やじさんの日記帳

嵐の予感 2003,4,30
今日で4月も終りか。早いなあ。
昨日はちょっと飲みすぎたかな。6時ころ目が覚めたがまた寝てしまった。
7時前、再び目が覚めたが頭が痛い。

炊事棟に出てコーヒーを沸かした。コーヒーを飲むと少しよくなった。
海はベタ凪ぎ、雲も海面に写っていた。
しかし水平線は霞んでいて見えず幻想的な風景だ。
この光景は天気が崩れる前兆だ。

しばらくすると海の向こうが真っ暗な雲に変わった。
やがて風が吹き始めた。前線が近付いているようだ。
緊張感が走り、みんな雨対策を始めた。
僕も洗濯物をタープの下に移した。

そして雨が降り始めた。でも少し降っただけで大雨にはならなかった。
街の方は大雨だったようだ。

昼近くなり雨も上がったのでみんなで知花食堂に行くことにした。
僕とMDさん(夫)KPさん、SUさん、OGさん、WNさんの6人だ。
他にも米原から3人のキャンパーが一気に店に入った。
同時に車が2台到着し、店内の席は空いていなかったので外の席に座った。
今日はそばの(小)とライスを食べた。

食べ終わってキャンプ場に戻って来たが風が強く寒い。
しばらく話しをしていたがテントに戻りシュラフにくるまった。

どこからか三線の音が聞こえてきた。
外に出ると管理棟の前でニトロさんが三線を弾いていた。
ニトロさんはミナコさんのHPにも登場する人で、
僕が時々ミナコさんの掲示板に書き込んでいたのも知っていた。
世間は意外に狭いんだなあ。

今日も女の子が2人来てテントを張り始めたの行ってみると英語を話していた。
見たところは日本人と区別ができない。日系人のようだがカナダから来たという。
何か外国人向けのガイドブックに出ているのかな。
最近外国の人がたくさん来る。

海には海上保安庁の人がゴムボートを出して何か撮影していた。
いったい何を調べていたのだろう。沖合にも海保の巡視船が見えた。
それに最近毎日ヘリコプターも飛んでくる。

夕方炊事棟に行きミートソースを作って食べた。
その後MDさん夫妻とTSさん、WNさん、KPさんもやってきて話しをしていた。
11時ころ、今日は寒かったので早めにお開きになった。

波照間へ 2003,4,29
きのうあたりから急にテントの数が増え始めた。
一般的にはゴールデンウィークと呼ばれている連休が始まった。
僕が長期の旅に出たのはちょうど1年前だった。あれからもう1年か、早いなあ。

今日は波照間に日帰りで出掛けるので早めの6時起床。
空は晴天、風もなくいい天気になりそうだ。
KPさんの友人のSUさんも今日波照間に行く。
明日から天気が悪くなりそうなので今日行くしかないだろう。

蚊の集中攻撃を避けながら朝食を作った。
攻撃は炊事棟だけではない。無防備になるトイレにまで待ち伏せ攻撃をかけてくる。
蚊取り線香を3箇所点火して攻撃を防御しなければならない。

8時10分、準備を完了しバイクで出発した。
途中トロピカルに寄って弁当を買った。
8時45分フェリー桟橋に到着し、乗船手続きをした。往復で7020円。
しばらくするとSUさんのKSR80もやってきた。
SUさんは毎年年越しを宗谷岬で迎える。
驚くべきことにバイクで、それもテントで。信じられない。

運賃と支払ってすぐに船に乗りこんだ。
バイクは僕のアフリカツインとSUさんのKSR80の2台だ。
かなり車格の違う2台だが、おかしなことに同じ料金だ。
定刻2分前、船は桟橋を離れた。乗客は4人だ。

しばらくは遊歩甲板でSUさんと話しをしていたが、眠くなったので座席で休むことにした。
気がつくと船は大きく揺れていた。外に出ると波照間が見えた。
約4ヶ月ぶりだ。バイクで来るのは1年ぶり。何度来てもいい島だな。
30分近く遅れて波照間に到着。すぐに走り始めた。

まずは最南端の碑に行く。暑い。今日はいったい何度まで上がるのだろう。
さすがGWだ。あちこちで自転車に乗った観光客を見かける。
ここは何回も来たことがあるのですぐにバイクに戻り島内を一周、ニシ浜に向かった。

坂を下り左に曲がると海が見えてきた。
うぉーっ、なんだこの色は。まるで色補正をした写真を見ているようだ。
ここはこんなに美しかったのか。僕は7回目の波照間だがこんなに美しいのは初めてだ。
バイクを止めてしばらく東屋の下で海を見つめていた
さわやかな風が吹きぬけていき、時間の流れが加速して通りすぎていく。

朝買ったお弁当を食べてから水着に着替え、さっそく海に入った。
今は干潮で潮は退ききっている。でもなんとか泳いでリーフの縁まで泳いで行けた。
ここはリーフが何重にもなっているので外に出ても安全だ。
リーフの縁はこの世のものとは思えないほどの美しさだった。
そういえばここニシ浜で泳いだの初めてだったな。
しばらく竜宮城気分を満喫した。浜に戻ると1年、否1時間が過ぎていた。

シャワーを浴びて着替えて富嘉部落に向かった。
何回か巡回したけどYMさんの言っていた宿を見つけることができなかった。
携帯も通じないのでメールして港に向かった。

出港まで20分位以上あったので、ターミナルの前にバイクを止めるとすぐに積めという。
どうやら僕のバイクが最後で、早く荷役を終えたいようだった。
指示に従ってバイクを止めターミナルで待っていた。
そろそろ乗ろうかな、と外に出ると「やじさーん」という声がきこえた。
YMさんが見送りに来てくれた。
黄色いナンバーのスクーターに乗っていたが免許持っているのだろうか。

だんだん離れていくYMさんに手を振った。
ほぼ定刻に船は桟橋を離れた。
少しづつ小さくなっていく波照間を見ながら波に揺られていた。
大きなピッチングに加えローリングも大きい。
船内の座席で休むことにした。

客室とブリッジのドアは開け放たれていた。
除いてみると舵の前には誰もいない。自動航行なのだろうか。
しばらくすると舵の前側から誰かが手を伸ばし、ツマミのような物を操作していた。
船員の何人かは座席に寝ていた。こんなんでいいのだろうか。

八重山の島々を横に見ながら石垣の街が見えてきた。
定刻から少し遅れて石垣に到着。SUさんに別れを告げ走りだした。

BIG1でライオンタイガーの蚊取り線香、カネヒデで見切り品の弁当を買って戻って来た。
すぐにシャワーを浴びたが蚊の攻撃がすごいので浜に避難。
PTさんがリジュリジュを吹いていた。TSさんは全然音が出なかったが
YKさんはいい音が出た。なんか難しそうだ。

今日は米原も強烈に暑かったという。
川平の方向には雲がなく、きょうこそはサンセットが見られるだろう。
いつもは隠れてしまう太陽も、今日は遮るものなく地平線に沈んだ。
ここにきて初めて見たサンセットだった。

サンセットから10分くらいしてSUさんがKPさんを訪ねてきた。
しかしKPさんはさっき街に向かっていた。完全な入れ違いだ。
それにSUさんは途中燃料が少なくなり給油に戻ったためサンセットに間に合わなかった。
その後炊事棟に戻り煙で蚊を防御しながら弁当を食べた。

しばらくして西表に行っていたジェベルのライダーが帰ってきた。
彼らの所に行き今夜も宴会。11時ころ浜に出た。
無数の星が輝いていた。時折流れ星も見られた。

12時近くなって隣でTSさんたちが焚き火を始めた。
僕はそこへ移動、12時半ころ焚き火が燃え尽きお開きになった。

新しい場所へ 2003,4,28
今日は早め、6時に起きた。
いつものようにコーヒーを沸かしトーストを食べた。
朝食の後、蚊が多いので浜に避難しコーヒーを飲んでいた。

7時ころYMさんも起きて撤収を始めた。
エアーロールマットがなかなか収納できなかったので手伝った。
圧縮しながら丸めないと袋に入らなくなってしまう。
8時ころには完全に撤収が終りパッキングも終った。
僕も出発の準備をした。

意外に荷物が多いな。全部積みきれるだろうか。
YMさんはテントとマットをリュックに取り付けて、他の物はバイクのキャリヤに積みこんだ。
でも後部座席に乗れるかな。乗ってみたら余裕だ。
起きていたWNさんやKPさんが見送りに来て米原を後にした。

背中にYMさんの温かさを感じて走る。
歌っている"島人ぬ宝"は歌詞が間違っているがすごく楽しそうだ。
こんなふうに2人乗りできるのも今日が最後かな。

途中トロピカルハウスに寄ってYMさんはフライドチキンを買って僕に1つくれた。
次にマックスバリューでカメラの電池とミートソースを買って港に向かった。

8時45分フェリー桟橋に到着。他に乗客はいないようだ。
窓口で聞くと、何と今日は運航がない日だった。
あちゃーっ、曜日を確認しなかったんだ。曜日感覚は完全に麻痺していた。
いまさら戻るのも大変なのでYMさんは高速船で行くことにした。
高速船の出港までまだ2時間ある。
YMさんは近くの釣具屋にタバコを買いに行くというので
さっき買ったフライドチキンを2人で食べながら歩いていった。

戻って来てから離島桟橋に行きYMさんは荷物を預けて余った時間観光だ。
バイクに2人乗りで出掛けた。
知念商会に行きYMさんはタバコと惣菜と飲み物を買って外のベンチで食べた。
その後、近くのバンナ岳展望台に登った。竹富と小浜島は見ることができた。

10時になったので100円ショップに行き買い物。
ドラッグイレブンでも買い物をしてしばらく外のベンチで休憩。
そろそろ時間になるので離島桟橋に向かった。

桟橋に着き荷物をまとめて乗り場に向かったが
乗り場まで僕が荷物を少し持って行ったが、向こうでは大丈夫だろうか。少し心配になる。
船に乗りこみYMさんは外の椅子に座っていた。
最後に「いろいろありがとね」と言って別れを告げた。
定刻に桟橋を離れ、お互い手を振った。
一度離れた船がなぜか戻って来た。2人積み残しを乗せて再び桟橋を離れた。
小さくなって行く船に手を振った。そして防波堤を回りこみ見えなくなった。

僕は桟橋を後にした。
何か力が抜けてしまった。
出会いあれば別れがある。わかってはいるんだけどやっぱり寂しい。
一緒に過ごした1週間あまり、すごく楽しかった。
明るくて楽しくて、誰とでも仲良くなれる人だった。
いつだったか、「キャンプ場で仲良くなって、別れるのって寂しくない?」って聞かれたことがあった。
やっぱりみんな同じこと、感じているのかな。
いつかまた会えるだろうか。

離島桟橋を後にし、カネヒデで台湾製の泡盛を2本買って
途中とろぴかるで弁当を調達してキャンプ場に戻って来た。
炊事棟で弁当を食べてから水着に着替え海に入った。

干潮を少し過ぎたので潮が退いていてリーフまでは泳いで行くことができない。
サンダルを履いたまま3点セットをもって歩いていった。
リーフの縁まで来ると海の色が変わった。
サンダルを脱ぎ紐で石に縛ってフィンに履き替えた。

リーフの外側は別世界だ。
底が見えなくなりコバルトブルーの海がどこまでも続いている。
下を見ると何か出てきそうで怖くなる。
しかし壁面のサンゴは見事としか言い様がない。
そしてたくさんのカラフルな魚が群れていた。
突然下の方から海蛇が急上昇してきた。一目散に逃げてきた。
40分ほどしてから歩いて戻って来た。

その後しばらくアスレチックの棟に登って小説を読んだり昼寝したりしていた。
3時半過ぎ、潮が入ってきてリーフが見えなくなった。
YKさんやKPさんも水着に着替えていたので再び僕も泳ぐことにした。
沖にはMTさんとBLさんの姿も見えた。

今度は波打ち際から泳いでいけるがリーフまでは遥か彼方だ。
15分ほどかけてようやくリーフに到着。KPさんとリーフの外まで出てみた。
さっきとは違った美しさだ。日差しがカーテンのように水中で輝いてきた。
底まではいったい何メートルくらいあるのだろうか。
1時間ほど泳いでから海から上がりシャワーを浴びた。

再びアスレチックに登り海を眺めていた。
すると右の方から何か大きな物が流れていた。
まだ近くで泳いでいたKPさんに指笛で知らせると取りに行ったようだ。
戻ってくると大きな発泡スチロールだった。
人が2人乗っても沈まないくらい大きかった。
遊ぶために陸上げしてとっておこう。

6時過ぎ、夕食を作って食べようとしたが蚊が大量発生している。
たまらず浜に出て食べていた。

暗くなり炊事棟に何人か集まってきた。
KPさんの捕ってきたサザエを焼いて食べた。味付け無しでも意外においしかった。
11時過ぎ、みんなテントに戻っていった。

明日天気がよかったら波照間に行ってこようかな。

GWに突入 2003,4,27
最近は何時に寝ても6時半に起きるようになってしまった。
7時前テントから出てトーストを食べた。

仕事をしている人以外はみんなだいたい9時ころ起きているようだ。
空は曇り空。でもかなり明るいのでそのうちに晴れてくるかもしれない。
しばらくはサマーベッドを木陰に出して日曜討論を聞いていた。
今日は日曜なので観光客が多いな。"わ"ナンバーの車がいっぱいだ。
他にも地元の人もたくさんやってきて賑やかになりそうだ。

そのうちに日差しが出てきて暑くなってきた。
WNさんとKPさんが茶色い紙袋を持って歩いてきた。なんだろう。
近くに行ってみるとトミーのパンを買ってきたようだ。
それを見ると僕も食べたくなり歩いてキャンプ場を出た。
歩いていると暑くて汗が出てくるよ。中舛売店の前で急に気が変わった。
売店にかけこみ思わずアイスクリームを買ってしまった。
そして食べながら帰ってきた。

それから再びサマーベッドでWNさんに借りた本を読んでいた。

昼食を食べた後街に出掛けた。
今日で食パンが終わってしまったので買いに行かなければ。
その他にもチーズとお菓子、カネヒデに行き泡盛を買った。
600ミリリットルで398円。破格だ。でもよく見ると台湾製泡盛。
悩んだ末結局安さに負けて買ってしまった。
そのまま帰ろうとも思ったが、急に古本屋に行きたくなりUターン。
曽野綾子と村上春樹の文庫本を3冊買った。これでしばらく楽しめるな。

