やじさんの日記帳  2003年2月
春の先取り 2003,2,28
2月は28日しかないので今日で終わり。早いなあ。
月初には石垣で最高気温24.2度、下旬には川湯で−26.3で気温差50.5度だ。

午前中は買い物と、病院でリハビリ。その後ちょっと下田まで行ってみた。
R414を下り、途中から旧天城トンネル方面に入る。旧道はダートだ。
トンネルに着くと数台の車が止まっていたが、平日なので比較的静かだ。
以前の大型連休中はバイクで来たことがあるが、すごい渋滞だった。
そのため最近は連休中は通行規制がかかって、バスでここまで来なければならない。
車から降りて、少し隋道の中に入ってみた。寒いな。
入り口には氷柱が垂れ下がっていて、落ちてきたら危険だ。

トンネルを抜け、しばらくダートを走り414に戻った。
ループ橋を抜け、河津七滝方面に左折する。
すると道の脇にある桜の花が満開だ。えっ、まだ2月なんだけど。
温暖な南伊豆の気候のせいか、と思ったが早咲きの桜のようだ。
全く咲いていない桜もあった。それにしてもこの時期に見る桜はいいな。春の先取りだ。

途中川沿いに桜並木があり、たくさんの観光客が見物していた。
関東方面から観光バスが大挙してやってくる。

海岸に出て南下して行き白浜海岸で停車。
車から降りて海岸に出てみた。砂浜には足跡も少なく風紋が綺麗に残っていた。
この時期だから誰もいない、と思ったら波乗りをしている人が5〜6人いた。
すごいな。みんなウェットスーツを着ているけど寒くないのかな。
でも波も適当にあって楽しそうだ。

下田の市街地を抜け蛇石方面に逸れた。
そういえば伊豆半島なんて地元だから地図を見ながら走ったことなんてなかったな。
この辺りは知り尽くしているという先入観があったからだ。
ツーリングマップルを見ていると、意外に知らなかったところがたくさんある。
蛇石なんて地名も知らなかったし、こんな道を通るのも初めてだ。
途中から道が狭くなり、すれ違いさえも困難な場所もある。
それに傾斜もカーブもきつく、ハンドルを止めている時間は全くない。
ラリーのSSを走っているような感じだ。
峠を越えワインディングぬけ松崎に出た。

ここも久しぶりだな。
そのまま海岸線を行くのもつまらないので仁科峠方面に向かった。
昔はよくバイクで来たな。この上の方には林道がたくさんあってよく走ったよ。
ここも狭いワインディングの急坂。でも僕はこういう道が好きだ。

峠付近は牧場だが牛は1頭もいなかった。冬の間は麓にいるのかな。
しばらく走り湯ヶ島方面に下りず、尾根を走っていくと2車線の道路になった。
あれっ、前来たときはこんなにいい道じゃなかったような気がするな。
それ以前にこんな道あったけかな。
そういば植樹祭で天皇が来た時に整備されたんだ。
植樹祭のために木を伐採して道を作るなんて矛盾してる気もするけど。
植樹祭の直前、ドコモの携帯基地局が一気に建設された。

狩野川公園で休憩し、三島の市街地に戻ってきたころは暗くなっていた。
暖かくなったらまたバイクで伊豆の林道を走ってみたくなった。

ついに財産差押えか 2003,2,27
今日は花粉の飛散量は”非常に多い”困ったもんだ。
年々症状が重くなっていくような気がするな。

中国行きまであと1週間になった。
海外旅行なんて90年に行って以来だから13年ぶりか。
その時は会社の研修旅行だったから、自発的に行くのは今回が初めてだ。
初めての自発的海外旅行が一人旅。でもツアーだから全然不安はないけどね。
世界遺産の麗江では自由時間もあるから楽しみだ。

今回デジカメを持っていこうか迷ったが、画質を640ピクセル程度に落とせば
1枚100kB以下になることがわかった。32Mのメディアで320枚は撮れるな。
さすがにノートパソコンは重たいので持っていけない。シグマリオンだけにする予定だ。
シグマリオンはハードディスクがないのでデジカメのファイルを保存できない。
するともう1枚くらいスマートメディアが必要だな。
それに美術館にアップするのにいちいちスキャナーで読んで編集するのも面倒だ。
ホテルの近くにネットカフェがあればフロッピーディスクアダプタでアップできるけど
いまどきそんなアダプター売ってるのかな。
高級ホテルならネット端子(多分LANだと思う)があるらしいけど。

昼から必要なものを買いに出かけた。まずはカメラの電池だ。
屋久島に行った時、肝心な縄文杉の前で電池切れになったからな。
リチウムイオン電池(CR2)2個で900円。

次はスマートメディアだ。
何件かカメラ屋やパソコンショップに行ったけど、どこも同じような値段。
この辺の店じゃバルク品は手に入らない。メーカー品32Mで1600円程度。
ナガシマにスケルトンのスマートメディアがあったのでそれにした。

家に帰ってくると税務署からハガキが来ていた。
差出人の名前は”国税資金支払命令官 沼津税務署長”となっている。
やばっ、また督促状か。ついに財産差押えか。
と思ったら所得税の還付金額の通知書だった。やれやれ。
この前確定申告したヤツだ。還付金27,557円也。
まあ国税を直接納めることはないし、そういう通知だったら内容証明で来るだろうけどね。
しかし申告をしなければこれが国庫金になってしまうんだよな。

旅って、旅してるその時も楽しいけど、出発する間の準備も楽しいんだよね。

いつかサハラ砂漠に行ってみたいなあ。

南部は大丈夫か? 2003,2,26
北海道から帰ってきてからどうも調子が悪い。
右目だけ二重まぶたになってしまっていて鬱陶しい。
おまけに目がしょぼしょぼするし、かゆくなる時もある。
今日はなんとなく頭が痛い。この花粉症どうにかならないものか。

7時に起床しすぐにPCの電源を入れた。
まず僕のHPの美術館を確認、昨日アップした分は消えてなかった。一安心だ。

もう事故から3ヶ月になる。右手首の痛みはまだ少し残っている。
膝の傷はようやく塞がったがでも皮膚は極めて薄く、
ちょっとしたことで破れてしまいそうだ。軽くぶつかっただけでも痛い。
今日もリハビリのために病院へ行った。右の親指はまだ曲がりが悪い。
ピースサインはできるようになったが、親指を中に入れてグーはまだできない。

ピンを抜いてからもう1ヶ月なのにな。理学療法の先生に聞いてみた。
「この親指の関節はどれくらいで元に戻るんですか?」
「だいたい固定していた期間の3倍はかかるよ。関節だともっとかかるかも。」
5週間×3=15週間=約3.5ヶ月。えっ、そんなにかかるんだ。
今は仕事をしていないので、日常生活にはそれほど困らないが、
まだ体重を支えられない。握力もまだ半分くらいだ。
関節は1度壊れてしまうと完全には元に戻らないこともあるという。

久しぶりにピアノを弾いてみたら親指と薬指で1オクターブ届かなくなってしまった。
左手と比べると2センチ以上開かない。これじゃダメだ。
動きも悪いのでミスタッチが多く長く弾いていられない。
まあただの趣味だからいいけど復活させるにはかなり時間がかかりそうだ。

その後、今日は職安で雇用保険の説明会があるので沼津の職安に向かった。
30分ほど前に到着、5階の会議室に入った。すでに10人くらい来ていた。
資料をもらって席に座って見ていた。
どんどん人が増えてきて、開始時間には100人くらいは集まったようだ。
いろいろな説明や事例を2時間休憩無しで続けて4時半過ぎようやく終わった。
ほどんどはもらった資料を読めば解ることなんだけど。
失業給付は規制が強化されて簡単にはもらえないと思ったがそうでもないんだな。

帰りにホームセンターに行きAPSフィルムを購入、中国じゃ手に入らないらしい。
ついでに100円ショップに行きダイヤル錠、合羽、カメラカバーなどを買ってきた。
最近100円ショップで何でも揃うから便利だな。品質は?だけど。

帰ってきてからネットでホテルの予約をした。
朝7時半集合だから電車じゃ間に合わない。車だと途中で何かあると困るから。
それに、前の日に宿泊すれば駐車料金は14日まで無料だ。
ワシントンホテルでも旅の窓口を通して予約すると5000円で泊まれる。
日航ホテルでも5500円だ。他にも半額くらいのところがたくさんある。
JTBの駐車場は8日で10000円だから、駐車料金よりも安くなってしまう。
それに以前、北海道厚生年金会館に直接予約した時は満室だったのに
ここを通したらすんなり予約が取れた。
どうやらこの旅の窓口は特別なコネがあるらしい。

そういえば中国で連続テロ事件があったな。
僕が行くのは南部のアモイ、麗江、桂林、昆明、石林だから
北京とはだいぶ離れてるけど。ちょっと不安だな。

やられたー 2003,2,25
昨日からどうも画像掲示板の調子が悪いと思っていたが
今日10時前までにアップした画像が全て失われてしまった。
有料の掲示板なのになんなんだよ、これって!
高性能サーバーに移行するためのメンテナンスらしいがどうしてくれるんだ。
2時間以上かけてアップロードしたのに。

まあ消えてしまったものは仕方ない。
メインの掲示板にしてなかったのがせめてもの救いか。
パソコンの電源を切り外に出た。

北海道で4000前幣總って前のオイル交換から7000前幣紊眩ってしまった。やばいな。
近くの見晴らしのいい公園まで行ってコーヒーを飲み
エンジンが温まったので、戻ってきてオイル交換をした。
交換を終えエンジンをかけるとすごく静かになった。

海外旅行に必要なものをちょっと買い物に行こう。
沼津の青山の2階のダイソーに向かった。
走り始めるとオイル交換したんで調子いいな。加速感が違う。
相変わらず日本列島改造論が展開されている。
あちこち年度末工事で渋滞、片側交互通行になっていてペースが悪い。

パスポートケース、スリッパ、ストラップなどをGET。
帰りに近所の金物屋でミニロト&ロト6を買ってきた。
そういえば1年くらい前、ミニロトで2等の129,600円当たってからは
二ヶ月に1度くらい1,000円が当たるくらいだ。
あれで一生分の運を使い果たしてしまったかな。

夕方家に戻り画像のアップロードのやり直し。7時過ぎようやく終わった。

11時過ぎ、メモ帳で日記を書き終わったらいきなりPCがフリーズ。
再起動もできないのでやむなく電源断。編集中のデータが全て失われた。
もう、かんべんしてくれよって感じだよ。

この日記は上書きしながら書いてるよ。もう12時過ぎた。
また落ちないうちにアップしよう。

冷たい雨 2003,2,24
昨日までの旅のまとめです。

入った温泉:上下浜温泉・湯沢温泉・左沢温泉・鵡川温泉・トムラウシ温泉・美深温泉
      浜頓別温泉・滝の湯温泉・摩周温泉・樹海温泉・山根温泉・踊鹿温泉・蔵の湯
入浴料金:4,835円
ガソリン:410.46リットル、41,548円。
走行距離:4,216キロメートル
フェリー・通行料金:28,030円
食料費:9,980円
入場料等:15,060円(ライブ\7,800を含む)
自販機:2,780円(清涼飲料水)
その他:2,497円


しばらく旅日記はお休みです。今日から普通の日記に戻りました。
今日は一日冷たい雨でした。

昨日は疲れたので朝目が覚めたのが7時半。
久しぶりに布団で寝たのでぐっすり寝られたよ。

新聞も10日ぶりにゆっくりと読んでみた。
パソコンの電源を入れHPの更新の準備、デジカメで撮った画像の編集だ。
これが意外に時間がかかる。1枚づつ画像の大きさを指定し画質を72dpiに変える。
何回かメモリーエラーが発生し再起動させる。

このPCは自作だからな。CPUは1G、メモリーは512Mある。
組んだ当時はかなりパフォーマンスは高かった。
しかしマザーボードとの相性の問題もあって時々エラーが起きる。

途中で作業を中断し車に乗り病院へと向かった。
10日以上旅に出ていて通院の間隔が空いてしまった。
もっと計画的にリハビリをしないと・・・と先生に怒られてしまった。

病院を出てホームセンターに行き、オイルの処理用の箱と
海外旅行用の電源プラグアダプターを買ってきた。
シグマリオンのACアダプターは240Vまで使えるので変圧器は不要だ。

午後からは免許の更新。試験場に行き受付を済ませる。
やっぱりここは役所だな。窓口を何箇所も回される。
手数料を払う窓口では交通安全協会費などという会費を払ってほしいという。
今では任意加入のような言い方に変わったが、
10年ぐらい前まではほぼ強制的に加入させられた。
僕は最初の更新のときに加入を拒否したらすごく怪訝な目で見られてしまった。
実際当日更新をした100人くらいの中で加入しなかったのは僕だけだった。

今回も免許はブルーの3年だ。
以前営業で外回りをしていたので、何回も違反で検挙されてしまっていた。
免停にも2回なって会社を休んで講習を受けに行ったこともある。
2時間の退屈な講習、居眠りをして注意される人もいた。
最近では写真を試験場で撮るが、たくさんの人を次々に処理していくので
準備をする前に撮られてしまった。免許証を受け取ってがっかりした。
この顔写真で3年間付き合うのか。

5時過ぎ帰宅。あとはひたすら画像処理。
今度は最初から100k程度の低画質で撮ろう。

戻ってきた80’S 2003,2,23
10日ぶりに静岡に戻ってきました。暖かいです。

朝6時前に目が覚めた。周りがやけに騒がしい。なんだなんだ。
起きあがって見るとすごい数の車だ。観光バスも4台いる。
いったいなんなんだろう、こんな朝早くから。
次々と車が入ってきては出ていく。
よく見るとみんなスキーやスノボーを持っている。
どうやらこの先にスキー場があって、みんなここで休憩していくようだ。
そういえば今日は日曜日か。

とても落ちついていられないのですぐに準備をして7時前に出発した。
県境を越え栃木県に入りR400に乗った。
温泉街を抜け東北自動車道をくぐりR4に出た。
久しぶりだなあ。ここを通るのは学生のころ仙台の友達の所へ遊びに行って以来だよ。

