乗るのは1週間後だ。
8時45分発のバスに乗り成田空港へ。途中検問所がありパスポートを確認される。
9時にはもう空港に着いてしまった。

さっそく受け付け窓口を探す。行ってみるとすでに受付を開始していた。
名簿を見ると僕が一番上。参加者は全部で10人くらいのようだ。
あまり大人数でなくてよかった。
とりあえず航空券を受けとってチェックインが開始されるまで待っていた。
辺りを見ていると、観光客がほとんどだがバックパッカーもいる。
格好を見れば一発でわかる。うーん、あんな旅をしてみたいなあ。

9時半ころ、カウンターが開いたので早速チェックイン。窓側の席が確保できた。
荷物を預け、地下のコンビニに行って食料を調達。
今夜は機内食だけでデリーでは食事がないのだ。

11時15分集合場所へ。やはり全部で10人くらい。
参加者はみんな若い人ばかり。中国の時のように定年後の人は誰もいなかった。
カップルが1組と、それに1人参加の女の子が3人。
男では友人の1組と僕を含む1人参加の2人。合計9人だった。意外に一人参加が多いんだな。
まあインドはかなりハードだからな。気候も厳しいし、年輩者にはちょと無理かな。
そういえばインドのツアーはJTBにはなかったな。

出発案内の電光掲示板を見るとAI301便は15分早発に変更になっていたが
添乗員によれば、あれは単なる急がせるための手段らしい。
なるほど、インドはこういうこともするんだ。

添乗員から一通り説明を聞いて一度解散。
僕は特に用事も無いのですぐに出国審査に向かった。
手荷物検査でも特に問題なく、金属探知機にも反応しなかった。
今日は混雑も無くスムースに通過。免税店にも寄らずに登場口へ歩いていった。

72番ゲートの登場口に行くと、エアインディァだけなぜが再び手荷物検査。
バックやポーチの中まで入念に調べた。
ここまでくるとインド人が多い。検査を通過し待合室に入るとまるで外国だ。
サリーをまとった女性がたくさんいる。

外を見るとエアインディァの飛行機が見えた。んんっ、B‐747のようだが意外にボロいな。
でも中国の国内線よりはいいかな。
貨物を積みこんでいるのが見えるがなぜか客室に積んでいるように見える。
普通は床下の貨物スペースに入れるのに。
どうやら機の後の部分は貨物スペースになっているようだ。貨客兼用機といったところか。

11時45分くらいになってようやく搭乗が開始された。
機に乗りこむとサリーを着たインド人の女性にに英語で話しかけられた。
どうやらチケットを見せろと言っているようだ。
中国語は全くわからなかったが英語なら何とか理解できる。
何で?と思っていたが、この人はスチュワーデスだった。
さすがインドの航空会社。スッチーもサリーを着ているんだ。

そして定刻?の12時にボーディングブリッジを離れた。
しかし滑走路は遠く、かなりの距離地上を走って行って滑走路の手前で停止。
結局離陸を開始したのは12時30分ころだった。今回は旧滑走路から。

それにしてもこの飛行機はよく揺れる。まるでジェットコースターのようだ。
ひっきりなしに揺れていて、パソコンを打っていてもミスタッチが多く疲れるよ。
この機は途中バンコクを経由するので、時計を2時間遅らせタイ時間に合わせた。

しばらくしてお菓子とジュース、たて続けに昼食が配られてきた。
ベジタリアンメニューとノン・ベジタリアンメニューがある。
さすがインド、という感じ。お菓子もスパイシー。よくわからない辛さ。
カレーのような食べ物にあっては、日本の辛口のようにただ辛いだけじゃない。
味わったことのない香辛料だ。これがインドのカレーなのか。

離陸してから頭が痛くなり、そのうち治るだろうと思っていたがよくならない。
しかたないので頭痛薬を飲んでしばらく休むことにした。

日本時間18時ころ、シェードを開けて外を見ると不思議な世界が広がっていた。
雲がにょきにょき伸びていて、まるで樹氷のよう。地表は全く見えない。
空は青、というより黒に近い。
少しづつ高度を下げているようだ。

JST(日本標準時)18時半(L.T.4時半)、タイのバンコク国際空港に到着。
地上が見えてきたが、本当に空港に着陸するのか?
確かに滑走路に着陸したが、すぐ横にはゴルフをしている人達が見える。なんで?
なんと2本ある滑走路の間がゴルフ場になっているのだ。
驚いたことに途中踏切や信号があり、人や車が飛行機が通過するのを待っている。
まあ土地の有効利用ではあるが、こんなんでいいのか?日本じゃ考えられないな。