その後キャンプ場に戻って来た。暑い、それに潮が入ってきて泳ぐのは最適だ。
早速水着に着替えて海に入った。でもさっきに比べて泳いでいる人が少ないな。
泳ぎ始めると水が冷たい。風も出てきた。
リーフの縁まで泳いで行ったが波が高くかなり上下する。
しかし久しぶりに強い日差しのもとで泳ぐことができた。
こういうときのサンゴや熱帯魚の鮮やかさは格別だ。
40分程で海から上がりシャワーを浴びた。今日は寒かった。

海から上がってまったりしているとMTさんが呼びに来た。
さっき水中銃で捕った魚があるという。
行ってみると見たことのない魚だったがここでは珍しくないらしい。
刺身にしたというので2・3切れ頂いた。
あまり癖のない味で僕にでも食べられた。

その後しばらくアスレチックの塔に登ってさっき買ってきた小説を読んでいた。
するとYMさんも登ってきた。ここはハエが来ないので快適なのだ。
しばらく話しをしてから食事の準備をするため炊事棟に向かった。

食事を終えると通り雨があった。降水確率は0%なのに。
通り雨といっても確実に1ミリ以上は降ったな。

MTさんとBLさんは野菜炒めと味噌汁を作っていた。僕も分けてもらった。
味噌汁は野菜が数種類入っていて久しぶりに食べた気がした。

暗くなるとTSさんたち4人もやってきた。途中からはKPさんも来た。
TSさんは長い木の枝の杖をついていて痛々しかった。
久しぶりに炊事棟には9人も集まって
僕が買ってきた台湾製の泡盛りでビギンを聞きながら宴会だ。
TSさんとMTさんは三線を弾いたりしていた。

YKさんとMTさん、BLさんが寝たあとは80年代のロックを聞いた。
僕が中学生だった懐かしい時代だ。
あの時は何をしていたのか、思いだしていた。

11時前、TSさんたちが星を見に行ってしまったので炊事棟には僕とYMさんだけになった。
音楽をYMさんの持っていたテープに切り替えレゲエタイムだ。
リズムに合わせて踊っていた。
11時過ぎ消灯しテントに戻った。

明日はYMさんは波照間に旅立つ。見送りに行こうと思う。

川口浩探検隊 2003,4,26
6時半過ぎ目が覚めてテントを出た。空は曇り空。
風は北風、少し肌寒く感じたが気温は22度あった。

炊事棟で朝食の準備をしているとUKさんが通りかかり、鍾乳洞探検の話しになった。
天気が悪くならなければ行こうということになり様子見となった。

朝食を食べ終るとMDさんやKPサンたちと話しをして過ごしていた。

昼前、隣のWNさんがおいしそうなパンをかじっていた。
僕もパンが食べたくなりトミーのパンまで歩いていき、カレーパンとチーズパン。
両方ともフランスパンの中にそれぞれカレーやチーズが入っている。
少し固くて食べ応えがある。カレーは辛口だ。
チーズも美味しく味は噂の通りだった。わざわざ街から買いに来る理由がわかったよ。

パンを食べ終わるといよいよ探検の準備だ。近くの人を誘ったら全部で9人になった。
僕の他WNさんUKさんTSさんYMさんKPさんMDさん、OKさんとNSさん。
経験者が僕の他に一人加わったので心強くなった。
僕は軍手をたくさん持っていたので持っていない人に配った。
いつのまにか僕は”隊長”と呼ばれていた。川口浩探検隊の気分だ。
12時半ころ出発。いかにも探検という格好でゾロゾロと観光客の前を歩いて行った。
観光客はいったい何なんだ、というような感じで僕達のパーティーを見ていた。

浜の隅にたどり着き、ここからはクライミングだ。
急なサンゴの岩をよじ登りジャングルの中を藪をかき分けて進む。
僕は何回か来たことがあるのでルートを開きながら進む。
9人の中に女の子が2人いたが特に問題なく付いて来られた。
この崖を登れればまあ大丈夫だろう。

2つほどのピークを超えて谷底に下り海岸線まで出た。
そして石の上を渡って鍾乳洞の入口まで来た。
洞に入っていくと、ほとんどの人が初めてなので思わず歓声が上がる。
僕もルートを知っているので余裕で先導やガイドができる。
狭い所や急な上り坂をぬけると大広間に出る。
みんな探検気分を満喫しているようだ。

途中平らな広いところがあるのでそこで休憩、記念写真を撮った。
ここからは下りだ。狭い門を抜けると滑る下り。一番危険なところだ。
僕は一番最初に下りて待機していた。後からもう一人下って来たので少し進むと
ずずずっ、どん。という音が聞こえた。
降りかえるとTSさんが滑落して落ちてしまった。
仰向けに倒れて痛がっている。まずいな。
後続の人達に止まるように指示してかけ寄った。
しばらくして顔を歪めながらもなんとか立ちあがった。ああよかった。
連れてきた手前、責任を感じてしまう。

そこから先はルートが2つに別れているので他の人達に待つように言って左側を探索。
そっちは行き止まりだったのでしばらく待機し、TSさんが落ちつくのを待って右側に進んだ。
ピークを越えるとぼんやりと明るさを感じた。出口だ。
なんとかみんな出口にたどりつき再び歓声が上がった。

でもこの先にも難関がある。海を行くか崖を登るかだ。
ここで海を行くグループと崖を登るグループとに別れた。
僕が崖をよじ登りルートを切り開いた。ピークまで上がると海を行く人たちが見えた。
僕は崖を登り終わりジャングルの中で後続の人を待っていると
「戻ってくる」という声が聞こえた。海ルートはダメだったのか。
どうやら海が深すぎて進むのを断念したようだ。

しばらくしてTSさんが崖を登ってきた。
続いて次々と登ってきた。女の子も平気で登ってきた。
全員登り終わったのを確認してジャングルの中をぬけてようやく道路に出た。

そこから歩いてキャンプ場に戻って来た。
みんな汗だくになり泥だらけになったけど楽しそうだった。

その後シャワーを浴びてしばらく休んでいた。
5時過ぎ、お腹がすいてきたのでご飯を炊いた。
炊いている間、日記を作成していたが、ふと気付くと25分も経っていた。
やばっ、黒焦げか。コンロに走っていくとなぜか火が消えていた。
どうやらガス欠で火が消えたようだ。
ハンゴウのフタを開けるときれいに炊きあがっていた。なんという強運だ。

しならくすると炊事棟にYMさんもやってきて夕食を作り始めた。
薄暗くなりしばらく蝋燭の灯りの下で音楽を聞きながら過ごした。
その後YMさんと遠くのサイトの人達の所へ行ってみようということになった。
数日前に来た人達でほとんどが初対面だった。
挨拶をして話しの輪に加わった。
最初はちょっと勇気がいるけど溶け込んでしまえばみんないい人達だ。
そのうちの一人が作ったグラタンを頂いた。
それも本格的で、最後にバーナーであぶって焦げめをつけた。

泡盛りを飲みながら話しをしているうちに、
あっという間に時間が過ぎ11時半ころテントに戻った。

台風の爪跡 2003,4,25
夜中にイヤな夢を見て飛び起きた。
テントが潰され、体は動かず声も出ない。夢の中でもがいている。
そのうち「うわっ」という声と共に目が覚めた。夢でよかった。

6時過ぎ、再び目が覚めると雨も風も収まっていた。
昨夜の嵐がまるで嘘のようだ。テントから出ると青空さえ見える。
しかし台風の爪跡はあちこちに見られた。
太い枝は折れ道路側に垂れ下がっていた。
東側のジャングルが伐採されたため、風が通るようになってしまった。
今まで気がつかなかったがジャングルは防風林の役目を果たしていたのだ。
管理棟からも昨夜避難した人達が出てきていた。

そういえば一度熱帯低気圧になったが再び勢力を増し台風になっていたな。

炊事棟は葉っぱだらけ。さっそく掃除にとりかかった。
掃除を終えるとコーヒーを沸かし朝食を食べた。

昨日テントを潰された群馬から来たライダーは荷物をまとめバイクに積みこんでいた。
しばらくして積みこみを完了。みんなで手を振って見送った。
こんなふうに、みんなに見送られて出発できるキャンプ場なんてあまりないんじゃないかな。

朝食を食べ終ると被害の調査を始めた。
僕のテントのタープは後の方のロープが外れ弛んでいた。
他にも1箇所ハトメが外れかかっていた。
幸い被害はそんなもんだった。今度は災害復旧工事だ。
外れたロープを縛り、緩んだ個所を締め直した。
よくあの嵐を耐えたな。周りが木に囲まれていたのがよかったようだ。

少し遠くまで歩いてみたが大きな被害はなかったようだ。
大きなブルーシートを張っていた人はほとんどのペグが飛んでいた。

作業を完了すると暑くなってきた。
台風一過、南から温かく湿った空気が流れこみ気温もすでに26度を超えていた。
その後洗濯をし、汗をかいてしまったのでシャワーを浴びることにした。
昨日大雨が降ったので、シャワーの水は濁っているかもしれない。
シャワーの水は川から引いているのだ。

最初濁っていたので水を出しっぱなしにして濁りが収まるのを待ってシャワーを浴びた。
水はそれほど冷たくなくさっぱりした。

いつのまにか昼近くなりお腹がすいたので昼食を作った。
炊事棟でYMさんと話しをしていて午後から一緒に街に行くことになった。
その前にYMさんは泳ぐと行って海に行った。

僕も食事を終えると水着に着替えて海に入った。
意外なほど水は温かかった。これなら一時間でも入っていられそうだ。
とりあえずYMさんのところまで泳いでいった。
一緒にリーフの向こうまで行こうと誘われたが今日は台風の余波で波が高い。
リーフではかなり波が高く砕けているし風も強く流れも早い。
今回は止めようということにしてサンゴのきれいなところに案内した。

しばらく周囲を散策。潮が満ちてきて波が高くなってきた。
時々シュノーケルの中にも海水が入ってきてしまい、少し飲んでしまった。
危険を感じたので岸に戻ることにした。

海から上がりシャワーを浴びて出掛ける準備をした。

今回は探検用にバイク用の半キャップのヘルメットを持ってきていたのだ。
YMさんを呼びに行くと、昨日買ってきたハンモックに揺られていたが体が"く"の字になっている。
縛る木の間隔が狭すぎるのだ。これじゃ何だか苦しそうだ。

そしてバイクに二人乗りで走りだした。
女の子を後に乗せていると結構緊張する。
いつもは100キロくらいで走るところを70キロに速度を抑えて走った。
今日はTシャツでも暑いくらいの気温だ。

まず僕がマックスバリューで食材を調達している間、
YMさんはドラッグイレブンで化粧品を選んでいた。
買い物を終え外のベンチでしばらく休んでいた。
今日は南風なので飛行機が頭の上を高度を上げながら飛んでいく。
騒音で話しもできなくなるほどだ。

次に近くの100円ショップに行きYMさんがレジャーシートを探したが見つからず
サンエーに行ったが売りきれ、再びドラッグイレブンに行ったら全然別の場所に一つだけあった。

何とかシートをGETできたので次にマルチメディアセンターに行くことにした。
途中図書館の前でウニさんに遭遇、今日はなぜか図書館は休館だった。
まもなくセンターに到着したがあいにく満席。
しばらく外で話しをして、やいまワールドに向かった。
幸いパソコンは一台空いていて確保することができた。ここは1時間100円だ。
YMさんがメールをしている間、僕はやいまを読んでいた。
最後少し時間が余ったので僕に譲ってくれた。

近くに本屋があったので立ち読み、思わず星空ガイドを買ってしまった。

あやぱにを後にしてカネヒデに寄って見切り品の弁当を買ってキャンプ場に戻って来た。
するとどこかで見た顔が、MTさんとBLさんだ。
BLさんは確か昨日宮古にいったはずなのに、どうして?
聞くと朝寝坊して乗り遅れたという。ありゃーっ。

今日こそは夕陽が見られると思ったが、水平線の僅か上で雲に隠れてしまった。
そして今日3回目のシャワーを浴びた。
恐ろしく蚊が多いので再び浜に出てKPさんやYMさんと話してから炊事棟に戻り弁当を食べた。

暗くなり浜に出ると久しぶりに満天の星空を見ることができた。

炊事棟に戻ってくるとロータリーにKPさんとMDさん夫妻がいた。
11時前まで話しをしていてテントに戻った。
今日は早めに寝よう。

2003,4,24
台風はいったいどうなったのか。ここにいると情報が少ない。
7時ころテントから出て朝食を作った。

KTさんはすでに撤収を開始していた。
僕が食事を終えたころ、KTさんが炊事棟にやってきた。
もうすべて撤収を終え、積みこみも完了したという。
出港は午後6時の予定。まだ時間がある。
みんなで楽しく話しをしていた。でもKTさんはどこかしら寂しそうだった。

雨は時折ポツポツと落ちてくる程度。
11時過ぎ、きのう聞いたタカシマ食堂に行ってみることにした。
僕の他にも4人、合計5台のバイクとサイドカーで出発した。
於茂登トンネルを出たところでKTさんのバイクからサンダルが落ちた。
KTさんのサイドカーはすぐに脇道に入ったので気が付いたと思ったら
道がわからず止まっただけだという。運がよかったな。

再び走りだし開南方面に右折。八重山農林高校を右折、食堂を探した。
しかしそれらしいものは発見できず、脇道に入って止まった。
そこでMTさんに電話してみると、農林高校ではなく八重山高校の前だという。
間違えだったうえに今日は休みらしい。

仕方ないのであさひ食堂に行くことにした。幸い僕の他はみんな初めてだった。
駐車場にバイクを止め店に入った。僕は初めて唐揚げ定食、
WNさん達は3人であさひ定食、KTさんは1000円定食を頼んだ。
1000円定食は噂には聞いているが実際に見たことはなかった。
早速配膳されて来たが怒涛のごとく出てくるよ。こんなに食べられるのだろうか。
しかしKTさんは次々とたいらげていった。どうやら朝食は食べていないらしい。

他の人達もみんな満足したようだった。
帰ろうとしたらKTさんのサイドカーの前に車が止まっていて出られない。
その車のオーナーに言って移動してもらった。そしてそこで解散となった。
少し雨が降ってきたようだ。でも合羽を着るほどでもない。
メイクマンの前で止まり、WNさんにメイクマンと100円ショップの場所を説明し、
僕はサンエーに行きロト6を買ってキャンプ場に戻って来た。

ほとんど濡れずに帰ってこられた。
しばらくしてKTさんも帰ってきた。それから30分ほどでみんな帰ってきた。

炊事棟に集まってみんなで話しをしていると、どこかで見たようなトラックが進入してきた。
このまえの3兄弟だ。とっさに流しに身を隠した。
他の人達も気付いたようで退避態勢をとっていた。
幸い10号方面に行ってしまった。と思ったのも束の間。戻ってきたよ。
みんな浜に出て様子を見ていると、
近くに来ていた湘南ナンバーの車に乗った若者達のところで止まった。
ひと安心だ。みんな炊事棟に戻ってきた。

