やじさんの日記帳  2003年1月
BEGINに遭遇 2003,1,31
はやいなあ。今日で1月も終わりか。石垣での通院も今日で終わり。後は内地で通院です。

ここ何日か穏やかな日が続いています。今朝も無風でいい天気だ。
昨日に続いて今日も9時に病院へ行くので早めに準備をした。

朝食を食べ身支度を整えて8時40分キャンプ場を出た。
病院には10分ほどで到着。朝の整形外来は始めてだがすいているな。

しばらく待つと呼ばれたので診察室に入った。
今日は切開した個所の確認と消毒だけ。縦に2箇所1僂鼎捗口が見えた。
11月27日に初めてこの病院に来てから2ヶ月。あまり来たく無い所だが親しみが湧くな。
まだ完治じゃないけど抜糸くらいは内地の病院でもいいだろう。
紹介状を書いてもらって地元の整形外科に通うことにした。
最後に赤嶺先生が「お疲れさま」と言ってくれた。少しの寂しさを感じた。
「ありがとうございました。お世話になりました」と言って僕は診察室を後にした。

病院を出て、残りの部品が入荷したと連絡が来たので八重山ホンダに向かう。
到着するとすでに部品が用意されていて、交換に1時間半くらいかかるというので
代車を借りて、一度キャンプ場に戻ることにした。
代車は燃料が入っていなかったので、店の人は一升瓶でガソリンを入れていた。
ガソリンを一升瓶で保管しているのか。たしかにこれなら漏斗やポンプはいらないけど…。

キャンプ場に戻るとみんなまったりしている。
日向にいるとTシャツ一枚で十分だ。僕は木陰に座りT君とHさんとダベリング。
Hさんはゲストハウスにバイト?に行こうか迷っていた。三食宿付きで給料は無し。居候だ。
今日は本当に穏やかだ。みんなテントから出て芝生に横になったりしている

時間になったのでバイクを引き取りに行きキャンプ場に戻った。
この前からフロントブレーキの効きが悪いと感じていたが原因の察しがついた。
事故でホークが破損した時漏れたオイルがパットに付いてしまったんだろう。
こりゃーパットを交換しないとダメだな。帰ってからにしよう。

昼を食べてからT君と米原に行くことになった。本当にこれが最後になるな。
今日の米原は水が澄んでいてすごくきれいだ。泳ぎたい気分になるな。
浜で拾った浮きやロープで遊んだり、木陰でまったりしたり。
T君ともこれが最後になるのかと思うと少し寂しさがこみあげる。でも楽しかったよ。

しばらく楽しい時間を過ごした後この前モダマを見つけた海岸に行ってみた。
そう簡単には見つからないだろうがあちこち探してまわった。
やっぱり無いなあ、そろそろ帰ろうかと思ったとき僕がモダマを見つけた。
あったあった、それを拾い上げるとすぐ近くにもう一つあった。2つとも完全な形だ。
T君が欲しそうに「下さいお願いします」と言うので1つあげるとT君も1つ見つけた。
意外にあるもんだな。しかしこれ以上はいくら探しても見つけられなかった。

5時に保険会社に行くことになっていたので街に急いだ。
保険会社に着いたが担当者が不在で、5分ほど待っていると戻ってきた。
一昨日の事故の状況説明と損傷個所の確認をした。

キャンプ場に戻る前にマックスバリューに行き買い物をしていると
T君が焼肉をしたいという。僕が3パック999円の肉やソーセージを買った。

今日は夕日がきれいだ。サザンゲートブリッジの先の公園に行き
水平線に沈む太陽を眺めた。完全に水平線に沈む夕日は石垣に来て初めて見る。
真っ赤に染まった太陽が、ゆっくりとその姿を水平線の下に隠していった。

帰る途中信号で止まるとT君が「ビギン、ビギン」という。何だ?
「あれビギンの人だよ」少し通りすぎていたので車の陰でよくわからなかったが
一周してきて車の後ろから見ると、本当だ。テレビで見た人だ。同じ帽子を被ってる。
T君はそこがBEGINの一人の実家だと知っていた。
車から大きなスーツケースを降ろしていたところをみると今帰郷してきたんだな。
明日は旧正月だからかな。

キャンプ場に戻りご飯を炊き早速焼肉開始。僕は2パック目でもうお腹いっぱいで脱落。
T君は残った肉を全部食べてしまった。食べ終わってしばらく胸やけだ、などと言っていた。

あと4日か。

抜釘だ! 2003,1,30
今日は病院で手に刺さっているピンを抜きます。やっと一段落です。

今日は病院に9時に行かなければならないので早めの7時起床。
朝食を食べた後、準備をした。いい天気でもったいないな。

手術では麻酔をするからバイクでは行かない方がいいな。
8時半過ぎタクシーを呼んで病院に向かった。
今までと同じ道を通ったのに運賃が3カウント分も高かった。なぜだろう。

今日は整形外科は手術日で外来の診察が無いので整形の前はガラガラだ。
ERで受付をすると、しばらく待った後輸液をすることになった。
前に5回も刺されて地獄を見たからな。針を刺すときは怖かったよ。
でも今回は痛みも少なく一発で針が入った。ああよかった。
しばらくすると看護婦さんが来て、前の手術がまだ終らないので12時10分になるという。
ずっと文庫本を読んでいたが11時半過ぎ、抗生剤の点滴も始まった。

輸液をするとトイレが近くなるんだよな。30分おきくらいにトイレに行く。
12時近くなり手術室に向かうことになり、点滴のスピードを上げた。
これじゃ点滴じゃなないな、と思うほど早い。針の周辺が冷たく感じるよ。

看護婦さんと一緒に手術室に行き、手術着に着替えた。
ベッドに寝かされ心電図や動脈血酸素飽和度のセンサーを付けられた。
プルスの音がし始め、腕が見えないように布を張られると緊張感が高まる。
手全体を消毒していよいよ麻酔だ。
麻酔しまーす、痛いです。と言われたが、脇下動脈麻酔よりはましだろう。
針の刺さる感覚がした。痛っ、痛い痛い。局所麻酔ってこんなに痛かったな。
ふーっ、やっと終ったか、と思ったらもう一箇所麻酔を打った。

すぐに痛覚がなくなった。全然痛くない。
イメージのモニターがよく見えるので今何しているのかよくわかる。
でも切開するときはイメージを止めていて、いつ切ったか全然わからなかった。

しばらくするとピンにたどりついたようだ。でもなかなか先端が掴めないようだ。
ようやく先端を掴み、引っ張られると痛い。骨の中までは麻酔が効かないらしい。
あと一本だ。すこし痛いような気がしたので、少し痛いです、と言うとまた麻酔を打った。
痛えーっ。これじゃ麻酔の方が痛いよ。言わなきゃよかった。

かなりてこずってやっともう一本も抜けた。後は縫合だがこれも痛い。
ぷつっぷつっと針が通るたびに痛みを感じる。
刺さっていたピンをもらえますか?と効くと、お土産に上げるよと言われた。
包帯を巻かれて終ったが、局所麻酔なので少し痛みが残ったままだ。
我慢できない程じゃないのでまあいいか。ピンは滅菌してパックに入れてくれた。
着替えをして手術室を出た。やっと終った。

バイクに乗ってもいいと言われたので、一度キャンプ場に戻り八重山ホンダに向かった。
昨日の損害を見積もってもらおうとして行ったのだが
前の事故の部品が来たかも確認したかった。
到着するとすでに相手から電話があったようですぐに見積もりを出してくれた。
全部で4万ちょっとだった。ほかにもいくつか傷があるのだがまあいいや。
相手に連絡をするとすぐに見積書を取りに来て保険処理するという。
昨日は事故の届を警察にしていなかったがいいのかと聞いたが保険屋に相談するという。

どんな事故でも本来警察に届けなければならないはずだ。
しばらくして代理店から電話があったが対応がよくない。警察に届けなくていいと言う。
この人は本当に保険のことを知っているのだろうか。
僕も保険の資格をもっているからそれくらいのことはわかる。
話しにならないので直接保険会社に電話したら折り返し電話がかかってきて
警察に届けて欲しいとのこと。やっぱりな。

僕は撤収の準備を始めて郵便局に行き郵パックの箱を買ってきた。
もう使わない荷物を家に送ってしまうのだ。
まず段ボール2つに荷物を詰めこんだ。

5時過ぎ、交番に届をしに行くついでに荷物を出してきた。
まだあと箱3つくらいは必要だな。

当たり年か? 2003,1,29
帰郷まで秒読みになり、事故なんて二度とゴメンだ、と思っていたらまたぶつけられたよ。

今日は母と妹それに甥っ子が帰る日だ。いい思い出を持ち帰ってくれればいいな。
昨日は母達が泊っているフサキリゾートに行ってみたけど
部屋はみんな離れになっていて、そしてすごく広くて快適そうだったな。

朝7時半起床、今朝は冷えたな。ラジオではこの冬一番の冷え込みとか。
九州の方じゃ吹雪みたいだね。日本中で雪が降っているみたいだ。

朝食を済ませ8時過ぎテントから出て洗い物をしに炊事場まで行った。
今日は朝からいい天気だ。風もなく観光日和だな。
身支度を整えて9時5分にキャンプ場を出て通りで待っていた。
よく見るとこんなところにもパパイヤがなっていたんだ。今まで気がつかなかったな。

9時20分ころ妹の運転するレンタカーが来た。僕に運転を代わって走りだす。
まず街に行って昨日現像に出した写真を取りに行った。
そして真喜良小学校の前の公園で遊ぶことにした。
今日は出発までここでゆっくりしようということになった。

僕と妹と甥っ子は滑り台に行き、母は海岸で貝拾いをしていた。
甥っ子は滑り台が大好きで、ものすごく楽しそうだ。あの笑顔をみると僕も嬉しくなるよ。
そのうちどんぐりを見つけて滑り台の上から転がし大喜び。
持ちきれないぐらい集めては、何度も上まで登って転がしその後を滑って降りてくる。
でも上まで行くには梯子や揺れる橋、腰くらいまである段差を登らなければならないが
いとも簡単にクリヤーしていく。子供って怖い物知らずだからな。
僕の方がヒヤヒヤして手を握って支えていないと心配になるよ。

穏やかな日和、甥っ子の楽しそうな声を聞きながら、ゆったりとした時間が流れていく。
ずっとこうしていたいな。母はきれいな貝をたくさん拾ってきた。
家族で公園で遊んだことなんて、もう何年ぶりだろう。ずっと忘れていた安らぎ。

あっという間に時間が流れてしまった。
10時40分、いつもはもう一回と言ってなかなか帰らない甥っ子も
飛行機に乗るよ、と言うと喜んで車に乗りこんだ。
新幹線と飛行機が大好きで、いつも小さな飛行機の模型を持っていたな。

11時、オリックスレンタカーに車を返却し空港まで送ってもらった。
搭乗手続きを済ませ、僕は2階の送迎デッキに上がった。

先に小さな子供連れから搭乗が始まった。母と妹と甥っ子の姿も見えた。
みんなでこっちに手を振っている。僕も応えて手を振った。
まもなくタラップを上がり機の中に姿が消えた。もうこんなことはないだろうな。
寂しさを隠しきれなくなる。離陸してその姿が見えなくなってもしばらく立ち尽くしていた。
本当に楽しかったなあ。あっという間の3日間だったよ。
無事に帰ってくれよ。言葉にならない思いを秘めて空港を後にした。

キャンプ場に戻るとT君は撤収の準備をしていた。明日の朝にはもういないのか。
2ヶ月近くも一緒だったからな。ここにきてからは毎晩のように僕のテントに来ていたし。
この旅では、僕はもう何人もキャンパーを見送ってきたけど、やっぱり寂しいよ。

3時、T君は一通り準備を終え街に出掛けていった。
僕も明日の手術の検査のため病院へ向かった。

採血だけかと思ったら、抗生剤の反応、止血検査とあちこち刺されたり切られたりした。

僕も帰る日を決めるため港に行き時刻表をもらった。
よく見ると2月1日と4日は有村の船は台湾へ行かず、20時出航の那覇行きになっている。
なぜだ?旧正月で台湾は休みになるからかな。
これはラッキーだ。4日の船なら朝早く撤収せずに済むし、有村なら2割引きになる。
この船にしよう。琉球海運より船がいいしね。
そのことをT君に教えると、1日に変更すると言う。すぐに港へ行き手続きをしたようだ。
その後、図書館に行きしばらく本を読んで過ごしていた。

6時半ごろT君を誘って久しぶりにあさひ食堂へ行くことにした。
携帯に電話したあと行くとT君はすでに着いていた。
今日はぼくのおごりで豚カツ定食をたのんだ。うわー、すごい量だ。
お腹いっぱいになり、店を出てキャンプ場に向かった。

桟橋通りを少し下ったところで右折しようとする軽自動車の後ろに付いた。
前の車は細い路地に入ろうとしていたが、そこから出てくる車がいたので入れない。
すると前の車のバックランプが点灯した。おいおい後ろ見てるんだろうな。
すぐに車がバックし始めて、ホーンを鳴らしたが止まらずバックしてくる。
僕のバイクにぶつかってようやく気付いたようで止まった。
いきなりバックしてきたら対処のしようがないじゃない。バイクにバックギヤは無いんだよ。
車のバンパーでフロントを押され、強い衝撃を受けバイクと共に転倒してしまった。
やっと明日手術で抜釘だっていうのに冗談じゃない。思わず怒りがこみあげてきた。

すぐにエンジンを止めバイクを起こした。
230キロほどあるバイクだが意外と簡単に起こせた。
液体が道路に広がっていたが匂いから察するとガソリンだろう。
幸い怪我は無いようだが右手を突き指したかもしれない。
被害は左のハンドルエンド、ミラー、ナックルガード、ステップ、前後ウィンカーくらいか。
明日明るくなったら確認しよう。そしてバイク屋さんに見てもらおう。
相手の住所と名前、車のナンバーをチェックして今日は様子を見ることにした。

途中買い物をしてキャンプ場に戻ったが、走行には支障ないようだった。
傷めてる右手に影響が無いといいけど。

家族 2003,1,28
早くも28日か。僕が八重山にいられるのも数えるほどになってきたな。やっぱり寂しいよ。

7時半起床。今日も風は強い。しかし雲は薄く雨は降りそうもない。よかった。
今日は忙しいな。早速コーヒーとトーストで朝食。あとミニドーナツを4つ。

身支度を整えているとあっという間に8時半だを過ぎてしまった。
急いで準備をし8時52分テントを出tr、すぐに通りに出る。

9時待ち合わせの予定だったが、すでに妹の運転する車が到着していた。
僕が運転を替わり走り始める。
まず街に出てパスポートの申請に必要な写真を撮った。帰りに取りに行くことにした。

すぐに離島桟橋に行こうかと思ったが、甥っ子の牛乳を買うためマックスバリューに寄った。
駐車場で真上を通った飛行機を見て驚いていた。
これから竹富島に渡るので、島内観光のバス会社に電話すると11時の船がいいという。

少し余裕ができたので滑走路脇の道路に車を止めて離着陸を見ることにした。
プロペラ機が飛び立つのを見て甥っ子は完全に固まっていた。飛行機が大好きなのだ。

空港に着くと海保のヘリが離陸するところだった。
駐機場から横っ飛びで滑走路上まで行き、滑走路上を進行しながら高度を上げていく。
垂直に飛びたてるのになぜこのような離陸の仕方をするのだろう。
今度は2階の送迎デッキに上がって見るとすぐ間近にB737が止まっていた。
それを見て大喜びだ。かわいいなあ。もうすぐ3歳か。
その機の離陸を見ていたらもう10時半だ。急いで車に戻り離島桟橋に向かった。

竹富往復のチケットを買い、船に乗りこむ。
波照間航路は欠航になっているので外海は時化ているんだろうな。
でも竹富まではなんでもないだろう。一番前の席に座った。
しかし防波堤を出ると大揺れだ。ジェットコースターに乗っているようだ。
甥っ子はこれも大喜び。笑いが止まらないようだが頭を窓枠にぶつけないか心配だった。
竹富には5回くらい行ったことがあるが、こんなに揺れたのは初めてだ。こんなこともあるんだ。

竹富に着き、観光のワゴン車に乗りこんだ。一通り周り水牛車乗り場で降りた。
そこでチケットを買ったが、3件隣で食事をしてから乗ることにした。
石垣からパッケージツアーで来るより個人で全て別々に手配した方がかなり安上がりだ。
ちょっと面倒だけどね。でも子供が一緒だとこの方が時間に縛られなくていいな。

一通り観光を終え、戻る頃になると青空が見えてきた。
川平に行きグラスボートに乗ろうということになり、石垣に戻り車で出発した。

川平に着くと日が射してきて海がきれいだ。よかった、この海の色を見てもらいたかったんだ。
しばらく浜で遊んだ後、グラスボートに乗りこんだ。他の乗客はなく貸し切りだ。
沖の方へ行くとかなり揺れる。この時期でも熱帯魚が見られるんだな。
きれいな色とりどりの魚がたくさん泳いでいた。

川平を後にし市民の森の展望台に登った。
甥っ子はローラー滑り台が気に入って、息を切らせながらも何度も滑る。
もう一回、もう一回と言って帰ろうとしない。帰ろうとすると足をバタバタさせて泣きそうになる。
しょうがないなあ。僕も何回も一緒に滑ったのでお尻が痛くなったよ。
最後の一回だよと言って何とか帰ることができた。なかなかききわけがいいな。

最後に石垣島特産品センターに行ってお土産を買いこんだ。

明日の10時半には帰ってしまうのか。でもあと少し一緒に遊べるな。

今日も一日楽しかったなあ。
楽しいことしか味わっていないけれど、家族っていいなって、感じたよ。

2回目の偶然 2003,1,27
今日から3日間、昼間は家族が来島しているので観光案内役です。

今朝は暖かかったな。シュラフ1枚で十分だった。
しかし昨日までの晴天から一気に荒天に変わってしまった。
風が吹き荒れ雨も降っている。前線が通過すると気温も下がってくるだろう。

午前中は時折強い雨が降ったり止んだり。
テントから出られないのでラジオを聞いて過ごす。

昼近くなり雨は小降りになってきたが風は相変わらずだ。
1時20分、キャンプ場を出てサンシャインホテルのバス停に向かった。

石垣空港に14時25分に到着する飛行機で母と妹と甥っ子が来るのだ。
キャンプ場からは徒歩5分くらい。バスは定刻より若干早めに到着。
このバスはターミナルに着くと空港行きになるのでそのまま乗っていられる。
たまにバスに乗るのも視線が変わって新鮮な感じがすしていいものだ。

空港には14時過ぎに到着。2階の送迎デッキに出て離着陸を見ていた。
雨の日の離着陸は豪快に水しぶきが上がり、見ていると迫力がある。
飛行機は若干遅れて到着。駐機場は遠いのでよく見えない。
最後のバスが到着すると、窓越しに家族の顔が見え、むこうも僕がわかったようだ。
手を降って迎え、僕は到着ロビーに降りていった。