流れがいい所もあるが、市街地では渋滞している。
それに信号も多い。そういえば渋滞もしばらく味わってなかったな。
郊外に出ると快適だ。80キロくらいで流れている。

石神からはR408に乗る。2車線だが交通量は少ない。快調に飛ばす。

しかし茨城県に入ると交通量が増えてきた。
取手からR6に入ると渋滞が始まった。
でも今日は日曜日なのでトラックがいないので動きはいい。

東京都に入り、四ツ木橋のあたりから渋滞が激しくなってきた。
言問橋の手前で車線を間違えて右折できなくなってしまった。
仕方なく直進しすぐに右折し脇道に入った。
すると川沿いに公園があってブルーシートがたくさん張ってある。
なんか見慣れた光景だが・・・。
ちょっと車を止めて道を検索。ついでにトイレ休憩。

再びR6に乗り、浅草橋からは靖国通りに入った。
都心部に来るとトラックはいないが乗用車とタクシーが多い。
それにやたらとスピードが早い。疲れてしまう。
おまけに複雑な交差点も多く、間違えると思った方向に曲がれなくなる。
Uターンもほとんどの場所で禁止されている。
首都高ならまず間違えることは無いが、一般道でここまで入ってきたのは初めてだ。
カーナビがなければまともに走れないよ。
しかし東京は人が多いな。

靖国神社の前を通ったが見るのは初めてだ。
こんな都心にこんな大きな神社があるなんて。固定資産税はかからないんだよな。

新熟3丁目を左折、神宮前を右折して1時ころ代々木公園に到着。
有料駐車場に入れるにはまだ早いのでここで時間調整だ。開演は4時から。
しかし左側のパーキングチケットのスペースは車でいっぱいで止められない。
対向車線は何台か空いているようなので、その先の交差点で強引にUターン。
幸いサイレンの音は聞こえなかった。
室内競技場の前に空きスペースがあったのですかさず駐車。やれやれ。

今日のライブは渡辺美里のほか佐野元治、大江千里、大沢誉志幸、岡村靖幸、鈴木雅之
TM NETWORK THE MODSなどエピックソニー所属のアーチストが出演する。
いろんなアーチストのファンが集まるな。どんなライブになるんだろう。

3時半ころ、そろそろ開場したかなと思い駐車場に車を入れようと思い発進。
しかしよく考えるとルーフとランクを装着しているので高さが2.2メートルくらいある。
地下駐車場は高さ制限は2.1メートル。トランクを外さないと入れない。
それ以前に、どこの駐車場も満車で入場待ちの長い列ができている。まずいな。
渋谷区役所の裏にある地上の駐車場も満車になっている。
車を出さなければよかったな。仕方ないのでNHKなどの周辺をぐるぐる回っていた。

3周目くらいに山手線沿いの道のパーキングメーターが1台空いていた。
すぐにそこに駐車。ラッキーだ。
日曜休日はメーターが作動していないので料金がかからない。
本来は駐車自体が禁止なのかもしれないが、
数百台もの駐車車両を一気に取り締まるのは不可能だ。
それにここなら交通の障害にもならない。

4時ころ友人と合流、国立代々木競技場第一に入場した。
中に入るとすでに90%以上の席が埋まっていた。すごい人だな。
まあこれだけのアーチストが集まるライブなんて、もうないんじゃないかな。
バンドのメンバーもすごい人達だ。
今日の公演は昨日の分のチケットが一瞬にしてソールドアウトとなってしまったため
急遽決まった追加公演だ。こんなに人気があったんだな。

4時15分開演、最初に出てきたのは鈴木雅之。僕はシャネルズの時代から知っている。
その後も続々と懐かしい人たちがステージに現れた。
このLIVE EPIC 25 のためだけに復活したバンドもあった。
バービーボーイズの一人の「明日からは、ただの中年に戻ります」という言葉が衝撃的だった。
僕の知らないアーチストもいたがほとんどは80年代に活躍した人たちだ。
あのころはまだ学生でライブなんて行けなかったな。

TM NETWORK が終わり後は渡辺美里と佐野元治を残すのみだ。
聞き覚えのあるインストルメンタルとともにステージが明るくなった。
ついに渡辺美里登場、ピアノを弾いているのは小室哲哉だ。
最初は”きみに会えて”ゆっくりとした曲。
次は一気に”マイレボリューション”で会場が一体となった。
恋したっていいじゃない、そしてラストの10yearsでは涙が出るほどだったよ。

ラストは佐野元治だ。佐野元治のライブなんて久しぶりだな。
僕は中学生のころから好きだった。でもやっぱり年をとったかな。
約束の橋の後はNO DAMAGEから懐かしい曲が次々と。僕は全部知っているよ。
そして最後はあれしかないだろう。
今日出演したアーチストが全員ステージに上がって・・・"SOMEDAY"だ。
もう声も出なくなるくらい熱いものがこみあげてくる。本当に涙ものだよ。
今日は最高の4時間だったよ。こんな感動、めったに味わえないよ。

余韻に浸って車に戻った。渋谷駅前はたくさんの人が行き交っている。
R246に入り道が空いていたので東京インターまで下を走り東名に。
沼津インターで降りると取付道路が完全に2車線になっていた。知らなかった。
その後友人を送ってから家に戻った。
22時55分無事帰還。

本日の走行距離350キロ。トータル4216キロでした。

もうすぐ関東 2003,2,22
今日は福島県、道の駅たじまに来ています。栃木県との県境付近です。

朝6時に目が覚めた。さっそくコーヒーを買いに行きパンを食べた。
雪が降ったり止んだり。太陽は見えないな。

7時前出発。横手からはR13を南下する。
都市部と田園風景を繰り返しながらノンストップで走る。
周りは雪で真っ白なのでみんな同じ風景に見えてしまう。

尾花沢からはR347に乗り、10時過ぎ寒河江の友人宅に到着。
パソコンを借りたりパチスロで遊んだりしていた。
近くで食事をして2時ころ再び出発。

この辺りまでくると路面にはほとんど雪はない。何となく物足りない。
それに道東の冷えこみに比べるとここは寒いなんて言えない。
そういえば北海道では何時間アイドリングしてもファンが1回も回らなかったな。

寒河江からはR287を最上川沿いに南下する。比較的車の流れはいい。
しかし時々遅い軽トラックに追いついてしまう。このテの車は一切後ろを見ない。
自分が流れを止めているという意識がないから困るんだよな。

軽トラが脇道に入ると後は順調に走行し米沢からはR121に入る。
福島県に入り、喜多方までくると熱塩温泉があったがお湯がすごく熱いらしい。
熱いお湯は苦手なのでパスする。
その少し先の道の駅に温泉が併設されていた。すごく大きな建物だ。
ここに寄っていこう。名前は蔵の湯。喜多方は蔵の多い街だという。

料金は500円と表示されていたので、記念にタオルを買って1000円支払うと、
お釣が500円戻ってきた。「これは200円ですよね」と聞くと「そうです」という。
タオルと入浴料で500円です、といわれた。そうなのか、と思ったが
料金表をよく見ると5時以降は入浴料が300円に減額になっていた。
わあー、よかった。今5時10分くたいだった。

道の駅ってどういう経営体系なのだろう。やっぱり三セクなのかな。
国土交通省からも補助金が出るのかな。
これだけの建物を作って500円くらいの料金で採算がとれるのだろうか。

中はとても広く、浴槽はちょっとしたプールのようだった。露天風呂もあった。
ドライヤーはあったが石鹸やシャンプーの備え付けはなかった。
まあ僕はいつも持ってきてるからいいけど。

以前四国でキャンプしたときに、隣のキャンパーから聞いたのだが、
ミニボトルのシャンプーやボディーソープは無くなったら温泉で充填するのだという。
なるほどそれはいいアイデアだがちょっと恥ずかしいな。誰もいなければいいけど。

ゆっくりと露天風呂でも温まったので満足して上がった。ふうーっ。

そのままR121を南下、会津若松からはR118との重複区間だ。
下郷からはR289との重複、田島からはR400との重複、何なんだこの辺は。
さらに上の原からはR121、352、400の三重重複区間だ。すごいな。
この先休めるところがあまり無さそうだ。
道の駅たじまを発見。今日はここまでにしよう。

本日の走行距離343キロ。トータル4219キロ。


モノトーンの世界 2003,2,21
今日は秋田県、道の駅さんないに来ています。極寒の地から脱出です。

朝7時目が覚めた。長い周期の揺れが続いている。
起きあがりカーテンを開け外を見てみた。
あれっ、何も見えない。おかしいな。真っ白だ。
よく見ると大雪だ。海面も見えないほどの大粒の雪だった。
やっぱり北海道とは違うな。外に出ると冷えこみも違った。

船内放送があり、先船の出港が遅れたため入港が9時50分になるという。
9時40分ころか、車両甲板開放の放送があったので
荷物をまとめて階段を下り車両甲板に入った。
あの体を切るような冷えこみはもう感じられなかった。少し寂しさを感じた。

八戸に降り立ち久慈街道を南下していく。
雪は大粒でフロントガラスで水に変わる。北海道じゃ雪はガラスに付かなかったな。

積もった雪が柔らかく走りにくい。ウォッシュボード状になっている。
中途半端に除雪するくらいなら圧雪のままにしておいた方がいいのにな。
だんだん道が狭くなり路面が見えなくなってきた。すれ違いもできない。
大野村からR395に乗り久慈市街に入った。
すると懐かしいコンビニ発見。内地にもホッパーがあったんだ。

久慈からは県道久慈岩泉線に入った。延々と山岳路を走る。
と、山根温泉の看板を発見。早速向かってみた。

深い雪道を抜けると階段の上にまだ新しい建物が見えてきた。
車を止め階段を登り、窓口で入浴料400円を払って中に入った。
脱衣場で服を脱いで浴室に入ろうとするとおじさんが
「誰もいないよ、貸し切りだよ」と笑いながら出てきた。本当だ誰もいない。
お湯に浸かるとかなり熱い。温度計を見ると42.3度くらいある。
僕はぬるい方がいいんだけどな。
出たり入ったりを繰り返す。すっかり温まった。

さらに南下。途中日本一の長さの鍾乳洞、安家洞の前を通過するが
冬の間は閉鎖されているようだった。
そうだ、久しぶりに龍泉洞に行ってみよう。
前に来たときはものすごい混雑で、立ち止まることもできなかった。
それに新洞の方も見れなかったかなら。

龍泉洞の付近に来たが駐車場が見当たらず通過してしまった。
戻ってみるとすぐ近くにあったが雪が深い。20センチはある。
強引に突っ込み車を止めた。
窓口に行き入場券を買おうとしたが誰もいない。呼んでも出てこない。
よく見ると横に自動販売機があったのでそっちで入場券買った。
すると除雪をしていたおばさんが近寄ってきて、半券を切り取った。
どうやらスタッフ全員で雪かきをしていたらしい。

洞に入ると暖かい。10度近くはあるんじゃないか。
細い岩の割れ目を進んで地底湖まで来た。
前は人波に押されてゆっくりと見てもいられなかった。
立ち止まることもできなかった。
でも今日は僕一人。ゆっくりと見学できる。水深は98辰發△襪里。

いちばん奥までくると上に登る階段があったが、なぜか登った記憶がない。
混んでいたんでそのまま戻ってしまったのかもしれない。
急な階段を登って峠を越えた。すこし進むと下が見える。
うわーっ、高い。怖い。さらに進むと超急な階段、足がすくむ。
ゆっくりと手すりをしっかり握りながら下りる。でも手すりは冷たい。
うーん、さすが日本の三大鍾乳洞だ。鍾乳石は少ないが見応えがあった。

外に出てトンネルをくぐって龍泉新洞に来た。
自動ドアを入ると左側にマネキンがありドキっとする。ああびっくりした。
ここは鍾乳洞兼博物館みたいだ。説明がたくさんあり楽しい。
その先にまたしても原始人の親子のマネキンがありドキっとさせられる。
ほかに誰もいないから余計気になるんだろうな。
なかなか楽しかった。

洞を後にしR340を南下する。
国道といってもすれ違いもできない場所もあるようなSS酷道だ。
雪深いモノトーンの世界を延々とひた走りやっと遠野まで来た。
ここにも温泉があるな。ちょっと休んでいこう。

すこし迷ったがなんとか温泉を発見。
ここはラドンの放射能泉か。本当に放射能があるのかな。
鉄分も含んでいる茶色い温泉だった。

遠野からはR283、107と走り北上までくると久しぶりの都会だ。
なんとドライブスルーのほっかほっか亭があった。
もちろん僕もレーンに入って注文をした。これは便利だ。
僕のほかにも前に2台車が待っていた。

その後はR107平和街道を西進、山形まで行こうかと思ったが、
途中の道の駅さんないに吸いこまれた。今日はずっと雪道だった。
今日はここまでにしよう。

本日の走行距離336繊▲函璽織3873繊

さようなら、-29.8度 2003,2,20
今、苫小牧港に来ています。これから北海道を離れます。

やはり夜中に寒くて目が覚めてヒーターを強くし、内気循環に切り替えた。
朝6時に目が覚めた。温度計を見ると-20度を示している。寒いわけだ。
近くの川からは川霧が立ちのぼっていて幻想的な風景だ。

ラジオを聞いていると同じ町内の川湯で最低気温-29.8度を記録したという。
歯を磨き顔を洗ってからすぐに向かってみた。
ミラーに温度計を付けたままにはできないのでルーフの無線のアンテナに移設した。
15分程で川湯に到着、でももう明るくなったからな。気温は上がっただろう。
外に出て温度計を見ると-なんと26度になっている。初体験の寒さだ。
しばらく外にいると耳が痛くなるよ。

一度弟子屈に戻り摩周湖へ行ってみることにした。
道路に設置された温度計は‐21度を表示していた。
第一展望台に到着し車から降りた。あれっ、なんか暖かいな。
温度計は-10度だ。上の方が暖かいのか。変だな。

階段を登り展望台に行った。霧は全くかかっていない。
展望台から見下ろすと真っ白な山に囲まれた摩周湖が見えた。
湖面は所々白く見えたがかなり薄い氷だ。摩周湖は完全に結氷しないのか。
そういえばこの湖に流れこむ川は無いんだったな。全部湧き水だ。
だから凍らないのか。