降機が開始され、バンコクで1/3くらいの人が降りていった。
まもなく機内清掃のための人達が乗りこんできたが、みんなマスクを着用している。
なんとなく緊張するな。
乗客がいるのにもかかわらず、あちこちで掃除機を使っていて騒々しい。

この機は最終的にはムンバイまで行くが、残念ながら途中で降りられない。
お土産が買えるかなあと、ちょっと期待してたんだけどなあ。残念。

17時30分。JST19時30分、ブリッジを離れ滑走路へと向かって行った。
いつのまにか雲が無くなり陽が射してきた。空には熱帯特有の積乱雲が浮かんでいた。
離陸を開始し右に旋回するとバンコクの街並みが見えてきた。
やはり異文化の国だ。ここだったら比較的近いしね。いつか訪れて見たいな。

離陸後、時計を1時間半戻してインド時間に合わせた。
インド時間18時ころ機内食が配られた。宗教の関係で豚肉や牛肉は出てこない。
今回はマトンかチキン。僕はチキンを選んだ。昼とは違ったメニューだった。
相変わららずメインは辛いもの。でもケーキやヨーグルトもある。
生野菜は食べない方がいいと聞いていたのでパス。
隣のKMさんがマトンを少し分けてくれたので食べてみたが、
食べなれていないので「こんなもんかなあ」、という感じだ。よくわからない味だった。

食事を終え外を見ると雲がオレンジ色に染まっていた。
空の上から見る夕暮れは何ともいえず幻想的だった。
時折大きな雲の中に稲光が見えたりもした。
機長のサービスなのか、何度か機を左右に降って下が見えるようにしてくれた。
入国カードは配られていたが、記入する項目がやたら多くて面倒だ。
SARSの健康調査票のようなものもあった。

現地時間20時、上空を何回か旋回した後無事着陸。滑走路が長いので余裕の減速。
11時間30分ぶりに地上に降り立った。
機を降りボーディングブリッジに入ると何だか暑いような気がする。
入国審査は無事通過。苦労して書いた入国カードは全く見ないで回収された。

ターミナルに入り荷物が出てくるまでの間に両替。一万円で3830ルピー。
ということは1ルピーが約2.6円くらいだ。
インドでは札を束にしてホチキスで止めているようで、みんな穴が開いている。
レートを示したボードの写真を撮ったら何か文句を言われたが無視。
すると何か紙をくれたので見てみるとレートが印字されていた。

その後荷物を受けとって外に出ると…何だこの気温。もう9時なのに。
さっき機内の放送では37度と言っていた。これがインドなのか。

空港からは2台の日本名ランクルに分乗してクタブホテルに向かった。
暗くてよくわからなかったが、交通事情というかマナーは中国以下だな。
クラクションはひっきりなしに鳴っているよ。オートリキシャはテールランプも無い。
さて明るくなってからが楽しみだ。

出発! 2003,6,7
今日は成田のワシントンホテルに泊っています。

6時半起床、朝食を食べて早速部屋を片付けて準備を始めた。
9時半ころ、車庫に下りて洗車した。
その後、缶コーヒーを買って近くの公園に車を止め、必要な物が無いか最終確認。
ダイソーに行って折りたたみ式の鏡と、空気注入式のU字型の枕を買った。

かなり長そうなフライトだからな。いったい何時間かかるんだろう。
成田発12時、バンコクに1時間10分停まってニューデリー着が19時40分。7時間40分か?
いや時差が3.5時間あるから11時間10分だ。うわーっ、エコノミー症候群が心配だ。

お昼を食べて荷物を全てスーツケースに詰めこみいよいよ出発。
出発間際、母が小遣いをくれた。いらないと言うのだがどうしても持っていけという。
もう子供じゃないんだけどな。出掛ける時はいつもこうなんだよ。
でもありがたく受けとっておいた。

近所のスタンドでガソリンを満タンにして走り始めた。
大井松田まではこの前お台場へ行った時と同じルート。
神奈川県に入ってR246を進んでいくと片輪を歩道に乗り上げ止まっているトラックがいた。
沼津のTラインの冷凍車だ。フロントバンパーが無いがなぜだ?
横を通りすぎるとトラックの後方20辰らい歩道の手すりがめちゃめちゃになっている。
歩道に片輪を乗り上げてそのまま走ったようだ。居眠り運転か?