レンタカーの手続きをして早速走り始め島内巡りに出発した。
僕はちょっと役所に書類をもらいに行きたかったので寄り道をした。
急ぎ足で窓口に行き、申請書をいただきたいのですが…
と言うと見たことのある人がカウンターのむこうにいた。たえさんだ。何という偶然。
公務員であるのは知っていたがこんな所で会うとは…、たえさんも驚いているようだ。
世間は狭いなあ。偶然会ったのはこれで2回目だな。
僕は書類をもらって車に戻った。

残念だけど今日は天気が悪い。
母も妹も石垣は初めてなので、あのきれいな海を見せてあげたかった。
それでも静岡の海とは大違い。すごくきれいだと言っていた。

玉取崎展望台に行く。駐車場で降りると甥っこは大はしゃぎだ。
寒さを全く気にする様子もなく大喜びだ。東屋で記念写真を撮った。
さらに北上し平久保崎灯台まで行ったが風が強く雨も降っているので
車から降りずに折り返してきた。

帰りは伊原間から野底方面に向かい吹道川の駐車場に止まり川原に降りた。
甥っ子は小さな石を川に投げこんで喜んでいる。
そろそろ帰ろうと言っても「もう一回、もう一回」と言ってなかなか帰ろうとしない。
しばらくすると突然大波が来て、浅瀬に水が一気に押し寄せてきた。
驚いた甥っ子は慌てて逃げ、車に戻ってきた。

米原海岸に着き車から降りようとすると甥っ子が断固拒否する。
「ダメ、ダメ、おりない」と言って最後には涙を流して泣いてしまった。なぜだろう。
「おみずがいっぱいになっちゃう」と言って降りようとしない。
そうか、さっきの波がすごく怖かったのか。かわいそうなことをしたな。
すぐに車を出して於茂登トンネル方面に戻った。

於茂登登山口から名倉方面にジャングルの中の道を抜けバンナ岳に登った。
途中桜がきれいに咲いていた、この前見たときよりたくさん咲いていた。
展望台に着いてもまた「おりない」と言う。

そのまま坂を下り竜宮城鍾乳洞に到着。
またおりないと言うかと思ったが、ここでごはんを食べようと言うと喜んで降りてきた。
この鍾乳洞は久しぶりだ。確か98年のGWに来て以来だな。

昨日米原の鍾乳洞を見てきたが、こちらはライトアップされてきれいだ。
石垣島の鍾乳洞はきれいだな。島全体が隆起珊瑚だからかな。
真っ白でキラキラしている。

しかしここを調査した人は大変だっただろうな。米原でもかなり苦労したのに
ここは全国でも7番目の長さだという。気が遠くなるな。
外は寒かったがここは暖かい。歩いていると暑くなってきた。
本当はゆっくり見て行きたかったのだが甥っ子は怖がって早く出たいようだ。
洞を出てレストランで食事をした。

その後市民の森の展望台で夜景を見て僕はキャンプ場に戻ってきた。

明日は離島へ行ってみようかな。


出口だ! 2003,1,26
このいい天気も今日まで。予想最高気温は24度。探検するなら今日しかない。

朝目が覚めると、少し風があるが外は明るかった。
早速コーヒーを沸かし、朝食を食べた。

今日は石垣島マラソンの日だ。このマラソンは結構有名で、3000人くらい参加するらしい。
9時過ぎ、キャンプ場の前を広報車が通過した。もうすぐ先頭ランナーが来るらしい。
僕はすぐに通りに出たが、すでに6・7人のキャンパーが応援を始めていた。
しばらくすると白バイが先導し、ゼッケン1のランナーが来た。招待選手かな。
石垣で白バイなんて初めて見たよ。多分VFR750だったかな。

先頭の方を走るランナーは、その格好から察して本格的にマラソンをやっている人達だ。
まだまばらだが次々にランナーが通りすぎて行く。拍手をしてガンバレーと声を掛けている。
この辺りはまだ10舛茲蠢阿世らみんな余裕だな。手を上げて声援に答える人もいた。

日差しが出てくると暑くなりTシャツ1枚になった。
まもなく最初の女子選手が来た。
ゼッケンは番号でなく、”浅井えり子”と赤い文字で書いてあった。

黒の番号のゼッケンの人はフルマラソンで、赤がハーフのようだ。
だんだん人が増えてきて、集団になってきた。道路をなかなか渡れなくなった。

このあたりになると、みんな格好がラフになってきた。ウケねらいの人もいる。
学校の部活動のユニフォーム姿も見える。
中には初代仮面ライダーのショッカーのツナギを着ている人や
犬を連れて走っている人もいたが、犬は体力が続くのだろうか。

それにしてもすごい人数だ。全員通過するのにかなり時間がかかりそうだ。
どうやらこの通りは1時間は交通規制が敷かれているらしい。

テントに戻り探検の準備に取りかかる。
Hさんはスクーターを借りてきたが調子が悪い。
リヤブレーキのワイヤーが錆びているようで戻りが悪い。給油すると少しよくなった。

T君は双眼鏡のピント合わせのローラーが回らなくなったと悩んでいた。
多分ガイドが固着しているのだろう。僕は油を射し、マイナスドライバーをこじ入れて回した。
少し動くようになったので、T君にここの汚れを落とすように指示した。修理なら任せてくれ。

準備以外にもにかなり時間がかかってしまったが出発。
Hさんは100均で買い物をするというので現地集合とすることにした。
僕達は知念商会に行きおむすびとコロッケを買った。お結び3つとコロッケで200円。

その後僕達も100均に行き、小型の懐中電灯を買い米原に向かった。
Hさんはスクーターだからな。このまま行ったら早すぎるな。

ちょうどそのころフルマラソンの先頭ランナーが来ていた。
僕達はマラソンコースを逆に向かって走って行くことにした。
市街地には各交差点に人が立って交通規制していたが、郊外まで来ると無人だ。
いたるところに給水所があり、たくさんの人達が太鼓をたたいて応援に出ている。
地元の人であろうが私設の給水所を設置し、バナナやスイカを配っている人もいた。
僕もハーフマラソンにエントリーしたかったな。

途中からマラソンコースから外れ於茂登トンネルに向かった。急に寂しくなった感じだ。

米原に到着し、さっき買ったおむすびを食べてお昼にした。
食べ終わると探検の準備だ。

まずヘルメットに小さい懐中電灯をガムテープで取りつける。
大きめの懐中電灯にロープを取りつけ首に下げる。
150担きのロープを2つベルトにカラビナで取りつけた。
長袖、長ズボン、トレッキングシューズ、滑り止め加工した軍手。
ウェストバッグとナップザック。
このスタイルで浜に歩いていくと、おじさんに「そんな格好してどこ行くの」と聞かれた。
地元の人みたいだったがここの鍾乳洞はあまり知られていないんだな。

浜を隅まで歩き、岩を乗り越えジャングルに入る。
ピークをいくつか越えて入口に降りた。一度来ているからすぐにわかる。

12時20分突入。狭い洞窟を登っていく。今回は僕がロープを張りながら進む。
300値儖佞靴討たからな。これなら帰り道がわからなくなることはないだろう。
時々頭にガツンと衝撃がくる。ヘルメットをかぶって来てよかった。
しかし中は暑い。汗がボタボタと落ちてくる。
地図を作ろうとノートと鉛筆を用意してきたが、とてもそんな余裕はなくなった。

この前来た時に折り返した広間までは簡単に来られて。問題はここからだ。

行けそうな分岐に片っ端から入ってみる。
まず地底の川の上の崖を登り低い所を何とか抜けると急な登り坂になった。
そこに積もった土で滑る滑る。危うく滑り落ちそうになる。
ふと見上げるとぼんやり明るくなっている。おー出口だ!
まず小柄なT君が登ってみたが「ダメっす。ヘビくらいしか通れないっす」という。
どうやら地上につながっているドリーネか。たしか海に出るって聞いていたな。
前に入った人が残していったロープは全然あてにならない。

あきらめて別の横穴を探す。
いくつかはすぐに行き止まりになっていたり、狭くて通れないものだ。
比較的大きな横穴を見つけ進む。所々狭いところもあるが大広間もある。
また大広間だ。と思ってよく見ると、来る時に張ってきたロープだ。
何だ、ここはつながっていてグルっと回ってきただけか。あんなに苦労したのに。
そんなことを2回繰り返した。

これ以上行けそうな穴は無いな。どこで間違っているんだろう。すでに2時間経過している。
しばらく休憩の後、この前テントが張れそうだと言った場所に戻った。

周囲を見まわす。この前は深い竪穴でとても行けそうも無いと思ったところが
岩の陰で横穴になっていた。なるほど、そこは降りてみないと見えないな。
まずT君が入っていく。「行けます、行けます」の声に続く。

途中かなり低いところもあるが、立てるくらいの場所もある。さっきと同じパターンだ。
しばらく行くと壁が立ち塞がった。またダメか。
しかしよく見ると人がやっと通りぬけられそうな穴が開いているが
そこはつらら石が垂れ下がり幅が狭く通りぬけるにはかなり厄介だ。挟まったら取れないな。

ここもT君が先陣を切る。荷物を全て外して横向きになって何とか通りぬけた。
その先はどうなっているんだろう。行き止まりになっていたら無駄になってしまう。
T君が少し先を見に行ったところ先は広く、下に伸びているという。
僕もしぶしぶ通ろうとするがつっかえて通れない。「ダメだ通れない」と言うとT君が
「横向きじゃないと通れないっす。横向き、横向き」と言うがやっぱりダメだ。
「リュックもヘルメットもウェストポーチも全部取らないとダメっす」
荷物をT君に渡し、泥だらけになってようやく通りぬけた。
Hさんもなんとか通りぬけた。ここは大柄な人じゃ無理だな。

しかし通り抜けたのはいいが、この先続いている保証は無い。
行き止まりだったらまたあの細い窓を通らなきゃならないのか…。

しばらく広いところを進み、かなり高い岩の上を通りまた広間に出た。
その先の下の方を覗きこむとぼんやりと明るさを感じた。
僕は、「おーい、みんなライトを消してみよう」と言ってみんな一斉にライトを消した。

今度はかなり大きな穴のようで手応えがあった。
「おーっ、出口だー!やっと出られたー」3人で声を上げた。が外はまだ見えない。
大きな石がゴロゴロしている上を降りていく。
発泡スチロールの浮きが散乱しているのを見て、これは海に続いていると確証を得た。

降りていくにつれ大きな出口が迫ってきた。海だ。海に続いていたんだ。
伊原間のサビチ洞は日本で唯一海に出る鍾乳洞と言っていたがここの方が素晴らしい。

海に出て大きな石の上に乗り記念写真を撮り合った。
しかしホッとしたのも束の間。ここからどうやって帰るんだ。

周りを見まわしてもまともに歩いて行けそうな所は無い。
崖はほとんど90度の絶壁だ。とても登れそうもない。落ちたら助からないだろう。
後は洞窟を戻るか海の中を歩くかだ。しかしあの窓をくぐるのはもうイヤだ。

そういえば誰かがここは潮の干満を見て行かないと…と言っていたのを思いだした。
たしかに潮が引いていればリーフの上を歩いて行けそうだ。

うーん、困ったな。靴を濡らすとあとは長靴とサンダルしかないし。万事休すか。

だが右手の岬のようになっている所に少しだけ傾斜が緩い所がある。
でもあそこまでどうやって行くのか。5メートル程90度の崖を横切らなければならない。
幸いここは隆起珊瑚の岩場だ。表面は鋭く滑らない。

僕は崖伝いにカニのように横向きになってへばり付くように進んだ。
手を離したら海にボチャーンだ。緊張感が高まる。でもここまで来たら戻れない。
もうダメか、と思うことが何度かあったが命からがら2辰曚評紊離謄薀垢砲茲古个辰拭

やっと一息つける。僕はスポーツドリンクを少し飲んで上を見上げた。
あと5メートル程登ればジャングルだ。それにもう1段テラスがある。
T君とHさんはまだ出口の岩の上でのんびりしている。

10分ほど経ってからこっちに向かってきた。二人ともかなりてこずっている。
「よくこんなとこ行ったなー、洞窟よりよっぽど大変だ」などど言いながら崖にくっついている。

二人とも何とか1段目のテラスまで登ってきた。ここからはT君が先に登った。
上に登りきったようなので状況を聞くが答えない。怖くて答える余裕がないようだ。

木につかまったところで「行けますー」と答えた。僕も続いて登る。
下を見ないようにして登る。2段目のテラスに立ちさらに登りようやく木につかまった。
ブッシュをかき分け蔓にからまりながらやっとジャングルに入った。助かったー。
続いてHさんも無事登ってきた。二人とも西表縦断より大変だと言っていた。

ジャングルの中を通り道に出たときは”帰って来たー”という感じだ。
川口浩が探検を終えて遠くを見渡しているあの充実感にも似ていた。
3人でかわるがわる記念写真を撮った。

観光ビーチに戻りしばらく休憩した後、野底岳の麓まで行き折り返してきた。
帰りに街により買い物をしてキャンプ場に戻った。

T君と二人乗りするのもこれが最後かな。T君は30日の船で帰るという。
こんな大冒険、今度はいつできるだろうか。楽しかったなあ。
僕も30日に手術を終えたら帰ろうと思う。そろそろ帰りの準備を始めよう。

狐の嫁入り? 2003,1,25
今日は予想最高気温は22度。天気もいいし暖かくなりそうだ。

8時に起床。テントから出てみると今日もいい天気だ。
トーストを食べ、コーヒーを飲みながらまったり。コーヒーを飲み終わると洗濯をした。

今日は米原鍾乳洞に探検に行く予定だったがHさんの姿が見えない。
昨日の夜も帰ってきた形跡が無い。どうしたんだろう。

8時半ごろT君が痺れをきらしHさんに電話してみた。
すると昨日街で偶然隣のキャンパーに会って、ずっと飲んでいたという。
こっちの方の飲み屋は朝までやっているところが多いらしい。

10時頃か、Hさんはふらふらしながら自転車で帰ってきた。
「T君ゴメン」と言ってすぐにテントで寝てしまった。探検は明日に延期することにした。

T君は平久保に行こうと言っている。天気がいいから午後から行ってみるか。
しばらくテントの中でツアーのパンフレットを見ていろいろと検討。
しかし僕の行きたいところ全てを訪れるツアーってないんだよな。
おっ、これだ!っと思ったら関西出発だったりして・・・。

日が出ると暑くてテントの中にはいられない。
コンロを使うときは2つの出入り口のファスナーを開け、風通しをよくする。

ポップコーンとラーメンを作って昼にした。みかんも2個食べた。

午後1時前、平久保に向けて出発。
管理棟の前で一度エンジンを止め、T君が料金を払った。

さあっと、とエンジンをかけようとするが一瞬だけセルが回りすぐにメーター表示も消えた。
ありゃー、またかい。どうもバッテリーのターミナルが緩んでしまう。
ここんとこ毎日締め直してるな。なぜ緩むんだろう。
締めれば済むんだけどトリップと時計がリセットされちゃうんだよな。
そのたびに時計をセットしなければならず、トリップもわからなくなってしまう。

シートを外し、バッテリーのターミナルを締め直しエンジンをかけ出発。
ちょうど午後1時だったので時計をセットする手間は省けた。

街を迂回して名倉方面から北上する。こっちから行けば平久保まで信号は1箇所だ。
順調に走行。Tシャツにトレーナーで走る、これでちょうどいい。

途中伊野田キャンプ場に寄ってみたがキャンパーは一人もいなかった。
一昨年まではこんなことはなかったんだろうけどな。楽園ができるまでは。
キャンプ料金400円と温水シャワー200円じゃ楽園の方が100円安いもんな。
それに楽園は街に近いしシャワーも時間制限無いし洗濯機も無料。
これじゃ伊野田に来るキャンパーはいなくなっちゃうよ。役所もなにか対策をしなきゃ。

伊野田を出てさらに北上、平久保崎灯台に到着。距離は45キロだった。
所要時間は42分。平均時速は60キロ以上か。寄り道したのにいいペースだ。

駐車場はレンタカーでいっぱいだ。隅の方には見たことのあるクラブマンが。
Sさんだ。どこにいるんだろう。ヘルメットが2つあるんで彼女を見つけたかな。
見まわしても見当たらないのでトイレ裏の丘に登ってみた。
すると上の方にSさんがいた。逆光でよく見えなかったんだ。
「ここは息が切れますよ」といって挨拶をした。土曜なのに今日は休みらしい。

土曜日で晴天とあってたくさんの人が訪れている。
しばらくそこにいたが、T君はその先の浜に行きたいという。漂着物を探したいようだ。

この前一度行ってるから迷わずに到着。
僕はここまで戻ってくるのが面倒なのでT君を降ろし、その先の入口までバイクを回した。

相変わらずおびただしい数の漂着物だ。そのほとんどは外国からの物だ。

T君が来るのを待って岬の方に歩き始めた。暑い。袖をまくって歩く。
いろいろな物が落ちているのだがゴミばかりだ。興味を引くような物はほとんどない。
岬まで45分ほどかけて歩きしばらく休憩。岬の先に島があるが2辰曚匹粒ざがある。
平地なら飛び越せない幅じゃないんだが、ここは岩場で助走もできない。
落ちたらびしょ濡れになるので島に渡るのはあきらめた。

帰りは僕はノンストップで入口まで歩き、木陰で休んでいた。T君をかなり引き離した。
しばらくそこで休憩し戻ることにした。結局たいした物は落ちてなかった。

平久保を後にし、米原に向かった。
観光ビーチにバイクを止め自販機で清涼飲料水を買って一気に飲んだ。

浜に出て日光浴。T君は浜に寝転がっていたので僕はキャンプ場方面に歩いた。
やっぱり海は米原が一番きれいだな。波打ち際を歩いていった。
6号の前あたりまで行くと女の子が貝かなにかを拾っていた。
なぜか1,8箸離撻奪肇椒肇襪某紊鬚い辰僂い貌れ、それを一人で4・5本確保している。
いったい何に使うんだろう。それに何か独り言を言っている。

11号辺りまで歩いて折り返した。途中ウミガメの死骸があり異臭を放っていた。
T君は甲羅が欲しかったようだが、あまりにも臭いのであきらめたようだ。

5時過ぎキャンプ場に戻ってきた。
僕は弁当を買いに街に向かったが、街の方は雲行きがかなり怪しい。
同じことは2度繰り返すまい。雨が落ちてきたので公園の木の下に避難。
雲は真上にあるが、太陽の方向は晴れている。お天気雨だ。

しばらくすると山の方向にはきれいな虹のアーチが架かった。
しかも副虹も完全に見えるWアーチだ。
こんなにはっきりとした半円形をしたWアーチは初めて見た。
両端は地面まで届いているよ。