下っている途中にあった温度計は-16度だった。やはり下の方が寒いんだ。

再び弟子屈に戻りR241を西進し阿寒湖に到着。ここも寒そうだ。
湖畔のホテルには観光バスがいっぱい止まっている。
乗用車も多い。この時期にも観光客は来るんだな。

駐車場を探すと、なんと湖の上だ。
氷が厚いので車が乗っても大丈夫なんだ。
車から降りると、うーっ、寒い。アンテナの温度計は-20度。
雪像に埋めこまれたデジタル温度計も-20度だった。
前に来たときは−6度くらいだったかな。
今日はとてもじゃないがスノーモービルに乗る気になれなかった。

阿寒湖を後にしR240を南下、鶴居村に行ってみよう。
途中から左折するがR274はまだ完全に開通していなかった。
10舛曚描ってから南下、鶴居パーキングに到着。鶴は見れるかな。

カメラと双眼鏡を持って車を降りて柵のほうに歩いていく。
なぜか郵便局が出張で記念切手を売っていた。
柵があって鶴の近くまでは行けないようだ。でも近付けば逃げてしまうよな。
おっ、いたいた。10羽くらいの丹頂鶴がいた。ダンスを踊っているのもいる。
しばらくすると観光バスが来て10数人降りてきた。ここは観光スポットなのか。
ふと見ると4羽の鶴が飛んできた。どこから来るのだろう。
しばらく双眼鏡で観察していたが寒くなってきたので車に戻った。気温は-5度。

少し南下した所で左折すると、たくさんの人がカメラを構えている。
観光バスもいる。いったい何を撮っているのだろう。
壕のような物が掘ってあり、その中に入っている人も何人かいる。
僕も車を止めて見ていると、みんな一斉にカメラを構えた。
なんだなんだ。レンズの先を見ると鶴が3羽並んで飛んできた。
みんなこれを撮ろうとしていたのか。
鶴の行き先はさっきの所だろうがどこから来るのだろう。

5分ほど見ていたがそれ以上鶴が飛んでこないので先に進むことにした。

さらに道道を南下、釧路市湿原展望台に寄った。ここは有料だ。
中に入ると暖房が効いていて快適だ。ガラス張りの部屋から観察できる。
屋上に上がると360度の展望が広がるが寒い。長くはいられない。
2階には湿原の写真が飾ってったがすごいきれいだ。こんな写真を撮りたいな。
この粒子の細かさから察すると35瀬メラじゃないんじゃないかな。
ハードが違うかな。

その後釧路の市街地を抜けて岩保木水門に行ってみた。
最初来たときはもう12年くらい前だけど新しい水門はまだなかったな。
少し戻り細岡展望台に行こうとしたら除雪してなくて行けなかった。
国道まで戻り、達古武沼方面から行くしかないか。
釧路川の脇を走り、急坂を登りきると展望台だ。
車を寄せて止め、展望台に出た。
うぉーっ、すごいな。夏とは違った荒涼としたモノトーンの風景だ。

この後はどうしようか。そろそろ帰らないとな。

釧路の街を通るのはいやなので標茶からR274に入り再び鶴居に。
そこから北上して阿寒に出て足寄、本別、池田、十勝清水と一気に走った。
R274、日勝国道を登っているとすっかり暗くなってしまった。
雪も少し降ってきた。先を急ぐ。峠を越えると穂別国道に名前が変わるんだな。

日高のコンビニで弁当を買ってその先のパーキングで食べた。
石勝樹海ロードに名前が変わり西進。樹海温泉があった。
ちょうどいい。休憩がてらに入っていこう。

温泉は少し黄色っぽくてしょっぱいお湯だった。
シャンプー、ボディーソープ、ドライヤーあり。500円。
温まったのでさあ上がろう、と思ったら露天風呂発見。
あのドアはサウナかと思っていて今まで気が付かなかった。
せっかくだから露天風呂にも入っていこう。
ドアを開け外に出た。うわっ、寒い。でも気持ちいい。
氷点下、粉雪が降る中しばらく半身浴をしていた。
最後に肩まで浸かってから上がった。ああ、よく温まったよ。

後は一路苫小牧へ、雪の降る中圧雪路をひたすら走る。
9時ころ苫小牧フェリーターミナルに到着。
窓口に行き確認すると二等寝台は空いているという。
毎年お盆の時期にはあれだけ苦労して予約しているのに何て楽なんだ。
前に青森でキャンセル待ちで15時間待ったこともあったのにな。
乗用車は10台くらいしかいないようだ。

もう、しばらく冬の北海道に自分の車で来る機会はないだろうな。
でも楽しかったなー。夏とは違うもう一つの北海道を見ることができたよ。

23時25分乗船、船内アナウンスで本日は荒天のため、
出港後浴室は閉鎖すると言っている。揺れるのかな。
明日の朝は八戸だ。

本日の走行距離665キロ、トータル3537キロ。

-19.8度 2003,2,19
今日は道の駅摩周に来ています。一日中氷点下の真冬日でした。

今日も6時に目が覚めた。最低気温は-19.8度。
何となくディーゼルの排気ガスのにおいがすると思ったら横にトラックが止まっていた。
ここは乗用車のスペースなのにな。大型はもっと後ろなんだけど。

7時出発。昨日来た道を戻る。
留辺蕊からR242を北上していたが、いつのまにか丸瀬布に来ていた。
ありゃー、どこで間違えたんだろう。
遠軽まで戻り、芭露峠を超えてサロマ湖に出た。
わーっ、真っ白だ。湖全体が結氷し雪が積もったようだ。きれいだなあ。
左手にサロマ湖を見ながら進み、常呂まで来ると海が見えた。
海といっても海面は見えない。流氷で覆われている。
こんな海、初めて見たよ。
これを見たら砕氷観光船に乗るしかない。網走に向かう。

網走市街を通過し海が見えてきた。網走港に入り乗り場に向かう。
道路は完全に凍結している。左折しようとしたが一時停止で止まれず
横滑りしながら左に曲がった。このままではふくらんで突っ込んでしまう。
アクセルをふかし逆ハンドルを切り四輪ドリフトで乗りきった。ほっ。

乗り場に着くと大量の観光バスが止まっていた。15台はいるな。
ターミナルでチケットを買ったが人がいっぱいだ。こんなに乗れるのかな。
おやっ、僕の前に並んでいた人は昨日のガリンコにも乗ってたな。

出港10分ぐらい前に乗りみ、後部の甲板に陣取った。
船内の座席は満席、外も人がいっぱいだ。ほとんどはツアーの人達だ。
船が動き出すと昨日にも増して寒い。気温は-10度くらいかな。
耳が切れそうに痛くなったのでフードを被った。

沖合に出ると本格的な流氷だ。かなり厚いな。昨日よりかなり迫力がある。
雪が積もっているせいもあるが厚さは1メートル近い。
厚いところに来ると船足が落ち、止まりそうになる。
沿岸の流氷じゃ閉じ込められる心配は無いけどね。最悪バックすればいいから。

船内の売店では”かっぱえびせん”が売られていてる。カモメのエサだ。
観光客がこれをカモメに与えるので船の周りはカモメがいっぱい寄ってくる。
隣の人が手に持ってエサを与えているので時々僕の頭にカモメの羽がぶつかる。
写真を撮るのにも邪魔になる。楽しいのかもしれないけどちょっと考えものだな。

1時間弱で港に戻ってきた。寒い。車に戻りヒーターを全開にする。
港を後にしウトロに向かう。途中オシンコシンの滝に寄った。
滝はほとんど凍っていたが水も流れていた。寒いのですぐ車に戻った。
ウトロに到着し、夕陽台の湯に行ってみたが休みだった。冬季は休業のようだ。

知床峠は越えられないので斜里まで戻りR244で野付に向かった。
海岸が近くなると国後島が見えてきた。こんなに近かったのか。
流氷がいっぱいになれば歩いて行けそうだ。

野付半島の途中まで行って降り返してきた。
10年以上前トドワラまで行ったことがあったが、最近の写真をみるとかなり風化したな。
小学校の教科書の写真では、すごくたくさん立ち枯れの木があったのにな。
あと何十年かすればほとんど無くなってしまうだろうな。

今日もフェンダーの中が氷だらけになってきた。僅かな段差でも異音がする。
怖くてスピードが出せない。

ガソリンスタンドの洗車コーナーで高圧洗車機を使うがここは水しか出なかった。
水をかけた瞬間に凍りついていく。ダメだこりゃ。
他の洗車場を探す。単独の洗車場は温水だけでも300円くらいするが
スタンドの併設の洗車コーナーでは100円だ。

すぐ先のスタンドにに洗車機発見。車を乗り入れた。
こっちは温水も出る。フェンダーの中を集中攻撃する。
高圧の温水をかけ、足で氷を蹴って落とす。
しかしなかなか氷が溶けない。結局ここで300円も使ってしまった。
でもこれですっきりした。安心してスピードが出せる。

直線でアクセルを踏みこむが何かおかしい。ふけが悪い。なぜだ。
この寒さのせいかな。インタークーラーが冷えすぎるのかな。
寒冷地仕様なのにな。まあ急加速しなければ別に問題ないのでそのまま走る。

途中中標津の市街地でダイソーを発見。
タオルと絆創膏、温度計を買った。気温が何度まで下がるか測ってみよう。

標茶から摩周に向かうR243を走行中、前方に日が沈んだ。
地平線付近のオレンジ色、上空に向かって青さを増す空。そして地面の白。
美しい。まるで夢の中の世界のように幻想的な景色だ。

空が明るさを失ったころ弟子屈市街に到着。摩周温泉を探す。
市街地を何回も周回するが発見できない。どこだろう。
おかしいなあ。ツーリングマップルでは確かにこの辺りなのになあ。
あきらめて反対方向に向かってみた。
数百蛋ってUターンしようと思ったら”泉の湯”の看板発見。やっと見つけた。
ツーリングマップルはあてにならないなあ。これで2回目だ。

この温泉は町営、中に入ると銭湯みたいだった。料金は150円。
浴槽は横長の10人くらいは入れる大きさ。
しかし妙に洗い場が多い。数えると全部で26もある。
お湯はちょっと熱めだがよく温まった。
上がってから自販機で野菜ジュースを買って一気に飲んだ。

その後コンビニで弁当を買って道の駅摩周に到着。
運転席側のミラーに温度計を取付、しばらくして見ると-14度だ。
明日の予想最低気温は-19度。ここはいったい何度まで下がるのだろう。

流氷だ 2003,2,18
今日は留辺蕊町の道の駅おんねゆ温泉に来ています。
北海道の道の駅は冬の間営業を休止しているところが多いです。
トイレだけ開いているところがほとんどです。

今朝は冷えたなあ、氷点下20度くらいまで下がったんじゃないかな。
夜中寒くて目が覚めたよ。もちろん暖房はつけたままだったんだけどね。
温度は最高、ファンはレベル1。静岡なら暑くて寝ていられないな。
それでも寒かったんだ。確かに吹き出し口からは熱い風が出てくる。
でも窓や車体から熱が逃げてしまうんだよ。
ファンをレベル2にした。それでも寒い。内気循環にしてやっと寝られた。

朝6時、除雪車の音で目が覚めた。
周囲を除雪しているのでうるさくて寝ていられない。
仕方なく起きてコーヒーを自販機で買いパンを食べ、7時前出発した。

R238を南下、しばらく走ると海が白くなってきた。流氷か?。
1時間半ほどで紋別港に到着。紋別といえば観光砕氷船ガリンコ号だ。
ずっと前からこれに乗りたかったんだ。
次の便は9時30分発、あと30分ちょっとあってちょうどいい時間だ。

外は寒いだろうからな。ダウンジャケットをルーフトランクから出し着用、
窓口に行ってチケットを買った。JAFの割引で2700円。団体の料金になった。
ジャケット着てもまだ寒いな。車に戻ってマフラーを巻いた。これでいいだろう。

9時ころ第1便が戻ってきたので船を観察する。
フロントに2つのドリルのようなスクリューを装備した、
サンダーバードに出てくる乗り物みたいだ。
このスクリューの効果は疑問だが。

普通砕氷船は氷の上に船を乗り上げ自重で氷を割って進む。
いくら馬力があっても氷が厚くなれば、かき分けて進むのは不可能だ。

出港10分前に乗船した。今日はツアーの観光客がたくさん来ていた。
船内放送の案内では全部で4グループくらいみたいだ。
フリーで来ているのは10人前後しかいない。まあ平日だからな。

港の周辺は2〜3センチくらいの薄い氷だ。透き通っている。
数キロ沖に出ると本格的な流氷帯に入った。
この流氷も元はロシアのアムール川から来ているんだよな。
随分遠くからはるばる流れて来るんだな。

船首のスクリューが見える場所に移動した。
ゴーっという音と共に船が小刻みに揺れる、なかなかの迫力だ。
流氷はみんな蓮状の形をしていて厚さは20センチくらいか。
所々氷山のように高くなっている所があり、天然記念物の大鷲が羽を休めていた。
甲板に上がると音もリアルに聞こえる。しかし風が冷たい。

帰り、オホーツクタワーに寄ったがここでほとんどの人が降りてしまった。

港に戻ると次の乗客が待っていた。50人くらいはいただろう。

車に戻り次はどこに行こうかツーリングマップルを見ながら検討した。
そうだ、一旦興部まで戻ってこの前のアイスキャンドルを見に行こう。
興部からR239に入り天北峠を超え下川町に着いた。
グラウンドにはあの城がまだあったがキャンドルはもう取り外されていた。
近くにはユンボが用意されていて、撮り壊す直前だった。
氷の彫刻はもうなくなっていた。

下川町で給油ついでに洗車する。
洗車といっても高圧洗車機でフェンダーの中に溜まった氷を落とすのだ。
フェンダーの中が凍りつき、ハンドルを切ると氷に干渉して異音がする。
後輪はクリアランスが無くなり段差で異音がする。バーストの危険もある。
さらにブレーキホースやサスペンションも凍りつく。
サイドスカートの下はつららがいっぱいでほとんど地面に届いている。
地元では考えられない。一日一度は落とさなければ危険だ。