しかししばらくすると雨が強くなってきた。
若者達はここぞとばかりに帰ってしまい、3兄弟はこちらの炊事棟に向かってきた。
やばい、万事休すか。結局炊事棟を占領されてしまった。
仕方なく自分のテントのタープの下で身を潜めていた。

その後MDさんのテントの前でKTさんMDさん今日来たKPさんと話しをしていると
3兄弟の一人がやってきた。誘われるのかなと思ったが
「街は降ってないよ、行くなら今だよ」とのことだ。
KTさんは合羽を着て出発の準備をした。
そして黄色い蛍光色の合羽を着てみんなに挨拶をした。
ハーレーのエンジンが轟き、荷物を満載したKTさんは元気に米原を後にしていった。
みんなで手を振って見送り、KTさんもそれに応え振り向かずに手を上げた。
KTさんはあと一年以上旅を続ける予定。またどこかで会えるかもしれないな。

後姿が見えなくなると、みんなで「ああ、行っちゃったなあ」とため息をついた。
KTさんは明るく楽しいキャラでみんなを楽しませてくれた。

雨が上がったのでシャワーを浴びて戻ってくると3人はいなくなっていた。
そういえばKPさんは沼津ナンバーのバハに乗っていた。
聞いてみると沼津市内に住んでいるという。
今年は随分近所の人に出会うな。

YMさんに、「キャンプ場で仲良くなって、さよならするのって寂しくない?」って聞かれた。
「寂しいよ」本当に涙が出そうになる。
そう思っているのは、僕だけじゃなかったんだ。
5時過ぎ、パスタを茹でてミートソースで夕食を食べた。

様相が急変したのは7時ころだった。
YMさんと話していると、突然恐怖を感じるほどの風と雨。
まもなく炊事棟にいても雨を避けられなくなった。
ヒガさんが来て避難用に管理棟を開け、緊張感が高まった。
MDさんのタープはブッ飛んで調理中の鍋も倒れてしまった。
どうにもならず、MDさんは外にあった荷物をまとめ管理棟に避難。
群馬から来たライダーOGさんのテントはひっくり返ってつぶれていた。

僕はこういうときは黙っていられない。
合羽を来てすぐに周囲を巡視、出掛けていて無人の潰れたテントを流しの下に移動。
他に異常がないか点検した。
僕は電灯の類を7個も持って来ているので、持っていない人に貸してあげた。

幸いなことに自分のテントは木に囲まれていて直接風を受けないでいる。
しかし風が強くなるとテントがゆがみ、恐怖感を覚える。
外では轟音が轟いている。これが沖縄の台風か(当時実際は熱帯低気圧)。
ただテントの中で台風が通り過ぎるのをじっと待つしかない。

しばらくテントの中で待機。どうやら耐えられそうなので、管理棟に避難した。
中には10人ほどが避難していた。

9時過ぎには中心部に入ったのか雨も止み風も収まった。
しかししばらくすると風が吹き返してきた。でも雨は小降りになった。
眠くなってきたので10時半ころテントに戻った。

言葉はいらない 2003,4,23
6時半ころ目が覚めたが風はあまり強くない。台風はどうなっているのだろう。
昨日の日記の残りを書いてテントから出て炊事棟に行った。
風は温かく雨は降っていない。コーヒーを沸かしトーストを食べた。

朝食のあと少しテントで休んだ。
みんなとヒガさんの話し声につられて再びテントから出た。
その後炊事棟でYMさんと話していた。

しばらくするとKTさんとWNさんが食事を終えて帰ってきた。
いつのまにか歩いて知花食堂に行っていたようだ。

もうすぐお昼なので僕もどうしようか迷ったが出掛けることにした。
しかし知花食堂は混んでいたのでそのまま通過し街に向かった。
気温は高く走っていても暑いくらいだ。湿度もすごく高い。
もうすぐ嵐が来そうな感じがする。

街に着き、まずあさひ食堂であさひ定食を食べた。
あまりお腹がすいてなかったのでちょっと大変だった。
いつもは少しゆっくりしているのだが、天気が不安定なので食べ終わるとすぐに店を出た。

店を出てマルチメディアセンターに行きHPのチェックと台風情報を確認。
その後マックスバリューに行った。今日は水曜日。
バナナと食パンなどを調達し、足早にキャンプ場に戻った。

しばらくアスレチックの塔に登って小説を読んだり昼寝をしたりしていた。
下に降りると何人かが集まっていて誰かの荷物がまとめてあった。
誰のかと聞くとBLさんのだった。よくみるとテントはすでに撤収されていた。
そうか、BLさんは明日宮古に行ってしまうんだったな。
みんなで記念写真を撮ったりした。
最後に握手をして別れを告げた。実家は沼津なのでまた会うことがあるかもしれない。
4時半ころ、BLさんはMTさんのジムニーで米原をあとにした。
MTさんも明日の船で北上するようだ。奄美に行くという。
小さくなって行くジムニーの後姿をみんなで手を振って見送った。

KTさんは明日の船で那覇に行きそのまま鹿児島に向かう。
すでに撤収の準備をして荷物をサイドカーに積みこんでいた。
一気に寂しくなってきた。

僕は再びアスレチックの塔に登り小説を読み終えた。
押しつぶされそうな寂しさに襲われた。どうにもならない空虚さを感じてしまう。
米原は僕が来た時よりもずっと賑やかになっている。
でもなぜだろう。しばらくすれば、この虚しさも癒えるだろうが、
でも、本当に、すごく寂しい。時々やりきれなくなる。

再び炊事棟に戻り夕食の準備をした。
他の人たちも来て少し元気を取り戻した。

夕食を食べ終わって浜に出てみた。西の空はほのかにオレンジ色を帯びている。
僅かな雲の切れ間から、天使のハシゴが下りている幻想的な風景だ。
水平線の雲は厚く今日も夕陽を見ることはできなかった。

KTさんとWNさんと一緒に炊事棟に行くとガイルさんも来ていた。
KTさんのボディーランゲージにみんな爆笑。
これなら世界中どこにいってもコミュニケーションができるよ。言葉なんていらいないな。

その後TSさんUKさんYKさんMDさん夫妻もやってきて賑やかになった。
KTさんは、さかんに「寂しい」と口にしていた。
でも「最後の夜がこんなに楽しくなって…」とも言っていた。

わかるなあ。約2週間、米原でみんなで和気あいあいと過ごしてきたんだもんな。
旅には必ず終りがある。だから今が楽しい。そしてそれは思い出になる。
辛かったことも、時間ととともに楽しかった記憶になり、決して忘れない。
僕も、ここで過ごした時間は、忘れることがないだろう。

YMさんは浜で一人で焚き火をしていた。

MTさんはやはり戻ってこなかった。忘れていった真っ赤なタオルが風に揺れていた。
MTさんが以前手伝っていた食堂のことが話題になった。
TSさんとUKさんが今日行ったら、カレーが300円、チャーハンが200円など激安だ。
それにご飯は自分で好きなだけ盛れる。
店のおばちゃんの調子が悪いというのでMTさんが手伝っていたという。
明日出発するかはわからないらしい。
僕も明日行ってみよう。

楽しい時間は過ぎるのがすごく早い。KTさんがよく口にしていた言葉だ。
いつのまにか日付が変わっていた。

幸い僕には、まだ少し時間がある。

キャンプ場での一日 2003,4,22
今日もいつもと同じように6時半に目が覚めた。
風はあるが、思ったより強くない。雨もあまり降っていない。
炊事棟に出て朝食を作った。

10時過ぎ、炊事棟でまったりしていると、一台のトラックが来て止まった。
おじさんが降りてきて、アルバイトをしないかと聞いてきた。
どうやらキビ刈りらしいが希望者はいなかったので帰るのかと思ったが
台風が近付いているので今日の作業は中止、ここで飲むことにしたという。

しばらくするとその人のニーニーもやってきて加わった。
三線はすごく上手で、酒がはいると益々テンションが上がった。
酒がなくなったのでそこで終るかと思ったが、KTさんが一升瓶を買ってきた。
昼間からだいぶ飲んでしまったが、今日は出掛けないのでいいだろう。
でもあとに方では少しつらくなってきた。
結局2時過ぎまでゆんたくは続いた。

さらに場所を変えて飲む雰囲気だったので僕は飲みすぎたので遠慮することにした。
トラックには荷台に5人も乗ってどこかに出掛けていった。

僕は炊事棟を片付け、遅い昼食を食べた。
その後は炊事棟でまったり。MTさんやBLさんと話しをしていた。
そういえば今日も何人か来たな。ちょっと偵察してこよう。
するとセローに乗った人や、車椅子で来ている人もいた。長期滞在するらしい。

炊事棟に戻り、ふと浜を見るとタジマさんが3人の女の子と話しをしている。
噂は本当だったんだ。しばらくすると早足で離れていき再び戻って来た。
女の子達にクモ貝を持ってきてあげたようだ。

6時半ころから夕食の準備を始めた。
7時前、何か不気味に明るく変な雰囲気だ。いったいなんだろう。
ちょっと海の方を見てみたら、水平線の僅か上だけ雲が切れていて太陽が見えている。
急いでカメラを持って浜に出た。なんと幻想的な風景だろう。
雲の切れている僅かな隙間にオレンジ色の太陽がゆっくりと沈んでいった。

炊事棟に戻ってきてみんなは夕食を準備していた。
8時ころ、僕とBLさんともう一人でおばあの店まで歩いていった。
まだ開いているかわからなかったがとりあえず行ってみた。
店の前まで行くと明かりが付いていて扉も開いていた。
店にはフランスから来たガエルさんもいた。
ガエルさんは植物の研究をしている学者で種子を集めているという。
みんなビールを買って炊事棟に戻った。
トラック乗って行った人達はまだ戻ってこなかった。

9時過ぎ、遠くからライトの光が近付いてきた。しかし声はない。
そして炊事棟の前に止まった。荷台には5人が乗っていって次々に降りてきた。
暗くて表情は見えないが、話し声がないところをみると、かなり疲れているようだ。
話しを聞いていると、修羅場と化した様子が容易に想像できた。
ずっと兄弟喧嘩をしていて色々な物が飛んできたという。
僕は炊事棟で飲んでいた様子で、危ない、と思い行かなかったのだ。
帰ってきたみんなは「もう二度と島人にはついていかない」と口を揃えていた。
まあ島人全員がそうではないのだけど。でもこうなってしまうと気持ちはわかる。
お昼も食べていなくて早速食事の準備をしていた。
YMさん以外は食事を終えるとテントに戻っていった。疲れたんだろうな。

炊事棟に残ったのはほとんどが付いて行かなかった人達だった。
"やどかり牧場"とやらに行ってみたがたくさんのヤドカリが集まっていて
木に登っているものもいた。ほとんどが大きなヤドカリだった。

炊事棟ではBLさんの持ってきたお経のような音楽を聞いていた。
彼女はこれを聞いて瞑想しているというが、いつもそのまま寝てしまうらしい。

その後今度はYMさんのお気に入りの音楽を聞いた。
彼女は初めてのキャンプであまり装備を持っていない。
シュラフや懐中電灯さえもってなく、僕の作ったペットボトルランタンをあげたら喜んでいた。

その音楽は何かレゲエ調の不思議な感じのする曲で、レコードから録音したものだ。
ヘッドホンステレオで踊りながら鼻歌を歌っていたのはこの音楽だったのか。
ここは変わった人が多い。

11時半ころお開きになってテントに戻っていった。
僕は少し寝不足気味なので、日付が変わったところで夢の中へ。

台風接近 2003,4,21
今日も6時半前に目が覚めた。
最近は寝る時間に関係なくだいたいこの時間に目が覚める。
どうやら明るくなると目が覚めるようだ。

テントから出て朝食の準備をした。
コーヒーとトーストを食べ、その後洗濯をした。
落ちついたところでサマーベッドを木陰に出してラジオを聞いていた。
Tシャツと半ズボンで風が心地いい。遠く波の音を聞く。

しばらくしてアスレチックの塔に移動して小説の続きを読んだ。
今日は台風の影響だろうか、波が高いな。ちょっと泳ぐのは無理そうだ。

10時を過ぎたので街に出掛けることにした。
於茂登トンネルの中は滑るので慎重に運転する。
トンネルを出ると少し雨が落ちてきた。でも明るいから大丈夫だろう。

まず郵便局に行き局留めの郵便物を受け取った。やっとパスポートが届いたよ。
その後にサンエーの2階で蝋燭と接着剤、
マックスバリューで食パンが30円引きになっていたので迷わず買ったが
賞味期限があさってだった。トーストにすれば問題なんじゃないかな。
天気予報では昼過ぎから台風の外側の雲がかかりそうだ。
早めに帰らなければ。
最後にメイクマンに行きスクリュー釘を買って
途中ホッパーで弁当を買ってキャンプ場に戻って来た。

戻ってきてから数分後に雨が降り始めた。助かったよ。
僕は炊事棟で弁当を食べた。

そのあとに帰って来た人は全身びしょ濡れになっていた。
しかし3時前に与那国から帰ってきた人は無傷だった。

雨が降ったり止んだりしているのでみんな炊事棟に集まっていた。
僕はペットボトルで蝋燭ランタンなどを作っていた。
それからずーっと炊事棟にいた。

夕方、ご飯を炊いてハヤシライスにした。
しばらくしてみんな集まってきて缶カラ三線の練習をしていた。
旅人は楽器を持っている人が多い。

今日は数日前から来ているフランス人も炊事棟に来て小さな太鼓をたたいていた。
キャンパーの一人TSさんはフランス語が話せたので彼と話していた。
パリに3年、インドには2年いたという。インドでは100万円あれば一生生きていけるらしい。
僕も6月にインドに行く予定なのでいろいろアドバイスをいただいた。
他にも外国にパッカーで行った事がある人が何人もいる。女の子もだ。

その後もみんなで話しをしながら時間が流れていった。
9時15分からは液晶テレビでちゅらさん2を見た。
9時半ころだったろうか、YKさんたちが買い物から帰ってきた。
白いナンバーのカブに二人乗りで。
なにかすごい豪華な食事でステーキを焼いてた。

11時過ぎ、大きなチーズケーキを切って僕にも分けてくれた。
他にもフルーツを頂いた。おいしかったなあ。
ケーキにはチョコレートの文字で"やどかり牧場云々"と書かれていて
ヤドカリの絵も描かれていた。
こうして食べる物は、味なんか関係無いよ。何でもおいしい。そして楽しい。