しかし時間が経つにつれ、副虹は消え主虹も虹は少しづつ色が薄くなっていた。
雨が上がるまで待ち、弁当を買ってキャンプ場に戻った。

夜になると時々雨がぱらっと降っては止んだ。通り雨のようだ。


セマルハコガメに会いたい 2003,1,24
風のない、曇り空の一日でした。この時期、風がないとすごく静かなキャンプ場です。

今朝はゆっくり、8時ちょっと前の起床。コーヒーを沸かしトーストで朝食。

洗いもののついでに洗濯をしに洗濯場まで行くが洗濯機は使用中だった。
テントに戻りしばらく本を読んでまったりとした時間を過ごしていた。
20分くらいしてから洗濯場へ行くと全自動洗濯機が空いていたので
洗濯物を放り込んでスイッチを押した。

30分くらいはかかるだろう。テントに戻ってさっきの続きを読んでいた。

時間を見計らい洗濯物を回収し、木に干しているとT君が来て、
「名倉ダム方面にセマルハコガメの観察に行きませんか?」という。
”観察”というのはあくまで発見できたことを前提にしているだろう?
なかなか見つからないと思うがなあ…。

バイクに2人乗りして出発。名倉ダム脇のダートを登ってこの前の所に到着。
沢伝いに道無き道を登っていくがそれらしいものは何も見つからなかった。
あきらめて今度は於茂登登山口まで行くことにした。

おととい発見した林道を通ればすぐだ。
所々にセマルハコガメ横断注意の看板があるということは
このあたりに棲息はしているのだろう。
側溝にも所々テーパーに加工されたスロープがあり
落ちた野生生物が這い出せるようになっている。
これとは若干構造が違うが、以前このような側溝を、パテントを取って
”ハイダセール”という商標をつけているのを見たことがある。
側溝で生態系が分断されてしまうのを防ぐためらしい。

途中カンムリワシは何羽か見ることができたがセマルハコガメは見当たらなかった。
いったいどこにいるんだろう。絶滅しちゃったんじゃないか、などと冗談を言っていた。

於茂登登山口にバイクを止め、少し登ってみる。
あちこち見てまわるがカメどころかヘビさえ見掛けない。この時期冬眠しているのだろうか。

しばらく登山道を登り、滝の前で休憩をした。小規模だがなかなかいい雰囲気の滝だった。

ちょうどお昼になったので、少し遠いが久しぶりに知花食堂まで行くことにした。
お昼時の知花食堂はいつも賑わっている。ロケーションもよく何しろ安い。
テーブル席が1つ空いていたのでそこに座ってそばの小とライスを頼んだ。
おばちゃん一人でやっているので忙しそうだなあ。

食べ終わると米原海岸に行ってみた。この前の風で何か流れついたかな。
でもよく考えるとタジマさんがいるからな。もう拾われてしまっただろう。
海岸出ると大きな浮きがたくさん流れ着いている。
珍しい貝はないかと期待していたがやはり見つからなかった。

僕は潮見台に座って海を見ていると後ろで人の気配がした。
振りかえるとカップルがいて目が合った。なにか見たことがあるような人達だなあ・・・
そう思ったが、あまり気にもしていなかったのでまた海の方へ向き直った。

T君もなにも見つからなかったみたいでこっちにやってきて
カップルを見てなにか変な顔をしていた。知っているのかな。
潮見台から降りて林の方へ歩いていくと後ろ姿でわかった。千円君(しゅうへい君)だ。
どうも見たことがあると思った。そういえばむこうの反応もなにか変だったな。
坊主頭とあのジャンパー。それにあの女の子はダイビングショップの人だったな。
声を掛けようと思ったら行ってしまったが、バイクの音で確証を得た。
たしかクラブメっトで働いていたはずだな。今日は休みかな。

収穫無しで米原を後にし、北上してモダマを探すことにした。
以前T君が見つけたと言う浜に言ってみて捜索開始。
しばらくするとT君は「もだまあー」とニコニコしながら見せびらかしてきた。
でもふやけて穴があいている。
僕も辺りを必死に探すとあった!でもやはり穴があいている。
またあった!でもこれも穴がある。完全な物はなかなか無いなあ。
札幌のSさんはどこで拾ったんだろう。聞いておけばよかったな。
教えてくれなかったかもしれないが。

あきらめて浜を後にし、峠を越えて伊野田側に出て南下。
途中郵便局に寄り局留めの郵便物を受け取って3時ころキャンプ場に戻った。

届いた中国ツアーのパンフレットを見ながら検討、
パスポートの申請書を記入。しかし2枚とも書き損じてしまった。
大蔵省印刷局製造となっているから全国共通だろう。月曜日に支所へ行ってもらってこよう。

5時過ぎ、弁当を買いに街に向かうと古本屋の前にT君の自転車が…。またここにいるのか。

10時を過ぎてもHさんは戻ってこない。明日は米原の洞窟探検に行く予定なのに。






ポップコーンの逆襲 2003,1,23
昨日の最高気温は23.2度でした。しかし今日は風が強く寒かったです。

昨夜Hさんが帰ってきたのは12時ころだった。ずっとパチスロをやっていたという。

夜通し吹きつづけた強風は朝になっても止まなかった。でも雨は夜半には上がったようだ。
目が覚めるとうるさくて寝ていられない。米原と違って風向きがしょっちゅう変わる。
北側からの風は防風シートで防いでいるが、他からの風には弱い。ポールが折れそうになる。
しかしファイバーポールは剛性がなく、ふにゃふにゃにしているが意外に柔軟性があり
アルミポールと違ってまず折れることは無い。

7時半、明るくなったので起きあがりコーヒーを沸かす。

今日は天気が悪いのでしばらく休んでいよう。午前中は国会中継を聞きながらまったり。

昼ごろT君が来たのでポップコーンを作っていると
途中で蓋が外れてしまい、、弾けたポップコーンがテント中に飛び散ってしまった。
焦った僕は、思わず手で塞ごうとしたが無情にも指の隙間から飛びだしていく。
蓋は熱くて触れないし、鍋をコンロから離してもすぐには収まらない。
T君はただ爆笑している。
どうやら粒を入れ過ぎて容量オーバーになり蓋を押し上げたようだ。
粒の量には注意が必要だな。でもできたてのポップコーンは非常においしい。

食べ終わるとT君は図書館へ行くと出掛けていった。僕も街に出掛けた。

マルチメディアセンターは今日明日は講習会で利用できないので
図書館に行き西表縦断や幻の湖に関して情報収集した。
幻の湖までの道のりはかなり険しく、大人数で行かないと危なそうだ。
他のサイトを見ると上空からしか確認できないとか、
大雨の後に出現するとかいろいろな情報が錯綜している。

ふと軍艦島(長崎県の端島)のことが気になってきた。
そうだ、来る時に寄ってくればよかったなあ。
今は立ち入り禁止になっているかも知れないが、どうしても一度行ってみたい。
僕はこういう廃墟のような所はすごく興味をひかれる。
北海道の炭坑跡などもそうだが、なにか不思議な気持ちになるんだよな。
今は無人になってしまったけど、多くの人達がここで暮らしていたんだなって。
栄えていた頃の街並みや、人々の笑顔が僕の頭の中に浮かんでくるんだよ。

しばらくするとT君がやってきて隣のパソコンに陣取った。
検索の絞りこみの方法がわからず、たくさんの検索結果にてこずっている様子だ。
複数のキーワードの間にスペースを入れればいいと教えてあげた。
ネットは1時間しかできないのでその後は本を読んでいた。

なぜか急に眠くなってきた。一度キャンプ場に戻り国会中継を聞いていると
だんだん気持ちよくなり1時間ほど寝てしまった。

5時頃目が覚めた。
食パンを買い忘れたのを思い出しマックスバリューまで出掛けた。
相変わらず風が強く、気温もだいぶ低いようだ。昨日より5度は低い。
6時過ぎキャンプ場に戻ってきた。こっちでは6時半ころまでは明るい。

8時ころT君が来てチョコレート味のポップコーンを作ろうという。
僕は無理だから止めろと言うが、どうしてもやってみたいようだ。
僕の鍋でチョコレートを融かし、コーンの粒を入れるが煙が出るばかりでなかなか弾けない。
しばらくすると数発が弾け始め、焦げて固形化したチョコレートがテント内に散乱し始めた。
ちょうどその鍋に合う蓋が無くパニック状態だ。すぐにコンロから外したがまだ数発弾けた。
テント内は煙が充満して真っ白になった。衣類やシュラフに匂いがうつりそうだ。

結局弾けたコーンは10数個で、食べてもチョコレートの味はほとんどしないという。
コーンとチョコレートが無駄になったじゃないか。だから止めとけと言ったのに。
さっき買ってきた鍋は焦げついて取れなくなるし、テントに焦げたチョコが散乱するし、
匂いはこもるしで明日は掃除が大変だ。

未知の林道散策 2003,1,22
早いなあ、大寒も過ぎてもう22日だ。天気がいいのは今日の日中まで。島内探検だ。

天気予報では夜からは雨。朝起きると風が強い。でも南風で生暖かい。
朝食を食べテントの外に出た。雲が多いが日差しも少しあるまあまあの天気だ。

風があるのでテントの周囲のぺグを点検、ロープの緩みを直してまわった。
最近風もないいい天気が続いていたからな。タープを適当に張っても何の問題もなかった。
しかし急に風が出てきたので、周りの人達もあわててロープを張り直したりしている。

10時を過ぎると暑くてテントの中にいられなくなり街に出掛けることにした。
今日は水曜日なのでマックスバリューで水曜市だ。今日は何が安いのだろう。
店内を偵察するがあまり欲しいものが無い。まだ青いバナナとチョコフレーク、菓子パン2個
それと昨日髪がうまく染まらなかったのでブリーチを買った。
隣りの100均に移動しぺグと朱肉を買い、途中ホッパーで書類をコピーし
一度キャンプ場に戻ってきた。

3人で倉庫代わりに使っている僕のテントはぺグが2本しか打ってなくて今日の風は不安だ。
少し位置を移動し木の陰に持ってきて、そして形を整えてぺグを打ちこんだ。これで安心だ。

T君は暇を持て余し「図書館へ行こうかな」などと迷っていたが、
「やじさん、名倉ダムまで乗せていってくれませんか」と言う。僕も暇だったので行くことにした。
名倉ダムはセマルハコガメの出没スポットらしい。でもこんな天気の昼間に出てくるのかな。

僕も名倉ダムは初めてだった。製糖工場の前を通り脇道に入ろうと思ったら通りすぎた
すぐにUターンして山の方に進む。T君は植物園の前の自動販売機で飲物を買おうとしたが
1000円札を受け付けない。小銭が無いというので僕が100円玉を入れるが返却口に直行。
故障なら表示しておいて欲しい。そのすぐ先が名倉ダムだった。
思ったより堰堤が長く、湖面も広かった。いったいどこにハコガメなんているんだろう。

右岸側に中州のような所があったので行こうとしたがゲートが閉じていて行けない。
でも道に車が見える。どこか迂回して行ける道があるのだろう。
一度ダムの下まで降りてダートを登り始めると大きなパラボラアンテナが見えた。
真上を向いているところを見ると対通信衛星のアンテナではなさそうだ。
通信衛星は通常赤道上空の静止衛星だしあんなに大きなアンテナは必要無い。

多分電波望遠鏡だろうと思って近付くと、やはり国立天文台の電波観測所だった。
石垣島に電波望遠鏡があるとは知っていたがこんなところにあったのか。
門の上の左右にシーサーがあるのはやっぱり沖縄だな。

さらにダートを上っていくとゲートがありその先が湖面へと続く道だった。
通り過ぎてしまったのでUターンできるところまで進むとカンムリワシの死骸があった。
たしかカンムリワシは天然記念物で、絶滅危惧種だったな。かわいそう。
飛んでいるのはよく見ることができるが、完全な形で死んでいるのは珍しい。
T君は羽を1枚もらおうとしていたが、結局取れなかった。
そのままではかわいそうなので、道の脇の叢の方に葬った。

ゲートの前にバイクを止めると反対側のジャングルの中に御嶽のような所があった。
そこには川が流れていて、いかにもセマルハコガメがいそうな雰囲気だ。
T君は手当たりしだいに穴を棒でつついていたが、それじゃ却って奥に引っ込んでしまうだろう。
でもこの辺りはあまり人が来そうもないし、ましてや観光客は絶対に来ない。
すこしジャングルに入ればモダマも見つかるかも知れないが、T君はビーチサンダルだ。
またの機会に譲ることにした。

ダムの方に戻り、排水路を下って湖面に出た。千弾草の類がたくさんくっついた。
増水すれば水没するような所にハコガメなんているのかい。夜行性の陸ガメだったよな。

あきらめてダムを後にし於茂登岳の登山口まで行ってみた。ここもなんだかいい雰囲気だ。

水辺の周囲を散策するがやはり見つからない。少し登ると取水用の小さなダムがあった。
しかしこのダム、用を成していない。取水口まで水位が上がらないのだ。
川底からダムの下を通って下流から湧きだしている。底を固めないとダメだな。

そのまま帰るのはつまらないので通ったことのない林道を通ってみることにした。
来る時登山口の方へ右折したが、そのまま直進する方へ進む。
深いジャングルの中を貫く道だ。石垣にこんなところがあったんだ。知らなかったなあ。
標高がどんどん上がっていって峠付近まで来ると、そこは鳥の宝庫だった。
カンムリワシをはじめいろいろな鳥が観察できる。人があまり来ないからだろう。
しばらく走ると名倉ダムの脇に出てしまった。もう終わりかな。でもさっき分岐があったな。

分岐まで戻り嵩田林道と表示されている道の方へ入った。
まさに南国ムード満点だ。内地じゃ絶対に味わえないよ。かなり長く続いている林道だ。
どこまで行くのかなあ、と思っていると登山口の入口のすぐ先に出てきた。
なるほど、山を一周したというわけか。天気のいい日にまた来よう。

次に農業用ダムとしては堰堤の長さが日本一という底原ダムに寄ってみた。
おおっ、堰堤が1300丹幣紊△蠕茲よく見えない。なぜかいけす用の浮きが落ちていた。

その後バンナスカイラインを通っていると、道の両脇に植えられたカンヒ桜が咲いていた。
石垣では桜はあまり見掛けなかったがこんなところにあったのか。濃いピンク色の花だった。
バンナ岳展望台は通過、石垣市民の森の展望台に行き、
ローラー滑り台やアスレチックで遊んでキャンプ場に戻ってきた。

そういえば数日前からキャンプ場の下のほうのジャングルをユンボで開拓している。
いったい何を作るのかはわからないが、通りからキャンプサイトが見えるようになってしまった。
なんだか風の通りがよくなってしまったような気もする。それに朝から夕方まで非常にやかましい。
だからみんな上の方に引っ越してきたんだ。かなり過密状態になってしまった。

夕方からは強風に加えて大雨が降り始めた。テントが歪み壊れそうになる。
雨はしばらくぶりだな。朝までに止んでくれればいいんだけどなあ。



高倉健!? 2003,1,21
今日も一日いい天気でした。膝のかさぶたが取れてやっとすっきりしました。

今朝も風が無く快適だ。雲がやや多いが午後からは晴れる予想だ。
7時過ぎに起き、コーヒーを沸かした。

昨日の探検でズボンやトレーナーが汚れたからな。洗濯をしよう。
2槽式洗濯機に放こんでダイヤルを回した。5〜6分くらいでいいだろう。
洗濯が終わりテントに戻り木に干した。

T君とHさんも起きていた。T君はまた米原の鍾乳洞に行きたいようだ。
僕はどちらでもよかったが、行くんなら装備を整えて朝からいった方がいい。
ということで探検は延期し、T君は図書館に行くといって出掛けていった。

僕も昼食を食べて街に出掛けた。
平日の昼のマルチメディアセンターは空いている。
デジカメの画像をHPにアップしようとしたが、ドライバーをインストールしたパソコンは
2台とも使用中だった。仕方ないので空いているパソコンに座りドライバーをダウンロードしたが
どうも98は不安定だ。2度再起動させてやっと使えるようになった。

回線が細いのでアップに時間がかかる。動きもなんだか鈍いな。
なぜだろうと思ってキャッシュを見ると、数万のファイルが溜まっている。
一度全部削除すると動きがよくなった。でも今いちだ。
プログラムを見ると画面に入りきれないくらい表示された。うわー、たくさん入っているなあ。
デスクトップにもわけのわからないフォルダーやファイルがいっぱいだ。
中には数百メガのビデオクリップもある。ここのパソコンはあまりメンテナンスされていないようだ。

画像をアップし終え、米原の鍾乳洞を検索するが、有効な情報はあまり出てこない。
やっぱり自分で開拓するしかないか。
2時を過ぎると中学生でいっぱいになった。これじゃ遅すぎてストレスがたまる。
マルチメディアセンターを後にして郵便局に行った。

局留めの郵便物を受け取って図書館に行こうかと思ったが、
パスポートの写真を撮らないとな、その前に床屋へ行って髪を切ろう。
市民会館の入口の信号の所にあったので、バイクを歩道に止めて店に入った。
しかし誰もいない。「こんにちはー」と声をかけても反応がない。
店の外に出て待っていると、おじさんが自転車で大きなシャコ貝を担いで走ってきた。
「散髪ですか?」と聞かれたので「お願いします」と言って店に入った。

店の中には川平で一万円で売っていたのと同じような大きな貝がいっぱいある。
聞いてみると船で沖に出て捕ったらしい。水字貝は台風の後などに流れつくという。

「今と同じように短くすればいいですか?」と聞かれたので「はい」と言ってお願いした。
櫛とハサミで景気よく切るな。バサバサと髪の毛が落ちていく。
あれっと思うほど長い髪の毛も落ちてくる。まあ2ヶ月ぶりだからな、こんなもんか。
しばらくして鏡を見ると、思わず目を疑いたくなった。うわーっ、ちょっと短すぎないか。
シャンプーした後ブローしたが様相は変わっていなかった。
まいったなあ。ずいぶん短くなっちゃったなあ。でも元に戻してくれとも言えないし。
こんなに短くなったのは中学生で坊主頭にしていたとき以来だよ。
髪の毛がほぼ真っ黒になったところをみると、最近2ヶ月間に伸びた分だけ残ったのか。
茶色に染めた髪の毛は全部切られてしまったんだ。またやり直すか。
最後に店を出るとき「これだけ切ったから軽くなったでしょ」と言われたが・・・。確かに。
ヘルメットを被るとやたらとゆるい。そうだろうなあ。まあ2・3ヶ月で元に戻るかな。

気をとり直し、バイクに乗り100均に行った。
探検のときにルートを失わないようにうする為にロープを300辰藩夙の電池を買った。
300辰△譴仆淑だろう。

その後図書館に行き日経サイエンスの続きを読んだ。
4時半過ぎ、帰ろうと思いトイレに行き鏡を見るとやっぱり変だなあ。
メイクマンに行きヘアカラーを買い、ホカ弁で弁当を買ってキャンプ場に戻った。

しばらくするとT君とHさんが帰ってきた。
僕を見て開口一番「高倉健みたいだ」と言って笑った。
うーん。パスポートは10年だからな。写真を撮るのはギリギリまで後にしよう。