そこからはひたすら山の中の道を走った。
下川町から道道を南下、岩尾内湖から滝上町に出た。
そこからはR237を南下、R333を西進し遠軽からはR333・242を南下。
真冬の北海道の道は楽しいな。あちこち走りまわってしまった。
途中で4月に米原に行ったときに出会った埼玉のK君から電話があった。
彼も以前真冬の北海道に車で来たことがあったそうだ。
こんなことするの僕だけじゃなかったんだ。

そろそろ薄暗くなってきたので泊る場所を決めよう。
斜里まで行こうと思ったがルクシ峠は16時半以降は通行止めになっていた。
そのままR242を南下留辺蕊町に出た。

近くに温泉があるので行ってみよう。
最初、温根湯温泉に行ったがホテルばかりで温泉が見つからない。
7キロほど先にも滝の湯温泉があったので向かってみた。
こっちは町営の温泉がありすぐにわかった。料金は310円。
宿泊施設もあるが、小さい温泉だった。でもこの方が雰囲気があるな。
ゆっくりと温泉につかって体を温めた。疲れも取れたかな。

少し戻ると道の駅おんねゆ温泉があった。ここは隣がコンビニで便利だな。ここにしよう。
天気予報を見ていると、この付近の今の気温は-12度になっていた。
そういえば外で息をすると鼻の中が凍るような感触があるな。
明日の予想最低気温は-21度だ。冷えそうだ。

本日の走行距離421キロ、トータル2432キロ。

ホワイトアウト 2003,2,17
今日は枝幸町の道の駅マリーンアイランド岡島に来ています。

今日も早起き、6時過ぎに目が覚めた。車の中で寝ると、目覚め=起床なのだ。
周りを見ると真っ白だ。数センチ新しく雪が積もったようだ。
パンを食べコーヒーを飲み7時前出発。路面は真っ白だ。

走りだすと雪煙を上げ後ろが見えない。
対向車の大型車とすれ違うと、数秒間全く視界が無くなるホワイトアウトになる。
そのうち前後に車が付いてしまった。困ったな。
おまけに地吹雪になりさらに視界が悪くなった。
車間を詰めすぎると前車がブレーキをかけたとき間に合わない。
離れすぎると進路がわからなくなってしまう。
悪いことに前車は白色でテールランプも雪がこびりついて見えない。

ホワイトアウトになったときはイチかバチかだ。視界は限りなくゼロになる。
ブレーキは絶対にかけられない。確実に追突されるだろう。
前車がブレーキをかけていたら避けられない。見えたときはもう2辰澄
それがカーブで起きたら生きた気がしない。
全く気を休められない緊張の連続だ。それでも時速70〜80キロ。
地元の人は吹雪でも速度を落とさない。
あれだけ視界が悪ければ40台もの関連の事故も起きるわな。
北海道の人はよく毎日こんな悪条件で走れるな。信じられない。

ようやくR232の分岐まで来ると視界が開けたので左折し車の列から脱出した。
やっと一息つける。天塩に出てオロロン海道を北上する。
だんだん空が青くなり、地吹雪も止んだ。
しかしこの道はダンプが多く、すれ違うと視界が無くなる。怖い。

しばらく走ると利尻島が見えてきた。礼文も見えるじゃないか。
うわーっ、きれいだなー。冬の利尻は初めて見たよ。
右手の段丘も真っ白で美しい。サロベツ原野も雪化粧。
真冬の北海道がこんなにきれいだったなんて初めて知ったよ。

稚内に入り、ノシャップ岬に行くが観光客は僕だけ。

宗谷岬に向かった。海岸沿いの道を快調に飛ばす。
フロントガラスが汚れて前がよく見えないのでウォッシャーを使った。
わーっ、ウォッシャーを出した瞬間に凍りついた。何てこった。

宗谷岬に着くとまず北を見る。サハリンだ。
雪化粧した山々の稜線がはっきり見える。こんなに近かったのか。
今まで夏しか来たことなかったからな。
夏は海面の温度が高いのでよく見えないんだよな。

一度稚内市街に戻りネットカフェで掲示板のレス。
画像をアップしたかったがここのカフェはPC本体は隠してある。
ドライブやポートは一切使えない。おまけにOSはNTだ。
ダウンロードしたソフトもインストールできずお手上げだ。

再び宗谷岬に向かった。
岬では札幌テレビの中継車やバスなどがたくさん来ていて撮影の準備をしていた。
向こうの方にパラボラアンテナを装備した車がいるところをみると生中継か。
警備会社も来ていたがまだしばらく時間がかかりそうだ。
”ぶらり旅ゴール行き”と表示された路線バスも用意されていたが何だったんだろう。

宗谷岬からはR238を南下する。空は真っ青になっている。
西に傾いた太陽とあいまって、丘陵の稜線がはっきりと見える。

猿払村までくると空はオレンジ色になりつつあった。
日没までにクッチャロ湖に着けるか。スピードを上げた。
浜頓別の市街を抜け湖畔に到着。間に合った。
クッチャロ湖はほとんど全面結氷していたが一部だけ湖面が見える所があった。
そこにはたくさんの白鳥と水鳥がいた。
向こうの山に日が沈むと空は藍色に変わっていった。
写真を撮っていた人達もみんないなくなった。黄昏だ。

すっかり体が冷えてしまった。
すぐ近くに温泉があるので迷わず入っていくことにした。
浴室からはクッチャロ湖が見渡せる。
空は青さを増して、地平線からのグラデーションが美しい。
こんな景色を見ながら温泉に入れるなんて、幸せだなあ。
ここのお湯は少しぬるぬるしていて美人の湯という。
温泉から上がると肌がすべすべになった。

さらにR238を南下。途中の表示板の気温は-13度を示していた。
この時間で-13度か。明日の朝はいったい何度まで下がるんだろう。
順調に飛ばし道の駅に到着。駐車場には僕の車だけだった。

明日の朝はこの冬最高の冷えこみらしい。楽しみだな。

本日の走行距離407キロ、トータル2011キロ。

白銀の世界 2003,2,16
今日は道の駅美深に来ています。この寒さは初体験です。

朝6時に目が覚めた。ラジオ体操を聞きながらパンを食べた。
コーヒーを買いに外に出ると、強烈に寒い。顔を洗うと手が痛いくらい冷たい水だ。
ヒーターを効かしてしなければ安眠できないどころか永眠してしまうかもしれないな。

7時に出発。まずは然別湖に行ってみよう。
この前、NHKで中継をやってて湖の上に温泉があったのを見てみたい。

日勝峠を登っていると、後ろにぴったり付かれてしまった。
雪道はかなり慣れていると思ったのだが、それは静岡での話しだ。
静岡じゃ誰も付いてこられないようなスピードだがここじゃ歯がたたない。
譲り車線に入ると猛スピードで追い越していったが運転していたのは女の子だった。
恐るべし北海道人。

幹線道路は路面が見えているが瓜幕からは圧雪だ。でも上りは楽しい。
然別は夏しか来たことが無かったが、風景が夏とは全然違う。
初めて来たかと思うほどだ。でも湖畔の建物は見覚えがあった。

車を止め湖上に下りていくと、あったあった。テレビで見た通りだ。
でもあの温泉に入っている人は誰もいなかった。
中継のときは男女5人くらい入っていたがあれはヤラセだな。
観光客はひっきりなしに来るし、周りに囲いも無いので見世物になってしまう。
氷でできた脱衣場はあるが、さすがに僕もここには入る気がしなかった。
誰か先にいれば入ったかもしれないけど。機会があれば暗いときに来よう。
ライトアップされてきれいだろうな。

他にも大きなかまくらのような物がいくつかあり、中には写真が飾ってあった。
いちばん大きな建物は喫茶店のようでカウンターも氷でできていた。

冬季は糠平方面には通り抜けできないので戻る。
温泉に入り損なったので今度はトムラウシ温泉に行ってみよう。
ヌプントムラウシ方面の分岐に来たがヌプン方面は積雪で通れないようだ。
ここからは10繕瓩ぅ澄璽箸澄が意外なほど走りやすい。
砂利の上に雪が積もって完全にフラットになっている。
まさか冬の方が走りやすいなんて考えもしなかった。
それに除雪で両側が山のようになっているので崖下に落ちる心配が無い。
まるでラリーのSSのようだ。これは楽しい。10舛あっという間だ。

カーブを曲がると突如現れる巨大なロッジ風の建物。
リゾートホテルのようでもあるがこれが国民宿舎だ。日帰り入浴もできるようだ。
早速中に入り入浴券を自販機で買おうとするが旧500円を拒否する。
仕方ないのでカウンターで350円を払った。安いな。

浴室は大きく石鹸、シャンプーもあった。
大きなガラス張りで外がよく見える。といっても原生林と雪だけだが。
中で温まったので露天風呂に出てみた。二重のドアを開けて外に出た。ううっ、寒い。
でもお湯はぬるめでちょうどいい湯加減だ。
綿のような雪を浴びながら入る露天風呂なんて地元じゃ絶対に無いな。
なんて贅沢なんだろう。極楽極楽。つい長風呂になってしまった。

楽しいSSを走って屈足まで戻り、上士幌から三国峠を超える。
交通量は少なく快適、しかし地元車に追いつかれると焦る。すぐに道を譲る。
大雪ダムの脇を通り、層雲峡へ向かう。冬の滝はどうなっているのだろう。
シェッドを出て左折。駐車場に行き上を見上げた。おおっ。
流星の滝は水が流れていたが、銀河の滝は完全に凍っていた。
冬の北海道もなかなかいいもんだな。バイクじゃ来れないけど。
こんな時期に観光バスも来るんだな。2台のバスで団体が来ていた。

滝を後にし西に進むとホテルがたくさんある辺りで”氷爆まつり”の看板が目に入った。
すぐに車を止め道路を渡った。滑る階段を下りて会場に着いた。
しかし寒い。半端じゃない。Tシャツの上にトレーナー、その上にウィンドブレーカー。
これじゃたまらない。ダウンジャケットを持ってきたがルーフトランクの中だ。
しばらくアイスクライミングを見ていたが寒くてたまらない。耳が切れそうだ。
おまけの路上駐車している車を移動しろとのアナウンスが入った。やばい。

車に戻り走り始める。比布から北上、名寄まで来たがまだ明るいな。
下川町というところでアイスキャンドルの雪像があるとニュースでやっていた。
暗くならなければあまりきれいじゃないだろうな。ちょっと朱鞠内まで行ってみるか。
この道もSSみたいで楽しい。雪煙を上げながら走る。後ろが見えない。

1時間足らずで名寄に戻り下川町へ向かった。
町内に入るといたる所にアイスキャンドルが燈っている。きれいだ。
町民がみんなでバケツの水を凍らせて作ったといっていたな。
消防署には顔文字と下川の文字、さらにその奥の広場には
大きなお城に数えきれないくらいのキャンドルが。思わず言葉を失ってしまった。
氷の彫刻もいくつか飾ってあった。すごいなあ。
これは明るいときにもう一度見てみたいな。帰りに寄れるかな。
それにしても寒い。長くは外にいられない。しばらく車の中から眺めていた。

そろそろ寝場所を決めよう。
少し北に行くと道の駅があってすぐ近くに温泉もある。
暗くなると危ないから今日はこの辺にしよう。よく走ったしな。

本日の走行距離552キロ




北海道に上陸 2003,2,15
いよいよ北海道上陸。今日は日高町の道の駅、樹海ロード日高に来ています。

昨日の夜に行った温泉は、左沢と書いて”あてらざわ”温泉でした。

朝5時半ころ、僕の車の後ろに車が止まり誰か降りてきた。
何かと思ったら、ここは従業員の駐車場なので移動してくれ、とのことだった。

表側の駐車場に移動し、乗船手続きをした。
JAFの割引になるかと思ったが、新日本海フェリーは提携していなかった。
二等寝台で11200円。日本海航路は安いな。函館-青森より安い。
閑散期なんで予約無しでも余裕で乗れる。こんな時期に乗るのは12年ぶりか。
秋田からは乗用車が20台くらい乗船した。

船は20000tを超える大きな船なので、揺れは少ないが日本海は波が荒い。
外に出てみるときれいな日の出を見ることができた。しかし寒い。
定刻の6時45分を少し過ぎたころ離岸し動き始めた。
しばらくすると大きなピッチングとローリング。やっぱりな。冬の時期は風が強いからな。
この船は2等寝台でもシーツが2枚あって清潔だ。自分でベッドメイクする手間があるが。
今朝はあまり寝ていないから眠くなってきた。なんとなく頭が痛い。

何度かトイレにと食事に起きるくらいであとはずっと寝ていた。
気が付くともう苫小牧東港内だ。窓越しに外を見てみた。
なんだあ、苫小牧(西港)とは全然違うな。何も無いよ。

車両甲板開放のアナウンスがあったので荷物をまとめて下船口に向かった。
車両甲板に入ると、強烈に寒い。冬の北海道に車で来たのは初めてだ。
エンジンをかけランプウェイから上陸した。
すっかり日は沈んでいたが、おそろしくきれいなグラデーションが広がっていた。
GPSが立ち上がるまで車を止め西の空を眺めていた。

位置表示が出たので走り始めたが、暖房の効きが悪いな。
まずは温泉だ。ツーリングマップルで調べると鵡川温泉というのがあった。

早速カーナビをセットし走り始めた。
途中コンビニに寄り食料を調達、ガソリンスタンドで給油した。
給油後周辺を探すがわからない。地図から察するとこの辺りなのにな。
結局郊外まで走ったがわからず、さっきのスタンドの手前で四季の館の看板発見。
スタンドのすぐ裏にあった。なあんだ、こんなところにあったのか。

中に入ると昨日にも増して大きな建物だ。入場料500円。
浴室に行くと、ここもボディーソープとシャンプーは備え付け。露天風呂もあった。
中で温まったので露天風呂に出てみた。うわっ、寒い。
でもお湯に浸かると最高だ。半身浴だと上半身が引き締まる感じがする。
最後に中で温まって出てきた。