そういえばYKさんたちのテントの方に、夜になると大きなヤドカリがたくさん出没する。
エサを置いて餌付け?しているらしい。昼は30センチ級のトカゲも現れる。

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
ゆんたくは午前1時前まで続いた。

ここではそんな日が延々と繰り返されている。
もうここから抜け出せないんじゃないかという気がしてくる。

明日は台風の影響が出てきそうだ。大丈夫かな。

流れ星 2003,4,20
夜の間は涼しくて快適なのだが、陽が出るとカラスがうるさくて寝ていられない。
7時前テントから出てコーヒーを沸かし朝食を作った。

陽が出てくると暑くなってきた。とてもテントの中にはいられない。
木陰にサマーベッドを持ち出して、ラジオで日曜討論を聞いていた。
今日は大潮の最終日、干潮は午後4時ころ。

10時過ぎ、水着に着替えて久しぶりに海に入った。
しかし波打ち際は濁っていて視界不良。
沖合に出るとまあまあだがやはり少し濁っている。なぜだろう。
おまけに流れが早くてまっすぐ泳いでいるつもりなのに流されてしまう。
それでもクマノミやスズメダイなどの色鮮やかな熱帯魚が群れをなしていた。
40分程で海から上がった。

シャワーを浴びてサマーベッドでまったりしているとIMさんからメールが入った。
すでに"ちゃーがんじゅうさーに"到着したらしい。
昨日12時半にということで待ち合わせしていたので随分早いな。
すぐに準備をしてバイクで向かった。

11時半過ぎ、ちゃーに到着。おばちゃんに会うのは2ヶ月半ぶりくらいかな。
定番のラフテー丼を頼んだ。大きな丼に大きなラフテー4枚。
やっとのことで食べ終わり、汁を、と思って蓋を開けると八重山そばだ。
食べ終わると汗びっしょりだ。
今日はIMさんは夜勤で、8時から仕事なのであまりゆっくりしていられない。
アイスコーヒーを飲み終わると店を出て米原に向かった。

IMさんは4ヶ月ぶりの米原。宅地の造成には唖然としていた。
その後炊事棟でまったり。今日は風も無く、特に穏やかな日だ。
潮の退いたリーフには、たくさんの人が出て釣りや貝取りをしている。
と突然緑のKDXがやってきた。MDさんだ。
普段は暗くなるまで仕事なのに今日に限って早かった。
そのおかげでMDさんとIMさんも再会を果たした。お土産に黒糖を頂いた。

3時半過ぎ、IMさんは西表に戻るため米原をあとにした。
製糖が早めに終ればまた米原で再会できるだろう。

その後僕は街に買い物に出掛けた。
途中開南へ向かう交差点でIMさんと別れた。
マックスバリューへ行きパスタとソース、100円ショップで蝋燭を調達。
帰りにスタンドでガソリンを入れた。いつのまにかオドメーターが30000キロを越えていた。

米原に戻り今夜の薪探し。近くは取り尽くしてしまったので10号の奥まで行ってみた。
そこで太い木を2本見つけた。KTさんと本づつ海岸を引きずって来た。
汗だくになったので今日2回目のシャワーを浴びた。冷たくてさっぱりした。

夕方、今日こそは日没が見られるかと期待したが、結局雲に隠れて見えなかった。
お昼にラフテー丼を食べたので全然お腹がすかないよ。

少し薄暗くなったころ、薪に火を付けた。
KTさんは買ってきたジャガイモとサツマイモにアルミ箔を巻いて焼きイモだ。
しばらくしておきの中からイモを探し出した。
しかし最後の1個がなかなか見つからない。熱さで顔を真っ赤にして探す。
ようやく下のほうから最後のジャガイモを取りだした。
少しづづ頂いたが、本当に美味しかった。

その後、何人か集まってきた。今日来たばかりの人もいた。
そろそろ消そうかな、と思ったら隣の人達も集まってきてみんなで空を見上げた。
時々雲が出るが、空にはたくさんの星が輝いていた。
すると突然、空を高速で移動する光の線を発見。流れ星だ。
その後もよく見ていると、5分に1個くらいの流れ星を見ることができた。
僕は全部で5個の流れ星を見たが、一つも願い事ができなかった。
でも、ここにいると、望む物なんて、何も無い。

11時半、みんなテントに戻った。

八重山の温かさ 2003,4,19
夜中に何度かトイレに起きたので、何となく眠い。7時前にテントに出た。
いつものように朝食を準備した。

沖合を見ると飛龍21が石垣港に向かっていた。
8時半か、少し遅れているのかな。あれっ。

今日もアスレチックの塔に登って小説の続きを読んだ。
ここのところ比較的安定した天候が続いているので助かるな。

11時過ぎ、街に向かって走り始めた。
1週間くらい前に気が付いたのだがチェーンがだいぶ伸びてしまっている。
エンジンブレーキをかけるとチェーンが弛んでスイングアームに干渉しているようだ。
もう30000キロも走ったからそろそろ交換時期かな。
そうだ、久しぶりに八重山ホンダに行ってみよう。

街に着くと異常に暑い。米原より2度は高いだろう。
早速バイク屋へ行ってみるが、なんと解体中で店は姿を消していた。
あれーっ、どうなってるんだ?と途方に暮れていると見たような顔が。
社長?の乗った軽トラックとすれ違った。
あっ、すれ違いざまに手を振ると気が付いたようで、路肩に止まった。
僕はすぐにUターンして軽トラのところに行った。
「こんにちは、お店は営業してないんですか?」と聞くと
「大川店でやってる」という答え。ああよかった。僕を覚えていてくれた。
まあ、アフリカツインは石垣じゃ滅多にいないからな。忘れないだろう。

軽トラのあとに付いて大川店まで行った。
だいぶ伸びてしまったので交換したい、というと「在庫は無い」とのこと。
それは予想していた。「まだ1ヶ月くらいいますから」というと
「まだ調整できるよ」と言われたので調整をお願いした。

10分ほどで調整終了。「いいよ」と社長が言うので「おいくらですか」と聞くと
また「いいよ」という答え。えっ、本当にいいのかなあ。
「そうですか、それじゃまた何かあったときお願いします」と言ってエンジンをかけた。
帰る時社長も同じようなことを言っていたようだが、方言で完全には聞き取れなかった。
店を出る時上り坂になっていたので社長が前から押してくれた。
いいなあ、こういうのって。単に無料だったからじゃなくて
最初話した時は何とも無愛想な感じだったけど、八重山の人の温かさを感じた。

お昼になったので今日もあさひ食堂に行った。すぐ近くだし。
昨日はあさひ定食だったので今日はカツカレーを頼んだ。
久しぶりだな。相変わらずすごい量だ。
八重山毎日新聞を読みながら食べた。お腹いっぱいだ。

昼食の後はきのう買い損なったサマーベッドを買いにメイクマンに向かった。
その前に100円ショップに行き自転車用のゴムとノコギリ、ポップコーンを買って
マックスバリューではスライスチーズとチューブ入りのマーガリンを調達。
そしてメイクマンに到着。きのうKTさんに聞いた場所を探す。
最初よくわからなかったが本来のキャンプ用品売り場の一番下の段にあった。
色はグリーンしかなかったので迷わずにそれを購入。問題はそのあとだ。

ベッドを持って店を出てバイクのところまで行った。
何とかなりそうだ。後部座席から荷台にかけてベッドを乗せネットで固定。
前に滑って来ないようにゴムで押さえた。
それほど違和感も無い。そのままキャンプ場に戻って来た。

さっそく日陰にベッドを持ちだし海を眺めた。
少し南側にはKTさんの姿も見えた。海は退いていて泳げない。
そうだ、薪を集めなければ。
この近くは取り尽くしてしまったので少し遠くまで探しに行った。
10号の方には伐採した木が放置されていたので何往復かして引きずってきた。
それをKTさんがノコギリで切った。
中には極端に重く密度の高い木があって、切るのにかなり苦労していた。

疲れたのでベッドに戻って休んでいた。するといつのまにか眠ってしまった。
そよ風に吹かれてラジオを聞きながら至福の時だ。

KTさんはいつのまにか浜に焚き火の櫓(やぐら)を完成させていた。夜が楽しみだ。
しばらくすると何人かのキャンパーが来た。朝の船で来たようだ。
米原もだんだん賑やかになってきた。

4時前、シャワーを浴びた。
KTさんはシュノーケルを付けて海から上がってきたので
「こんなに浅いのに泳いでたんですか?」と聞くと、リーフのプールで泳いでいたという。
なるほど、そのテがあったか。たしかにプールはきれいだったな。
それにトンネルもあって魚もたくさんいたという。明日行ってみよう。

8時ころ暗くなったので薪に火をつけた。
切るのに苦労したあの重い木は火がつくとなかなか消えない。
すごい火力で近付くと熱い。おきになっても真っ赤になって熱を発し続けた。

焚き火を囲んで全国を渡り歩いた話しをした。
みんな日本中を旅しているんだな。
今日来たジェベル125のWNさんはパッカーで世界を歩いたことがあるという。

11時過ぎ、火が衰えないので仕方なく水をかけた。
バケツ4杯の水でようやく蒸気が出なくなった。
火が消えたところで、そこでお開きになった。
かなり薪が余ったので、明日は薪拾いをしなくてもよさそうだ。

キャンプファイヤー 2003,4,18
午前2時半ころ、何かの物音に目が覚めた。
テントから出ると、6号炊事棟の脇に軽のワンボックス車が止まっていて
灯篭のような物を灯して水浴びをしている人がいた。びっくりした。

トイレに行って戻ってきて再び眠りについた。
6時半過ぎ、目が覚めた。調子は戻ったようだ。
テントから出て朝食を食べた。

今日STさんとNMさんは西表に行くので撤収の準備を始めていた。
10時過ぎには完全に撤収し、バイクに荷物を積みこみ終った。
2人が張っていたテントの跡地に少しの寂しさを感じた。
でも2人とも米原に戻ってくるからな。また会える。

しばらくするとSTさんのninjaが出掛けて行った。
次いでNMさんも米原を後にした。
なにか急に力が抜けてしまった感じだ。空虚感が残った。

気を取り直して街に出掛けることにした。
KTさんもサマーベッドを買いに行くと言っていた。

まずマックスバリューに行き食材を調達、ジュースのミニ缶20本で980円が目に止まった。
トートバックもついている。野菜ジュースもあり、100均よりも安い。
少し迷ったがバッグに20本詰めこみ買い物カゴに入れた。
そこにNMさんが現れ「何そんなに買いこんでるの?」
NMさんも西表に渡る前に食材を買っているようだった。
11時半にあさひ食堂で待ち合わせしてその場を別れた。

僕はそのままあさひ食堂に向かった。11時25分に到着したがシャッターはまだ閉まっていた。
30分過ぎに2人とも到着するとシャッターは開いていて店に入った。
3人ともあさひ定食を注文。新聞を見ているとメイクマンの広告があった。
サマーベッド1280円、これは買うしかないだろう。帰りに寄っていこう。

みんな食べ終わったようだ。僕は全部食べた。
NMさんは食べきれないと言ってご飯を残していて、
STさんは嫌いだと言ってピーマンと大根を残していた。
僕は少し偉くなったような気がした。
2人ともまだ時間があるのでまったりしていたが、
僕は早めに帰りたいので挨拶をして先に店を出た。

早速メイクマンに向かった。でもサマーベッドは見つからなかった。
あの広告は何だったんだろう。もしかして那覇店かな。でも八重山新聞だったし。
諦めてK-MAXに行ってみた。店の前には見ことのあるハンターカブ。
サマーベッドを探しているとキャンプ用品コーナーでそこにいた人と目が合った。
やっぱりシャーマンさんだった。「こんにちは」というと向こうも気付いたようだ。

サマーベッドは布製の物しかなく2980円と高いのでパスすることにしキャンプ場に戻った。

KTさんはすでに戻って来ていて、気持ちよさそうにサマーベッドに寝て本を読んでいた。
「どこで買ったんですか?」と聞くと「メイクマンだよ」と意外な答えが返ってきた。
おかしいなあ。あれだけ探したのになあ。
よく聞くとキャンプ用品とは全然関係ないところに置いてあったという。
うーん、そうだったのか。明日買ってこよう。

2時半m干潮の時刻だ。今日は大潮、潮位−11センチ。こんなに退くのは今日だけだ。
膝下の水位ではるかリーフの先まで行ける。
ビーチサンダルを履いて先端まで行ってみた。
うわーっ、すごいなー。急に深くなっていて底が見えないよ。
でもその崖っプチにはサンゴがいっぱいできれいだな。
入江になったところには大きな魚が取り残されていた。
所々クレバスのようになっていて底が見えない。
こんなによく見たのは初めてだよ。30分ほどしてから戻ってきた。

その後シャワーを浴び、アスレチックに登って本を読んだり空を見上げたりしてまったり。

5時過ぎ、少しお腹がすいたので夕食の準備。今日はミートソースだ。
パスタ150グラム、ミートソース2〜3人前でお腹いっぱいになった。

しばらくすると車が何台か来てみんな海に向かっていった。
そのうちの一人は花束を持っていた。誰かの命日だろうか。

今夜は焚き火をしようかな。そうだ、薪を集めよう。
10号におじさんの残していった薪がないかと行ってみたが、すっかり無くなっていた。
仕方ないので落ちている枝を拾い集め、伐採されて放置されている木を持ってきて
適当な長さに折って薪にした。

6時半過ぎ、太陽がだいぶ傾いてきたので浜に出てみた。
川平の方向には雲は無く、今日は日没を見られそうだ。
しかし僅かに薄い雲がかかっていて、何とか見られたがあまりきれいではなかった。

8時ころ、KTさんのテントの前に行くと、薪がうず高く積まれていた。
でもこれに火を付けるとすごい火力になってしまう。
小分けにしてすこしづづ燃やして行った。

メンバーは減ってしまったけど、やっぱり焚き火を囲んで飲む泡盛はうまいな。
薪が燃え尽きた12時前まで宴会?は続いた。

60度の酒 2003,4,17
7時前、目が覚めた。風もなく静かな朝だ。
昨日よりは調子がよくなったようだ。起き上がりテントから出た。
雲は薄く、青空も見える。炊事棟に行き朝食の準備をした。

今日はみんなでマーペ登山に行こうと計画していたのだが
浜に出てマーペを見ると、雲に隠れて山頂は見えなかった。残念だが延期だ。

朝食を終え、アスレチックに登り海を眺めていた。
暖かく、頬をそよ風が通りすぎていく。

沖合には飛龍が見えた。そうだ、今日は木曜日か。
10号に行ってみたらすでにテントも無く、閑散としていた。
最後に挨拶をしたかったけどな。またどこかで会えるだろうか。