大冒険第3段 洞窟探検だ 2003,1,20
今日もいい天気のいい一日でした。インディージョーンズ気分の大冒険でした。

6時に起きるのが習慣になってしまったようだ。その後なかなか眠れない。
だいぶ明るくなってきた7時過ぎ起き上がった。今日もいい天気のようだ。
この時期こんなにいい天気が続くなんて、何もいうことないんだけど、珍しいな。

コーヒーを沸かしトーストを作った。バナナと茹で卵で朝食にした。
今日は図書館もマルチメディアセンターも休館日。テントから出てT君とHさんとダベリング。

二人ともどこかへ出掛けようと計画を練っていた。僕もどこへ行こうか考えていた。
そろそろちゅらさん2のロケが小浜島で始まる頃だな。小浜へ行ってみたくなってきた。
しかし情報無しで行くと空振りになる可能性が高いな。ちょっと調べてくるか。
でも図書館もマルチメディアセンターも休みだからな。やいまワールドへ行こうか。
ついでにコムレイドクラブの継続をしてこよう。

さっそくバイクを出して街に向かった。日刊海事通信社に電話して口座番号を聞いた。
まず労金のCD機で指定口座に振り込もうと操作するが、何度やってもエラーになる。
電話でもう一度口座番号を確認するが間違い無い。僕の押し間違いかな。
そう思ってもう一度やるが、やっぱりダメだ。それじゃ郵便局から送金しよう。
八重山郵便局に行き操作するが銀行名が出てこない。なんであんなメジャーな銀行が…。
そうだ、郵便局は都市銀行とは提携してないんだ。

あきらめて労金に戻り、窓口に行って原因を調べてもらった。
すると労金は各都道府県で独立した組織になっていて、
僕のカードが沖縄の労金じゃないのでカードで振りこみはできないという。
仕方ないので窓口で送金した。これだと料金が高くなってしまうんだけどね。

次にアーケードに行ってみたが、やいまワールドの営業時間は12時からだった。
お腹がすいたのでキャンプ場に戻ってきてラーメンを作って食べた、あと茹で卵。

T君とHさんは自転車で米原の鐘乳洞に行くというので僕は後から行くことにした。
30分ほど経ってからバイクで出発した。途中100均で懐中電灯を買った。

20分ほどで米原についたが二人の姿が見えない。携帯に電話するとまだかかりそうだ。
僕は浜に出てさっき買ったポップコーンを海を見ながら食べていた。
食べ終ったころようやく二人が到着した。だいぶ疲れたみたいでしばらく休憩していた。

さてこれから探検だ。ここはガイドブックにも出ていな洞窟で、知っている人もあまりいない。
道や照明なんて一切無く、中がどうなっているのかよくわからない。

人に聞いたところ、かなり分岐があり相当奥まで続いているという。
僅かな情報を頼りに入口を探す。手の切れそうな岩をよじのぼり、丘を越える。
さらに未開のジャングルを進む♪。道にはなぜかタイヤの跡は…無い。道すら無い。
ところどころ誰かが結んだ紐が残っていた。それを頼りに崖を下り岩場に降りた。
波打ち際に降りると左右どちらに進むか迷う。T君が右に、Hさんが左に行った。
Hさんが崖を登ると入口があるという。僕も後を追ってよじ登り入口を確認した。

早速3人で洞窟に入る。カメラマンも照明さんもいない。かなり奥まで続いているようだ。
T君たちはインディージョーンズ気分で楽しそうだが、僕は鍾乳洞については少し詳しい。
本当はあまり気軽に行ける洞じゃなさそうなんだけどな。Hさんは手袋も無い。
僕はヘッドランプが無く、懐中電灯だ。手袋はバイク用のグローブを着用した。

右に曲がるとしばらく狭い上り坂が続き、上りきると人がやっと通れるくらいの門があった。
ぼくはこの辺りで戻ろうと思ったが、二人がどんどん進んでしまうので追い掛けて行った。
門を抜けると人が立てるくらいの広間があり、鍾乳石が発達している。
石旬やつらら石、フローストーンもある。僕は日本中の鍾乳洞を見てきてが
ここはかなりいろいろな鍾乳石を見ることができる。人の手が入っておらず自然のままだ。

さらに右に進むとまた広間に出て上と下に分岐している。取りあえず上に登る。
その先は思わず言葉を失うほどの大広間だった。おおーっ、思わず歓声があがった。
高さは5メートルはあるだろうか。つらら石と石旬がつながり石柱になったものもある。
あと僅かでつながる発達途中の貴重な物もある。あと100年くらいでつながるかな。
こいいうのは初めて見たよ。思ったよりすごい鍾乳洞だな。
ここであちこちに分岐している。どこに進もうか。しかしよく見るとビニールの紐が続いている。
前に入った人が張ったのだろう。それを頼りに進むが足元が不安定だ。
足を踏み外せば下まで転落し、骨折は免れないだろう。這い上って来れるかも疑問だ。
登ったり降りたりさらに進むと水の流れる音がする。川があるんだ。

少し進むとテントが張れそうな場所があった。T君はここでキャンプができる、などと
気楽なことを言うが、しかしそのすぐ脇には深い縦穴があり下が見えない。相当深そうだ。
落ちたら終りだな。その先の大広間まで行ったがこの先は危険だな。分岐が多すぎる。
この分岐の先のどれかが外とつながっていると聞いているが、これ以上は危険すぎる。
そろそろ入ってから1時間経つ。中は蒸し暑く息が詰まりそうだ。蝙蝠の鳴き声も聞こえる。

さっきのテントの張れそうな場所に戻り休憩、みんなで電気を消してみた。
見事というほどの暗闇で、目が慣れても何も見えない。
もし電池切れになったら絶対戻れないな。それにこんな所誰も捜索に来てくれないだろうな。

さあ帰ろうか、と思い周囲を見まわすが、どこから来たのかわからなくなった。
みんなの意見が分かれてしまった。
Hさんはこっちじゃないかと言うがそれは戻ってきた道だ。
紐はここで切れていてあてにならない。
しばらく戻ってみるがこんな所来た記憶が無い。
すぐにさっきの広場に引き返した。やばいなあ。冷静に記憶をたどっていく。
そういえば来る時かなり高い石の上を渡って来たな。
ここじゃないか、と言ってその方向に進む。
そうだそうだ、ああよかった。ここだ、記憶にある。

狭い門までたどりつき、そこからは下りだ。
T君は時々つらら石に頭をぶつけ大声を上げて頭を抱えていた。ヘルメットが必要だ。
下りは登りより大変だ。滑ったら終りだからな。慎重に降りていく。
ようやく外の明かりが見えてきて、思わず肩をなでおろした。
まあ戻って来れたからよかったけど、もう少し装備が必要だったな。今度は朝から来よう。

外に出て他の入口を見つけたがすぐに行き止まりだった。

来る時とは別の崖を登って帰る。落ちたら重傷確実、スリル満点だ。
僕は登りきったところで茨に引っかかった。痛てーっ!トゲが何本か刺さっていた。
トゲを抜くと血がにじんでいた。手袋を見ると穴だらけになってしまった。

観光ビーチに戻りしばらく休憩、洞に入ってからから2時間以上が過ぎていた。
Hさんは米原が初めてだというので簡単に案内し、11号まで歩いて行った。
タジマさんは食事中だったので声を掛けずに戻ってきた。

そこで僕はT君達と別れ、途中買い物をして6時前にキャンプ場に戻った。

晴れ、突然雨 2003,1,19
昨日の最高気温は23.2度でした。小春(夏?)日和でした。

目が覚めるとまた6時だ。どうして6時に起きるんだろう。
7時過ぎ、明るくなってきたので起きあがって外を覗いた。雲はあるがいい天気だ。

コーヒーを沸かしトーストを食べていると暑くなってきた。
日差しが出てきたのでテントの上にシュラフを干した。うーん、いい天気だ。

そういえば昨日燃料コックをリザーブに切り替えたな。ガソリンを入れに行かなきゃ。
10時半ごろキャンプ場を出てスタンドに向かった。そうだ今日は日曜日だったな。
信号を左折しカネヒデに寄った。今日は何が安いのかな。

卵のL玉10個88円、割り箸100膳65円、バナナ6本149円、輸入コーヒー缶38円×2
輸入コーラ29円×2、輸入レモンライム29円1本を買って税込み488円。
ここの缶入り飲料はなぜこんなに安いんだろう。コーラとレモンライムは350性汎りだ。
ただしコカコーラでもぺプシコーラでもない。リバティーコーラと書いてある。
輸入者の欄を見ると金秀商事となっている。んっ?カネヒデ、ここの本部かな?
コーヒーは175性箸粘攅饑宗M入者は蟆縄ティエヌティとなっている。爆薬の会社か?
飲んでみて味の方は?である。金額相当と言えよう。

生物を買ってしまったので一度荷物を置きに帰ろう。バイクならすぐだからな。
街の中心部に来ると西の空が暗くなっている。どうせ米原の方の雲だろう、
と気にもかけず走っていると、新川のマックスバリューあたりでポツポツと落ちてきた。

この程度ならいいな、キャンプ場まで5・6分だから、と思ったのも束の間、
与那覇医院の信号を曲がったところで豪雨になってきた。ひえーっ!
まいったなあー、でもどうしようもない。行くしかない。しかし悪いことに赤信号にひっかかる。
すごい雨だ。本当にたたきつけるようなスコール。びしょ濡れになってキャンプ場に到着。
上着どころか下着までびっしょりになってしまった。よくみるとシュラフが干してある。誰のだ?

T君が見当たらないので携帯に電話するとテントの中にいた。そうするとHさんのか。
取りこもうとすると、下の方からパンツ一丁で走ってくる人がいる。Hさんだ。
どうやらシャワーを浴びていたらしい。衣類はしまったがシュラフを忘れていたという。
数分を経ずして雨が上がり再び日が射してきた。なんなんだこの天気。
僕は着ているもの全部脱いで着替をして、濡れた衣類を洗濯した。

ちょうどお昼近くなったので、大量に買いこんでしまい、在庫過多になっているカップ麺を
やっつけることにした。金ちゃんヌードル79円は安いのだろうか。暑くなってきた。

もう雨は降らないだろう。でも風が出てきたな。バイクに乗りまずはスタンドに向かった。
20.6函△泙西し余裕があったな。

そのまま直進し、大浜方面から於茂登トンネルを通って今日も米原に行ってみた。
入口の前には2台のバイクと宮城ナンバーの乗用車が止まっていた。
北よりの風が強いので、浮きを投げてもすぐに戻って打ち上げられてしまう。
おもしろくないので少し浜を歩いて米原を後にした。

開南方面からバンナ公園前を通過しスカイラインに入った。
急坂を登っているとHさんの自転車が展望台の入口に止まっていた。ここまで登ってきたのか。
チューリップのような展望台に向かうとHさんが降りてきた。登ってきたのですか、と聞くと
なんとバンナ岳展望台の方から来たという。よく登ってきたな。チャリダーは侮れない。

展望台に登ると360度とまではいえないが300度くらいの展望が広がっていた。
この道は何度も通っているがここ気にもしていなかったな。こんなにいい展望だったとは。

その後図書館に吸いこまれ、ニュートンと日経サイエンスを読みながらまったり。
4時半過ぎ、また雲行きが怪しくなってきたので弁当を買ってキャンプ場に戻った。
風で洗濯物が落ちていたが、乾いてから落ちたようで汚れはほとんどなかった。

今日は夕日も見られそうにないからな。テントで本を読んで過ごしていた。
その後T君もHさんも戻ってきたので3人でポップコーンを作ってダベリング。
10時過ぎ、シャワーを浴びてテントに戻った。

牛に大接近 2003,1,18
今日も一日いい天気、暑かったよ。スリル満点の大冒険第2段でした。

なぜか最近あさ6時に起きるようになってしまった。そのあと眠れないんだよな。
7時過ぎまでシュラフの中にいたが、起き上がってコーヒーを沸かした。

昨日に続けていい天気。風もない。トーストを食べ、すぐに洗濯をして木に干した。
雨の心配は全くない。干しっぱなしで出掛けても安心だ。

10時ころT君が米原まで連れていって欲しいという。昨日の亀が欲しいらしい。
僕もどこかに行く予定だったので、T君を後ろに乗せて出発した。

今日は昨日にも増して温かい。Tシャツにトレーナーの袖をまくって走る。快適だ。
途中遅い車に追いついたが追い越せなくてロスタイム。30分くらいかかってしまった。

米原に着くとすぐに浜に出て亀を探したが、流されてしまったのかその姿はなかった。
今日の海も穏やかで風もないので、一通り浜を歩いたが新しい漂着物は見つからなかった。
その後、久しぶりに6号炊事棟に座り、自動販売機で清涼飲料水を買って飲んだ。

米原を出て伊野田のちゃーがんじゅうさーでお昼にする。11時40分ごろ到着した。
店に入るとおばちゃんに「もういいの?」と聞かれた。もちろん、ここまで来れたんだから。
怪我をしてから1ヶ月以上来てなかったからな。なんか懐かしい感じもした。

店にはなぜかキーボードがあったので弾いてみたがキー(鍵)が少なすぎる。
普段は88鍵だからな。それにタッチもオルガン風でペダルも無いので音がつながらない。
ピアノももうしばらく弾いていなかったし右手もよく動かないからな。帰ったらまた練習しよう。

僕達はメニューに無い、知る人ぞ知るラフテー丼を注文、大盛りの丼が出てきた。
うーん、肉も柔らかくておいしい。ご飯も大盛り。お腹いっぱいだ。あとは漫画を読んでまったり。
アイスコーヒーを飲み終わると店を出た。

天気がいいのでT君が平久保崎まで行きたいという。Uターンして北上開始。
玉取崎展望台を経由して平久保崎灯台に到着。新しくできたトイレ裏の高台に登った。
うわーっ!きれいだー。今まで見た中で最高にきれいだ。光も順光で水面反射が無く
リーフがはっきりと見える。言葉では言い表せないくらいの美しさだ。来てよかった。

僕達が登った小高い丘は、旧傾斜で登るのは危険なので通常の観光個所ではないが
頂上に立っている僕達を見つけて、灯台へ向かう途中で折り返して登ってくる人もいた。

下の方に見える浜に行って見たくなったので、丘を降り平野方面へ向かい、途中を左折。
行けるだろうと思ったが、途中で牧草地になり行き止まり。2人がかりで切り返し引き返す。
少し戻って海の方に曲がるといい具合に下り坂の道が続いている。

カーブになったところでバイクを止め、ダートを少し歩くと浜に出た。わーっ、何だここは。
おびただしい量の漂着物。いけすの浮きがすごい数だ、他はペットボトルが多い。
漢字ばかりのものやハングル文字がほとんどだ。日本のものは数えるほどしかない。
いったいどこから流れてきたんだろう。220ボルト用の裸電球もたくさん落ちている。
外国から流れ着くんじゃ、いくら掃除してもきりがないな。

そういえば札幌のSさんがここで蝋を拾ったって言ってたな。なるほど本当に落ちている。
マイルドセブンライトがカートンごといくつも落ちている。よく見ると中国語だ。輸出用か。
浜の終わりの方まで歩いてみた。暑い、汗が吹き出てくる。何かいいものがないだろうか。

岬の辺りまで来ると子供達が4人歩いてきた。多分4兄弟だろう。沖縄じゃ別に多くない。
足元を見るとニーニー以外はみんな裸足だ。珊瑚やガラスの破片も落ちているのに…。
遠くで弟がこっちに向かって「やっほー」と叫んだので、僕は指笛で答えた。
でも子供達は指笛ができないのか口笛を吹き返していた。かわいいな。
そのうち発泡スチロールを拾い集めプラスチックで削って遊んでいた。

僕達は岩の上に座りしばらく時間を過ごしたあと、来た方向に戻っていった。

そこからは牧場の中のダートを通って帰ることにした。2人乗りで大丈夫かな。
でもT君はどうしても行きたいらしい。道が悪い場合降りて歩くとも言っている。
平野の県道の終点を左折、テキサスゲートを越えると牧場だ。
右に走っていきゲートの手前で停車、T君がゲートの開閉をする。まだ牛はいない。
この先民家は無い。道は未舗装で牧場の中を突っ切るまさにサファリ気分だ。

以前来たときは道がかなり荒れていたが今日は楽勝だ、どうやら整地したようだ。
しばらく走ると思わず目を疑いたくなる光景が…。なんと50人以上の団体が歩いてくる。
さっき平野の集落に”石垣島を歩く会”の観光バスが2台止まっていたな。これだったのか。
みんな50〜60代の健脚そうな人達ばかりだが、もしかして明石から歩いてきたのか。
最後尾にいた旗を持った添乗員かバスガイドは、かなり辛そうな表情に見えた。

この先にあと2つゲートがある。その間が問題だ。次のゲートを越えた、さあどうだ。
丘を越えると、うぉっ、いたっ!真っ黒い牛の群れだ。角もある。それも道のすぐ脇だ。
一度止まって作戦を練る。牛はこっちを見ているが特に興味が無さそうだ。
あの巨体が向ってきたら、とてもじゃないがかなわない。どうも闘牛のイメージが頭にある。
加速して一気に横を通り過ぎた。特に向かってきたり追ってきたりする様子はなかった。
ふーっ、なんとかクリヤーした。しかしあの人達はここを通って来たのだろうか。

と思ったのも束の間、しばらく走るとまた他の群れがいた。今度は道の上にもいる。
今度は強硬突破。勢いをつけて近付いていくと牛が除けてくれた。助かった。

もういないだろうと思ったらまたいたよ。今度は子牛が単独で道のすぐ脇にいた。
横を通過するとき親が襲って来ないか心配だったが、とり越し苦労のようだった。
ようやく3つ目のゲートを通過し、牧場の外に出た。思わず深いため息をついた。
ああ、今日は牛がたくさんいてすごいスリルだった。サファリ気分を満喫した。

その後は一気に川平まで南下した。川平ではハブ館でヘビやヤシガニを見学した。

5時過ぎ一度キャンプ場に戻ってきて洗濯物を取り込んだ。
6時ころ夕日を見に行ったが、水平線上に雲が厚く日没は見ることができなかった。
でも一度隠れた太陽が雲の切れ目から顔を見せたとき、本当に溶けそうな真っ赤だった。

今日は本当に楽しかったよ。こんな楽しかったのは久しぶりだな。

ケニヤに行きたい 2003,1,17
今日も昨日に続いて快晴の一日でした。気温も22度くらいまで上がったかな。少し暑いくらい。

今朝も早く目が覚めた。今日で阪神淡路大震災から8年。そんなに時が流れたのか。
ラジオからは時報が流れ始め、ちょうど地震が起きた時刻に黙祷を捧げた。
あの震災で、辛くも命をとりとめ、それを機に見知らぬ地に移り住んだ人達も多いんだよな。
僕が来る時にお世話になった屋久島のライダーハウスとまり木のお兄さんお姉さんもそうだったし、
ここ石垣島の小さなキャンプ場、ココスビレッジのオーナー夫妻もそうだ。
今までに出会ったライダーでも、あの震災を体験した人が何人もいる。