温泉を後にし、今日の寝場所を決める。パーキングは危険なので道の駅を探す。
70キロくらい先に道の駅を見つけたのでカーナビをセットし走り始める。
70キロといっても北海道じゃ一般道路でも1時間くらいだ。それほど遠くない。
R237は路面にほとんど雪や凍結が無いが何となくまだ不安だ。
80キロ程度のスピードで走っていても地元車に追い越される。
後ろに付かれると道を譲る。

途中から脇道に入ると圧雪状で真っ白だ。まあ四駆なんでそれほど苦にはならない。
道の駅樹海ロード日高に到着。きょうはここで泊ろう。

本日の走行距離88キロ。

危機一髪 2003,2,14
今日は秋田港フェリーターミナルです。明朝のフェリーに乗ります。

昨日の夜11時前に誰か僕の車の後ろに止まった。
しばらくすると車から降りてきて運転席側のガラスをたたいた。
警察だ。どうやら職務質問のようだ。
適当に質問に答えて、PATで何もヒットしないと帰っていった。

朝6時に起床。無理な寝方をしているのでゆっくり寝ていられなかったのかな。
夜中に雪が降ったようで周りはうっすらと白くなっていた。
パンを食べ自販機でコーヒーを買って飲んだ。
歯を磨き顔を洗いに行ったが水は強烈に冷たい。手が切れそうに痛い。

7時過ぎ出発。どこへ行こうかツーリングマップルで検索する。
ふと瓢湖が目に止まった。何年か前NHKの新ラジオ歌謡で流れてたな。
こうなれば行くしかないだろう。早速カーナビをセットして出発。

明るくなってみると辺り一面銀世界。
静岡では滅多に雪は降らないのですごく新鮮に感じる。
でも除雪や雪かき雪降ろしは大変なんだろうな。

9時ころ瓢湖に到着。最初駐車場がわからず一周回ってしまった。
道路の反対側にあった駐車場に車を止め歩道橋を上ると湖面が見えてきた。
うわっ、すごい数の鳥だ。白鳥だけじゃなく鴨の類もたくさんいる。鳴き声もすごい。
ちょうど餌付けの時間で、テレビの収録が行われていていたが
エサを撒くと湖面が見えないぐらい水鳥が集まってくる。
なぜかそれに便乗している鶏が数羽いて「コケコッコー」と元気に鳴いていた。

車に戻りR460を北上、新発田からはR290に入り、関川村からはR113だ。
ここは前に通った記憶があるが、それがいつだったかは思いだせなかった。
関川村も聞いたことがあるが、何で有名だったかな。

この辺りには温泉がたくさんあるな。温泉好きの僕だ、入っていくしかないだろう。
道の駅関川のも日帰り温泉施設が併設されているが、今いち雰囲気がない。
外観を見ただけで通過、荒川温泉郷に向かった。
こういう所には多分地元の人が利用する共同湯があるだろう。
そのほうが温泉らしいし安い。

雲母温泉ではよくわからなかったので湯沢温泉に行ってみた。
するとすぐに共同湯を見つけることができた。駐車場もあった。
共同湯は小規模なものがほとんどで、地元の人達が出資して作った施設だ。
一般の人は制限がある場合もあるので表示をよく見てから入る必要がある。
やはり外来は朝6時から夜6時までだった。

早速中に入り料金150円を払った。
浴室に行くと地元のおじさんが2人入っていた。
湯舟は3人くらい入れる小さなもの。洗い場も2つしかない。
でもこういう地元の人と一緒に入る温泉っていいなあ。
でも洗い場のお湯が出ない。おじさんに聞くとやはりそこは出ないという。
お湯はここから使えばいいよ、って教えてくれた。
やや熱めの硫化水素の匂いのする茶色っぽい温泉だった。

体が温まったので先に進む。
町村道では日本一というアーチ橋を渡り国道に戻った。
R113を東進、山形県に入り飯豊町から北上し2時過ぎには寒河江に着いた。

まだ早いな。友達もまだ帰ってきていないな。
とりあえず郵便局で局留めの郵便物を受け取って月山方面に向かってみた。
標高が上がっていくと路面は真っ白の圧雪状態だ。
ところどころ風が強くなり、前が全く見えないホワイトアウト状態になる。
上りなら問題ないが下りはさすがに怖い。峠を越えてからはゆっくり走る。

ミラーを見ると後ろにグレーの乗用車がついている。
僕もかなり飛ばしているつもりなんだけど。
地元の車だろうがちょっと近付きすぎだ。下りなのに。
トンネルで引き離しても出るとすぐに追いついてくる。
待避所もないから仕方ないな。ちょっと遅いかもしれないが我慢してもらおう。

しばらく下り右カーブを抜けスノーシェッドに入ると
いきなり対向車線に横を向いたワンボックス車がいて転回しようとしている。
多分滑って壁に激突したんだろう。こっちの車線にもはみだしている。
おーい、やめてくれよ。止まれないよ。
思いっきりホーンを鳴らし、数回に分けてブレーキを踏んだ。
僕の車はABS付きの四駆でスタッドレスタイヤだ。何とか助かった。危機一髪。

危ねえなあ、と思いミラーを見ると、なんと後続車がスピンしている。
やばいぞー、そのまま横を向きながら対向車線にはみだしライトバンに正面衝突。
すごい音がした。さらにそのライトバンの後続車が追突、大変なことになった。
すぐにスピードを落とし対向車にパッシング、手を降って合図した。
僕はその先のドライブインでUターンして途中に車を止め見に行った。
路面は凍結していてツルツル滑る。歩くのもままならない。

スピンしたパルサーのフロントはめちゃくちゃで大破、走行不能だ。
ボンネットはめくれ上がり、オイルやクーラントが吹き出している。
乗っていたのは・・・女の子二人。さいわい外傷はないようだ。
しかしその後ろにいた大型車がよく止まれたな。奇跡だよ。
古いパルサーなんで多分ABSは無かったんだろう。それに車間詰めすぎだよ。

しばらくすると救急車が来て女の子と対向車の人を乗せて搬送していった。

警察が来る前に公団の人が写真を撮り手際よく片付けていった。
僕は警察が来るまで待っていて、事情を説明してから寒河江に戻った。

友人宅に行き、受け取った郵便物の車類を作成した。
それから近くに食事に行き、その後はまた温泉だ。
近くに新しくできた三セクの温泉施設があるという。

到着するとすごい大きな建物だ。中もきれいで新しい。これで300円?
浴室も広く、温度の違う大きな浴槽が2つある。サウナもある。僕はぬるい方へ入った。
ボディーソープやシャンプーも備え付けだ。
ここの温泉は日によって泉質が変わるという不思議な温泉だという。

ゆっくり入っていたら喉が乾いてしまった。
250mlのコーヒー牛乳と500mlのスポーツドリンクを一気に飲み干した。
でもいい湯だったな。

あとは秋田までひた走る。R13を北上し、途中からR108で峠を越える。
さすがにこの道は夜間除雪はしていないようだ。完全な圧雪だ。
日本海側に出ると風が強い。雪が横から降ってくる。

本当ならば夜間はあまり走りたくないんだよな。危ないし景色も見えないし。
秋田からは周に2便しかないからな。初めての日本海航路だ。
まあ帰りはゆっくりと走ってこよう。

午前1時過ぎ、秋田港到着。駐車場で休むことにする。

北へ針路を取れ 2003,2,13
今日再び旅に出ました。今回は10日くらいです。今、新潟県の道の駅良寛の里に来ています。

朝6時50分目が覚めた。昨日までにだいたい準備してあるからな。
7時過ぎ布団から出て準備を始めた。まずはとりあえず朝食だ。

バッグに必要な物を詰めこんで車に運んだ。ちょっと荷物が多いな。
車の中が荷物でいっぱいになってしまうと寝るスペースがなくなってしまう。
仕方ないのでルーフトランクを取り付けることにした。

本当は取り付けたくないんだよな。
高さが2辰魃曚┐討靴泙辰動貮瑤涼鷦崗譴貌れない。
それにただでさえスタッドレスタイヤで不安定なのに
それに重心が高くなりコーナーでのロールが大きくなる。
でもガソリン缶やカセットコンロ用のガスは室内じゃ危ないからまあいいか。

8時49分、通勤時間帯の渋滞を避け出発。バイクのときとほぼ同じ時刻だ。
ビデオを見ながら走る。WRCに続いて究極超人あ〜る。
今回も基本的に高速道路は通らない予定。
宿泊も車中の予定だが北海道では行ってから決める。
道の駅は除雪されているだろうけど一般道のパーキングはどうかな。
夜の間雪が積もってしまって危険かもしれない。

R246を北上し籠坂峠を越える。峠から左折しようとしたら積雪で通行困難だ。
そのままR138で山中湖方面へ向かう。
そういえば最近山中湖は結氷しないんだな。
僕が小さいころは全面結氷してスケートなんかやったり
父はワカサギ釣によく行ったもんだったけどな。温暖化の影響かな。
河口湖大橋を迂回し御坂峠を越えてR20甲州街道に出た。

しかし工事が多い。交互通行でペースが悪い。
この時期日本中で工事をやっているんじゃないか。
舗装の張り替えなら雪のシーズンが終ってからにすればいいのにな。
これじゃまるで昔新潟出身の政治家が言ってた”日本列島改造論”だ。
ビデオをタイタニックに変えた。

松本からはR147に入る予定だったがずっとR19を走っていた。
給油中に気が付いたのですぐにルートを取り直した。
カーナビがあるので道を間違えてもバイクに比べて楽だ。渋滞はどうしようもないが。


秋にバイクで通った時と違って景色が真っ白だ。でも今日は晴天で青空だ。

新潟県に入り大所トンネルを抜けると突然天気が変わった。雪が降り始めた。

だんだん雪が強くなり、いかにも日本海が近付いてきたような感じだ。
糸魚川まで来ると空は灰色、海は鉛色で荒れている。厳しい冬の様相だ。
今日はR8を右折し新潟方面へ向かう。
雨とみぞれが混ざっている。風も強い。毎日こんなんじゃ気が滅入るな。

しばらく走るとダンプの後ろに付いた。制限速度を守っていて遅い。
2車線になったので追い越そうと思ったがサイドミラーに車が写っている。
しかしなかなか追い越さない。まあ急がないからいいか。
そう思ってそのまま走っているとレーダー探知機が反応した。
また無線に反応したのかなとも思ったが鳴り続けている。
まさか、と思ったらバス停の前にレーダーを仕掛けて待合所の中に警官がいた。
あんな所に隠れているなんて。いくら寒いからって汚いな。
この道路は中央分離帯があってUターンはできない。
その先の待避所がサイン会場になっていたが乗用車数台が止まっていた。

そろそろ5時を過ぎたので温泉にでも行こうか。
ツーリングマップルで探すとハマナスふれあいセンターがあったのでそこに向かう。
すぐにその付近に到着したがどうしても場所がわからない。
廃業してしまったのかなあ。おかしいな。一度Uターンするがわからない。
温泉500円の看板があったがこれはどうやらホテルのようだ。

あきらめて先に進むとハマナスホテルの看板があったので向かってみた。
するとそのホテルのすぐ隣にふれあいセンターの看板があった。
なんだ、地図が間違っていたのか。まあ結果オーライだ。

早速車を止め中に入った。料金は350円。
ボディーソープもシャンプーもあり、湯舟も10人くらい入れる。ドライヤーも無料だ。
小さいながらも露天風呂があったが寒くて入る気がしなかった。
お湯はぬるめで僕にはちょうどいい。しょっぱいお湯だ。  
明るいうちに来れば海も見えるな。夏ならハマナスも見えるらしい。

温泉で体がぽかぽかに温まっていい気分だ。温泉は屋久島以来だった。

柏崎からR116を北上、8時を過ぎたので道の駅で停車。今日はここまでだ。

本日の走行距離418

原因は杉か 2003,2,12
沖縄から帰ってきてからなんとなく調子が悪い。
といっても熱があるわけでも体がだるいわけでもない。
はなみずが出る、目がかゆい、しょぼしょぼする、くしゃみが出る。
この諸症状は・・・そうだ!原因は花粉だ。

毎年悩まされていたこれらの諸症状だが沖縄にいるときは気にならなかった。
沖縄には杉がないんだ。だから花粉症も出なかったんだ。
異種タンパクに対する免疫反応だからな。対症療法しかないのか。
さいわいにもそれほど重症ではないので我慢するか。

今日はまず市役所に行き、一昨日もらってきた書類を提出しに行った。
何箇所かわからないところがあったので、その場で聞きながら記入した。
しかしこの役所はいつ来ても駐車場が満車だ。そんなに人がいるとは思えないのにな。
いったい誰の車なんだろう。そういえば南北大東島の空港もこんな感じだったな。
飛行機は1日1〜2便しか来ないのに飛行機が行ってしまっても7割程度の駐車率だったな。

市役所を後にしO整形外科に向かった。
この時期はあちこちで工事をしていて車の流れが悪い。
何のために舗装を張り替えているのだろうか。そう思うような工事箇所もある。
一時期批判を受け減少した年度末工事だがまた最近復活してきたな。

家から7キロ程度なのに3箇所も片側交互通行になっていてかなり時間がかかってしまった。
中に入ると今日はすいている。診察券を出し、コミックを2・3ページ読んだところで呼ばれた。
傷口の処置を受けた後、先生の診察を受け、今日から理学療法を開始することになった。
いわゆるリハビリだ。別の部屋で呼ばれ行ってみると見たことのある先生だ。
いつも昼休みにランニングしている人だ。前勤めていた会社の前を毎日走っていたな。
レントゲン技師だと思っていたら理学療法士を兼務していたのか。

まず白熱灯の電気スタンドのようなマイクロ波の出る機械で骨折した部分を温める。
それから塗り薬のようなものを塗ってマッサージを開始した。
それからまだあまり曲がらない親指の関節を曲げる。うーっ、痛い。
すこしぐらい痛いのは仕方ないという。5分くらい繰り返した。
これから週に2〜3回通院しなければならない。
しばらく出かけるので来られないと言うと、今と同じ事を自分でやってくださいと言われた。