大井松田からは東名に乗った。
途中海老名で眠くなり1時間ほど休憩。用賀までは順調に来た。
その先、渋谷から谷町まで渋滞の表示。まあよくあることだな。と思って進んでいくと
”要人来日のため規制あり”の表示があった。所々に機動隊が立っている。

三軒茶屋のあたりから渋滞が始まり渋谷駅の手前で全く動かなくなった。
要人って韓国の大統領だよな。
15分程で動きだしたが、渋谷の出口には機動隊のバスが停まっていて1車線を塞いでいた。
さっきまでここで通行止めにしてたいたようだ。
横には右翼団体のバン型トレーラーが停まっていた。

その先はすこぶる順調。レインボーブリッジを渡り湾岸線を東向きにひた走る。
富里で東関道を降りてコンビニに寄り弁当やお菓子を買って5時半ころホテルに到着。
今日はゆっくりしていられるな。
とりあえず機内持ち込みと貨物室預けの荷物をよりわけた。

いよいよ明日は出国だ。行ってきま〜す。

歯が痛い・・・ 2003,6,6
2・3日前から何となく歯が痛いような気がしていたが、気のせいかと思っていた。
しかし今日になって階段を下りるとやっぱり痛い。気のせいじゃなかったんだ。
2枚の鏡を使って歯の裏側を見てみると、どうやら虫歯らしい。
明日からでかけてしまうからな。ちょっと考えて歯医者を予約した。

平日の午前中なので空いている。11時に予約ができた。
車庫の中を片付けて、11時ちょっと前に歯医者に行った。
夕方にはいっぱいになってしまう駐車場も3台しか止まっていない。
待合室にも2人しかいなくて15分ほどで呼ばれた。

先生に「歩いたりジャンプしたりすると痛い」と説明したが、
「前歯はそんなことは無い」というばかり。「でもその歯が痛いんですよ」と言うと
「そう思いこんでるんでしょ、奥歯ならそうかもしれないけど、
僕は歯医者を何十年もやってるけど、この歯がそうなったことは聞いたことがないよ」
「・・・(笑)」思わず絶句。
隣の歯をカチカチやって、「多分この歯でしょう」と言うが、そこじゃないよう。
何度もその歯だと言ってもなかなか納得してくれない。
「この歯は確かに虫歯はあるけど…じゃあ、とりあえずこの歯から行きましょう」
どうやらまだ信用していないようだ。

麻酔をしてからリューターで歯を削り始めた。
痛みは感じないが、音を聞くと全身が硬直してしまう。
しばらくすると先生が「んんっ、意外に深いな…」などと言い始め、
途中で削るのを止めレントゲンを撮った。
誰もいなくなったので頭を上げて横にある液晶モニターを見ていると、カーソルが動いている。
どうやらオフィスの方のパソコンでスキャンしているようだ。

しばらくして再び先生が来て歯に何か詰めて行ってしまった。
「口をゆすいで下さい」と言われてシートが元の位置に戻った。
あれっ、もう終わりなの?
席を立ち「この歯は治療終わったんですか?」と聞くと、根の方の治療は来週だと言う。
ありゃーっ、前歯なら一日で終わると思ったのにな。これは誤算だった。
来週は海外に行ってしまうので…ということで次は16日の月曜日になった。

歯医者を出て歩くとやっぱり何となく痛い。
そのまま薬局へ行き、念のため痛み止めを買って帰った。
インドに行っている間悪化しなければいいが。

その後パンを買って1時ころ食べた。

夕方帰ってきてからは準備に取り掛かった。必要な物をスーツケースに詰め込んでいく。
中国に行った時は使わないものをかなり持っていってしまったからな。
今回は持っていく物を厳選しよう。

まだ明日半日あるし、あとは明日にしよう。

温帯低気圧一過 2003,6,5
台風から変わった前線を伴った温帯低気圧は、本州にはあまり影響を及ぼさなかったようだ。
朝目が覚めて外を見るといい天気。気温も上がりそう。

朝食を食べて着替え。今日はTシャツだけで十分だろう。

11時ころから車で海を見に行った。
沼津の海岸は沖縄のコーラルサンドと違って10センチくらいの石ころばかり。
海の色もなんとなく灰色がかっている。もちろんサンゴなんて無い。
でも昨日の東京湾の真っ黒の海よりはいいけどね。