10号炊事棟には、あのおじさんが残していったと思われる文庫本が1冊置いてあった。
曽野綾子著"切り取られた時間"。初版は昭和46年だった。
再びアスレチックの上に登り読み始めた。どうやら沖縄を舞台とした物語のようだ。
しかし難しい漢字が読めない。普通の小説なら読めない字なんてまず無いんだけどな。
でもだいたいの意味は何とか推測できる。
そしてところどころに線が引かれているが、それが何を意味するのかは、まだわからない。

時々横になったりして、ゆったりとした時間が流れていく。
周りを見渡すとハンモックに揺られている人の姿も見えた。
潮は退き始め、リーフも見え始めた。

昼過ぎになって、今日帰る)KJさんがザックを担いでやってきた。
一緒に過ごしたのはほとんど昨日トランプをした時だけだったけど
見送るのはやっぱり寂しいな。
本名も、いつここに来て、そしてこれからどこに行くのかも知らない。
それでも楽しい時間と空間を共有した。都会では絶対にありえない。
そんな出会いと別れが、当たり前のように繰り返されている。

MTさんのジムニーに乗って米原を後にするKJさんを、笑顔で手を振って見送った。
別れる時にいつも思う。また、どこかで会えるだろうか。

その後知花食堂に行き、そばとご飯を食べた。
食べ終わって~マルチメディアセンターに直行。

デジカメで撮った画像をアップしようかとメディアリーダーのドライバーをインストール。
そこまではよかったのだがUSBを挿し、ハードを認識するとエラーになる。例の青い、イヤな画面だ。
何度やってもダメだ。なぜだろう。仕方ないので今日は諦めよう。
帰る前にNTのパソコンで試したが、当然今度は門前払い。

センターを後にし、郵便局に寄った。局留めの郵便が来ているはずだ。
しかしまだ届いていない。発送元の旅行代理店に問い合わせると昨日発想したという。
それだったら連絡が欲しかった。2度も無駄足を踏んでしまった。

郵便局を出てキャンプ場に戻って来た。
みんなが5号に集まっているので行ってみるとSTさんが波照間から帰ってきた。
自慢げに泡波を見せたが、Tシャツと黒糖を抱き合わせで5000円だったという。
噂には聞いていたが、こういう足元を見たような売り方はどうかと思う。
STさんとNMさんは明日西表へと旅立って行くというのでみんなで記念写真を撮った。
ちょうどいいタイミングでヒガさんも来ていてポーズを決めた。

6時半を過ぎて浜に出てみた。ここに来てから一度も川平に沈む夕陽を見られない。
夕方になるとなぜか雲が出てくる。それとも昼間見えないだけなのだろうか。
今日も最後は雲に隠れてしまった。
去年撮れたあの写真はやはり奇跡だったのだろうか。

夕食を食べた後、KTさんのテントの前に集まって
STさんの持ってきた泡波と"どなん"でお別れパーティーだ。
それにしてもどなんは強烈だ。アルコール度数60度。
口に含むとかーっと燃えるような感触。
喉から食道、そして胃に入っていくのがわかる。
皿に入れてライターを近付けると青い炎を上げて燃えた。
60度の酒は分類場原料用アルコールに区分されると表示されていた。

昔の笑い話で盛りあがり、僕は12時前にテントに戻った。

やや不調 2003,4,16
6時半、目が覚めた。でもなんか調子が悪い。昨日遅かったからかな。
7時過ぎ、テントを出てコーヒーを沸かしトーストを作った。
天気は予報通り最高の晴天だ。みんな出掛ける準備をしていた。
MDさんは今日から仕事なので出掛けていった。

そのうち調子がよくなるだろうと思ったがなんとなくおかしい。
テントに戻って横になっていると寝てしまった。
その時、変な夢を見たな。

波照間に僕がいて、バイクがパンク。なぜかもう1台あってそれもパンク。
どうにもならず困っていると今度は車が登場、それに乗って帰ってきた。
わけのわからない夢だった。

目が覚めると11時前だ。なんとなく調子が回復してきたような気がする。
パンを少し食べてバイクで出掛けることにした。

まずキャンプ場を出て北上する。
栽培漁業センターの北側のでバイクを止め浜に降りた。
前に来た時にモダマを発見したところだ。
少し歩くとすぐにモダマを1つ見つけた。再先いいスタートだ。
しかしその後は割れていたり腐敗したりしていて、まともなモダマは見つからなかった。
でもきれいな貝をいくつか見つけることができた。それにしても暑い。
今日はすごく潮が退いているのでずっと向こうまで歩いて行けた。
湧き水も発見できたし、小さな巻貝も無数に棲息していたのを確認した。

浜を後にしてさらに北上、平久保崎に向かう。
Tシャツだけで、風を切って走る。快適だ。
平久保崎は風も弱く、きれいなリーフを望むことができた。
レンタカーが来ては、しばらくすると去っていく。

少し先の浜に降りてみたが、冬に来たときにあれだけあった漂着物がほとんどない。
風向きが変わったのかな。すっかりきれいになっていた。
釣り道具箱のようなものが落ちていたのでよく見てみると
中には注射器やらアンプルのようなものが詰まっていた。
医療廃棄物か?開けてみようとも思ったが、危険なのでやめておいた。
しばらく浜を歩いて貝殻をいくつか拾ってバイクに戻った。

今日は水曜日だな。マックスバリューに行ってみよう。
東側の道をひたすら南下。
途中伊野田キャンプ場に寄ってみると6張りのテントがあった。
その後マックスバリューに直行、NMさんとMDさん(妻)のバイクがあった。
買い物の後、あまりの暑さに僕はアイスクリームを買ってしまった。
外のベンチで食べているとNMさんとMDさんも集まってきた。
NMさんは発泡スチロールの箱を2個も持っていた。
サンエーでもらったと言っていたので今度僕ももらってこよう。

マックスバリューを出てキャンプ場に直行。
海を見ると完全に退いていて、リーフまで歩いて行ける。
こんなんじゃとても泳げない。諦めてシャワーを浴びた。冷たくて気持ちよかった。

その後は海を眺めながらまったり。30センチ近くあるトカゲを目撃。
逃げこんだところを探したが発見できなかった。

今日は夕陽が見られそうだ。浜に出てMDさん(夫)の釣りを見ていたが今日も坊主。
結局夕陽もあと僅かなところで雲に隠れて見えなかった。

7時を過ぎ夕食の準備、といってもご飯を温めレトルトカレー。簡単だ。
そういえば炊事棟に来る女の子は毎日お好み焼きを作って食べている。
その子達のうちの一人BLさんは同じ静岡県の東部地方だった。すぐ近くだ。
今日はジムニーで横須賀から来たサーファーのMTさんもやってきて賑やかになった。

食事の後、4人でトランプをしようということになり、
7並べや大貧民など11時半ころまで楽しく遊んでいたが
KJさんは明日の船で帰るというのでお開きになった。
時折通り雨が過ぎて行った。
その後MTさんはタコを捕りに行くと言って夜のリーフに出ていった。

見送り 2003,4,15
なぜか5時半過ぎに目が覚めた。テントを出てトイレに言って戻って来た。
眠れなくなってしまったので、日記をアップしたりメールしたりしていた。

7時過ぎ、朝食を作るため再びテントを出たが空は曇り空。
すぐにでも泣きだしそうな空だ。それに北風が吹いてTシャツだけでは寒い。
みんな出てこないので、朝食を終えるとテントに戻った。
こういう時はゆっくりしよう。

8時半ころ、みんな集まっていたので行ってみるとKTさんとSTさんが出掛けるところだった。
KTさんは波照間、STさんは竹富へ行くという。
二人ともバイクを置いて、8時33分のバスで港へと向かった。

11時過ぎ、またライダーが一人やってきた。今日は飛龍はほぼ定刻に到着したという。
その後僕は買い物に出掛けるため準備をした。
充電式のシェーバーを持ってきたのだが、充電器を忘れてしまった。
100円のは使い物にならなかったので、メーカー品を買いに行こう。
まあ刃も損傷していたのでちょうどいいや。替え刃を買うより安いだろう。

知花食堂でそばの(大)をチャージした後、街に向かった。
今日はジャケットを着ていないと少し寒いな。

メイクマンに行くと一流メーカー製のものが安く売っていたのでそれを買った。
よく見るとMADE IN HUNGARYと表示してあったが、SEIKO社製なので大丈夫だろう。
ところでハンガリーという国はまだ存在しているのだろうか。
次に100円ショップで時計と温度計、
マックスバリューで米と食パンとガスを買ってキャンプ場に向かった。
米原より街の方がずっと温かかった。

走っていると先に見える於茂登岳の方が真っ暗だ。ヤバいかな。
しばらく進むと対向車がワイパーを作動させている。あちゃーっ、雨かな。
しかし小雨程度でほとんど濡れずに帰って来られた。

さっき来たライダーは僕のテントの近くに設営してどこかに出掛けていった。

浜に出るとMDさん夫妻が何か探している。行ってみると砂ハマグリという貝を捕っていた。
波打ち際の砂を少し掘ると、1.5センチくらいの白い2枚貝が時々出てくる。
これを味噌汁の出汁にするという。
おもしろそうなので僕も砂を掘り返し、7個ほど発掘して献上した。

今日は寒いのでシャワーは無理だな。水道でシャンプーしてテントでまったり。

5時ころ、再び街に向かった。
郵便局に寄ってから空港に5時40分到着。
2階の送迎デッキに上った。
今日、新たな人生を歩むため石垣を後にするたえさんを見送りたかった。

駐機場には2機のB‐737が止まっていた。宮古行きと那覇行きは同じ6時発。
50分ころから搭乗が開始された。
そして最後にたえさんが歩いてきた。
手を振ったけど気付いてくれたかな。空港に行くって言ってなかったから。
2人でバスに乗りこんで、こちらに向かって手を振っているのが見えた。
お幸せに。

一方宮古行きの機はすぐ近くに止まっていて歩いての搭乗だった。
一番最後にアイスクリームを食べながら歩いている50代のおじさんがいた。
タラップを上がろうとすると係員に制止されアイスクリームを没収されてしまった。
しかし、出発ギリギリになってなんでアイスクリームを買ってしまったんだろう。
ほとんど食べてないみたいでもったいないな。
没収したアイスクリームをどうするのかな、と思って見ていると
出発間際で持ち場を離れられず、しばらく迷った末、他の係員に渡していた。
その後はどうしたのだろう。食べてしまったのかな。

離陸していく機に向かって手を振り空港を後にした。

帰り道、ホカ弁でお弁当を買ってキャンプ場に戻った。
とりあえず慌ただしく夕食にして、10号に行ってみた。
同じ船で来たおじさんとしばらく話しをしていた。
明後日の船で宮古に行き、その後伊豆諸島に行くと言っていた。
そのおじさんは8時には寝てしまうので、8時少し前挨拶をしてテントに戻った。

戻ってくると、ライトをハイビームにしたまま止まっている車がいた。
しばらくしても移動する様子がない。
見に行ってみるとヒガさんで、みんなで話しをしていた。
そして名古屋コーチンの卵を大量に頂いた。

よく見ると、今日波照間に行ったKTさんの姿が見えた。
手に持っているのはあの"泡波"じゃないか。
わーっ、いいなあ。僕は6回行っているけど未だに買えないよ。
ということで今日はみんなで泡波を飲めることになった。

KTさんのテントの周りに集まって、泡波を飲んだ。
明日から仕事の始まるMDさんは先にテントに戻った。
僕達は11時半ころまで飲んでいた。
KTさんが蝋燭の火で、葉っぱに火をつけているのを見て焚き火がしたくなってきた。
2・3日前に集めた落ち葉に火をつけるがなかなか燃えない。
KTさんがティッシュを持ってきてようやく焚き付いた。
炊き木をいくつか拾ってきてくべると、あのパチパチ音で雰囲気が盛りあがった。
芋があればなあ〜、明日は芋を買ってきて焼き芋にしようか。

1時前、NMさんが水をかけ消火。そこでお開きになった。
明日からは天気が良くなりそう。テントに戻り夢の中へ…。

立ちゴケ 2003,4,14
今日で米原に来て一週間が経とうとしている。
ここ数日は気温が上がり連日の夏日だ。やっぱり石垣だな。

朝6時過ぎ、波の音で目が覚めた。随分近くで聞こえるな。風向きが変わったな。
テントから出て空を見上げた。薄い雲が広がっていた。
天気予報では昼前から雨、前線の通過で雷を伴うとも言っていた。
今日は早めに買い物に行こう。

まずはコーヒーだ。トーストを焼いてスライスチーズを乗せて食べる。
パンが小さいので半分に切って乗せる。4枚食べて厚切り2枚分くらいか。

洗い物をしてから出掛ける準備だ。
雨が降ってくるとイヤだから午前中に行ってこよう。
でも気象用語で"昼前"とは午前9時から12時までのことだ。昼直前ではない。

9時半ころバイクを出した。まず郵便局に行き局留めの郵便物を受け取った。
それから荒川のマックスバリューの2階で半ズボンを699円で買った。
膝上で分割できるヤツだ。随分安いな。
膝上の半ズボンは399円だ。安さにつられて買おうか迷ったが2枚持っているので止める事にした。

次にやいま店の方に行きガスと食材を調達。
駐車場にはKTさんの側車付のハーレーが止まっていた。
近くの100円ショップではブルーシートと画鋲と野菜ジュース
サンエーの2階に行きクッションとウレタン製の袋を買ってきた。
この袋に合羽を入れれば枕ができる。

その後給油してキャンプ場に向かった。

途中のホッパーで弁当を買おうとしたら売りきれ?だった。
11時半でまだ入荷していないのかもしれない。
消費期限の近付いた弁当を店員が箱に詰めていた。
仕方ないのでパンとポップコーンを買うことにした。

さて帰ろうかとエンジンをかけターンしようとクラッチを繋いだらいきなりエンスト。
うわーっ、ヤバー。左足では支えきれず立ちゴケしてしまった。
こんな所で恥ずかしい。すぐに荷物を降ろし起こそうとしたが、
ハンドルが左を下にして倒れてしまったので力が入らない。
どうしたものかと考えていたら、さっき満タンにしたガソリンが漏れている。
力任せにやってみるがダメだ。ハンドルが右向きだったら簡単に起こせるのに。
困っていると、買い物に来たおじさんがきて手伝ってくれてようやく起こせた。
お礼を言うと笑いながら店に入っていった。立ちゴケなんて初めてだよ。
再びエンジンをかけて発進しようとしたらギヤは3速だった。これじゃエンストするわな。