決して忘れてはいけない。
亡くなられた人、怪我をした人、家を失った人、救助に手を尽くした人、そして復興に携わった人
今も続き、決して消える事のない悲しさ。
僕の住む静岡県も、他人事じゃないんだ。

7時、起き上がりコーヒーを沸かす。外は静かで明るい。風もない。
僕が西表から帰ってきてからとたんに天気が良くなった。なんなんだ、いったい。

トーストを食べ、洗い物をしてテントに戻ったが暑くて中にいられない。
そうだ、洗車をしよう。ずっと洗っていなかったからな。泥だらけだ。洗車場に移動した。
米原に1ヶ月いたからな、細かいところに錆が出始めている。後でCRCを塗っておこう。

洗車を終え、乾かしてから出掛けるとこにした。今日は上着はいらないな。
この前買った菓子パンとお菓子を適当に持ってキャンプ場を出た。トレーナーだけで走る。
ちょうどいい。まずはウガン崎だ。この前は天気が悪く、昨日はカメラを忘れた。
到着したが誰もいない、寂しいな。デジカメであちこち撮りまくる。本当にいい天気だ。

今度は川平湾だ。さすがにこっちは観光地で賑わっている。バスやタクシーがいっぱいだ。
駐車場の隅にバイクを止め、歩いて林を抜けると、この世の物とも思えない美しさ。
そういえばこんなにいい天気の日に川平に来たのは初めてだったな。
真っ白の砂浜にエメラルドグリーンの海、見る方向によって鮮やかさが違う。七色の海。
ツアーのパンフレットそのものだよ。色の補正なんか必要ないな。このままで十分だ。

川平を後にして今日も米原に向かう。今日はお昼を持ってきたからゆっくりできるな。
管理棟横にバイクを止め、パイプ椅子を持って浜に向かった。レンタカーが止まっている。
木陰の水道跡に椅子を置き腰かけた。向こうから歩いてくる人がいた。
頭にタオルを巻き、上半身きれいに日焼けした裸。薄いブルーのジャージにビーサン。
このスタイルはタジマさんしかいない。今日も貝を探しながら浜を歩いていた。
その姿を見ると安心した。

自動販売機でコーヒー飲料を買い、浜で菓子パンを食べた。すごくおいしく感じられた。
きれいだなー。ずっと見ていたい。左の方を見ると女の人が貝を探しながら歩いてきた。
タジマさんが僕の正面を通過、と、突然悲鳴のような声が聞こえたな、と思って左を見ると
女の人は何事もなかったように向こうを向いて歩いていた。気のせいだったかな。

僕は近くにある浮きをいくつか拾って、足で海の方へ蹴飛ばした。
しだいに岸から離れ川平方面に流されていく。おもしろくなってもっと流そうと思い
周囲を探したがもう近くにはない。仕方なく左の方に歩いて行って探し始めた。
すぐ先に何か見なれない物が落ちている。なんだなんだ、と思って近寄ってよく見ると、うわーっ!
思わず横っ飛びしてしまった。全長60センチはある亀がひっくり返って死んでいる。
さっきの悲鳴はこれを見たからだったのか。

僕は小さな浮きと電球、ペットボトルを20個くらい拾い集め、波打ち際で海に蹴りこんだ。
その内の1個が親指の爪に当たり、痛っ。残りは手で投げこんだ。

パイプ椅子に座り、浮きが流れていくのをじっと見つめていた。時間の流れを忘れる。
青い空、白い砂浜、コバルトブルーの海。遠く聞こえる波の砕ける音。
いつまでもこのままの米原であって欲しい。赤土の流れこみもなく水質は石垣一なんだよな。

2時間以上はいただろうか、2時過ぎ米原を後に一度キャンプ場に戻った。
昨日もらってきたツアーのパンフレットにケニヤが混じっていた。
キリンやライオン、サイも写っている。いいなあアフリカ。僕も行きたくなってきた。
でも値段が40万円近くする。でも行きたい。どうしようかよく考えることにする。

4時ころキャンプ場を出てとりあえず街に向かった。思わず図書館に吸いこまれた。
そういえば石垣の本屋には時刻表が置いてないんだよ。まあ鉄道がないから当然か。
でも図書館にはあった。2月に帰るフェリーの出航する日にち時刻を確認した。
内地は寒いから名古屋へ行くより東京に帰った方がいいかな。箱根越えがあるけど。
その後ニュートンを読んでしばらくまったり。新聞を読むとツアーの広告が目に止まった。
サハラ砂漠か、それもいいな。こっちは15万円程度でお手軽だ。迷ってしまうな。

5時前、図書館を出てマックスバリューで買い物をし、100均で野菜ジュースを6本買った。
今日もホカ弁で唐揚げ弁当だ。300円も明日までか。

キャンプ場に、戻り速攻で弁当を食べ、相撲をが終ると観音崎に向かった。
今日は水平線上に雲がなく、日没が見られそうだ。日がだんだん傾いてきた。
一度雲の中に隠れたが、水平線のすぐ上で顔を出し、きれいな朱色に変わった。
やがて雲をオレンジ色に染めながら、その姿を水平線下に隠していった。
しばらくその余韻に浸っていたかった。空はだんだん青さを増していった。
30分ほどしてからキャンプ場に戻ってきた。

7時過ぎT君たちが戻ってきた。携帯は電池切れだったとか。でもJホンは圏外だったか。
早速テントを張り始めたので僕も手伝った。
西表縦走ではさんざん道に迷ってかなり苦労したとか、
今日もピナイサーラの滝に行こうと思ったら全然違う川を遡ってたとか。
でもこいういハプニングって、後で楽しい思い出になるんだよな。僕もそうだった。

二人とも「疲れた」を連発し11時前にはみんなテントに戻ってしまった。

当たらない天気予報 2003,1,16
今日は”曇り時々雨”の予報が見事に外れ、朝から快晴。雲一つない。
こうまで当たらないと天気予想に格下げだ。

昨日は早く寝たからか、朝6時に目が覚めてそれから寝られなくなってしまった。
しばらくラジオを聞いていたが、7時すぎに起き上がりコーヒーを沸かした。
食パンは賞味期限切れだが2日くらいはトーストにすれば大丈夫だろう。

しかしいい天気だ。朝食を終えるとすぐに洗濯。シュラフを干し洗濯場に向かった。
西表の民宿はコインランドリーだったから洗濯はしなかったのだ。ここなら無料だし。
洗濯を終え、洗濯物を木に干してゴミを捨てに行く。テントの中は暑くていられなくなった。

こういうときは出掛けるしかない。バイクカバーを外し、念のためシュラフを取り込んだ。
洗濯ものはそのままでいいだろう。早速エンジンをかけ街に向かった。
旅行代理店に行き中国のツアーのパンフレットを集めた。

桟橋通りを北上し米原に向かう。こんなに天気がいいのは今年になって初めてだ。
20分ほどで到着。バイクを止め浜に出た。誰もいない浜にパイプ椅子を出し海を眺めた。
これだけ温かければ泳げるな。風は微風、遠く船の影もはっきりと見える。
このキャンプ場を閉鎖にしてしまうのは全く惜しい。温水シャワーさえあれば
冬でもキャンパーは途絶えることはないと思うけどな。住みつく人もいるだろうが。

しばらくすると人の気配を感じた。振りかえると見たことのある顔だ。
そういえば毎日軽のワンボックスで来ていた海人だ。もとは米原キャンパーらしい。

昼近くまで海を眺めていた。そうだ知花食堂へ行こう。おばちゃんにそばの(大)を頼んだ。
もうずーっと値段を変えていないらしい。そばの大が350円だ。趣味でやっているという噂も。
いつもはそばを食べるが、不定休なので肩透かしを食うこともある。

お腹いっぱいになり店を出て、峠を超えて伊野田に行ってみることにした。
本当に今日はバイク日和だ。暑くも寒くもなく快適そのもの。一年中こうならいいのにな。
坂を上っていくと素晴らしいリーフの眺めが広がった。天気がいいと全然違うな。

信号がないのであっという間に到着。相変わらずテントは一張り。軽く会釈をして通過。
バイクを止め、初めて浜に出てみた。防風林を抜けるとすぐに海岸だった。
こんなに海が近かったのか。ここもロケーションは素晴らしいな。

左右を見まわすとテントを張っている人がいたが、場外は反則じゃないか?
発泡スチロールの浮きを見つけてその上に腰かけ、しばらくたたずんでいた。
海だったらやっぱり米原の方がきれいだな。風は・・・強すぎるけど。

再び米原に行きたくなってきた。同じ道をもどり米原に向かった。
入口の道路の脇にある何かの建設予定地の向こうにタジマさんが見えた。
なにをしているのだろう。薪を集めているのかな。手を振ったがわかっただろうか。

浜に出て観光ビーチの方へ歩いていくとジャンべーの音。タコ屋の人だ。犬もいる。
この辺の犬は泳ぐのが好きなんだな。勝手に泳いでいるが、気持ちよさそうだ。
振りかえると別の犬が、飼い主の人も見たことがある。毎日散歩に来る人だな。
犬は遊びたくて仕方ないようで、飼い主が投げた石を海の中まで取りに行く。嬉しそうだ。
さっきの海人もウェットスーツに着替え海に向かっていった。そろそろ帰ろうか。

一度キャンプ場に戻り、すっかり乾いていた洗濯物を取りこんで街に向かった。
100均で乾電池と絆創膏と乾電池を買ってマルチメディアセンターに行った。
最近ここに入り浸りになってきたな。もう顔を覚えられたかな。この時間ならすいている。
1時間ほどネットサーフィンしキャンプ場に戻った。まだ4時だな、暑くてテントに入れない。

三度バイクを出しウガン崎に向かった。今日は風もなく温かい。
先端の岩まで行ってみよう。よじ登り下を見ると足がすくむ。すぐに引き返す。
僕が戻ると、すれ違いで登っていく人がいた。裏側へ回りこんで姿が見えなくなった。
しばらく待っていたが戻ってこない。どうしたんだろう、落ちたか?
岩に座って見ていたが、その人は全然違う場所から登ってきた。えっ、なぜあんな所から?
登ってきた所に行って見たが、どうやら先端の岩から下に降りたようだ。ああ、恐ろしい。

5時過ぎキャンプ場に戻り、ご飯を炊きレトルトカレーを温めた。

今日は夕日が見えるかな。6時、相撲が終った瞬間にバイクを出し観音崎に急行した。
西表島の方の水平線上には雲があり、完全な日没は見られなかったが
こんなきれいな夕焼けを見たのはこれも今年初めてだった。
西表も一日いい天気だったんだろうな。Jホンの携帯のT君には全然つながらない。
いったいどうしているんだろう。無事縦走できたのかな。

完全に太陽が雲の中に隠れたので観音崎を後にした。

テントに戻り、T君から借りた佐野三治著”たった一人の生還”を一気に読んだ。
命の大切さと強靭さを、改めて思い知らされた。

西表探訪 2003,1,15
今日は石垣のキャンプ場に戻ってきました。やっぱり筋肉痛だ。

昨日早く寝たせいかな。朝6時に目が覚めて、それからもう寝られなかった。
仕方ないのでラジオを聞いて過ごす。7時半、朝食に行く。

食堂に行くと用意されている食事は僕の分だけだった。昨夜の泊りは僕だけだったのか。
まあ年始休みの後の平日だもんな。一番の閑散期だ。
ベーコン炒め・目玉焼き・サラダ・ブロッコリー・味付け海苔・味噌汁、そんなもんだったかな。

食事を終えると布団をたたんで荷物をまとめ、身支度を整える。今日は石垣に帰ろう。
なんか変だな。肩がこっているような気がする。肩こりなんてしないはずなのに。
そうか、昨日のカヌーだ。4時間以上漕いでいたからな。特に帰りはハードだったな。

荷物を持って食堂に行き出発の時間を確認すると、今日の船浦便は全便欠航だという。
あれま、でも欠航のときはバスが出るからな。早めに帰りたいから船浦発は13時だ。
9時ジャスト、バイクを借りて走りだす。目指すは南風見田だ。

このバイクは調子いいな。初日のはフロントホイルが曲がっていたしメーターも動かなかった。
コイツはスピードも60キロくらい出るしブレーキもよく効く。
しかしスロットル全開で走っていると寒いな。このスピードでも1時間近くかかるのか。
戻ってレンタカーを借りようかとも思ったが、我慢して走ることにする。
所々工事をしていてスピードダウン、ペースが落ちてしまう。それに衝撃が手に来て痛い。
それにしても西表の車はよく飛ばすな。60舛覗っていてもどんどん追い越される。
工事個所や急カーブ以外はアクセル全開。面倒なので固定しておきたいくらいだ。

ここも距離の案内表示がないので到着時刻の予想がつけにくい。
ゴールの見えないレースのようだ。昨日のカヌーにも似ている。
途中雨がぱらっと落ちてきて顔に当たって痛い。しかしすぐに止んだ。天気が不安定だ。
ほぼ全開のまま50分。予想より少し早く南風見田に到着。早速浜を見に行く。
ジャングルの中にはいくつかのテントが見えた。何人いるのかはよくわからなかった。
しかしここに10年以上住んでいるという人もいるらしい。すごいな。

浜を後にして新しくできた南風見田キャンプ場の偵察だ。全体に砂地で木が少ない。
長期滞在には向かないな。浜の方がよっぽどいいな。
どうしてこのキャンプ場を作ったのだろう。浜のキャンプを禁止するためだろうか。
でも煮沸しなければ飲めない水道や、ドアのない冷水シャワーじゃな。
それに吹きっさらしで風が吹くと砂嵐だ。400円も出す気になれないな。
写真を適当に撮って戻ることにした。

今度は向かい風だな。雨が落ちてきて顔が痛くてたまらなくなってきた。
路肩に止まり、タオルを取り出し顔に巻きつけた。まるで過○派のようだ。
「一度来た道を二度通るなど言語道断」
などとトサカさんみたいなことを言いたくなるが、一周道路はないんだよな。西表には。
途中製糖工場の前を通ると甘いいい匂いがした。IさんやBさんは仕事中かな。

全開60キロで走っていてもバスに追い越される。沖縄じゃないみたいだ。
帰りも1時間弱で船浦に戻ってきた。90キロも走ったのか。

思ったより早く帰って来られたので、早い船で帰れないかと宿でバスの時間を見ると
11時00分、今出たばかりだった。それじゃもうちょっと走ろうか。

東経123°45′67″890のモニュメントに行った。レーザー光線を見たかったな。
また今度来たときにしよう。こんどはこっちの方に泊ろうか。

戻って月ヶ浜に行ってみた。ここでお昼にしよう。
浜に出ると右の方にコンクリートの水路の残骸のようなものが見えたので歩いていく。
すると歩くたび、”きゅっきゅっ”と音がする。鳴き砂か!すごいな。沖縄にもあったのか。
おもしろくなってあちこち歩き回った。

星砂海岸に寄って宿に戻った。支払いを済ませバス乗り場まで送ってもらった。
バス乗り場は港じゃないんだ。民家とも見分けがつかない事務所だった。
時間があるからって歩いていったら乗り過ごすところだった。クワバラクワバラ。

しばらく待ってバスに乗ると、ウトウトして居眠りしてしまった。
カーブで頭をガラスにぶつけて起きる。そんなことを3回くらい繰り返した。

大原港に着くと待合所がリニューアルされていた。船は到着していてすぐに乗りこんだ。
なぜか竹富島経由という。まあいいか、その分長く乗っていられるしね。
西表航路は大きくて新型船だから快適であまり揺れない。僕としてはちょっと物足りないな。
竹富に着くと多くの人が降りていった。ツアーの人達だったのか。

竹富を出てまもなく石垣港に到着。タクシーでキャンプ場に戻った。テントは無事だった。
荷物を置き、早速バイクでマルチメディアセンターに向かった。

到着すると見覚えのあるクラブマンが。クラブメットに行ったSさんだ。久しぶりだな。
受付を済ませ中を見まわすと懐かしい顔。隣に座って挨拶をした。今日は休みだという。
クラブメットの仕事はなかなかいいようだ。よかったな。Sさんもこれで春まで安泰か。
僕はデジカメで撮った写真をHPにアップした。ISDNなのでアップに時間がかかる。
4時を過ぎると中学生が大挙してきて満員になった。これじゃ速度が落ちて使い物にならない。
Sさんは制限時間になりセンターを後にした。僕も適当に切り上げ席を譲った。

帰りにホカ弁で唐揚げ弁当を買い、マックスバリューで買い物をしてキャンプ場に戻った。

下のほうでは宴会をやっていて大騒ぎだ。10時過ぎようやく静かになったかな。
僕はシャワーを浴びてシュラフに潜りこんだ。

今日はT君もいないから暇だな。こういう時はまあゆっくりするか。

大冒険 2003,1,14
あー、今日は疲れた。明日は筋肉痛に悩まされそうだ。今日も民宿マリウドに泊ってます。

目覚ましもかけていなかったのに7時に目が覚めた。でもまだ薄暗い。
布団で寝たのは1ヶ月ぶりかな。よく寝られた。

夜中に何度か雨が降ったな。ざーっという音が何回か聞こえた記憶がある。
布団から起き上がりカーテンを開け空を眺める。今にも泣きだしそうな空だ。

7時半過ぎ、朝食を食べるため食堂に行った。朝食を頼んだのは2人だけだった。
メニューは、かまぼこ・ハムそれぞれ2枚。目玉焼き・鶉の卵のフライ(串刺し)3個・味付け海苔
それに味噌汁、キャベツの千切りのサラダだ。

食事を終え、民宿の人にカヌーは借りられるのかと聞くと、ヒナイ川だけだという。
それじゃ仕方ないな。バスの時間は遅いので、バイクを借りて自力で浦内川まで行った。

9時過ぎ、船乗り場に到着、T君とHさんはすでに到着していた。始発は9時半だ。余裕だな。
聞くと、昨日の”おじさん”が送ってくれたという。

T君たちは警察と営林署に電話して届けたが、届け出用紙に記入していなかったので
船乗り場の人から用紙をもらって書きこんでいた。計画は3泊で届けたと言う。
予定より1日でも遅れると、両側から一斉に20人くらいで捜索に入るというので
多めに届けておいたらしい。縦走なら1泊で十分だな。

僕はカヌーを借りるため手続きをしたが、ここのカヌーは上に座る不沈タイプと聞いていた。
しかしこのタイプは沈まない代わりにお尻の下に水抜き穴が開いていて必ず濡れてしまう。
そのため合羽を用意してきた。しかしよく聞くと、中に入る普通のカヌーもあるという。
迷わずこっちを選んだ。穴が開くか転覆でもしないかぎり沈没することはないだろう。
それにこっちのほうがいかにもカヌーらしい。スタッフから説明を受け早速乗りこんだ。

T君たちは「めっちゃ楽しそうだ」などと言っているが、見ているほど楽じゃないんだ。
動力は両腕のみ。風や干満、流れなどの影響をもろに受けるのだ。
僕はゆっくりと漕ぎ始め、川を遡及し始める。潮が満ち始めているので助かったよ。