日差しが強く気温も上がってきた。エアコン無しじゃいられない。
帰りに青山の2階のダイソーに寄ってタオルと温度計などを買ってきた。
温度計をインドに持っていって気温を測ってみようと思う。

途中でお弁当を買って、箱根の林道に車を止めて食べた。
日陰に車を止めてエンジンを止めて窓を開けると心地よい風が通り抜けていく。
鳥の鳴き声もたくさん聞こえる。ゆったりとした時間が流れていった。

落石通行止めの看板が立っていたので、その先はどうなっているのかと思って進んで行くと
反対向きの同じ看板を発見。なんだ、通行止めなんてウソじゃないか。
これを見て引き返した車もいるんじゃないのかな。

4時ころ帰ってきてデジカメの修理をしようと思って精密ドライバーを持ってきた。
この前デジカメを落としてしまってレンズカバーのストッパーが効かなくなって
少しでもカバーを動かすとレンズが引っ込んでしまい、これじゃスクープ写真を撮リ逃してしまう。
さっそく螺子を全部外してカバーを開けてみた。電源レバーもドライバーを抉って外した。
しかしこのレバーはカバーを開けるのには関係なかった。
悪いことに今度は外したレバーが付かなくなってしまった。
このレバーは2段階になっていて本体の基盤に小さなスイッチが2個付いていた。
これが邪魔になってスイッチがどうしても付かないのだ。
仕方ないのでケーブルを外し、基盤を外してからレバーを取り付けた。

肝心のレンズカバーは本体の基盤を全部外さないと到達できそうもない。
バラしてしまって再起不能になったら大変だ。多分中の爪が折れているのだろう。
まあしっかりカバーを押さえていればいいからな。諦めて元に戻すことにした。

夕方ツアーの添乗員さんから電話があった。
やはり気温は40度を超えるらしい。日傘などを持っていくよう勧められた。
ホテルのシャンプーやソープなどは粗悪品らしい。これは中国でも同じだったな。
あとホテルにはプールがあるらしいが疲れて泳げないんじゃないかな。一応水着を持っていくか。

エアインディアのホームページでフライトを確認すると、バンコクに1時間以上止まる。
ここで降りられるといいんだけどな。

まだ2日ほどあるからゆっくりと準備をしよう。こうしているのもけっこう楽しいな。

工作船視察 2003,6,4
6時半前に目が覚めた。雨は降っていない。
台風の影響が心配されたが予報では夜遅くに雨。
工作船の視察は予定通り決行する。

7時50分にKPさんからメールが来てこれからNMさんと合流してこっちに向かうという。
あそこからだと通勤時間帯だから40分くらいはかかるかな。
時間を見計らい待ち合わせ場所の裾野駅まで行った。
しばらくするとブルーメタのインプレッサがやってきたので先導して家まで戻った。
僕は車を車庫に入れKPさんの車に乗り移った。

さすがにラリーベースの車だけあってサスも固めでロールも感じない。
シートもフルバケットタイプで快適だ。パワーも280馬力。
早速船の科学館に向けて走り出した。

農道と小山高校前を通る裏道を走って神奈川県境あたりでR246に出て東進。
走って行くと、おやっ、何か雰囲気が違うな。
見回すとあの崖に張り付いたようなワインディングの箇所にバイパスができていた。
これなら重トレもすれ違いができる。渋滞もしなくなった。

車の流れもスムーズで大井松田インターから東名に乗った。
途中海老名SAで休憩し、横浜町田で降りて保土ヶ谷バイパスを通り首都高へ。
神奈川狩場線、湾岸線と走り東京港トンネルを出てすぐの13号地で降りるともうすぐだ。
案内標識通りに進み無事駐車場に到着。平日とあって駐車率は20%以下だ。

まずは工作船だ。案内にしたがって進むと行列ができていたので最後尾に並んだ。
しかしなかなか進まない。よく見ると何人づつかに区切っている。
まあこうしないと中が大混雑してゆっくり見てもいられないな。
僕たちが並ぶと後ろの方の列が一気に伸びた。ちょうどいい時に来たようだ。

そこでパンフレットを渡された。表紙には”工作船の全て”と書かれていたが
A3の紙1枚で工作船の全てを説明できるほど単純なのだろうか。
”全て”なら百科事典ほどの厚さになるんじゃないのかな。
”全て”ではなく”概要”程度にしておくべきじゃないのだろうか。*美術館参照