たいした傷は無かったので、気を取り直してキャンプ場に向かった。
オ茂登岳の方は雲がかかり暗い。急がなければ。
トンネルを越えたがまだ雨は降っていなかった。
キャンプ場に着くとポツポツと雨が落ちてきた。助かった。
しばらくするとNMさんが帰ってきたが、膝下が濡れたくらいだった。
その後MNさん夫妻が帰ってきたがほとんどぬれなかったという。

弁当を買い損なったのでパンを食べた。
その後炊事棟に銀マットを敷きまったり昼寝。1時間ほどしてから起き上がった。
天気予報じゃ雨って入ってたのにほとんど降らないじゃないか。
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そろそろシャワーを浴びようかと歩いていくと
みんなサマーベッドやハンモックに揺られて気持ちよさそうだ。ハンモックが欲しくなった。

シャワーを浴びた後、みんなで集まって話しをしていた。
しばらくすると沼津ナンバーのカタナが来た。
昨日までトンネルの出口の公園でキャンプしていたら
今日土木課の人が来て追い出されたという。そいえばテントがあったな。

5時半ころ、食事の準備を始めた。
しばらく音楽を聞きながら準備をし、食事をしようとしたら
いつもは暗くなってから来る女の子達が来てしまった。
スピーカーやコンロ、コンテナなどをを分散させて置いてあったので
すぐに片付けて場所をあけた。

渡辺美里の曲を聞いていると、女の子の一人が「懐かしい曲聞いてますね」と言った。
すごく若く見えたので、知っているとは思わなかった。それにこのアルバムを持っているという。
ペットボトルで作った蝋燭ランタンに感心していた。

食事を終え、コーヒーを飲みながらポップコーンを食べて海を眺めていた。
水平線が見えないほど霞んでいる。今夜は大雨が降るのかな。
しばらくすると小雨が降ってきた。洗濯物をタープの下に移動。
今日洗濯したのは間違いだったかな。
7時半ころテントに戻った。

9時前、テレビを付けて驚いた。おそろしくよく映る。
今回、ちゅらさん2を見るために液晶テレビを持ってきたのだ。
米原では映るとは聞いていたが予想以上に映る。近くにアンテナがあるようだ。

11時ころ眠りについた。雨はそれほど強くない。

一生懸命 2003,4,13
朝6時半前、目が覚めた。うーん、まだ眠い。でも明るくなると目が覚めるようだ。
昨日は2時まで飲んでたからな。もう一度寝ようかと迷う。
でも昨日は散らかしっぱなしだったから炊事棟を片付けないと…。

眠い目をこすりながらテントを出た。今日もいい天気だ。
昨日までの天気予報は晴れ、それが朝になると曇りの予報に変わっていた。
でも実際は晴れ。なんなんだろう。この天気、それとも予報?

炊事棟に行き、まず顔を洗った。それからゴミを集め分別。
汚れたマットや食器類を洗い、床を掃いた。これで元にもどったな。
それからコーヒーを沸かしてトーストを作った。
食べ終わったころに、昨夜は車に泊った女の子が起きてきて、
後片付けをしなかったことを謝っていた。別に気にしなくてもいいんだけどね。
そんな事をしているうちに8時を過ぎてしまった。

今日はトライアスロンの日だ。スタートは9時だったかな。
すぐに準備をしてバイクを出した。しかし途中でサングラスを忘れたのに気付き引き返した。
結局キャンプ場を出たのはちょうど8時半になってしまった。
バイクを飛ばし登野城漁港へ。今日は気温が高く半袖でも暑いくらいだ。

20分程で到着、しかしスイムは既に始まっていた。
急いでゴール地点に行き、上陸してくる選手を見守った。
時計の表示を見ると、スタートから50分が過ぎていた。
次々と選手が上がってくる。その中に見覚えのある顔があった。向こうは気付いたかな。
とりあえず最後の選手が来るのを待って、そこから引き上げた。

次は自転車だ。トップの選手はすでにゴールに近付いているようだ。
こういうときはコースと反対に走ればいい。
相対速度が上がり、止まっているより短時間でたくさんの選手が見られる。
国道を白保方面に北上していく。
農協のスタンドの辺りでトップの選手とすれ違った。先導する白バイが異様に早い。
マラソンの先導を見なれているだけに、あの早さは少し笑えたな。

しばらくすると続々と自転車が走ってくる。いったい何台走っているのだろう。
途中道が狭くなったので、道端にバイクを止め応援した。
近くにいた大会役員の人に聞くと、全部で600台くらいという。
そして今、300台目の自転車が通過していった。

しばらくそこで観戦してから一度キャンプ場に戻った。
するとみんな泳ぐ準備をしている。気温も25度を超えていた。
午後からはトライアスロンのワールドカップを見に行くから泳ぐなら今しかない。
すぐに水着に着替えて海に入った。今日も水は澄んでいて、水温も高かった。
40分程でクモ貝を7個捕まえた。そのうち中身の入っているのはリリースした。
空のものだけ持ちかえり磨くことにした。

シャワーを浴びて出てくると、もう12時だった。
ご飯を炊くと時間がかかってしまうので、今日も知花食堂だ。

行ってみると日曜日なので空いていた。今日はそばの(小)とライスを頼んだ。
ご飯は大盛りなので、お腹いっぱいになった。

戻ってくるとすぐにバイクで再び漁港に向かった。今度はスタートを見たい。
5分前に到着、早歩きで桟橋に向かった。ちょうどスタートするところだった。先に女子だ。

やっぱりアスリートは違うな。すごく早い。あっという間に次の自転車だ。
午後からは午前中と違って市街地の周回コース。
これが本来のやり方なのかな。でも600台も走ったら収拾がつかなくなるな。

気温は27度を超え、湿度も73%。何もしなくても汗が吹き出てくる。
選手たちの暑さは想像を絶するな。
僕は道路沿いの街路樹の木陰に座って応援を続けた。選手が通る度に拍手をする。
そして6周目にはゴール地点に移動した。次はランだ。

自転車もそうだったが、サザンゲートブリッジの往復は大変だろうな。
遠く、橋を登っていく選手たちが見えた。

そしてラスト一周になり、再びゴール手前10メートルの地点に陣取った。
トップの選手は少しの余裕を見せ、両手を上げてゴールのテープを切った。
そして続いてゴールした2位の選手と抱き合った。

次々と選手が入ってきて、みんなで拍手をして迎えた。
ゴール直後、倒れこんでしまう選手が何人もいた。

僕はちょっと考えさせられたよ。
いいなあ、一生懸命って。選手たちの姿を見ていると、思わず目頭が熱くなった。
スポーツを見てこんなに感動するなんて、初めてだよ。
最後の選手まで見送ってから会場を後にした。

しかし場内の放送では全ての選手がゴールしたような雰囲気だったが
帰り際、最後の選手がまだ走っていた。何か悪いことをしたような気になってしまった。

男子のスタートは3時45分なので残念だけど帰ることにした。

キャンプ場に戻り、まず今日2度目のシャワーを浴びた。水は冷たいけどすっきりした。
その後、浜に出て他のキャンパーの釣を見守っていた。
僕はエサにするヤドカリを捕まえた。たくさんいる場所を知っているんだ。
しかしなかなか釣れない。6時ころまで粘っても結局2人とも坊主だった。

KTさんは昼間捕まえた、真っ黒でトゲのあるナマコを調理して食べていた。
本人はおいしいと言っているが本当かな。
明日までKTさんの調子が悪くならないようだったら食べてみようかな。

6時半、夕食を食べた。その後少し浜を散歩した。
昨日は遅かったからな。今日は早めに寝よう。
9時前、シュラフに潜りこんだ。

別れと出会い 2003,4,12
6時半過ぎ目が覚めた。風も穏やかで青空が広がっていた。
テントから出て炊事棟を掃除し、コーヒーを沸かしトーストを作って食べた。

9時ころ少し眠くなり、テントに戻って1時間ほど休んだ。
10時過ぎにはIS会長が来るというので着替えをして準備をした。
しばらくしても来ないので迎えに行くことにした。

札幌のKTさんと宮城のSTさんの3人で近くのキャンプ場に行った。
今日は暑いな。Tシャツ1枚でバイクに乗って走りだしてもまだ暑い。
5分ほどでcoco’sビレッジに到着。会長のエリミネーターを加え4台で街に向かった。

まずメイクマンに行き、テントに油をこぼして穴を開けてしまったKTさんの補修材を調達。
会長はなぜかシュノーケルセットとゴザと枕のセットを買っていた。今日帰るはずなのに。
ゴザをKTさんのサイドカーに入れ、会長は水着を買いに行くというのでサンエーに向かった。
僕達はカネヒデに行き、酒と食料を調達。川平まわりでキャンプ場に向かった。
STさんは水中カメラが壊れたというのでベスト電気に寄っていった。

1時前、米原に戻り買ってきた弁当で昼食にした。
OSさんは西表で稲作体験に行くために旅立って行った。少し寂しくなるな。

お腹がいっぱいになったので、すこし落ちついてから水着に着替えて海に入った。
水はまだ冷たかったが澄んでいてきれいだ。気温は27度、時折日も射す。
30分ほど泳いでいたが、クモガイばかりで宝貝は発見できなかった。
海から上がりシャワーを浴びた。

その後コーヒーを飲みながらまったり。
会長とNMさんも海に入って泳いでいた。
僕は浜を歩いて貝殻を探した。タジマさんとすれ違い話しをした。

しばらくするとみんな海から上がってきて、STさんの入れたレギュラーコーヒーを頂いた。
やっぱりインスタントとは香りが違うな。
会長はさっき買ってきたゴザを敷いて寝転がっていた。

4時過ぎ、寝ていた会長も着替えて話しの輪に加わった。
会長の腕時計はいくらするのかと聞いてみたら
奥さんのとペアで400万くらいだと、いとも簡単に言ってのけた。
買ってきたゴザも2時間くらいしか使わなかった。

そろそろ帰るというので、僕はレンタバイクの店の場所を説明した。
会長は、最後に一人一人と握手をして別れを告げた。
だんだん小さくなっていく会長の後ろ姿に、手を振って見送った。
いろいろな人がいるんだなあ。

5時半ころ、みんな食事の準備を始めたので、僕も簡単に夕食を済ませた。

今日は夕陽が見られそう。太陽は西に傾きオレンジ色に輝いていた。
浜で陽が沈むのを待っていたが、川平の僅か上で雲に隠れてしまった。残念。

8時過ぎ、そろそろみんな集まったかな、と思って5号周辺に行ってみたが
風が強くなってしまい、これじゃ宴会どころじゃないな。
ということで、6号炊事棟に集結して防風対策をして焼肉を始めた。
炊事棟では他のグループも炊事をしていた。

僕達のグループには、STさん達が途中船の中で知り合ったという女の子も参加した。
しばらくは2つのグループに別れていたが、今まであまり交流の無かった人達とも話しができた。
そのうちみんなで楽しく食べたり飲んだりしながら同じ時間を過ごすことができた。
みんなだいたい同じ年代の人達だ。
シーナイーストンやYMOなど80年代の音楽を懐かしく聞いていた。

11時を過ぎると何人かはテントに戻っていった。
僕とMDさん、それにSTさんは最後まで残っていて
バッテリー切れになった午前2時まで話しをしていた。

僕も適当に後片付けをしてテントに戻ったが、すーっと意識が引いて行って夢の中へ。

楽しいキャンパー達 2003,4,11
今日も6時半ころ目が覚めた。風は少しあるが波音は静かだ。
テントから出て朝食の準備。今日もいい天気のようだ。

昨日まで天気予報では曇り、所により一時雨だったのに
今朝になったらいきなり晴れになっていた。
気象庁の人が朝空を見て、急遽予報を変更したように思えてならない。

隣にテントを張った人達は、空気充填式のカヌーを持っていた。
テントを撤収し荷物をまとめてからカヌーに空気を入れているのでおかしいなと思ったら
荷物を背負いカヌーに乗ってどこかへ行ってしまった。なるほど、海上の移動手段とは…。

アメリカンブレックファストで朝食を済ませて昨日来た人達の所へ行ってみた。

ハーレーのサイドカーの人は札幌からだった。すごいなあ。
ヒッチで来た青年OSさんは西表で1年間稲作を体験するという。
ここに来るキャンパーってみんなすぐに仲良くなれる。
小学生のころ、どこに行ってもすぐに友達ができたようにね。
でもほとんどの人は、数日でまたどこかへ旅立ってしまう。

お昼ころまでみんなで話しをしていた。

お腹が空いたので僕は久しぶりに知花食堂に行くことにした。
バイクで数分で到着。早速そばの(大)を頼んだ。
1時少し前だったので店は空いていた。
そばを食べ終ってキャンプ場に戻って来た。

しばらくするとみんなの待人のIS会長が来て、一緒に食事に行ってしまった。明石食堂に行くらしい。
わーっ、もうちょっと待ってればよかったなあ。

今日も気温が高く、波も無い。泳ぐにはまあまあだ。
少し休んでから水着に着替えて海に入った。
日差しがあるので比較的温かく感じる。魚も昨日に比べて格段に多い。
少し潜ると宝貝やクモ貝もいくつか捕れた。
今日は泳いでいる人がたくさんいる。クモ貝を専門に捕まえている人もいた。

しかし少し曇ってきて寒くなってきた。
30分ほどで海から上がり、シャワーを浴びた。

捕ってきた貝を高圧噴射で中身を出してきれいに磨いた。

その後、パイプ椅子を浜に出しまったり。
4時ころみんな戻って来た。明石食堂は改装中で当分の間休業だったという。
何人かは着替えて海に入った。
波もほとんど無く凪いでいる。ゆったりとした時間が流れて行く。
ずっとこんな瞬間が続けばいいのになあ。

7時前、音楽を聞きながら食事をしていると、10号にテントを張っているおじさんが来た。
一緒に飲もうということになり、椅子を持って10号炊事棟に向かった。
その人は来る時那覇から同じ船だった。
素潜り漁をする目的で、情報も無くやってきたが、ここじゃ潜れる所が無いという。
あと1週間ほど滞在して、宮古に行くと言っていた。

時折雨が落ちてくるがすぐに止む。その繰り返し。通り雨だ。

8時ころ、おじさんは寝るということでお開きになった。

その後、5号炊事棟近くの一昨日来た人達の所へ行ってみると、宴会の準備中だった。
早速椅子とコップ、蚊取り線香を持って参加した。
ISグループの会長が来ていて、腕にはすごい腕時計、がっちりとした体型。風格が漂っていた。
そしてみんなで乾杯をした。
僕はお酒を持っていなかったので、会長差入れの泡盛をいただいた。
別の所に泊っている会長は途中で帰ってしまったが、僕達は11時半ころまで話していた。
しばらくこんなことが続きそうだ。