漕ぎ始めて最初の支流の合流点にさしかかると、T君たちの乗った観光船が上がってきた。
二人はこっちに向かって手を振ってカメラを構えている。僕も応えて手を振った。
二人を見送るとカヌーを180度反転させて、観光船の入れない細い支流に入っていく。
実はこの奥に、戦前の炭坑跡があるのだ。さすがにそこまでは今日は行かないが、
その手前にある朽ちかけた橋をどうしても見たかったのだ。

100辰曚描未辰燭△燭蠅世蹐Δ、古いコンクリートの橋が見えてきた。これだっ!
HEYANEKOさんのHPで見てから何年経っただろうか。やっと見ることができた。
橋の上には木々が生い茂り、鉄筋も爆裂を起こし垂れ下がっている。
この道が廃れてからどれくらいの時間が流れたのだろうか。後は朽ちていくのみか。
石垣に帰ったら、ここの歴史を調べてみよう。

本流に戻り上流を目指す。頻繁に観光船が来るが、その曳き波が来るたびヒヤヒヤする。
カヌーは横波に弱いからな。波に直角になるようにすぐに艇の向きを変える。
観光客の注目をあびながら必死に漕ぐ。カヌーに乗っているのは僕だけだ。
さっきカヌーの受付をしていたと思われる女性はどうしたのだろう。姿が見えない。

時折青空も見えるが日差しはない。まあこのくらいの天気の方が暑くなくていい。
川は大きく蛇行しているので先がよく見えない。始めのうちは川岸をたどって進んでいたが
これじゃ大回りすぎる。しかし川の中央付近を漕いでいると観光船の邪魔になる。
それに先が見えないからどこが目的地かわからない。ひたすら漕ぐのみだ。

途中支流をみつけたので入ってみると、100団先に滝があった。
ここはカヌーみたいな喫水の浅い船じゃないと入ってこれないな。

先の見えない川をひたすら遡る。腕が疲れてくると右に曲がってしまう。
ギプスで固めていた右手の握力がまだ回復していないのだろう。
出航から約2時間、やっと観光船の終点の軍艦岩の船着き場が見えてきた。
この先は滝になっていて船では進めないのだ。マリウドの滝を見に行くために
カヌーを船着き場に横付けし、まず荷物を浮き桟橋に乗せた。しかしこの後が大変だ。
水の上に浮いているので非常に不安定で、ふらふらしてなかなか降りられない。
誰も見ていないので、這いつくばるようにして何とかカヌーから抜け出した。やれやれ。

この先の道は何度も来たことがある。カンピレーの滝までは簡単に行ける観光コースだ。
観光客を追い越しながら先に進む。30分ほどでマリウドの滝に到着。
乾いている岩の上に座りしばし休憩。来る時に買ってきた菓子パンを食べた。
その先のカンピレーの滝までは10分ほど。適当に写真を撮って折り返してきた。
T君たちは無事に進んでいるかな。携帯も圏外で知る術もないが。安全を祈る。

急ぎ足で船着き場に戻ると、観光船が横付けされていて時間待ちしているようだ。
すでに多くの乗客が乗りこんでいて、またしても注目をあびてしまう。

漕ぎ始めると2隻のカヌーが目に入った。さっきの人だ。もう一人はガイドのようだ。
ガイド付きのツアーを選んだのか。上りはカヌーを船で引き上げるから見えなかったのか。
その人はカヌー初心者のようで、僕の方が全然速い。余裕を見せながら追い越した。

しかし、しばらくすると向かい風になってきた。漕がないと押し戻されてしまう。
まいったな。だいぶ疲れてきて腕がいうことをきかなくなってきた。水をはねてしまうのだ。
あまり動植物を観察している余裕もなくなってきた。話し相手もいないので孤独感もつのる。
今度はガイド付きのツアーにしよう。

延々と時間が流れていく。度々木につかまって休む。まだかなあ。
カーブをクリヤーするたびに、次かな次かなと思いながら進む。腕が重い。
やっと最初の支流が見えてきた。もうすぐだ。カーブを抜けると船着き場が見えてきた。
しかしあそこまでかなり距離があるな。もはや残されたのは気力のみだ。
この辺りまで来ると海が近く波がある。漕いでも漕いでもあまり進まない。なぜだ。
同じ力で漕いでも半分くらいのスピードしか出ない。

桟橋に着いたときには精魂尽きたという感じだ。「お疲れ様でした」と声を掛けられた。
本当に疲れたよ。荷物をまとめバイクに乗り走りだした。

まだ少し時間があるから南風見田まで行ってみようかな。でも走り始めると寒い。
地図を見ると45キロ以上あるじゃないか。1時間はかかるな。もう一泊して明日にしよう。
途中で折り返し、ヒナイサーラの滝を見て宿に戻った。

7時から夕食。エビフライ・野菜炒め・大根の煮物・刺身・沖縄そば・サラダ・漬物
お腹いっぱいだ。食べ終わるとシャワーを浴びた。

T君達はどうしてるかな。今日は疲れたから早めに寝よう。

西表に行くぞ 2003,1,13
今日は西表島の民宿マリウドに来ています。西表は5回目くらいですが宿泊は始めてです。

夜中に寒くて2回起きたな。コンロで暖を取り、温まると寝るがまた起きてしまった。
シュラフは2枚重ねにしないとダメだな。ダウンのシュラフなら温かいんだけど、かさばるし
何しろ安い化学繊維の物の20倍くらいする。ちょっと買う気にはなれないな。

7時半、寒くて寝ていられなくなり、起きてコーヒーを沸かした。ふーっ、やっと温まった。
外を見ると、曇ってはいるが青空も見える。風も無く雨は降りそうもない。
トーストを食べ終わり外に出ると、HさんもT君も起きているようだ。西表に行くと言ってたな。
どうやら2時くらいの船で渡るらしい。僕も行きたくなってきた。同じ船で行こうかな。

太陽が出てきて暑くてたまらなくなりTシャツ1枚になる。テントの上にシュラフを干した。
暑いなあ、テントの中はサウナ状態だ。とても中にいられない。
外にパイプ椅子を出して計画を練り始めた。やっぱり行くことにしよう。
日帰り可能ならばマヤグスクの滝に行ってみたいな。ダメならカヌーに乗ろう。

T君とHさんは縦走をするので最低限の荷物で出掛ける。
他の不要な荷物は僕の予備テントを設営し、その中に入れた。
僕はテントを張りっぱなしにして1泊か2泊宿に泊ろう。張りっぱなしなら1日100円だ。

Hさんはさすがに荷物をコンパクトにまとめた。しかしT君はてこずっている。
何でもかんでも持っていこうとして、ザックに入りきれないようだ。米も1週間分はあるな。

僕は2日分の着替えとパソコン、ラジオなどをボストンバックに詰めこみ
Dバッグにはお菓子を少し入れた。2日分くらいの非常用の食料になるだろう。
昨日買った卵はどうしたものか。4個をT君にあげ、あとは茹で卵にして持っていこう。

カップ麺と残っていたバナナ2本、それに茹で卵と野菜ジュースで昼食にした。
テントの中を片付け、僕は準備が終わったので二人の準備を見守った。

T君は相変わらず荷物の多さに悩んでいる。でも何とか詰めこめそうだ。
これを背負ったら後ろから頭が見えないな。荷物が歩いているように見えるよ。
こんな重い荷物で縦走やら幻の湖なんて行けるのかな。ジャングルで3泊して、
そもそも幻の湖なんて本当に素人が行けるんだろうか。
遭難したら大変だし、僕のテントに荷物を残されたままでは困る。
僕は西表に詳しいIさんに、T君にアドバイスをしてくれるようメールを送った。

僕は1時37分のバスに乗るためキャンプ場を後にした。サンシャインホテルからバスに乗り
1時50分、定刻通りターミナルに到着。歩いて5分ほどの離島桟橋まで行った。
出港までまだ30分あるな。西表の民宿マリウドに電話すると2つ返事でOKだという。
まあこの時期に満室になることはないだろう。
僕は港に迎えが来るので船浦行き14時30分の安栄観光だが、
T君たちは歩きなので、キャンプ場に近い上原行き14時40分の八重山観光フェリーだ。
しばらくは桟橋の前の屋根の下でまったり。10分前くらいに船に乗った。T君達は来ないな。
出港の少し前にT君とHさんの姿が見えた。手を振っているので僕に気付いたようだ。

船浦航路は風が強いとすぐに欠航になる。今日は平常運航なので揺れないだろう。
左右に島を見ながら高速で進む。左に竹富島、黒島、小浜島。右には鳩間島。
そういえば来週からちゅらさん2のロケをやるって言ってたな。小浜も行きたくなった。
出港から約40分、それほど揺れずに西表に到着、船浦は久しぶりだな。

港に降り立つが迎えの車が見当たらない。しばらく周囲を歩き探していると
マリウドと書かれたワンボックス車が入ってきた。手で合図し名前を言って車に乗りこんだ。
5分ほどで到着、部屋に案内され荷物を置いた。夕食は7時からだという。
マヤグスクのことを民宿の人に聞くと日帰りはかなりきついという。それじゃカヌーに乗ろう。
まだ3時だな、どこかへ行けるな。レンタバイクを借り近くを回ってみよう。

早速50ccのスクーターで走り始めた。上原港に行くとT君とHさんがいて、
T君が携帯で電話している。話しの内容から相手はIさんのようだ。
僕のメールを見て、T君に電話してくれたらしい。

話しによると、幻の湖は元自衛隊のレンジャーの人が藪を切り開きながら2日かかったという。
それにそこは”ただの水たまり”らしい。とにかく素人が行けるところじゃない。
Iさんに説得され幻の湖は本当に幻と化したようだ。でもそれでよかったんじゃないか。

僕は先遣隊としてキャンプ場と浦内川の船乗り場を偵察に行った。
星砂海岸までの道は案内標識が無く、行ったことのある僕でも迷ってしまった。
2つあるキャンプ場のうち、”星の砂”の方は休業中だったが、星砂亭は営業中だった。
ここの海岸の砂はみんな星の形をしている。始めて来たときは驚いたな。
T君たちの所に戻り情報を提供、僕は浦内川を見に行って帰ると二人は既に星砂に着いていた。

星砂海岸に降りていくとHさんが、「ここは水がないですね」と言っている。
「ここはキャンプ場じゃないです。キャンプ場はこの上です」といって場所を案内した。
テントの設営を終え、明日の計画を練っていると、ここに100泊したというおじさんがきた。
自分のことをさかんに”おじさん”というおもしろい人だった。
T君はすでに肩が痛い、などと言っているが大丈夫か。やっぱり荷物が多すぎるんだ。
明日は相当長く険しい道を歩かなければならない上、舗装なんてしてないのに。

6時過ぎ、薄暗くなり始めたので僕は宿に帰ることにした。
宿には縦走に関する資料がたくさんあった。これくらい情報を集めてからじゃないとな。

夕食は、さしみ・ステーキ・ゴーヤーチャンプル・酢のもの・あさりの味噌汁・サラダ・漬物だ。
かなりボリュームもあり、ご飯もおかわり自由。久しぶりのテレビを見ながら食べる。
いかにも合成着色料っぽい漬物以外全部食べたらお腹いっぱいだ。
9時ころ眠くなってきたのでシャワーを浴びた。予想通りここにも浴槽は無かった。

秘密基地 2003,1,12
今日も一日降水確率はゼロ。快晴ではないけどまあまあいい天気だ。

今朝は少し冷えこんだな。そういえば夜中に起きた時星がすごくきれいだった。放射冷却かな。
寒くて寝ていられなくなり7時半にコーヒーを沸かした。テントから外を見ると青空が見える。
ここ何日かは天気が安定していて、あと3日くらいは良さそうだ。

天気がいいのでシュラフをテントの上に干し、洗濯をすることにした。
今日も全自動しか空いていなかったので、洗濯物を放り込んでスイッチを押した。

テントに戻るとT君がだれかと笑いながら話しをしている。なんだろう。話しの輪に入った。
話しの相手は昨日来たHさんだがT君の横にテントを張っていた。
北海道のキャンプ場で出あって、ここで偶然再会したという。
隣にいたのに気がつかなかったなんて・・・。
きのうからそんな気がしていたらしいのだが、人違いだと恥ずかしいので
今朝携帯に電話したら隣のテントで電話に出たという。それで笑っていたんだ。
こういう偶然の再会って嬉しいんだよな。僕も3年ぶりに偶然再会した経験がある。

3人で話しをしていると、おじさんがテントの数を数えにやってきた。
するとHさんはそのおじさんと北海道で会ったことがあるようで話しを始めた。
おじさんは、「今日は飲む日」などと言って僕達を飲みに誘った。なんか危なそうだな。
僕はバイクだし用事があるので、といって遠慮させてもらった。朝からビールはちょっと…。
おじさんと二人はパーラーへ向かったが、しばらくするとおじさんが
「今日は飲むぞー」とおたけびを上げた。どうなることやら。

ぼくは日記のアップを済ませ、カネヒデに買い物に出掛けた。久しぶりの日曜朝市だ。
やっぱり自由に動けるのっていいなあ。
カネヒデに着くと習志野のバラデロが止まっていた。
桜島で出会ったおじさんだ。考えることは同じだな。
カップ麺が69円で安いのでいくつか買いこみ、卵を88円で、あとバナナを買ってきた。
キャンプ場に戻ったら、ブルーシートを買うのを忘れたことに気がついた。
まあバイクならすぐだ、再び街へ。K-maxに行き1.8×1.8のシートを2枚買った。
これをテントの北側に張り風除けにすることにしたが、今日は無風でテストできない。
風が吹いたらどうなるか、出たとこ勝負だ。

買ってきたカップ麺とバナナで昼食にし、しばらくテントでまったり。

T君たちはまだ戻ってこない。

2時過ぎ、昨日に続いて米原に行ってみたくなった。バイクなら20分だからな。気軽に行ける。
キャンプ場出入口のパーラーには赤い顔をしたT君が見えた。まだいたのか。
結局3時近くまでビールを飲んでいたようで、朝食も昼食もビールだったと言っていた。

昨日と同じ道を通り快走、米原に到着。当然テントは無く誰もいない。
浜に出て11号に向かう。今日は浮きが外されていて入り口を探すのに一瞬迷った。
入口にはサンダルの足跡がある、今日はいるかな。
ブッシュをかき分け入ってい行くと、パチパチと木が燃える音がする。
ゆっくりと”炊事場”に行くと、タジマさんの背中が見えた。
「こんにちは」と声を掛けると振り向き、不安そうに「はい」と答えた。
「お久しぶりです」と言うと、僕とわかったのか「お〜お」と言って笑顔になった。
「ずっとここにいるんですか?米原は閉鎖で誰もいなくなっちゃいましたね」
「うーん、もう水は出ないけど・・・シャワーは出るよ」
炊事の途中だったので「それじゃ、また来ます」と言って後にしたが、今度はいつ来れるかな。
その時タジマさんはまだいるのだろうか。そして、僕を覚えていてくれるといいな。

浜に戻ると、ふと昨日感じたここの魅力が何であるか、今わかった。
少年時代、男ならみんな経験したことがあると思うが、それは”秘密基地”だ。
家以外の自分の”城”にいると、何とも言えない嬉しさを感じたものだったな。

しばらく浜にあるシャワー跡のコンクリートに腰かけ、誰もいない海を見ていた。
春に来た時のことや、閉鎖前のことが頭に浮かんできた。

米原を後にし、於茂登トンネルを通りバンナ公園側からスカイラインを通り展望台に登った。
観光バスが2台止まっていて観光客がひっきりなしに来る。
観光タクシーも入れ替わりたちかわり来て落ちついていられない。

早々にバイクに乗りそこを立ち去り市民の森側の展望台に行った。
こちらは観光バスも来れないし、地元の人くらいしかいない。
観光客にはあまり知られていない穴場だが展望は良い。向こうよりいいかもしれない。
石垣の市街地全体が見渡せるし、天気が良ければ離島も良く見える。

ローラー滑り台付きの展望台に登ると、犬を連れた子供達が登ってきた。まさか犬も・・・。
見ていると男の子が犬の紐を持ち、滑り台に座り犬と滑ろうとしている。
その時、多分その子のネーネーだろう、「ジュリー」と声を掛けた。
すると滑ろうとしていた犬が後ずさり、男の子は「滑ろうとした時に呼ぶなー」と言って
無理やり犬を引っ張って滑り始めた。滑り始めた犬はぺっぴり腰になっている。
止まろうと思っても、下がローラーなので止まれないのだ。見ていて笑いも止まらなくなった。

一回だけかと思ったらまた登ってきた。犬も喜んで付いてきているようだ。今度は犬が先か。
「ゴー、ゴー」と言うと、犬は少しづつ下りて行くが、
その後を追いかけるように子供達4人が連なって滑り始めて犬に追突。
驚いた犬はローラーの上を走り始めた。下がローラーなので何度もコケそうになる。
そんなことを何度も繰り返していた。まったく楽しそうだな。
僕も滑りたかったけど子供達の親が見ていたので止めることにした。

一度キャンプ場に戻り洗濯物を取りこんでいると、男の人が訪ねてきた。
「西表に行った人から聞いたんですけど、自転車が余っているんですか」と言う。
そういえば北見ナンバーのライダーにそう言ったな。彼から聞いたんだろう。
「はあ、これですけど」と言うと
「安く売ってもらえませんか」と言うので、どうせ誰かにあげるつもりだったので
2000円で譲ることにした。

5時過ぎ再び街に買い物に行った。
今日から7日間、ほか弁で唐揚弁当が300円なのだ。これを見逃すテはない。
途中、古本屋に寄るとT君がコミックを立ち読みしていた。僕は文庫本を1冊買って店を出た。
他に食パンを買ってキャンプ場に戻った。

Hさんは体調が悪いと言っていたが、早々に寝てしまったようだ。テントは真っ暗だ。
8時ころT君が僕のテントに来た。明日西表に渡り縦走するという。
僕も誘われたが4泊もジャングルで野宿なんてとてもじゃないが耐えられない。
せいぜい1泊だ。それに情報収集を全然していない。
この時期天候も不安定だし危険すぎるので今回は辞退する。

10時半、シャワーを浴びにテントを出たが、かなり寒く感じる。
月明かりで影がはっきり映るほど明るい。今夜は冷えそうだな。

島内観光だ 2003,1,11
今日は久しぶりに一日晴れの予報。こういう時は島内観光さ。

昨夜の天気予報では晴れの予報だったのに、
今朝になると晴れ時々曇り所によって一時雨。本当に不安定な天気だな。

7時半、目が覚めてテントから顔を出すと、曇ってはいるが青空も見える。
コーヒーを沸かし、いつものようにトーストを作るが昨日買ったチーズは失敗だったな。
とろけるチーズはそのままではぱさぱさでおいしくない。
加熱してからパンに乗せようとするとフィルムが剥がれない。困ったもんだ。
これはオーブントースター向きだな。

朝食を終え炊事場で洗い物をしていると、いつも遅起きのT君が来た。
「なんだなんだ、こんなに早く。せっかく晴れたのに雨が降るぞ」と冷やかした。
「最悪っす。シュラフにお湯をこぼして・・・。それで起きてきたんです」
あーあ、ダウンのストレッチが。