病院を出て、沼津のJTBに行き、インターネットで見たツアーを申し込もうとしたが
そのツアーは通信販売専用で窓口では受付できないといわれた。駐車料金を損してしまった。
適当に他のパンフレットをもらって帰ってきた。

今NHKの夜11時から再放送されているシルクロードを見ていたら
無性に砂漠に行ってラクダに乗りたくなってきた。喜多郎の音楽も懐かしい。

   〜おとなは、だれも、はじめは子どもだった。  
      しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。〜

このフレーズはYmukoさんのページからお借りしました。


いろいろなサイトで検索したがアフガニスタンとイラクのツアーはどうしても見つからなかった。

家に帰ってきてJTBの電話して予約をした。
書類を送ってくるので3日以内に送り返せばいいそうだ。代金は振り込み。
しかしよく考えると明日から出かけてしまうんだよな。困ったな。
そういうときは奥の手。途中の郵便局に局留めで送ってもらえばいいのだ。
すぐにJTBに電話して送り先を変更してもらった。
これでとりあえず中国行きの日程は決まった。

その後は必要なものを買出しに出かけた。
石垣に行く前は100円ショップなど行ったこともなかったので気にもしていなかったが
僕の家の近所にもダイソーの100円ショップが何軒もあった。
帰ってきてからはバッグに着替などを詰め込んだ。

あとは明日の出発を待つだけだ。
日本海までバイクと同じ道をたどり、そこから北上しよう。

時の流れ 2003,2,11
今日は建国記念の日。一日中太陽は拝めず、午後からは冷たい雨。

6時50分目が覚めた。テレビをつけしばらく布団から出られなかった。
8時に何とか布団から脱出し、コタツに移動した。

なかなか中国行きの日程が決まらず困ったな。
まさかこんなに催行自体が中止されてしまうとは思わなかったよ。
仮に申し込んでも最低催行人員に達しないと中止になって返金になってしまう。
それからまた他のツアーを探すとなると、いつ出発できるかわからない。
おまけに繁忙期になってしまうと料金が格段に高くなってしまう。
最低催行人員が2名のツアーもあるがほとんどが短期のフリータイプだ。
たまにいいのがあった、と思うと関西出発だったりする。うまくいかないな。

もうもらってきたパンフレットじゃ選択肢が少なすぎる。
こうなればネットで徹底的に検索するしかない。
しばらく試行錯誤していると、適当なのがヒットした。ちょっと高いが内容は充実してる。
世界遺産都市に3日間。どうしても行きたい川下りもある。残念なのは蘇州がない。
しかしそんな都合のいいツアーはないかもしれない。早速電話してみる。
結果、思わぬ展開になった。3月6日出発分は催行が決まっているという。
締め切りは今週いっぱいだというので明日あたり決めてしまおうかな。

車で近くを走っていると風景が変わっているのに気付くことが多い。
僕が旅に出たのがまだ緑の残る10月2日だったし、もうあれから4ヶ月。
秋を通り越して季節は一気に真冬になっていた。

さらにショックなのは、知らないうちに新しい道ができていたり
コンビニが開店したりしていたことだ。
当たり前のことなんだけど、僕がいなくても確実に時は流れ、季節は移り変わり
街は進化を続けている。一瞬たりも止まることもなく。
なんだか僕だけが、時の流れに取り残されたような気分になった。

でも、この4ヶ月間。一瞬たりとも途切れることなく僕は確実に生きていた。
毎日違う一日を過ごしてきたんだ。そして明日も、今日と違う新しい一日が待っている。
明日を決めるのは自分自身だ。

明日は再び旅立ちの準備をしよう。

役所回り 2003,2,10
今日は一日中曇り空、午後からは雨も降る寒い1日でした。

最近NHKで夜11時からシルクロードの再放送をやっているので寝るのが遅くなってしまう。
今朝も目が覚めたのが8時。今日は手続きがたくさんあるのですぐに起きた。

朝食を食べ、身支度を整えて、まずは市役所へ。
国民健康保険を交通事故の治療に使ったので、届なければならないのだ。
ただ何か書類をその場で書いて出せばいいのかと思ったら意外と面倒だ。
事故発生の状況の図や、相手方の住所氏名車両はもちろん
保険証券番号まで書かなければならない。
仝鯆婿故による傷病届 念書 事故発生状況報告書 の3枚セットだ。
とてもその場でなんて書けないので書類をもらって出直すことにした。

よく見ると役所の公文書になるはずなのに字が間違っている。
「上記のとうり御報告申し上げます」となっているが、「とうり」ではなく「とおり」が正しい。
書類を出しに行った時、間違いを指摘してあげよう。

あと金融機関を何件か回り通帳に記帳。危うく残高不足になるところだった。

次は前に勤めていた会社に行って、離職票や源泉徴収票をもらいにいった。
久しぶりに元同僚に会えて懐かしかった。近いから会おうと思えばいつでも会えるけどね。

その後は近くの整形外科に行き、抜糸をしてもらう。
しかし待合室は満員だ。1時間以上待たされてしまった。
レントゲンを撮った後、先生はその写真を見ながら
関節が壊れてしまったから完全には治らないかも知れない。と脅す。
後から、今の段階ではわからない、と付け加えた。
結局診察が終わるまでに2時間以上かかってしまい、お昼になってしまった。

昼休みは役所は受け付けてくれないからな。
コンビニで弁当を買って、公園の駐車場に車を止めて食べた。

1時になる瞬間にハローワークに行こう。と思っていたら、
失業給付の申請書類に金融機関の口座確認の証明を受けなければならない。
偶然近かったので窓口まで行って証明をもらってきた。

しかし1時を過ぎてしまったので、今度はハローワークの駐車場が混雑している。
駐車場は10分待ちくらいで停められたが、窓口が混んでいる。
それに何箇所も窓口を替わらなければならず、そのたびに待たされて
手続きが終わったのが3時過ぎになってしまった。説明会の日と、認定日が決まった。

最後は税務署だ。年の途中で退職したので確定申告をしなければならない。
税務署に行ったら、確定申告は別の場所で受付していると言われた。仕方なく車を回す。
そこはプロレスや展示会などのイベントを催行する場所だった。

中に入るとすごい数のテーブルと椅子が並べてあり、たくさんの人が何やら書き込んでいる。
受付に行くと番号札を渡され、20分ほどで呼ばれた。
呼ばれても座るテーブルを指示されて、
最初に簡単な説明をするだけでマンツーマンでは教えてくれない。
試験官のように会場を巡回し、わからない人に指導しているのだ。
でも給与所得者の確定申告は簡単なのでサンプルを見るだけでほとんどできてしまった。
それが終わるとタッチパネルのコンピューターの所に行き、
税務署員が数字を打ち込むと自動的に計算され、
ドットインパクトプリンターから申告用紙が印字されて出てきた。
それに署名、捺印し還付される税の振込先を記入し、提出窓口に行って提出する。
僕は預金通帳を車に忘れたので会場を出て取りに行かなければならなくなった。
再び会場に行き提出して帰ってきた。

普通はいくらかは税が戻ってくるのが普通だが、追徴されたら困ったところだった。

帰ってくるともう暗くなっていた。
本当はすぐにでも北海道に行きたかったのだが、あさってまた通院しなければならなくなった。
北海道行きはあさって以降だな。22日には帰ってこなきゃならないんだよな。

家から旅行会社に電話して3月の上旬の中国行きの出発日を確認すると、
催行人員に達せず軒並みキャンセルになっている。安い時期は人が集まらないのかな。
また明日他のところに電話して聞いてみよう。それとも先に台湾へ行こうかな。迷うな。


決算報告 2003,2,9
今日の静岡は石垣の寒い日くらい暖かかった。…難解な文だな。

寒いだろうと思ってエアコンをつけっぱなしにして寝たら
夜中にのどが渇いて2回も起きてしまった。

朝6時50分起床。こっちは夜が明けるのが早いな。

久しぶりに運転したマイカー。
僕が旅に出ている間、父や妹が使ったようだ。
スタッドレスタイヤに交換してあった。
長らく離島にいたんで、こっちの車の運転はビデオを早回ししているようだ。
渋滞以外、制限速度を守っている車なんて1台もいない。
狭い道でもスピードを落とさずギリギリですれ違っていく。
そういえば大型のバン車やウイング車なんて石垣じゃ見なかったな。

沖縄ではスタッドレスタイヤを装着して走っている人なんていないだろう。
と思ったら大間違い。装着して走っている車を見たことがある。僕だ。
1997年の年末から98年の年始にかけて車で沖縄を訪れたことがある。
そのときスタッドレスタイヤを装着して沖縄本島を走り回ったのだ。

今日は荷物の後片付けだ。僕の部屋の前には段ボール箱が7個山積みになっていた。
片っ端から箱を開けて整理した。

あとは束になった郵便物の選別だ。
大半は広告の類のDMだが、中には旅の途中で出会った人が送ってくれた写真もあった。
消印から察すると2ヶ月以上放置してしまったのか。ごめんなさい。
他には目を逸らしたくなるような…請求書や税の納付書。燃やしてしまおうか。


それでは今回の旅の決算報告(暫定)

温泉入湯料金               : \5,690-
宿泊費・キャンプ料金           : \64,360-
燃料費(レギュラーガソリン)      : \92,782-
交通費・駐車料金             :\163,168-*1
食料費                    :\113,189-
自動販売機で買った飲料        : \7,440-
バイク修理費・整備費          : \93,360-*2
入場料等                  : \8,680-
その他(雑貨、送料、衣類、消耗品等): \96,045-*1
---------------------------------------------------
合計                      :\639,024-

*1 交通費やその他の中には事故に関するものは含んでいません
交通費には一時帰省した際の航空・鉄道運賃を含む
*2 事故の過失分(10% \32,000を含みます)


この他にも事故に関係する交通費(タクシー)や診療費などで
合計15万弱払っています。これは後日保険にて填補されます。

正確にはまだ計算していませんが、こんなもんではないでしょうか。

ここでタグが使えるなんて知らなかった

帰ってきたぞ 2003,2,8
今日で旅に出てから130日目。久しぶりにバイクと共に帰る静岡です。

朝7時、船内アナウンスで目を覚ました。

しばらくして船室から出てエントランスホールから外を眺めた。
左舷側に見えるのは伊豆大島だ。頂上付近から蒸気が上がっているのを確認できる。
もうここまで来てしまったか。

遊歩甲板に出てみると、風が、海が、空が、太陽が・・・みんな違う。
冷たい空気、藍色の海、冬晴れの空、そしてパワーを失ったような太陽。
ついに帰ってきたんだ。

旅にはいつか終わりが来る。
最初からわかってはいたが、本当に短い130日間だった。
しかしいろいろな事があった旅だったなあ。
日常生活では絶対にありえないようなことばかり。
おカネでは買うことのできない貴重な体験、感動。
もう帰りたい、なんて思ったことは一瞬もなかったよ。
4ヶ月間の日記を読み返して見ると、出会った人やお世話になった人、
目に映った景色や、肌で感じた感触が、鮮やかによみがえってくる。

130日間欠かさずに書いた日記は、僕の旅の記録。
大切な記憶を書き綴った財産になった。

11時を過ぎるとすでに東京湾内に入ったようだ。
速度が落ち、周囲にはたくさんの貨物船が見える。
海は深緑色に変わっていた。

東京港の信号が現在出港になっていて、入港に変わるのが13時ころという。
それまでは港外待機になるらしい。
ゆっくりとした速度での航行が続いている。
12時過ぎ、風の塔の脇を通過。東京湾アクアラインの上か。

それから30分ぐらいして船が止まった。
周囲は霞んでいて視程数キロ、ミステリアスな雰囲気だ。
昼なのに夕焼けのように水平線近くはオレンジ色だ。
空気が汚れているんだな。海は限りなく黒に近い色をしている。

12時40分、信号が入港に変わり船が動きだした。

13時15分、東京港に接岸した。荷物を持って一度船から降りた後、
ランプウェイから車両甲板に行く。
この船は直接車両甲板に行けないので面倒だな。

13時30分、東京港を出てバイクで走り始めた。寒い。
でも今日は平年よりかなり高い気温らしい。

レインボーブリッジを渡ったところまでは良かったのだが道に迷ってしまった。
首都高を通れば簡単に帰れるのだが、有料道路は通らないことにしている。
30分ほどあちこち迷っていたが、運良く第一京浜に出た。
ここに出れば後は簡単だ。離島と違い車の流れがスムーズだ。速い、快適。

横浜まで第一京浜で行き、そこからはひたすら国道1号線を行けばよい。
今日は土曜日なんでトラックが少ないんだな。すり抜けが楽にできる。
小田原までは難なく来ることができた。

しかし最後の難関、箱根峠越えだ。
標高が上がるにつれ気温がどんどん下がる。加えて時刻ももう4時を回った。
さらに沖縄では考えられない路面の凍結、雪も残っている。
指先が切れるように痛くなった。こんな感触は久しぶりだな。
普段なら峠で休憩をするところだが、寒くてそれどころではない。
峠を越えると懐かしい三島市だ。街中を通り抜け

17時45分、130日ぶりにバイクで自宅に戻ってきた。今日はゆっくり休もう。

船の一日 2003,2,7
今日は終日航海だ。でもお昼頃には志布志に寄港する。

那覇からは名古屋に行こうか東京に行こうか迷ったんだけどね。
有村の方は2割引になるし、同じ2等でも全席ベッドだ。
でも日本一長いこの航路に乗ってみたかったんだ。

4時過ぎ、一度目が覚めた。
いつのまにか揺れは収まっていた。

再び目が覚めたのは8時前、食券販売のアナウンスだった。
僕は昨日買っておいたパンを食べベッドから出た。

船の両側に島が見えた。右舷側が屋久島、左舷側が口永良部島だ。
屋久島かあ、懐かしいなあ。あれからみんなどうしているだろうか。

甲板に出てみると、風が違う。冷たいよ。

ベッドに戻りMDを聞いたり日記の編集をしたりまったりモード。
いつのまにか、うとうとして寝てしまったようだ。

11時過ぎ、志布志港入港のアナウンスで目が覚め外へ出た。
やはり風が冷たく気温も低い。
でも太平洋側独特の冬晴れだった。日差しがまぶしい。

ここはもう九州か、帰ってきてしまったな。
この港に入るのは僕は初めてだな。
荷役作業を見ていたが、寒くなり船室に戻った。

しばらく陸を左舷側に見ながら航行していたが
いつのまにか海しか見えなくなった、携帯も圏外になった。

ベッドに戻りうとうとしていると眠ってしまったようだ。
目が覚めると時計は16時になっていた。
エントランスホールのソファーに座りまったり。

空がオレンジ色に染まってきたので外に出てみると
船尾側の雲の切れ目から西に傾いた太陽が見えていた。
この旅で見る最後の夕日だな。

食券販売のアナウンスが入ったので早速買いにいった。
カツカレーで740円。まもなくレストランがオープンした。
意外にボリュームがありお腹いっぱいになった。味の方は?である。