まあいいや。15分ほど待って僕たちの番になった。
さっそく工作船を視察。後ろから追い立てられないのでじっくりと見ることができる。

側面に開いた弾痕が生々しい。意外なほどの高性能のエンジンを搭載していた。
後ろの組にも追い越されるほどじっくり細部も観察。周囲を一周まわって外に出た。
列はさらに伸びていた。

次は第二会場だ。こちらには武器や遺留品が展示してある。
案内に従って進むとそこは旧青函連絡船の”羊蹄丸”の船内だった。
ここでも15分ほど待って中に入った。

機関銃や無反動砲などの火気も目を引いたが、日本製の電気製品も数多くあった。
アイコム製の無線機や受信機、J-PHONEの携帯電話には驚いた。
日本製の缶詰もあった。

これが日本へ何隻も来ていたなんて…。おそらく拉致事件にも関与していたのだろう。
単なる興味だけで、これらのものを見てはいけないと思った。

第二会場を見終わって外に出ると、ポツポツと雨が降り始めた。
和歌山の中学生の団体も10台ほどのバスでやってきて、行列もさらに伸びていた。
運が良かった。でも予報だと雨は夜遅くからじゃなかったかな。

お昼を回ったので食事をしようと思ったが、レストランが混んでいるのでとりあえず駐車場を出た。
帰りは一般道で帰ろうと言うことになり、レインボーブリッジを渡り第一京浜に出た。
途中ファミレスで食事。雨が強くなってきた。
横浜からはR1、そして海岸沿いにでて西進。箱根を越えて帰ってきた。
ここまで科学館から4時間半くらいかかっていた。やっぱり下道は時間がかかるな。

暗くなってきたのでサンテラスに行ってお弁当やおかずを買ってNMさんの家に行って食べた。
食事をしながらプロ野球中継を見ていたら帰れなくなり、結局中継が終わるまで見ていた。
でも試合はまだ終わっていなかったが、巨人の敗色濃厚。
KPさんに家まで送ってもらい、帰ってきたのは10時。

その後HPをアップしていると日付が変わってしまった。
結局寝たのは2時ころになってしまった。でも今日は楽しかったよ。


インドは熱い? 2003,6,3
今日もいい天気。風邪もだいぶ良くなってきた。

インドもこれくらいの天気がいいなあ。
などとのんきなことを考えてここを見たらびっくり。本当かよっ!
連日最高気温は47度まで上がってるじゃん。
そういえばこの暑さの犠牲者が1,000人を超えたとか…。
恐ろしいほどの暑さ、じゃなくて熱さだな。大丈夫かな。

午前中は車庫へ降りる階段の修理。
僕は半年以上旅をしていたので誰もメンテナンスをしてなくて少し傷んでいた。
錆の発生しているところをペーパー掛けし、錆を落としてから塗装した。
そんなうちに昼になってしまったので弁当を買って日陰に車を止めて食べた。

午後からはちょっと箱根まで行ってみた。
久しぶりに走る国道1号線。道路がかなり良くなり走りやすくなった。
峠には”エコパーキング”なる大きな駐車場ができていて、たくさんのトラックなどが止まっていた。
夜間しか走行できない巨大なトレーラーも、ここで時間待ちをしているようだった。
しかしほとんどの車はエンジンをかけているので、とても”エコ”などとは呼べないような…。

そして芦ノ湖畔まで下りてみた。平日とあって混雑は無い。
箱根の関所の前を通ったら関所がなくなっているじゃないか。
確か右側にあったような気がしたが…更地になっている。
よく見ると左側にチケットの販売所があった。
工事中のようで、周囲がシートに囲まれていて建物自体は見ることができなかった。
こっち側に移転したのかな。

しばらく周囲を走って戻ってきた。

明日は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の工作船を見に行く予定。
といっても別に北朝鮮に行くわけではない。
行ってみたいと思うのだが、現在拉致問題がこじれて日本人に観光ビザが下りないのだ。
東京お台場の船の科学館に展示されてる工作船を見に行こうということになっているのだ。
KPさんのインプレッサが迎えに来るので今日は早めに寝ることにしよう。

もうすぐ復活だ 2003,6,2
久しぶりにすっきりとした目覚めを迎えたよ。やっと調子が戻ってきた。天気もいいな。
まだ少し鼻の調子が悪いけど熱も無いし頭痛もなくなった。もう少しだ。