テントに戻りバイクのカウルを外し配線の点検をする。
事故の前まで使えていたシガーライターが通電しなくなってしまったのだ。
走りながら携帯の充電ができて便利だったのに。
配線をたどるとコネクターの部分で接触不良になっていた。
さし込み直し、ビニールテープを巻きOKだ。キーを回すと通電を示すLEDが点灯した。

修理が完了すると、T君が来て予定通り島内観光に行こうということになった。
さすがに自転車じゃ平久保までは行けないからな。
バイクが戻ってきて天気がよくなったら行こうと言っていたのだ。
シート後部に取りつけてあったサイドバッグ用のベルトを外し、これで2人乗り可能になった。

このアフリカツインは230キロ以上ある。60キロくらいの荷物は何でもない。
キャンプ場を出て北上、米原キャンプ場に向かった。引越してから行ってなかったな。
さすがバイク。20分くらいで到着、しかし米原は冬季閉鎖中。
施錠されていてバイクは中に入れない。

中央の入り口にバイクを止め散策開始。2週間ぶりだがすごく懐かしい感じがする。
当然なことだがテントは1張りもなく、閑散としている。人っ子一人いない。
僕達がテントを張っていた場所に行く。
砂盛りはまだ残っていて、ついこの前まで生活していた温かさが感じられる。
テントの張ってあった跡をひとつひとつ確認していくと、
あのころのメンバーの笑顔や声が鮮やかによみがえってきた。
あのときのメンバーがもう集まることはないんだろうな。すこしセンチメンタルな気分になる。

高校の卒業式の後、教室で担任の先生が言った言葉が急に思いだされた。
「こうしてこのクラスの全員が集まることは、おそらくこれが最後だぞ」

海岸に出て幻の11号へ行ってみる。米原歴20年以上の妖精さんがいるはずだ。
浮きを目当てにジャングルに入る。ブッシュをかき分け入るとそこは別世界だ。
ブルーシートできれいに三角形に作られた倉庫と炊事場。
寝室のテントは別の所にあり、道には珊瑚が敷き詰められている。
炊事場の入り口は烏除けのためにネットでできている。
中は一通りの機材が揃っているが、おそらくほとんどは拾ってきたものだろう。
何年かけて作り上げたのだろう。こんな生活もいいなあ。でも社会復帰できなくなるだろうな。
肝心の本人は確認できなかった。寝ているのかまたは出掛けているのだろう。残念だ。

米原を後にし、知花食堂でそば+ライスを頼んだ。ここも約2週間ぶりだ。

食べ終わると今度はマーペ登山だ。
T君はモダマを探すため1号目に降ろし、僕はバイクで5号目に向かった。
1号目からだとゆっくり行っても1時間強だな。
そのまま行くと早く着きすぎるので、遠回りして行く。
玉取崎に行ってみるが霞みがかかったようで視界がよくない。
伊野田キャンプ場に行くと、テントは札幌ナンバーのライダーの1張りのみ。寂しいな。

それから野底林道を登り5号目に到着。しばらく時間調整をして登り始める。
ここからだと15分で登りきってしまうな。
ロープ伝いに登り12分で到着、T君の姿が見当たらない。早すぎたか。
頂上の岩によじ登ると素晴らしいパノラマが広がった。やっぱり霞んでいるな。残念だ。
ふと下を見るとT君がたたずんでいた。小石を投げると振り向いた。
やはりモダマは発見できなかったと言う。二人とも5号目に下山しバイクで下る。
玉取崎を経由し、今度は石垣島最北端の平久保崎灯台に向う。

極端に交通量の少ない道を快走する。すれ違う車のほとんどはレンタカーだ。
信号や一時停止は一箇所もないので僅か15分程で到着する。ここも霞んでいる。
T君はここは初めてだという。自転車じゃここまでは難しいかな。

帰りにきれいな砂浜に寄りまったり。T君はさかんに貝を拾っている。少し寒くなってきた。

その後ウガン崎に寄りキャンプ場に戻った。

もう150キロほど走ったからな。僕は夕食を作る気力がなくなり街に弁当を買いに行った。
買い物をしようとも思ったが、明日は日曜朝市で安売りする。明日にしよう。
6時過ぎ再びキャンプ場に戻り夕食にした。空腹は最高の調味料だ。

8時過ぎT君が来てポップコーンを作ったりジャンべーで遊んだりまったり。
10時過ぎシャワーを浴びた。

明日も天気がよさそうだな。

突然の暗闇 2003,1,10
すこしづつではあるが、親指が曲がるようになってきた。自分の事ながら生命力を感じる。

相変わらずのぐずついた天気だ。まるで梅雨のよう。
僕の地元である静岡は、冬の間はほとんど晴天だ。雪も数回しか降らない。

7時半ころ起きてコーヒーを沸かした。テントから出てみると、
夜中にだいぶ雨が降ったようで、芝生がぬかるんでいる。
雨は降っていないが晴れそうもない。しかし30分ほどすると雲が切れてきた。
突然陽が射してきた。テントの中で片付けをしていたら暑くてたまらない。
洗濯物を全自動洗濯機に放り込んでスイッチを押した。終るまで蓋を開けないようにしよう。

テントに戻り、昨日買った1.8×2.7辰離屮襦璽掘璽箸妊丱ぅカバーを作ることにした。
まず二つ折りにし、隅を縛る。そして重なった両側をP=70世らいで穴を開けていく。
穴は蚊取り線香を使って開ける。2〜3個所穴を開けると火が消えてしまうので
そのたびにライターで火を着け穴を開け続ける。んっ、雨か?急がなければ。
それが終わると紐を通して縛る。これで完成だ。
早速バイクに被せてみるが、風が吹くとすぐにふっ飛んでしまう。
ハトメに紐を取りつけ4箇所ほどバイクに縛ると飛ばずに済むようだ。
しかし、毎回縛るのは面倒だ。後でナスカンを買ってこよう。

そんなことをしているうちに洗濯をしていたことをすっかり忘れていた。速攻で取りに行く。
さっきまで晴れていたのにもう雨か。タープの下に干すがこ、これじゃ乾きが悪い。
最終手段、ガスコンロで強制乾燥だ。しかしこれは手が熱くてたまらない。
気がつくと手の甲の毛が燃えて無くなってる。変な匂いの原因はこれだったのか。

12時前、雨が上がったので準備をし出掛けることにした。
局留めで送ってもらった郵便物がもう到着しているころだ。
さすがにバイクは早い。10分もかからずに街に着いてしまう。その前に100均に寄った。
ナスカンとカラビナそれに自転車用のゴムを、さらに電球を見るとショックを受けた。
ホームセンターで2個320円で買ったマグライトのクリプトン電球が、100円で売っている。
まさか100均で売っているとは思わなかった。しかも3つも入って。
同じ物を買うのは癪にさわるので、ハイグレードのハロゲン球を買ってきた。

その後、八重山郵便局に行き、僕あての郵便物を受け取った。
局留めにすれば、全国どこに旅していても郵便物を受け取れる。便利だ。

雨が少し強くなって来たのでK-MAXに寄り、ドカヘルを買ってキャンプ場に戻ることにした。
途中T君の自転車とすれ違い手を降った。

テントに戻って荷物を置き、雨が上がったので再び出掛ける。
バイクだと何度でも全然苦にならない。
まず警察署に行き保険金請求に必要な事故証明をもらおうとしたが、
ここではなく安全運転センターで発行すると言われた。
郵便局の振込み用紙をもらって出てきたが、直接もらえないものか。

こういう時にネットが役に立つ。すぐ近くのマルチメディアセンターに駆け込み調査開始。
自動車安全運転センターに出向けば即日交付されるという。
早速場所を検索。しかし略図でよくわからないのでmap-fanと照合、確認した。

しかし行ってみると、やはり同じ振込み用紙を渡された。
直接交付を受けるには那覇まで行かなければならないという。それじゃ仕方ない。
でもなんで配達までに15日もかかるんだ。そもそも郵便振替は時間がかかりすぎる。
まあ時間はあるからいいか。

また雨が強くなってきたのでマックスバリューで惣菜を買いキャンプ場に戻った。
風が強くなってきた。
隣のテントの人は張りっぱなしでどこかへ行っているようだが荒れ放題だ。
タープはぶっ飛び、カラスによってコンビニ袋が散乱。戻ってきたら驚くだろう。

ご飯を炊き、焼き鳥とコロッケで夕食を食べた。

まだ明るいのでバイクカバーに金具を取りつけることにした。
ハトメに自転車用のゴムを通し適当な長さで切る。
片方は引っ掛け金具が付いているので加工の必要はない。エンジンガードの穴に引っ掛ける。
もう片方はリングになっているので、ナスカンを取りつけブレーキペダルに固定。
これで飛ぶことはないだろう。
もう乗ることのない自転車は、カバーを掛けロープでグルグル巻きにした。
しかし、この自転車はどうしたものか。欲しい人にでもあげようか。

10時半ごろシャワーを浴び始めたところ、突然真っ暗になりお湯も止まった。
おいおい勘弁してくれよ、こんな時に。なんなんだいったい。
しばらくしても復旧しない。寒くなったきたのでとりあえず懐中電灯を点灯し服を着た。
シャンプーやボディーソープを使用しているの際中でなくてよかった。

管理室に行ってみるが当然のこと誰もいない。しかし電気はついている。
上のコミュニティードームの電気も消えたようで、誰かがやってきた。
彼が夜間連絡先に電話したところ、しばらくするとオーナーらしき人が来て点検、
ポンプ室のブレーカーが落ちていたようだ。
ブレーカーを復旧させると電気がついたがもう大丈夫だろうな。

シャワーを浴び直し、テントに戻りラジオ深夜便を聞きながら夢の中へ・・・。

戻ってきた風 2003,1,9
おかげさまでやっとバイクに乗れるようになりました。約6週間ぶりのバイクです。
ちょっと日記のスタイルを変えてみました。いかがでしょう?

今日はぐっすり寝られたな。7時半に起き外を見まわした。霧雨が降っているようだ。
石垣の天気予報は数時間おきに変わるからな。週間予報はおろか明日の天気予報さえあてにならない。

僕が最初にバイクで石垣に来たときの船で気象庁の人と一緒になったが、最初その事を知らずに
「この辺りの天気予報は全然あてにならん。下駄を投げて予報を出しているんじゃないのか」
などと言っていると
「そんなこと言わないで下さい、亜熱帯の予報は難しいんです」
「えっ?」
「気象庁は浮かばれない庁なんです。予報は当たって当たり前、外れれば苦情がガンガン」
彼は気象庁の御殿場の富士山頂の測候所に勤務していた。
普段聞けない情報をいろいろと教えてもらった。

いつものようにコーヒーとトーストで朝食だ。
雨が止まないかなあ、と思いながら昨日買った文庫本を読んでいたが
ふと側にあったツーリングマップル中国・四国版が目に入った。
中国山地、岡山県の辺りのページを開いていると、行った事がある温泉がたくさんある。
いったいいくつの温泉に行った事があるのか気になってきた。
さっそく最初のページから全てチェックしてみた。
ざっと数えて16個所、忘れてしまった所もあるかもしれない。
九州版では12箇所。まだまだだな。

中国あたりの地図を見ていたら、中華人民共和国へ行ってみたくなってきた。
そういえばラジオ深夜便で蘇州夜曲が流れていたな。

簡単に昼食を済ませ、自転車でマルチメディアセンターに向かった。
途中見覚えのあるタクシーのが近付いてきて、すれ違いざまにクラクションが鳴った。
こちらに向かって手を振っていた。この前の運転手だ。

昼休みなので係の人がいない。名前と時刻を書いて早速パソコンの前に座った。
JTBや近ツリのホームページを検索。さすがに三峡クルーズは15万くらいするが
蘇州を含む5日ほどのツアーなら6万前後とお手軽だ。連休中だと倍以上になってしまう。
安い平日に行くんなら今しかないな。しかし一人だと三万円弱の追加料金が必要だ。
県庁のHPでパスポートの取得を検索すると、5日くらいで発給されるようだ。
旅行代理店をさがしてパンフレットをもらってこよう。

1時間半ほど情報収集をしてマルチメディアセンターを出て八重山ホンダに向かった。
バイクは届けてくれると言う。自転車も一緒に乗せてキャンプ場まで送ってもらうことにした。
しかしアフリカツインは大きいので、軽トラの荷台に斜めに乗せてやっと乗る。
自転車の後輪をアオリの上に乗せて無理やり縛りつけた。
10分ほどでキャンプ場に到着。バイクと自転車を降ろした。
バイクにまたがりテントサイトまで乗っていく。懐かしい感触だ。やっと復活、嬉しいなあ。
すぐにヘルメットとグローブをとり出し出掛けることにした。

通りに出て軽く右手をひねる。エンジンがふけあがる。うおーっ、この加速感がたまらない。
すぐに感覚が戻った。風になる。少し右手が痛むがそんなことは気にならない。
バイクが僕と一体になってきた。こがなくても進む。嬉しくなってあちこち買い物に走りまわった。
何度怪我をしても、バイクはやめられないんだよなあ。
でも何か変だ、フロントから音がする。偶然バイク屋さんのすぐそばだったので寄ってみた。
キャリパーをバラし、パッドを磨いたら直った。長時間乗らなかったからだろう。
5時過ぎキャンプ場に戻ってきた。復活だ!

復活宣言! 2003,1,8
今日病院に行き診察を受け、今後の治療計画が決まる。いつごろ帰れるかわかると思います。

夜半からすごい強風が吹き始め、テントがゆさゆさと揺れる。午前4時ころ、タープのブルーシートがやけに騒がしいのに気付き外に出てみると、左側の一番隅のハトメが飛んでいてバタバタと煽られている。まいったな、周囲の紐も切れている。懐中電灯を持ってきて、切れた紐を何とか結びつけた。そしてその部分からロープを延ばしペグで打ちこんだ。やれやれ、と思ったのも束の間、反対側を見ると前後に張ったメインロープが切れている。うるさいわけだ。延長用のロープを結びつけ補修した。ここに来て最強の風だったからな。この程度の被害でよかった。あとで補強しよう。7時半再び目が覚めた。風はだいぶ収まったがまだ小雨が降っている。ふとテントを見上げると昨日テントとブルーシートの間に挟んだ防水用のレジャーシートがない。おかしいな、付近を見回すが見つからない。捜索範囲を広げると20辰曚媛爾離乾┘皀鵑気鵑離謄鵐箸離蹇璽廚飽っかかっている。すぐに回収し挟み直した。しかし風が吹くとまた飛んでしまった。タープがしっかりとテントを押さえていないのでダメだ。仕方なく周囲のロープを全て点検し緩みがないよう締め直した。念のためレジャーシートをガムテープで固定した。ようやくコーヒーを沸かし朝食にした。しばらくテントでまったりしていると、雲の切れ目から陽が射してきた。こうなると暑くてたまらない。Tシャツ1枚になって洗濯をすることにした。洗濯機は空いていてすぐに終わった。しかし戻ってきて、干し終わるとまた霧雨が降り始めた。でも陽が射している、変な天気だ。急いでとり込みタープの下に移した。昼ごろには雨も上がったようだが、雨のスタンバイはできている。簡単に昼食を済ませ、自転車で街に向かった。防波堤の上を走り始めるとまた雨だ。でも気にせず走り続ける。湿度が高く暑い。ブックマーケットに寄り古本を三冊買いこみ、マルチメディアセンターに到着。受付の人がお昼でいないので、名前を書きこみ早速パソコンの前に座った。ここなら時間を気にせずネットができるな。まずは八墓村について調べる。ロケはどの鐘乳洞だったのか。調べていくと映画は2本あったのがわかった。一つは岩手県の滝観洞(ろうかんどう)。もう一つは岡山県の満奇洞だった。僕はどちらも行ったことがあったが、滝観洞は途中低いところが何箇所もあり、ヘルメットを被ってかなり苦労して、一番奥の地底の滝までたどり着いた記憶がある。一方満奇洞は典型的な横穴で起伏があまりない。一箇所低いところがあったがおおむね立って歩ける。地底の池は言葉を失うほど幻想的だった。(映画では死体が浮いた池だが)。鐘乳洞に行くときはぜひそのでき方を理解してから行った方がいい。おそろしく、気が遠くなるほどの時間をかけて、全く光の無い世界で、1滴1滴のしずくが作り上げた自然の芸術。見たときの感動が倍増すると思います。そのあとはヘルメットとジャケットなど徹底的にサーチをかけて調べた。1時間半ほどで全てのデータが集まった。手帳にメモしセンターを出て、サンエーの2階の100均に行きアロマ用のキャンドルを50個買った。アロマにはまってから1日3〜4個くらいキャンドルを使ってしまう。その後は病院に向かったが、途中雨がやや強くなってきた。通り雨だろうが思わず傘を広げて走る。しばらくして病院に到着。受付を済ませ、さっき買った本を読んで待つ。30分ほどで呼ばれて、まずはレントゲンだ。なぜか今回は看護婦が指示書の内容が間違っていないか確認した。5回目にして初めて正確な指示書を渡された。レントゲンを撮り終るとすぐに呼ばれた。今日はなぜか赤嶺先生自ら呼びだしている。写真を見て、「骨はずれていないね、30日に手術しましょう。バイクも・・・乗っていいでしょう」ということになった。やったあ!やっとライダーに復活だ。バイクは直ってないけど。キャンプ場に戻り夕食にした。暗くなってくると、キャンドルだけの明かりにする。アロマの香りと揺らめく光、すごくいいムードになる。明日天気がよければバイクを引き取りに行こう。長かったなー、ふたつよいことさてないものよ。されど、ふたつわるいこともさてないものよ。