再び外に出てみると、太陽は雲の中に姿を隠してしまっていた。

その後は船室とエントランスを行ったり来たり。
8時半過ぎシャワーを浴びた。浴槽はあるが水が入っていない。

明日はもう東京か。帰れば久しぶりに風呂に入れるな。

神様からのプレゼント 2003,2,6
長かった沖縄滞在もついに今日で終わり。でも楽しかったー。これから42時間の船旅です。

今日はゆっくりの起床。8時頃目が覚めた。
きのうは寒い中かなり走ったからな。ちょっと風邪気味、頭が痛い。
残っていた菓子パンをかじり、一度起きたが国会中継を聞きながらまったり。
10時近くなり荷物をまとめて1階に降りた。
外はすごく明るく晴れている。沖縄最後の日にこんな天気で嬉しいな。
神様のプレゼントかもしれないな。

荷物を預けてバイクで走りだした。まず港に行って今日の乗船券を手配しなければ。
しかし港の旅客の窓口は開いておらず、貨物の方で聞くと5時頃から開くという。

昨日と違っていい天気で暖かいな。ジャケットの下に着ていたフリースを脱いだ。

今日は南部の平和祈念公園へ行こう。今まで2回とも休館日に行ってしまったからな。
途中久しぶりに吉野屋の牛丼でチャージして南下した。

公園に着くとバイクを止め資料館に入った。
すごく広くてきれいな建物だ。悲惨な戦争とは対称的に。
日本で唯一の地上戦を経験した沖縄。
言葉には換え難い思いがある。決して忘れてはいけない。

1時間ほどかけて館内を巡った。複雑な思いで公園を出た。
再びバイクを走らせると、目の前には明るく暖かい、いつもの沖縄があった。
少しほっとした気分になった。

今度は首里城周辺を見てみよう。13ヶ月ぶりだな。
石畳の途中にバイクを止め辺りを散策。
ちゅらさんの古波蔵家の庭の木は以前見たときよりずっと高くなっていた。
石畳をバイクで降り、高台に登り那覇の街並みを眺めた。
今度はいつこの景色を見られるだろうか。

坂を下り那覇の街を通り抜け、波の上ビーチに着いた。
暖かくのどかなビーチだ。防波堤の下で横になりしばし目を閉じた。
人々の話し声と、時折通過する飛行機の音、泊大橋を走る車の音。
音と共に、いろいろな風景が頭の中に映っては消えた。

しばらくするとT君が現れた。ジュースを飲みながらゆったりとした時間を過ごした。
ここは沖縄最後の時間を過ごすには最高の場所だ。
でも今度のたびは満足感でいっぱいだ。
沖縄を離れるのは寂しいけど、それ以上にたくさんの楽しい思い出ができた。
思い残すことは・・・無い。

4時を回ったので僕は一度宿に荷物を取りに行くことにした。
T君とはこれで本当にお別れだな。
「それじゃ、またどこかで」と言って僕はバイクを出した。
ミラーの中でだんだん小さくなっていくT君を見ながらアクセルを開けた。
やがてその姿が完全に消えた。
楽しかったよ。出会えてよかった。

宿に着き、荷物を引き上げバイクに積みこんだ。宿の人も出てきてくれた。
彼も元旅人。いや旅人に”元”は無いな。旅する気持ちがある限り、現役だ。
最後に同宿の人に挨拶をして宿を後にした。
あとは港へ向かうだけだ。

途中コンビニに寄り弁当とパンを買った。

港に着き手続きをすると、何人か待っている人がいた。
全部で15人くらいかな。意外に多い気がした。
少しづつオレンジ色に変わる太陽を背に記念写真を撮った。

5時20分、バイクを船に積みこんで、沖縄の道とはしばらくお別れだ。

5時58分、船が岸から離れた。
少しづつ遠ざかっていく那覇の街。
さすがにこれには寂しさを隠しきれなかった。
ありがとう、沖縄。いつか必ず戻って来るよ。

いつしか辺りは暗くなり、海岸沿いの明かりだけが見える。
大きなピッチングと共に船は北上していく。
明日は九州志布志に寄港か。

本島は寒かった 2003,2,5
久しぶりに本島に上陸。やっぱり那覇は都会だ、それに・・・寒い。

6時半、腕時計のアラームで目が覚めた。眠い。
昨日は暑いしピッチングがすごくてなかなか寝られなかったな。

急いで荷物をまとめ、身支度を整えた。
しばらくすると那覇港入港のアナウンスがあった。定刻の入港だ。
「本船、只今那覇新港内を航行致しております・・・」
もう着いたのか。
船室から出て外を見てみると、すでに接岸の準備が進められていた。
曇ってはいるが、雨は降っていないようだ。よかった。

船室に戻り荷物を持って下船口に向かった。
エスカレーターの所の窓枠にメモ用紙が貼ってあり、見ると。
車1、バイク1、一般18 と書いてある。多分乗客の内訳だろう。

そこにいた船員さんと話しをすると、船にはバイクが積んであり
長時間の停泊中には島の観光をすることがあるという。
昨日は石垣を回れるな、と思っていたのにあいにくの雨で・・・と言っていた。

そうか、いつも車両甲板にスクーターが何台も置いてあると思ったら
船員さんのバイクだったのか。一番で乗船しても必ずスクーターが何台もあるんで
いったい誰のだろうって不思議に思っていたんだ。これで納得した。

エレベーターで車両甲板に降り、バイクに荷物を積みこんだ。
積み終える頃にランプウェイが開き始めた。
完全に開いたところで僕が一番で下船した。
まず待合所に向かい、明日の船の時間を確認した。
T君はまだ起きていないだろう。メールを送って返事を待つことにした。

しばらく待合所のベンチでまったり。
自販機で缶コーヒーを買い、朝食のパンを食べた。
その後那覇港まで行き、時刻表を確保。
宿のチラシを見ていると、見覚えのある顔が。昨日石垣港で話しをした人だ。
「あれっ、パート2に行ったんじゃなかったんですか?」
「行ったんですが、12時に鹿児島行きの船があると聞いてきたんです」
「12時だと琉球海運でしょう、ここじゃなくて降りた港ですよ」
「あっ、そうだったんですか。ありがとうございました」
鹿児島航路といえば主に那覇港だからな。間違えたんだろう。

再び新港に戻るとパート2に泊っているT君から今起きたとメールがあった。
僕は今日どこに泊ろうか考えていたが、おそらくパート2はベッドがいっぱいだろう。
来る時に泊った南風に泊ることに決めて向かった。
荷物だけでも置かせてくれればいいな、と思っていたがベッドまで案内された。
偶然にも来たときと同じベッドだった。
荷物を運びこんでいるとT君から電話があった。

T君と合流し名護の海洋博公園に行くことにした。
目的は、この前オープンした世界最大級の水槽のある、ちゅら海水族館だ。
走り始めると寒い。石垣とはこんなに気温差があるのかと思うほどだ。
ここから約70キロだ。遠いな。

途中瀬底ビーチに寄ってみたが誰もいない。
防風林もキャンプが完全に禁止されてから下草が生え、
元の姿に戻りつつあり、テント跡はほとんどなくなっていた。
何年か前まではこの時期でも賑わっていたのにな。少し寂しかった。

海洋博公園に着くと駐車場はいっぱいだ。ほとんどがレンタカーだ。
適当な所にバイクを止め早速水族館に向かった。
入場券を買い中に入った。
始めに手で触れる水槽があった。毒のないヒトデなどがいて、手で触れる。
気持ち悪いので僕は遠慮した。
すぐ近くにちゃんと手洗い場があった。

次に進むと熱帯魚の水槽だ。いろとりどりの魚が泳いでいる。
その先がいよいよ世界再大の水槽、黒潮の海だ。
大きなマンタやジンべエザメがゆったりと泳いでいる。
感動だ。よくこんなに大きなアクリル板を作ったな。厚さ60センチ以上ある。
アクアルームでは下から見上げることもできる。すごいよ。

このあたりでT君とはぐれてしまったが館内は携帯も不通だ。
すぐ来るだろうと思って先に出て待っていたが一向に出てこない。
イルカのショーを見終っても携帯が通じない。おかしいな。
もう戻ったのかと思ってバイクの所まで行ったがいない。
するとT君から電話があってまだ中にいるという。
あと20分ぐらいかかると言っていたので待っていたが、
結局戻ってきたのは1時間20分後だった。遅いぞ。予定が狂ってしまった。

公園を出ると金武町までノンストップだ。
キングタコスでタコライスチーズだ。久しぶりだなあ。
もう4時近かったんであの大盛りもスムースにお腹に収まった。
寒い。本島がこんなに寒かったなんて知らなかった。

そこから宿までもノンストップ。5時過ぎ宿に戻った。
寒いし眠いしで、すぐにシャワーを浴びて少し休んだ。

もう今日は動く気がしないな。明日もう一日、ゆっくり過ごそう。



石垣最後の日 2003,2,4
3ヶ月以上に及んだ石垣滞在も今日で終わり。楽しい思いでと共に静岡に帰ります。

昨日は一晩だけ古いテントで寝ました。
ずっと大きなテントだったんで、窮屈な感じでもしましたが、
でもこの狭さもたまにはいい感じもします。いかにもキャンプって感じで。

7時過ぎに起床、幸い雨は降っていなかった。
外は寒いので、コンロをテント内に持ちこみコーヒーを沸かしてトーストを作った。
いつものこの朝食も今日が最後になるな。

コンロを使い終わり、冷めたところで箱に詰めた。これは持って帰ろう。
このコンロはもらった物でまだきれいだからな。もらった物って捨てられないよ。
ラジオで国会中継を聞きながら、あとはテント中を片付ける。
帰りには使わない物を片っ端から段ボールに詰めた。

やっぱりもう1箱必要だな。昨日買っておいた箱を組み立てた。
その箱にシュラフ3個と鍋とフライパンを詰めこんだ。
これで全部だ。念入りにテープを張ると、コーヒーの瓶を入れ忘れていた。
これは帰ってからでも使えるからな。サイドバッグに入れて帰ろう。

すでに郵パックのシールが9個集まっている。あと1個で無料で送れるな。
無料で送れるのは重さは関係無いから重い方が得だ。
先に軽い方を出してきた。これでシール10個で次のはタダだ。
しかし計算すると送料だけで1万2千円以上使ってしまったな。
最後に重い荷物を出してあとはバイクに積みこむ荷物だけだ。

ちらかったテント内の荷物をバッグにより分け詰めこんだ。まだ余裕があった。
Hさんからデジカメのメディアを借りてシグマリオンに取りこんだ。
最後にテントをたたみパッキングを終えた。
雨が降りそうなので一応ビニールの袋に入れてバイクに積みこんだ。
11時、出発準備完了。

しばらくするとアメリカンに乗ったライダーがやってきた。今日着いたフェリーで着たという。
僕達の所に来てこのキャンプ場のことや、ブルーシートの張り方などを聞いていた。
他にもチャリダーの子が二人来て近くにテントを張り始め随分賑やかになった。
僕が帰るんでHさんも寂しそうだったがこれなら楽しそうだね。よかったよ。
でも僕にしてみればちょっと残念な気もするが、でももう満足だ。

そのうちに雨がポツポツと落ちてきた。本降りにならないうちに出発しよう。
周囲の人達に別れを告げ、バイクでキャンプ場を後にした。

昔に比べれば今は通信メディアが随分発達したからな。
携帯の番号やメールアドレス、URLを伝えておけば会えなくても接点を持てる。
まだどこかでつながっている感じがして、寂しさが少し和らげられるな。

12時近くなったので最後のランチ、あさひ食堂に向かった。
怪我をする前はよくここに来たな。あのころはまだ暑かった。
店に入ると昼前なので僕が一番乗りだ。さっそくあさひ定食を頼んだ。
コミックを読みながら食べ、お腹いっぱいになった。
僕が食べ終わったころからお客さんが増えてきた。

店を出てマルチメディアセンターに行った。
ここしばらく忙しくて掲示板のレスができなかったからな。今日はたっぷり時間がある。
友人のページを一通りまわってデジカメで撮った写真をアップした。
しばらくするとクラブメッドで働いている元米原キャンパーのSさんが来た。
今日は女の子と一緒だった。こっちで彼女ができたんだ。いいなあ。
あっという間に2時間が過ぎてしまった。タイムリミットだ。
でもまだ2時過ぎ。どうしようか。
こういう時は図書館しかない。

外に出ると雨が強くなっていた。
仕方なく下だけ合羽を来て図書館まで行こう。近いから大丈夫だろう。
図書館に着くと、科学雑誌を読みながらまったり。
周囲を見ると寝ている人もいる。今日は空いているからいいけど・・・。
外は大雨、これじゃとても走れないな。
時間が立つのを忘れ、読書に耽っていた。

5時半、雨が上がっていたので図書館を出て、最後に街を見納めだ。
街中を走り、100均で絆創膏とガーゼを買い港に向かった。
ホカ弁でカツ丼とサラダを買い、ホッパーで明日の分のパンを買った。

これで石垣ともお別れだ。でも満足感でいっぱいだ。
いろいろとあったけど、楽しい思い出がいっぱいできた。
まさに怪我の巧妙で、貴重な体験もできた。
たくさんの人に知りあったし冒険もした。僕にとって大きな財産ができた。