別れ、そして再会 2003,4,10
朝6時過ぎ目が覚めた。んっ、風が止んだな。波も静かだ。ということは…。
すぐに外に出てみた。天気予報が見事に外れ青空が広がっていた。
やったー。思わず叫びたくなったよ。やっぱり沖縄はこれでなきゃ。

さっそくコーヒーとトーストでアメリカンブレックファストだ。
よく見るとまた昨日と同じレンタカーが止まっている。
しばらくすると昨日と同じメンバーが降りてきた。なんでテント張らないんだろう。

僕は浜にパイプ椅子を持ち出し、朝の海を眺めていた。
少し浜を歩き、9号炊事棟を通過すると、なんと水字貝が落ちていた。
わーっ、ラッキー。ずっと欲しかったんだよ。買うと2000円くらいするんだ。

10時過ぎ、出掛ける準備を始めた。今日石垣を後にするHDさんを見送りに行く。
11時少し前に空港に着いた。HDさんの姿はまだ見えなかった。
しばらくすると軽のワンボックスにからHDさんが降りてきた。
キャンプ場の人に送ってもらったようだ。

しかしHDさんは随分身軽だ。輪行した自転車の他にバッグ2つ。
聞くと他の荷物は郵パックで送ってしまったそうだ。
飛行機の荷物の超過料金は高いから、その方が賢明だ。
それでも自転車は18キロ。他にも5キロほどの荷物。まあこれくらいなら大丈夫だろう。

僕は自転車を持ってみたが結構重い。ターミナルまでお手伝いした。
無事超過料金を徴収されず搭乗手続きを完了した。

他にも後から見送りのキャンパーが3人来た。
まだ少し時間があったので、みんなで送迎デッキにいってお別れパーティー?
キャンパーの一人が買ってきたビールとおつまみでにわか宴会だ。
わずか15分ほどだったが忘れられない思い出になった。

出発15分前になったので、HDさんは搭乗口へと向かっていった。
手荷物検査の入口で握手をして別れた。「じゃ、またどこかで」
他人のたちは送れてやってきて、別れの挨拶もできなかった。
その後みんな再び送迎デッキに上がった。

しばらくして機に向かうバスが出た。
左の一番前の席に座ったHDさんが窓を開け手を降っていた。
それに応えてみんなで手を降って見送った。
そして、すぐに見えなくなってしまった。

HDさんの乗った飛行機が滑走路を加速し始めた。
進行右側の席のHDさんは確認できなかったがみんなで手を降った。
他の人達とはそこで別れて僕は空港を後にした。

お昼なので久しぶりにあさひ食堂に行くことにした。
空港から10分程で到着。幸いそれほど混んでいなかった。
早速あさひ定食を注文。こんなに早く再びここに来られるとは思わなかったよ。
相変わらずのボリューム。お腹いっぱいになり店を出て米原に向かった。

途中100円ショップで買い物。2時前に米原に到着した。

こんなにいい天気じゃ泳ぐしかないだろう。
すぐにテントで水着に着替えた。浜に出ると他にも何人か泳いでいた。

最初はすごく冷たく感じたが、完全に浸かってしまうとそれほどの寒さは感じなかった。
5ヶ月ぶりの海だ。このきれいな海は変わっていなかった。
でも熱帯魚の数はまだ少なかった。

その代わり、珍しい貝を見つけることができた。
8センチほどもある宝貝だ。こんなに大きいの初めて見つけたよ。
20分程で海から上がりシャワーを浴びて、早速貝を磨き始めた。
ブラシとスポンジで入念に磨くと結構艶が出てきた。

その後しばらく海を見て過ごしていた。

5時過ぎ、少しお腹が空いてきたので夕食を作ることにした。
といってもラーメンライスだ。

食べ終わってからは、コーヒーを飲みながらまったりしていた。

しばらくするとバイクの音が聞こえてきた。
今日は入港日だから誰か来たかな。

5台ほどのバイク。サイドカーも1台いた。
なんか見覚えのあるバイクも混じっていたが気のせいだろうな。
バイクは僕のテントから20メートルほど先に止まり荷物を降ろし始めた。

炊事棟で作業を見守っていると、みんなこっちに向かってきた。
最初来た人に挨拶すると、同じ沼津ナンバーの人だった。
その後に来た人にいきなり「やじさんですよね」と言われた。えっ、何で知ってるの?
顔をよく見合わせると、思い出した。山口のMDさん夫婦だ。うわー懐かしい。
また会えるなんて思ってもいなかった。嬉しいなあ。
去年のGWと6月末にもここで会ったんだよな。
これだから旅はやめられないんだよ。

7時半、外はだいぶ薄暗くなってきた。テントに戻ることにするか。

米原国際キャンプ場? 2003,4,9
朝7時目が覚めた。昨晩寝たのが遅かったので少し眠い。
HDさんも一度起きてきたが、またテントに戻ってしまった。
僕も朝食を食べ、歯を磨いてからまたテントに戻って少し休んだ。
空は曇っていて風も強い。でも寒さは感じない。

1時間ほど休んでからテントを出た。
そういえば昨日からすぐ近くにレンタカーが止まっていたな。いったい何なんだろう。
ゆっくりと忍び足で近付き、車の中を覗いてみた。
ありゃーっ、性別まではわからないが人間が2人、シュラフにくるまっているのが見えた。

炊事場を掃除していると車のドアが開いて一人降りてきた。
あーっ、女の子だったんだ。またもう一人、今度は金髪。ヤンキーか?
いや本物の外国人だ。もう一人英語を話す外国人が降りてきた。3人も乗ってたんだ。
そのうちの一人と話すと日本人だった。ガイド役なのかな。
3人とも顔を洗ったり歯を磨いたりしていたが、
ヒガさんが来て、僕がキャンプ料金を払ってるとどこかへ行ってしまった。
しかしなんでこんな所で寝ていたんだろう。
そういえば昨日も英語を話す人が3人で来ていたな。

10時ころHDさんが調理を始めた。
こんな広い炊事場を一人占めできて、大きな音で音楽を聞いても誰も迷惑しない。
もっと早くここにくればよかった、とHDさんは言っていた。
すでにバースデー割引で航空券を買ってしまったので変更もできない。
船だったらなあ…と惜しんでいた。

時折雲が薄くなり、薄日が射すこともあった。
僕は浜にパイプ椅子を持ちだして海を眺めていた。

しばらくするとHDさんは撤収を始めた。今晩は街のゲストハウスに泊るという。
一泊だけだったけど楽しかったよ。
やじさん、こんな所にずーっといられていいなあ。と本当に残念がっていた。
でも今までずっと沖縄にいたんでしょ?と聞くと、
「そうだけど、ほとんど毎日パチスロやってたから…」
彼は沖縄に来てからパチスロで32万稼いだそうだ。
ここに来る前、3年ほどパチプロをしていたらしい。
でもそれじゃダメだと思って旅に出たという。

2時前、自転車に荷物を全て積み終えた。
飛行機には持ちこめないガスボンベを3本もらった。
HDさんは、ゆっくりと自転車を漕ぎ始め米原を後にした。
一度自宅に戻り、再び鹿児島にフェリーで行き北上するという。良い旅を。

僕は街に買い物に行くことにした。
バイクで走りだし、HDさんを追い越した。

まずサンエーに行き、100円のフライパンを探そう。
バイクを止めると見たことのあるタクシー。あっ、ヨナハさんだ。
挨拶をすると、少し驚いた様子だった。
2階に上がり、100円コーナーを探したがフラーパンはなかった。
まあトーストを作るだけだから何でもいいな。
ステンレスの大きめの角型の皿があったので、これで試してみることにした。

次に100円ショップに行き、洗い桶と食器置き、コーキングガンを買った。
メイクマンではシリコンシーラント、
あとマックスバリューでシャンプーとボディーソープや食材を調達した。
その後キャンプ場に戻って来た。

持ってきた散水用のシャワーとホースを蛇口につないでシャンプー用のシャワーを作った。
近くにいた女の子がそれを見て笑っていた。

シャンプーとソープを小瓶に詰め替えて、水道でシャンプーしてからシャワーを浴びた。
気温はそれほど低くはないが、日差しが無く風が強いので寒く感じた。
でも上がってくるとさっぱりした。

その後、買ってきたシール材で流しを修理していると、カップルがやってきた。
修理のため2つの蛇口を残して元栓を閉めてしまったので、使える個所を教えた。
その事を彼氏に英語で説明していた。えっ、また外国の人。
米原はずいぶんインターナショナルになったな。
1.5リットルのペットボトルに水をいっぱいに詰めて帰っていった。

修理を終え、手洗いで洗濯をした。

5時過ぎ、ハンゴウでご飯を炊きレトルトカレーを温めた。

テントの中で日記を書いているとA君から電話があった。
あれから家に帰ってずうーっとボーっとしていたという。今就職活動中らしい。

相変わらずの曇り空と強い風。あのティダを見たいよー。

たくさんの再会 2003,4,8
朝5時過ぎ、宮古寄港のアナウンスで目が覚めた。
でもまだ1時間近くあるのでまた寝ることにした。揺れもなく快適だった。
しかし外は雨。午前中は雨だ。石垣に着くころ止んでくれればいいけどな。

8時半ころ外を見たが相変わらずの雨。
テレビでは屋久島を舞台とした映画が流れていた。
思わず見入ってしまう。家出した中学生が屋久島でおじいさんと出会うストーリー。
僕も行ったことがある。感動して涙が出てしまう。

11時過ぎ、石垣港入港のアナウンスが入った。ついに戻って来た。
なんとか順調に?ここまで来られた。
弱い雨が降り続いていた。荷物をまとめ、車両甲板に降りた。

うわっ、蒸し暑い。荷物を積みこみ合羽を着た。
今までそんなような気がしていたが、隣の人は楽園にいた人だった。
ランプウェイが開き始めたのでエンジンをかけた。

久しぶりに走る石垣の道。相変わらずのスローペース。
まずK−MAXに行きブルーシートを買った。その後米原直行。米原は雨が上がっていた。
しかしテントは5張りしかないよ。寂しいなあ。
おまけに東側のジャングルが伐採されて道路が見えるようになってしまったよ。
何でこんな所に宅地を造成したんだろう。米原ももう長くないかもしれないな。
僕は6号炊事棟のすぐ横にテントを張った。

テントを張り終わると「おーい」という声が聞こえた。
よく見るとヒガさんだ。元気そうでよかったよ。

テントに荷物を入れ、郵便局に荷物を取りに行った。
一度米原に戻り荷物を置いて、街に買い物に出掛けた。
まずカネヒデで洗剤とラーメン、100円ショップでカサと鍋類とホウキ。
マックスバリューでガスと食材を少し買ってきた。
マックスバリューには見たことのあるバラデロが止まっていた。
ベンチには桜島ユースで会ったおじさんが座っていた。挨拶をして店を後にした。

サイトに戻りブルーシートを張ろうと思ったが、風が強すぎるので諦めた。
しばらくすると「やじさーん」という声が聞こえた。振り向くと思わず目を疑った。
楽園で出会ったHDさんだ。まだ石垣にいたんだー。びっくりしたよ。
帰る前に一度米原に来たいと思っていたという。
楽園で出会った3人で車で来ていた。もう一人知っている人がいた。
明後日飛行機で帰るらしい。荷物が60キロもあるけど大丈夫か心配していた。

買ってきたホウキとスポンジ、それと洗剤で炊事棟を掃除した。
これでまともに使えるようになった。
しばらくすると目の前をタジマさんが通った。わー、元気そうだ。
こんにちは、と声をかけると「まだいたの」と返事が返ってきた。でもそれは僕のセリフだ。

今年はさとうきびが豊作で、製糖の仕事は5月20まであるという。
しばらくは米原も寂しい状態が続きそうだ。

10時ころ、HDさんが再びやってきた。
一度街に帰って自転車に乗ってきた。よくこの真っ暗の中来たな。
その後テントを設営し、炊事棟に集まった。
今回先に郵便で送っておいたバッテリーパックが活躍した。
ウィンカーを壊して作ったランタンも持って来たのだ。
さらにMDにスピーカーを接続して音楽を聞けるようにした。

結局1時半ころまで話しをしていた。

懐かしい風景 2003,4,7
朝4時、何かの物音で目が覚めた。コンビニの袋のカサカサという音。
上に寝ていたMNさんが荷物を整理しているようだ。
何もこんなに朝早くでなくてもいいのに。そのうち部屋の外に出ていったようだ。
再び寝入り7時ころ起きた。

レセプションホールには那覇到着予定時刻が表示されていて、
昨日までは11時になっていたが、いつのまにか8時30分になっていた。
展望通路にはすでにMNさんが来ていて、ぼくもコーヒーを飲みながらパンを食べた。

8時半過ぎ、那覇の街が見えてきた。
到着予定は8時50分と放送があった。
結局9時ちょっとまえに到着。車両甲板に降りてバイクのエンジンをかけた。
やっぱり沖縄だ。Tシャツの上にジャケットを着ただけでちょうどいい。
一度ターミナルに行き、3人で記念写真を撮って別れた。いい旅を。
要らない荷物を全てコインロッカーに詰めこんだ。これで快適に走れる。

僕は早速R58を北上、一気に瀬底まで突っ走った。
2ヶ月ぶりだけど、なぜかすごく懐かしい気がした。
あの時より季節は進み、Tシャツでも過ごせるようになった。

雲が切れ、日差しがまぶしい。岩の陰にシートを敷いて空を仰いだ。
静かな砂浜に響く波の音、頬を通りすぎる風、遠く見える伊江島のタッチュー。
そんな時間を一人占め。一時間ほど夢の中へ誘いこまれた。

一時過ぎ、目が覚め那覇に戻ることにした。
防風林の中にはテントは無かった。

途中道の駅許田に寄ると見覚えのあるSL、YMさんのだ。
僕はブルーシールのアイスクリームを食べていると、突然背後から現れた。
ひめゆりの塔から北上してきたという。

今度は一路波之上ビーチまでノンストップ。
ビーチにはクラゲ除けのネットが張られていて、ライフセーバーもいた。
子供達が何人か、服のまま泳いでいた。帰るときどうするんだろう。

5時を回ったので食事をして港に向かった。
YMさんは既に着いていて、バイクに荷物を積みこんでいた。
僕もコインロッカーから荷物を取り出しバイクに積んだ。

船に乗りこむ前に、チューハイを買いに行った。
7時、バイクを船に載せ受付を済ませた。
宮古に寄るYMさんとは別の部屋を割り当てられた。
着替えをしてから展望通路に行き、YMさんと一緒に飲んでいた。
おもしろかったMNさんのことが話題になり、笑いが止まらなくなった。