今日はインド旅行の準備。
まず御殿場のホームセンターのマキヤに行ったがいつのまにかエスポットになっていた。
まあどっちも同じ経営母体だけどね。でもいつ変わったんだろう。

店は改装中か、まだ工事中だったが営業していた。
しかし中はすっかり変わってしまっていた。とりあえず家電製品のコーナーに向かった。
そしてドライヤーを物色。電圧切り替え式の海外でも使えるものがあった。
値段は…高いのかな、と思ったけどそうでもなく1950円。あと携帯用の雨合羽を買った。
最近ホームセンターに行くと自然にキャンプ用品売り場に足が向いてしまう。
他には特に欲しいものはなかった。

その後一度家に戻ってきてから静岡銀行に行った。
そこで日本円を米ドルに両替。1ドル札を20枚、5ドルを10枚、そして10ドルを5枚。計120ドル。
換算レートは1ドル=122円25銭だったので14,670円。
インドだからとりあえずこれくらい用意すれば十分だろう。
足りなかったらまた向こうで両替すればいいな。

夕方、家に帰ってきてからは海外旅行保険の検索。
中国の時はクレジットカードの付帯保険だけで十分かと思ったけど今度はインドだからな。
保険会社各社のサイトを検索。会社によって随分保険料が違う。
それにオンライン契約できるところでも、セットしか契約できなかったり
他のところではオーダーメイドできたりまちまちだ。
僕はクレジットカードはゴールドカードなので死亡・後遺障害の保険金額は結構大きい。
でも治療費用はカードの保険金額150万円だけじゃ不安だった。

保険会社の中でも損保ジャパンはネット契約だとすごく安く、オーダーメイドもできる。
保険料も他社の半額くらいだ。早速手続きを進める。
知らなかったのだがどこの会社も、
傷害治療費≧疾病治療費にしなければならないなどの制約がある。
カードに傷害死亡・後遺障害が高額で付いているので
疾病死亡だけ契約しようとしたら拒否された。
念のため携行品損害や航空機遅延費用などもセットした。
疾病治療費はSARSも担保するという。
いろいろと勉強になったよ。
SSLでクレジットカードの番号などを入力し、契約ボタンをクリックして終了。
これで安心して出発できる。

そういえばまた台風が近付いてきているな。ここで見たら沖縄に近付いている。
今年は早い時期からよく台風がやってくるな。米原のみんなは大丈夫かな。

頭が痛い 2003,6,1
今日から6月。嵐は去ったけど台風一過のようにはさっぱりしません。

今朝は頭が痛くて目が覚めたような気がする。時計を見ると7時50分。
こんな頭痛は何年ぶりだろう。あまり記憶に無い。
毎日日替わりで風邪の諸症状が現れる。
なんとか起き上がり、朝食のパンを食べて風邪薬を飲んだ。
1時間ほどで何とか頭痛は治まった。薬が効いているだけかもしれないが。

しばらくは缶コーヒーを飲みながらまったり。
11時過ぎ、沼津のホームセンターに向かった。

この前充電したサブバッテリーはすぐに放電してしまって使い物にならない。
買ったのは2年くらい前だが、完全に放電させてしまったことが何度かあったからな。
もうダメだろう。安いものがあったら買おう。

というわけで原のケーヨーD2に行ってみた。
メインのバッテリーじゃないので別にメーカー品じゃなくてもいいな。
店の中を探すと38B19Lが1970円で売っていた。
メンテナンスフリーじゃないけどメインも同じだからこれでいいか。
持ってみると結構重い。9キロもあった。
帰ってきて交換すると、電圧のインジケーターは振り切った。
アイソレーターがいかれていなければこれで1年以上は持つだろう。

帰りにお弁当を買ってきて家で食べた。

しばらく近所を走っていたが4時過ぎ家に戻ってきた。
この風邪を完全に治してしまわないと気候の過酷なインドでへばってしまうな。
まあ1日出発でなくて却ってよかったのかもしれない。

夕方になるとなんとなく以前よりは調子が良くなったような気がする。
パソコンの電源を入れ、4〜5月にかけて行った米原の日記をまとめてHPにアップした。

インドでの宿泊先をネットで検索していると、どこのホテルにもドライヤーが無い。
ドライヤーは持っていかないとダメだな。でもインドは220ボルトか。
シグマリオンやニッカド電池の充電器は240ボルトまで対応だからいいけど。
明日海外でも使える電気製品を探してみよう。