6時半ころ港に着いた。僕の他にも何人かの旅人がいた。
しばらく話しをしていると乗船が開始されたがバイクは僕だけだった。
フロントで受付をしたときに聞いてみたら、今日の乗客は20人。
T君の帰った日は8人だったからな。随分多いな。
でも今朝までは4・5人しか予約していなかったそうだ。
特別ダイヤを知らなかったみたいだな。

今日は食堂の営業は無いという。弁当を買っておいてよかった。

船室に入ると僕ともう一人の2人だけでゆったりだ。
最後の方に受付をしたんで却ってよかったのかな。

早速半ズボンに着替えカフェに行き弁当を食べた。
サラダはよく見ると賞味期限切れ。12時間オーバーだ。
でも大丈夫だろう。全部食べてしまった。

19時45分、船が動くような感じがした。車両用のタラップを上げたのかな。
外に出てみると岸からだいぶ離れているよ。まだ定刻前なのに。
しばらくカフェで日記を作成した。

防波堤を出ると大きく揺れ始めた。
北風が強いのかピッチングが大きい。
しかし船内は暑いな。
何度かデッキに出て体を冷やしたが、なかなか寝られない。
夜があける頃にはもう那覇だ。ゆっくりと休もう。



ちゅらさん 2003,2,3
今日は節分、暦の上では春になりますが、僕は冬の世界へ戻って行きます。

7時過ぎ目が覚め、いつものようにコーヒーを沸かした。天気はまあまあだ。
トーストを作り朝食を済ませると撤収だ。
周囲に張ったブルーシートを全て外し、ペグを引き抜いた。
一段落すると昨日までにまとめておいた段ボール箱2個を郵便局に出しに行った。

昨日から小浜島でちゅらさん2のロケをやっているので見に行こう。
身支度を整え、9時40分過ぎにキャンプ場を出た。

途中コンビニに寄り、ポーク卵おにぎりと菓子パンを買い、
10時過ぎには離島桟橋に到着、往復のチケットを買った。
今日中に荷物をまとめてしまいたいのであまり長く滞在できないな。
でもちゅらさんは大好きなのでどうしても見たい。
10時30分の船に乗り小浜に向かった。揺れも無く快適だ。

25分ほどで小浜に到着。ここは一年ぶりくらいかな。
僕はすぐにレンタルバイクを借りるため案内所に行き手続きをした。
案内所の人にちゅらさん2のロケは…と聞くと
「今日は牧場でやっていると思います。そこの道をまっすぐ行ったつき当たりです」
と親切に教えてくれた。
牧場といえば多分和也の木のところだろう。

早速バイクに乗り全開で走る。が何か変だ。
どうやらフロントホークが曲がっているようでハンドルが不安定だ。
でも60キロくらいじゃ大丈夫だろう。
10分ほどで牧場に到着。どこだろう。牛のいる所は違うだろう。

周囲を見まわすと、いつのまにか展望台のような物ができている。
階段が麓から続き、丘の上に柵が見える。
牧場の中を少し走り階段の下にたどり着いた。
しかしまだ工事中のようで、ロープが張られ立入禁止の看板が掛けてある。

誰も見ていないようなので無視してロープをまたぎ登ってみた。
けっこう息が切れるな。一番上まで行くと”牛魂碑”と彫られた石があり、
東屋か何か建設中でブルーシートが掛けられ養生中だった。
さらに一番先まで行くと、展望が広がりきれいなリーフが見えてきた。
ヨナラ水道もはっきり見える。ふと下を見下ろすと
おっ、やってるやってる。
ここからは牧場全体が見渡せ、和也の木の周辺にはたくさんの人が見える。
うーん。双眼鏡を持ってくればよかった。残念だ。
でもこっちは風下だから声がよく聞こえてくるよ。

もっと近くに行ってみたいな。
坂を降り、未舗装の道を走って一番近くまで行ける所まで行ってみた。
ここからでも見えるけどやっぱりさっきの所の方がいいな。
戻って再び展望台に登った。

しばらくすると少しためらいながらも僕を見て一人登ってきた。
こんにちは、と挨拶をした。彼はさっき西表でバスに乗っていて、
この辺りがキラキラ光っていたので見にきたという。
あれが和也の木です、と教えてあげた。
彼はズームレンズの付いた一眼レフを持っていて、
あれが国仲涼子だとか木の下にいるのが旦那役とか教えてくれた。

午後からは、はいむるぶしのプライベートビーチに移ると聞いていたので
12時半ごろまで待っていたがロケは終らなかった。残念だが時間切れだ。
僕は1時の船に乗らなければならないので、彼に挨拶をして丘を降りていった。

港まで全開で行くと、まだ多少時間がある。
集落に行き、こはぐら荘とシュガーロードを見て港に戻りバイクを返した。
いい天気だなあ。海が真っ青に見えるよ。
船に乗りこみ船尾の席に座った。
左に竹富島を見ながら石垣港に帰ってきた。離島もしばらくお別れだな。

バイクに乗り有村の代理店の美崎運輸に行き明日の船のチケットを買った。

港からはキャンプ場に直行。さあテントの撤収だ。
まずブルーシートを広げ、テントの中の荷物を全て出した。
そして中の底面を雑巾がけした。意外に砂がたくさん入っていた。
次にフライシートを外し、テント本体のポールを外す。Hさんも手伝ってくれた。
本体を移動すると、うわーっ!何だこりゃー。
きれいな正方形に芝が枯れ、周囲は黄緑色になっている。モヤシのようだ。
中央の部分は赤土が染み出して茶色くドロドロだ。
わずか一ヶ月でこんなになってしまうんだ。

ポールを折りたたもうとしたが、2箇所どうしても抜けない所がある。
2ヶ月以上抜いていなかったからな。米原は海が近かったから。
さんざん苦労して、ハンマーでたたきながら何とか抜けた。

今度はテントをひっくり返して底を拭く。泥だらけなので大変だ。
乾いたところでバッグに詰めこむ。やはり簡単には入らない。
何とか詰めこむとパンパンに張っている。
このままでは遅れないので箱に入れようとしたら箱が裂けてしまった。
なんてこった。仕方ないのでガムテープで補修。無理やり詰めこんだ。

次は荷物整理だ。持ちかえれない物をHさんにあげ、ゴミを捨てた。
あとはバックや段ボール箱に入れ、倉庫代わりに使っていたテントに収納した。
倉庫は今日一晩だけ寝られるように中を整理した。

夕食は余っていたカップ麺とバナナ。

いよいよ最後の夜だ。やっぱり寂しさを感じるな。
でもまだ旅は終わりじゃない。最後まで楽しんで帰ろう。

あと少し 2003,2,2
昨日の夜中から大変なニュースで僕もよく眠れなかった。未だに信じられないよ。

昨日は暑かったと思ったら最高気温は24.2度まで上がったんだ。

8時ごろ起床、コーヒーを沸かした。雨が振ったり止んだり。風も強い。

昨日買ってきた食パンは枚数が多い代わりに小さい。
スライスチーズを半分に切って乗せる。
バターも余っていたのでパンに塗って食べてみると意外においしい。
明後日までに食料を消費してしまわないと。

久しぶりにこんなぐずついた天気になった。
こういう時はまったりしていよう。
テントの中で今までの日記の誤字を訂正したり編集したりしていた。

昼ごろ雨は上がったようだ。でも気温が低く誰も外に出てこない。
カップ麺とバナナを一本食べ、チョコレートを5個ほど。あと野菜ジュース。

その後、ラジオで別大マラソンを聞きながらうとうとしていた。

2時半過ぎ、風も収まってきたので出掛けることにした。
まずサンエーに行き、冬用の手袋と傷用のガーゼを買い
その後メイクマンで膝用のサポーターを買った。
ついでに100均に行くとサポーターが売っていた。
ありゃー。でも100均のは薄そうだし…。複雑な気分だ。
マックスバリューでは家に送るための黒糖を買った。

外に出ると青空も見えてきた。
そうだ、米原に行ってみよう。そこでサンゴと砂を拾ってこよう。
先日石垣を訪れた母から電話があり、サンゴと砂が欲しいとのことだった。
瓶に入れて飾るときれいらしい。

少し寒いが震えるほどじゃない。
バイクを飛ばし20分ほどで米原に到着。

入口のところにバイクを止め、管理棟の前を通ると真っ白な子犬がいた。
僕が浜の方に歩いていくと、ちょこちょことしっぽを振りながらついてくる。
かわいいなあ。捨てられてしまったのかなあ。
でも連れていくわけにはいかないんだよ。ごめんね。
浜を早足で歩いていくとあきらめて戻って行った。

僕は適当にサンゴと砂を袋に詰めバイクに戻った。
帰るまでまだ2日あるからな。もう一度くらい来られるだろう。

米原を後にし与那国行きフェリー乗り場の桟橋に行った。
誰かが踊りながら太鼓をたたき、大声で歌っていた。何の練習だろう。
しばらく高速船の入出航を見ていたが寒いので戻ることにした。
途中弁当を買ってキャンプ場に戻った。

今日から小浜島でちゅらさん2のロケが始まったらしい。
明日ちょっと行ってみようかな。

ここにいられるのもあと2日。
明日はテントを撤収し荷物をまとめよう。

別れの日 2003,2,1
信じられないような事故が発生してしまいました。7人の勇敢な飛行士の冥福を祈ります。


今日から2月。T君は今日帰ってしまうな。でも楽しい思い出がたくさん残ったよ。

今朝は冷えこみがあまりなかったな。7時過ぎに目が覚めた。
外に出てみると暖かい。空を見ると雲一つない快晴だ。
天気予報では午後から北風に変わり雨が振るって言ってるけど信じられないよ。

ここ何日か僕も撤収の準備を開始している。
すでにみかん箱くらいの箱3つを自宅に発送した。
でもまだバイクに積みきれないほどの荷物が残っている。
郵便で送れる一番大きな箱があと3つくらいは必要だ。

8時過ぎT君も起きてきて撤収の準備を始めた。
日が射してくると猛烈な暑さになった。
トレーナーを脱ぎ捨てTシャツ1枚になったがまだ暑い。
キャンプ場内には上半身裸になっている人が何人もいる。
天気がいいので洗濯をして木に干した。

僕はテント内のいらない荷物をまとめ、段ボール箱に詰めこんだ。
ネットでバイクの後ろにくくりつけ郵便局へ向かった。
そういえば土曜日だけど大丈夫かな。
すぐ近くの真喜良郵便局へ行ったら土曜日は休みだった。
八重山郵便局ならやっているだろうと思い街に向かった。

はやり郵便局の窓口は開いていて段ボールを小包で送った。1500円。

キャンプ場に戻ってくるとT君はすでにテントを撤収、自転車に積み始めていた。
こんなに積めるのかなと思うほどの荷物だ。よくこんなんで米原まで走ったな。

一段落したところで浜に貝拾いに行くことにした。
T君も最後に行こうかな、といって一緒に浜に向かった。
暑い。25度くらいあるんじゃないか。汗が出てくるよ。

そういえばT君は大きめの弁当箱くらいの箱に、2ヶ月間で集めた貝を詰めこんで
何度もその箱を開けてはニヤニヤしながら見ていたな。

浜に出たが貝はほとんど見当たらない。
T君は貝のあるポイントを知っているようで「ここは無いです。この先です」と言って先に進んだ。
なるほどしばらく行くと小さな宝貝がたくさん落ちている。巻貝もある。
他にも適当にきれいな珊瑚を拾い集めながら歩いていくと
防波堤の上から声をかけてきた人がいた、Hさんと隣のAさんだ。

なんでこんな所に、と思ったら昨日から朝まで飲んでいて街から歩いてきたと言う。
Hさんはバイトが決まり日曜日には撤収するはずだったが
その宿が日曜日で閉めることになり、その話しは無いことになってしまったらしい。
よく見るとたくさんの食材とブルーシートを持っていた。定住モードに入るようだ。

しばらくみんなで話しをしていたが、僕とT君ははお腹がすいたのでキャンプ場に戻ることにした。

日向では暑くてとてもコンロなど使えない。
僕もテント内で汗をかきながらラーメンを作った。
その後ポップコーンを作り、テントから出て外の日陰で食べた。

昼食を食べ終わるとT君は積みこみを開始。にわかに雲行きが怪しくなってきた。
風も出てきて気温も下がり始めた。前線が近付いているようだ。
寒くなってきたのでトレーナーを着込んだ。

Hさんはテントを移動し、ブルーシートを張り始めたので僕も手伝った。

2時半ごろT君は積みこみを完了。
雨が少し落ちてきたので慌てて港へ向かっていった。
出航は8時だから後で僕も港へ行き、最後に食事をして見送ることにした。

前線が通過しているようで雨が強くなった。
6時前雨が上がったので港に向かった。

石垣港はなぜか閑散として無人だった。
どうやら事務所の方から直接乗りこむらしい。
事務所前にはT君が乗船を待っていたが、乗れるのは7時からだという。
まだい1時間くらいあるから食事行こうと誘って街に出た。

しかしあやぱにモールもあさひも休み。旧正月だからかな。
行ったり来たりしているうちに雨が強くなってきたのであきらめて港に戻った。

びっしょりになってしまったがT君の自転車は屋根下だったので助かった。
T君は自転車の前輪を外してブルーシートでくるみ、船に運びこむ。
しかし少し進むと車輪が脱落、1箇所しか縛ってなかったようだ。
しっかり縛り直して2人がかりで船に運ぶ。途中大きな水たまりにはまってしまった。
とても1回では運びきれず、2人で2往復してやっと運び終わった。
降りる時はどうするつもりだろう。

僕は船を降り岸壁で船を見つめていた。
T君から電話がありどこにいるか探すと間違えて船首に向かっている。
反対だよ、と言って懐中電灯を振るとようやく気付いた。

T君は那覇に4泊くらいすると言っていたので後でまた会えるかもしれない。
雨が強くなってきたので出航を待たずにキャンプ場に帰ってきた。

毎日のように僕のテントに来ていたからな。やっぱり寂しいな。
あと3日。もう少し八重山を満喫して帰ろう。