8時、部屋に戻りテレビをつけた。でもちゅらさん2は9時15分からだった。
しばらくうとうとしていたが、ちゅらさん2が始まると目が冴えた。
途中やっぱり泣いてしまった。いいなあ沖縄って。

明日は石垣島だ。

船の一日 2003,4,6
朝7時に目が覚めた。揺れはほとんどなく快適だ。
エントランスホールから展望通路に行くと同室の2人はすでに起きていた。
僕はコーヒーを買い、昨日買っておいたおにぎりとパンで朝食にした。
昨日とはうって変わって雲一つ無い快晴。朝日がまぶしいよ

MNさんは札幌出身大阪在住の予備自衛官、現在就職の採否の連絡待ちだ。
就職が決まれば千葉に引っ越すと言っていた。
採否の連絡があるまで暇なので、沖縄に行ってみようと思いこの船に乗りこんだという。
バイクを持ってこなかったのを惜しんでいた。
持っている荷物の半分は食料だった。食べきれないというので3人で食べた。

YKさんは僕と同じフリーのキャンパーで、宮古島に寄ってから石垣に行くという。
彼も全国を回っている旅人だ。また米原で再会できるだろう。

それから3人で後部の木甲板に出て記念写真を撮った。
しばらく話しをして、甲板に寝転がって空を見上げた。
雲一つも無い。時折白い尾を引いて飛んで行く飛行機が見える。
風が心地よく通りすぎていく。

ふと右舷側を見ると陸が見えた。聞くと都井岬だという。
少し眠くなったので部屋に戻り1時間ほど休んだ。

5時半ころ、屋久島の沖合を航行していた。見えるのは西部林道かな。
懐かしいなあ。屋久島に寄ったのは10月19日だったな。あれからもう半年か。
そういえば屋久島で出会ったHさんから写真が届いていた。

少し雲がかかり、太陽は西に傾いていた。再び船内の展望通路に移動した。

6時、レストラン営業開始の放送があったので、早速向かった。
1回くらいはレストランで食事をしよう。それにむしょうにカレーが食べたかった。
ビーフカレー、サラダ、シークァーサーのゼリーが付いて700円。

部屋に戻って日記を書いているとMNさんが呼びに来た。
みんなで夕食を食べようとのことで、カップ焼きそばとシーチキンを頂いた。

明日の朝8時半には那覇に着く。みんなそれぞれの目的地に向かっていく。
丸一日だけだったけど楽しかったな。
MNさんは昼間サウナで過ごし、夜は麻雀荘で稼ぐと行っていた。大丈夫かな。
9時過ぎ眠くなりみんな部屋に戻った。
部屋ではテレビでK−1を見ていた。



強硬突破 2003,4,5
やっと大阪南港に到着しました。

朝起きると雨と風の音。強風が吹き荒れている。
まいったな。まるで台風だよ。どうしようかな。
明日に延期して東京からフェリーに乗ろうかとも考えたがやっぱりダメだ。
とりあえず部屋を片付けて荷物をまとめた。

9時過ぎ、荷物を全てビニール袋に入れて防水対策。バイクに積みこんだ。
大阪出港は22時30分だからまだ余裕がある。様子を見ることにする。
しかしお昼近くになっても雨と風は収まらない。
日本気象協会のHPにアクセスしてアメダスをチェック。
こんなに風が強いのはこの辺りだけだ。雨は大阪の方は上がっているようだ。
出発を決意。12時12分家を後にした。こうなれば得意の強硬突破だ。

走りだすと強風に煽られてフラフラする。大丈夫かな。
一般道で行こうと思っていたが、天候の様子見をしていたので出発が遅くなってしまった。
仕方ないので全線高速だ。まあこういう天気の時は高速の方が安全だし。

沼津から高速に乗った。風が強い。雨も強く膝が痛い。
時折強風に煽られて、車線を維持するにも苦労するほどだ。
富士川橋を渡っている時は生きた心地がしなかったよ。
ガードロープに接触しそうになったり倒れそうになったり。もういやだ。
おまけに寒くなってきた。本当に大阪まで行けるのか心配になってきた。

しかし清水辺りから風が弱くなってきた。これなら何とかなりそうだ。
と思ったのも束の間。所々強風地帯を通る。
というよりも、前後からの風は何の問題もない。問題は横風だ。
それでも何とか持ちこたえ、三方原のPAでトイレ休憩。
数分休んだだけですぐに走りだす。

多賀SAで給油。このあたりでようやく雨も小降りになった。

気が遠くなりながらもひたすら走り続けるしかなかった。
何とか吹田SAまでたどり着いた。ここまで来れば大丈夫だ。
バイクを止めると隣に沼津ナンバーのバイクが止まっていた。
彼もやはり沼津から走ってきて、大阪の友達の所に行くと行っていた。

雨も上がり、雲の切れ間から日差しも感じられた。
しかし寒さは変わらなかったので、合羽を着たまま走ることにした。
豊中から阪神高速へ入るのだが、空港の案内標識に惑わされる。
"空港"だけじゃなくて"伊丹"か"関空"かはっきり表示して欲しい。

環状線を抜け湾岸線に出て南港中で降りた。
このランプはツーリングマップルには出てなかったな。新しくできたのかな。
ランプを下ると横にフェリーが並んでいた。久しぶりの南港だ。ここから乗るのは初めてだ。

有村はかもめ埠頭なのでもっと先だ。かもめ大橋を渡りターミナルを探す。
マリンエキスプレスはすぐにわかったが有村が見つからない。
港の人に聞いたらもっと先だという。行ってみたがターミナルは閉鎖されていた。
困っていると、トラクターの運転手がこの先だと教えてくれた。6時半到着。
どうやらターミナルは共用のようだ。中に入って納得。なるほど。

暖房が効いていて快適だが人がたくさん待っていて座れない。
宮崎行きが出れば空くだろう。その前に買い物に行こう。

着た道を戻りしばらく行くとローソンがあったので、おむすびとパンを買って戻ってきた。
僕の他にもう1台バイクの人がいた。60くらいのおじさんだ。
話しをすると、その人も名古屋から予約したが、船会社から連絡があって大阪まで来たという。
さかんに寒いを連発していた。僕と一緒で石垣まで行き離島を回るという。
なにはともあれ無事到着できてよかったよ。

8時過ぎ、乗船手続きが開始された。早速手続きをする。
窓口で聞くと、那覇到着後先島の方まで行くという。
やったー。ここまで無理して来た甲斐があったよ。
手続きを終え、外に出るとバイクが増えていた。
9時過ぎその人達と一緒に乗船した。10時前に出港したようだ。乗客は30人。
一度部屋に入り、その後みんなでカフェに行き12時過ぎまで話しをしていた。


準備完了 2003,4,4
ここ何日か、家の庭にハクビシンが来る。最初はタヌキかと思った。
両親が野鳥に対する食料援助として(餌付けとも言う)リンゴやバナナ
柑橘類を木に刺しておいてあるのだが、それを丸ごと持っていってしまう。
夜行性で木登りが得意のようだ。
ハクビシンはジャコウネコ科で、元々日本には居なかった動物らしい。
最初に発見されたのはなぜか静岡県だ。

明日出発するので手続きを今日中にしてしまおう。
まず病院に行き、頼んでおいた診断書兼通院証明書を受け取りに行った。
共済金の請求に必要なのだ。しかしコレは有料、請求者の負担。
窓口でいくらかと聞くと、なんと5000円だ。ずいぶん高いな。
おまけに字が汚くて、解読するのに苦労する。
全く同じ書式なのに八重山病院は2100円だったよ。

次に写真屋さんに行って証明写真を撮ってもらった。
VISAの写真はスピード写真は不可だと言っていたから仕方がない。
5センチ×5センチを2枚で1000円。

そしてその写真とパスポートを旅行代理店に持っていってVISAの申請を代行してもらう。
ついでに残りのお金も払ってきた。これで準備完了。

帰りに100円ショップに行ってちょっと買い物。
その後、家に戻り部屋を片付け出発の準備だ。

バックに荷物を詰め込み準備完了。
明日はゆっくりの出発だから少し余裕がある。

でも明日は雨みたいだな。まあ仕方ないか。

大阪まで自走か 2003,4,3
今日フェリーの予約をした。あさって出発する。

しかし電話してびっくり。通常、名古屋→大阪→那覇→石垣→基隆の運航なのに
名古屋から石垣まで乗る予定だったのに、大阪から那覇までしか運航しないという。
まいったな、雨の中大阪まで走るのか。
しかも大阪は通常より2時間20分の早発、那覇には3時間30分の遅着。
合計6時間近く余分に時間がかかっているじゃないか。なんなんだ。

東京〜北九州、博多〜那覇の航路も検討したが、コストがかかりすぎる。

再び電話してなぜこんなことになっているのかを聞いたところ、またまたびっくり。
なんと、船のエンジンの調子が悪く、スピードが出ないという。だいじょうぶかよ、おい。
その後の船にすると、石垣島トライアスロンの前日着になってしまい慌しい。
仕方ないのでこの船で那覇まで行き、那覇で2泊。別会社の船で石垣まで行くことにした。
あまり天気が良くないのが残念だ。よく考えると宿泊費もかかってしまう。
1泊1500円で2泊で3000円。
キャンプ道具はほとんど郵便でさっき送ってしまったから野宿も無理か。
シュノーケリングセットも送ってしまったからな。どうしよう。

途中でエンジンが止まり、漂流なんてことにならなければいいけど。
しかしよくこの状況で運航するよ。


ついに香港と中国の広東省に渡航延期の勧告が出てしまった。
すぐに収束に向かえばいいんだけど。
午前中旅行代理店に行ったのだが、中国や香港に関する問い合わせがかなり入っていた。
店の人が受けた電話は僕がいた間、すべてその件だった。

高校野球は思わぬ大差だったな。日程上仕方ないのだがピッチャーがかわいそうだ。
何年か前、高野連は複数のピッチャーを使うようにといっていたのだが
実行されたのはそのシーズンだけで、すぐにまた連投に戻ってしまったな。

帰ってきてから出発の準備だ。車庫を片付けて必要なものを集めた。
あと一日あるからゆっくり準備しよう。

雨の一日 2003,4,2
コロナウィルスが原因と見られる肺炎が、17の国の地域に感染が広がっている。
しかしこの"国と地域"という表現は気になるな。
日本でいう"地域"とは、もちろん台湾のことだ。日本は台湾を"国"として認めていない。
だから台湾には大使館は無く、代わりに交流協会がある。実質的には大使館のようなものだ。

以前、尖閣諸島の領有権が問題になったが、NHKの報道でも上陸して旗を立てたことを
「中国の国旗」と「台湾の旗」としっかりと区別していた。

ただ単に地域と称するだけで渡航するにも特に問題は生じない。
イスラエルのように、パスポートに入国スタンプを押されると
他のイスラム圏の国から入国を拒否されるということはない。
しかし台湾は国際条約に加盟できないので、日本の国際免許が通用しない。
レンタカーやバイクは借りられるが、無免許になってしまう。
台湾へも行ってみたいのだがちょっとネックになるな。

しかしこのコロナウィルスも困ったな。
もう一度中国へ行こうと思っていたのにWHOは香港と広東省
アメリカは中国への渡航を延期するように勧告をしている。
中国の九賽溝と黄龍には絶対に行きたい。
流行が収まるのがいつになるのかわからないので、それまで待っていられない。
今しか行ける時が無いからな。
成都の方は大丈夫じゃないかと思うんだけど、中国の発表はいまひとつ信じられないな。
もう少し様子をみることにしよう。

今日は一日中雨だった。
雨だと事故も増えるんだけど、また事故の瞬間を見てしまったよ。
R1を東進中、片側4車線の交差点の信号が赤に変わり、右矢印が点灯した瞬間。
FUJI-X社の小型乗用車が停車したところへ後続のK運輸倉庫(沼津)の4tトラックが追突。
すごい音がして、追突された乗用車は交差点から弾き出され20メートルほど先に停車していた。
しかし追突した方の運転手は何を考えているんだ。
真ん中の車線にハザードを点灯して停車し、被害者の救助にも行かず車内で電話していた。
救急無線を傍受したところ、被害者の怪我は足の擦過傷程度だということだが
乗用車の後部はメチャメチャに潰れ、まるで2シーターのようになっていた。
多分明日には首が痛くなっているだろうな。
乗用車は1トン程度、トラックは定積載でも8トンだ。ぶつかったら敵わない。
信号で止まる時は後ろを見ながら止まらないとな。気をつけよう。

インドに行きたい 2003,4,1
今日から新年度。

静岡市と清水市が合併して新しい静岡市ができた。日本一面積が広い市になったね。
沼津、三島、裾野の各市と清水町、長泉町の消防指令システムが統一された。
今までも沼津市と清水町は、沼津の指令センターで運用されていたのだが
さらに2市1町が加わった形だ。
少し前から上記の各自治体の消防無線にAVMが導入されていたので、そんな予感はしてたけど。

久しぶりに由比町の浜石岳に行ってみたくなった。
そこは高校1年の時、遠足で行った記憶がある。
国道1号線を西に向けて走る。頭上の電光掲示板に
「清水市まで障害無し」の表示。お〜い、清水市なんてどこにあるんだよー。
対向車線ではレーダーでスピード違反の取締り中。350.1MHzを受信。

新富士川橋を渡り、その先を右折しようと思ったのだが、どこも右折禁止。
結局R52の興津高架まで行ってUターンしてくるしかなかった。
旧道に入り、コンビニでお弁当を買って山に向かい、狭く急な坂を登る。

なつかしいなあ。あのころはよくこんな坂を登ったな。
恐ろしく急なコンクリートの簡易舗装、ガードレールは無い。
水温計がどんどん上がる。標高も上がる。
斜面には夏みかんがたくさんなっている。

20分くらいで頂上に着いた。うわーっ、眺めがすばらしいよ。
でも今日は少し曇り気味。富士山も見えない。
車を止めて、高校野球を見ながらお弁当を食べた。

試合の終わるのを待って下山を開始。
トッポBJのミッションは1速で固定できない。
坂が急なのでエンジンブレーキだけではどんどん加速してしまう。
足ブレーキを常に踏んでいないといけない。

途中の無人販売で夏みかんを4個100円で買った。ついでにブレーキを冷やす。
なんとかフェードせずに麓まで下ってきた。
その後は旧道を通って家まで戻ってきた。

ネットで海外旅行を検索していると、タージマハールに行きたくなってきた。インドだ。
象にも乗りたーい。行きたい行きたい行きたい!