強硬突破 2003,1,7
今日は一日雨か、ずっとテントの中にいると退屈だ。入院しているときみたいだなあ。

昨日はなかなか寝つけなかった。夜中に何度も目が覚め、午前4時ころにも雨音に目が覚めた。風はあまりないが降り続きそうな雨だ。止むといいんだけど。7時半、明るくなったので起きるとまだ雨が降っている。それほど強くはないが、梅雨のようにしとしとと降っているイヤな雨だ。テントの中でコーヒーやトーストを作る。洗い物をしに炊事場へ行くが、すぐテントに逆戻り。ラジオを聞いたり本を読んだり。今日は出掛けたかったんだけどな。七草粥なるものを作ってもみたかった。あきらめてテントの中で仰向けになり天井を見つめていると、なんと雨漏りしているではないか!メッシュの部分に付いた水滴は表面張力でかろうじて落ちてこないが、これが大きくなると落ちてくるだろう。どうやらブルーシートもメインロープとこすれて薄くなってしまったようだ。幸い年末に買ったレジャーシートがあったので、ブルーシートとテントの間に挟みこんでことなきを得た。昼になっても雨は降り続けている。米原と違って近くに食事ができるところがない。とんかつ力や知花食堂、海人ラーメン、トミーのパンもあったし中舛売店もあった。ここは街には近いが、意外に米原の方が便利だった面もあるな。三時過ぎ、一瞬雨が上がった。今しかない、と思い身支度を整え出掛けようとすると大粒の雨。うまく行かないもんだ。それからしばらくして5時前、再び雨が霧雨程度になった。今度は強硬突破だ。自転車のサドルを拭き出発した。入り口の所にさしかかった時、軽自動車が入ってきて窓から手を振っている。あっ、伊野田のちゃーがんじゅーさーのおばさんだ。怪我をしてからしばらく行ってなかったな。僕が怪我をしたことはIさんが伝えてくれてあり、僕の手を心配してくれていた。ゴエモンさんに用があって来たようだが、顔を覚えていてくれるのは嬉しいな。「治ったらまた行きます」と言ってキャンプ場を出た。新川のマックスバリューに行ったが七草セットは見当たらなかった。適当に惣菜と食パンを買って店を出ると雨が少し強くなっていた。傘をさすのが面倒なのでそのまま走り続ける。1月とはいえ沖縄の雨だ。濡れても寒くないからな。途中ホッパーでポップコーンなどを買いキャンプ場に戻ってきた。ご飯を炊き、買ってきた惣菜をおかずに夕食を食べた。やきそばは余分だったか。とても食べきれない。後で食べよう。8時過ぎTくんがやってきてダベリング、ポップコーンを作って食べた。今日はなぜかやたらと静かだ。みんなどこへ行ってしまったのだろう。さっき来たちゃーのおばさんと関係あるのか。コミュニティードームには居眠りをしている一人しかいなかった。いつもは酒盛りで盛りあがっているのに。10時半シャワーを浴びテントに戻った。ラジオ深夜便のテーマ夢を聞きながら夢の中へ・・・。

ラジオでこんなことを言っていたな。「変えられるものは変える努力をしましょう。変えられないものはそのまま受け入れましょう」って。この天気は、変えることはできない。しかし、傘をさして歩くこともできるし、バスで街に行くこともできる。状況打破できる手段はいくらでもある。ただ何もせずに過ごす時間はもったいないな。せっかく手に入れた自由な時間だから。でも、こんな時間の過ごし方も、いろいろなことを考えたり、思ったりできる。あとからいい思い出になるかもしれないね。
加藤芳郎さんは「喜びは、人に話すことで倍になり、悩みは、人に話すことで半分になります」と言っていた。近くに直接気持ちを伝えられる人がいなくても、今はメールやネットなどのメディアでいろいろな人達とつながっている。日記を書くことで、その日起きたことを思い起こすことができるし、僕の生きた足跡にもなる。読みかえしてみると、忘れていたいた風景や人達が、ぱっと頭の中によみがえってくる。それに、誰かが読んでいてくれるなら、喜びも倍になるし、悩みも半分になるな。

チャリでツーリング 2003,1,6
今日から仕事初めの人も多いんじゃないかな。昨日に比べればだいぶ暖かく過ごしやすいです。

今日も8時起床、風がピタっと止んで無風状態だ。テントから出ると今日も雲量10。高気圧の縁にあたっているようだ。でも昨日に比べれば暖かくなり、寒さにふるえるようなことはなくなった。ちょっと上着をはおったくらいでちょうどいい。コーヒーとトーストで朝食を済ませると、洗い物と洗濯を同時にすることにした。Gパンがあるので2回に分けて洗う。ついでに歯を磨き顔を洗う。しかしこれは忙しい。洗濯機を止めたままにできないし、流しも占領したままにできない。流しと洗濯場を行ったり来たり、休む間もない。あげくのはては洗剤を忘れてテントに行ったり。今度はどれか一つづつにしよう。ようやく洗濯が終わりテントの近くの木に干した。1時間ほどテントでラジオを聞きながらアロマを楽しみまったり。昼近くなりT君は出掛けていった。僕は適当に昼食を済ませてから出掛けることにした。今日ならもうどこも仕事を始めているだろう。走りだすと小雨が降ってきた。でもすぐに止むだろう。街に着くころには気にならないほどになった。途中マルチメディアセンターに寄ってみたがやっぱり休み。図書館も休みなので、やいまワールドまで行った。パソコンは2台とも使用中だったのでどこかに行こうと思ったら霧雨が降ってきた。やいまワールドに戻り月末に母や妹、それに甥っ子がくるので食事のできる所のを調べるためパンフレットなどを見ていると、15分くらいで空いた。自分のHPを確認したり友人のページを一通り回ってみた。今日の目的は事故で傷ついたヘルメットやジャケットなどを調べること。だけどみんな廃番になっていて、最新の物しか出てこない。仕方ないので参考に控えておく。明日ゆっくり調べよう。やいまワールドを後にし南海自動車へ向かう。そこは全労災の指定工場で、ヘルメットなどの写真を撮ってもらう。しかしさっき電話で聞いたのだが場所が全然わからない。サンエーの前の公衆電話で聞くとけっこう遠いな。まあ何とか道もわかったのでゆっくりと走る。ずうーっと緩い上り坂で意外と疲れる。空港を回りこみ15分程で到着、そこは日野自動車の代理店だった。みんなHinoの紫色のツナギを着ている。懐かしい。しばらくして担当者が来て写真を撮ってもらった。自転車で帰ろうとすると、どこから?と聞かれたので、「唐人墓の手前のキャンプ場です」と言うと、「えっ、そんなに遠くから、送りましょうか?」と言われたので「大丈夫です」と答えたが「軽トラに乗せれば一緒に行けますよ」とも言われたが、10舛曚匹竜離は僕にはたいしたことない。途中買い物をするということで遠慮させてもらった。100均に寄るとアロマオイルの種類がたくさん増えている。みんな欲しくなったが、サンフローラルとユーカリ、それにサンダルウッドの三種類を買ってきた。隣のマックスバリューでカセットコンロのガスを買い、海岸沿いの防波堤の上を通ってキャンプ場に戻った。ご飯を炊きレトルトカレーを作り、MDを聞きながらまったり。8時半ころT君が来た。今日は”もだま”を探しに於茂登岳に登ったらしい。ジャックと豆の木のモデルになったサヤが1辰らいある巨大な豆だ。登山道沿いには無く、ブッシュをかき分け脇に入ったが、遭難しそうで深くへは入れなかったらしい。結局見つけられなかったという。T君は「疲れた」を連発し、ずっとゴロゴロしていて10時前シャワーを浴びて休むことにした。シャワールームにはいつも10〜15センチくらいの大きな蛙が数匹いて驚かされる。

この冬一番の冷えこみ 2003,1,5
一般には連休も今日まで。Uターンラッシュはまだ続いているようです。

ラジオから流れるラジオ体操で一度目が覚めた。んっ、風が強いな、それも北風が。でも雨は降ってない。また寝てしまい次に起きたのが8時前。コーヒーを沸かしトーストを作った。洗いものをしに炊事場まで行きテントに戻る。今日は日曜だな、ラジオでは日曜討論(口論?)が始まったので聞き入る。なぜか今日は時間が延長されていて10時以降も続いていた。寒気が入りこんできているので九州では大雪で、高速道路はほとんど通行止めで麻痺状態だな。石垣でも気温が12度くらいまで下がり、強い北風も加わって体感温度はかなり低い。Tシャツの上に長袖のシャツを着、さらにウインドブレーカーを着る。膝のかさぶたが絆創膏でも隠せるほど小さくなったので、久しぶりに長ズボンをはいた。そういえば昨日洗濯ネットを買ってきたんだな、それじゃフリースを洗おう。2槽式洗濯機を弱にして5分ほど洗い、濯ぎで、脱水も含めて15分くらいで終了。遠心脱水はかなり効果があるな。米原にいたときは手で絞っていたから乾くのに時間がかかったが、こんどは全然濡れている感じがない。このままでも着れそうな気がするが。テントに戻りハンガーに掛けた。12時近くなったので軽く昼食をとり街に出掛けることにした。防波堤の上を走り、まずK-MAXに行き電池式ランタンの電球を買った。一昨日突然球が切れたが同種の予備がなく、仕方なく7,2V用の球を入れていたので暗かったのだ。店を出て今度は久しぶりにかねひでに行ってみた。カップやきそばとカップ麺が69円だったので三個買い、あとチョコレートとバナナを買った。次に100均に行き、ローズとラベンダーのアロマオイルをGET。昨日使用目的もわからずに、蝋燭を灯すのにいいなあと思い灯篭のようなものを買ってきたが、説明書を読んだらアロマ用だったのだ。ちょうど未来小年コナンに出てくるインダストリアの三角塔の頂上みたいなヤツだ。これで本来の目的に使える。帰りに八重山ホンダによりバイクの状況を見に行った。左のカウルの部品がまだ入荷していなくて、いつ来るかもわからないといい、かなり時間がかかるらしい。僕のバイクは200台の限定生産だからな。補用部品の在庫があまり無かったのだろう。部品の在庫が無いとなると、また作るのか。そうなると1ヶ月くらいじゃ来ないんじゃないかな。またそのうち来ます、と言って店を後にした。そのあとは帰ろうかな、とも思ったが、図書館に吸いこまれてしまった。昨日途中まで読んだニュートンを読んでいるとネットがしたくなってきた。申し込みをすると2人待ち。席に戻りニュートンを読みつづける。このテの科学雑誌は大好きで、学生のころは定期購読もしていたな。1時間弱か、読み終わるころに呼ばれた。昨日アップはしたが確認していなかった自分のHPの写真を確認、掲示板にレスしたり、有人のHPを訪れたりした。一人1時間が原則だが待っている人もいたので早めに切り上げ譲ることにした。再び席に戻り今度は日経サイエンスを読む。ニュートンより専門的でおもしろい。ニュートンは極力専門用語を控えているが、こちらはなかなか読み応えがある。学生時代を思いだすなあ。4時過ぎ、お腹が空いたのでマックス場バリューで惣菜を買い、キャンプ場に戻りご飯を炊いた。夕食を食べ終わると早速アロマを試してみる。上の皿に水を張り、オイルを数滴垂らす。しばらくするといい香りがテント内に広がった。おおっ!これはいいな。いろいろなオイルが欲しくなるな。そういえば美里のファンクラブの会報と一緒に美里がブレンドしたアロマオイルが入っていたな。持ってくればよかった。8時過ぎT君が帰ってきて僕のテントにやってきた。鳥の観察に忙しいらしい。屋久島に行くか西表に行くかかなり迷っているようだ。しかし今日は寒かったな、那覇の最高気温は平年より6度も低い13度だった。

Uターンラッシュ 2003,1,4
正月三ヶ日も終わり、今日から少し普通の日に戻るかな。

目が覚めると風もなく穏やかだ。テントから出ると雲量は10、でも雨は降りそうもないな。周囲ではテントを撤収する人達が多い。年明け最初のフェリー出港日だから、今日石垣を後にする人も多いんだろうな。コーヒーとトーストで朝食を済ませ、洗濯をすることにした。洗濯機の所に行くと2台とも空いていた。早速2槽式の洗濯機に洗濯物を放り込みみ、シャワーを浴びている人には申し訳ないが蛇口を全開にした。こっちで水を使うとシャワーの水が減って温度が変わってしまう、ごめんなさい。洗濯が終わると今度はテント内の掃除だ。シュラフと銀マットを外に干し雑巾掛けする。意外と砂が入ってきているんだな。これですっきりした。11時半ころ出掛けようとするとT君も自転車に乗っていた。一緒に防波堤の上を走って街に向かった。防波堤の上を走れるなんて初めて知ったよ。竹富や石垣港を見ながら走れるし、なにしろ車が来なく快適だ。時々途切れて道に戻らなければならないこともあるが。最後は行き止まりで、仕方なく自転車を持って階段を登ってホッパーの交差点に出た。昼はあさひ食堂に行こうかとも思ったが、T君はおにぎりを買って食べるという。それなら知念商会へ行こうということになった。知念商会はおにぎりが安い。そこから15分ほどで到着し、おにぎり2個とコロッケとエビフライ、これで230円。早速外のベンチに座って食べた。食べ終わると僕はマルチメディアセンターに行くことにし、郵便局に寄るT君と別れた。市民会館前には振袖やスーツを来た若者が大勢、今日は成人式か。内地ではあまり見掛けない衣装を着ている人もいるな。僕の成人式はもう大分昔になってしまったな。彼らを横目に見ながらマルチメディアセンターに到着するが開いていない。図書館に行ってみたが5人待ち。あきらめてアーケードのやいまワールド(だったかな)に行った。ここもネットが使用中だったが、1時半ごろ空くというのでサンエーに行き絆創膏と乾電池、それに洗濯ネットをかってアーケードに戻った。1時間100円だ。OSは98でメモリーは64メガ。有料にしては随分パフォーマンスが低い。リソースは残り33%だ。デジカメのドライバーをインストールしキャッシュと履歴をクリヤーし再起動させた。USBでデジカメを接続し美術館にアップしていく。速度はあまり早くなくどうやらISDNのようでアップに時間がかかる。待っている人がいなかったので1時間を超えて使っていたが、しばらくするとお客さんが来たので途中で切り上げた。データはそのままにし後にした。後日削除すればいいな。帰るにはまだ早いので図書館に行くとT君の自転車があった。中に入るとネット待ちは2人に減っていた。1時間待ちくらいかな。ソファーに座り天文ガイドやニュートンを読んでいたら一人キャンセルが出たみたいで30分ほどで呼ばれた。すぐに美術館の続きをアップした。今日は土曜日で5時閉館なので45分しかできない。でもタダだから。5時前閉館の音楽が鳴り図書館を後にした。マックスバリューで食材を買い、来たときと同じ防波堤の上を走って観音崎まで行った。しかし水平線には雲がいっぱいで夕日は見れそうもないな。途中の神社では屋台が出ていたがお祭りかな、初詣かも。キャンプ場に戻り夕食をつくってまったり。ラジオからはおそろしい程の渋滞情報が流れてくる。マラカスやジャンべーでしばらく遊んだ後、今日は早め、10時前にシャワーを浴びてテントに戻った。

雨の一日 2003,1,3
今日はもう1月3日、早いなあ。旅に出てからもう3ヶ月だよ。ふと気付くとキャンプ場はかなり空き地ができていた。まもなく製糖の仕事が始まるので島に渡って行ったのだろう。

午前1時ごろ目が覚め外に出てみた。空は満天の星空。月も出ていないので、おそろしくきれいに見える。こんな星空は久しぶりだ。しかし次に目が覚めると様相が一変していた。西よりの風に強い雨。北風対策はしてあるが東西方向には弱い。真横から風を受けるとテントが変形してポールが折れそうになる。そのうち北風に変わってひと安心だがテントがかなり揺れる。ブルーシートもバタバタとかなりうるさい。ラジオからは箱根駅伝が流れている。起き上がりコーヒーを沸かす。こんな雨と風じゃ今日はどこにも行けないな。昨日波照間に行ったのは正解だったな。あきらめてテントで本を読みながらまったり。のんびりした一日もいいかな。でも今日は寒い。膝の怪我が治るまでGパンははけないからな。あれからずっと半ズボンだ。炊事場、トイレ、コミュニティードームのコンセントに行ったり来たり。ドームに出てくる人も少ない。さみしいムードだ。昼近くなり少しお腹が空いたのでラーメンを作る。コンロを使うと暖かくなる。午後になっても風と雨は降り止まない。キャンプ場から出られない状態が続く。ラジオを聞きながら過ごす。こんな日もあるか。夕方、ご飯を炊きレトルトカレーを作って食べた。寒いのでシュラフにもぐって本を読んでいた。8時ごろT君が来た。4時過ぎから街に行っていてさっき帰ってきたという。全然気がつかなかった。T君は僕の持っていたラジオライフに興味を持って読んでいた。MDを聞きながらしばらくまったりとした時間を過ごす。相変わらずの北風、10時過ぎには少し収まったかな。BEGINの島唄を聞き終わったところでシャワーを浴びに行った。ここは温水シャワー浴び放題だからいいな。シャワーが楽しみだよ。ふーっ、やっと温まった。テントに戻り、そのままシュラフにもぐりこんだ。

最南端の島へ 2003,1,2
今日は最高にいい天気だ。こんな天気でキャンプ場にいちゃもったいない。どこかに出掛けよう。

朝7時半目が覚めた。外は明るく風もない。テントから顔を出すと、真っ青な空が見える。快晴だ。こんな日はどこかに行かなきゃ。波照間に行きたいが高速船は8時半だ。ちょっと間に合わないな。取りあえずコーヒーを飲みながら考える。他の島はいつでもいい。波照間に行きたい。11時の2便目で行こう。自転車は向こうで借りればいいな。ゆっくりと準備をして10時すぎ出発。マイペースで自転車を走らせる、袖をまくって風を切る。やっぱり青空はいいなあ。日差しも強い。ペダルも軽く感じられる。10時半、離島桟橋に到着。ワイヤーロックで自転車を仕切り柵に固定、早速安栄観光の窓口に行く。波照間までの往復を買おうとしたが定員に達していると言われ、もう一つの船会社を案内された。確か十数人しか乗せないんだったな。安栄の方が50円安くて、よく揺れて楽しいのにな。残念だけどニューはてるまで行くことにした。取りあえず片道の乗船券を買った。帰りはもしかしたら安栄に乗れるかもしれないから。波照間は6回目だが、ニューはてるまに乗るのは初めてだ。走り始めるが静かだ。それに安定している。船尾甲板にいても話しができる。あんまり揺れないのでおもしろくないので船内の座席に移動した。それでも後半はまあまあ揺れたが難なく波照間に到着。レンタルバイクやサイクルのワゴン車がたくさんいる、と思ったが星空荘の1台しかいなかった。まあ自転車なんてどこでもいいや。ワゴン車に乗りこみ星空荘まで行った。僕の他は3組のカップルだった。バイクを借りたい人もいたが、ガソリンスタンドが休みなので貸せないらしい。店に入り帳面に名前と電話番号を記入して750円を払った。横にある自転車はどれでもいいという。置き場に行き選び始めるが、あまり程度のいいものがない。空気が少なかったりブレーキが効かなかったり、カゴが変形してたりと。やっといいのを見つけたと思ったら外装が少し汚い。でもまあいいか。早速走り始める。まず最南端に行く。意外にアップダウンがあって疲れる。向かい風で上り坂になると押して歩く。汗が出てくる。最南端の碑の周辺を散策、実際の最南端は沖の鳥島の東小島なんだけどね。断崖絶壁はすごい迫力で、落ちたらまず助からないだろう。陸側からじゃ救助もできないな。東屋に行きおむすびやパンを食べ、また周囲を歩いた。日本中の都道府県の石を集めて作ったモニュメントにはしっかりと静岡の石も埋めこまれていた。おそらく富士山の溶岩だろう。自転車に戻ると後から来た人の自転車にカラスが2羽止まっていて、荷物を荒らしていたので急いで持ち主に知らせた。慌てた持ち主は東屋からすぐさま走り寄り、カラスを追い払い荷物を全て持ち東屋に戻っていった。油断も隙もないな。最南端を後にし空港の前を通過。飛行機は一日一度来る。9人乗りのアイランダーが。反時計回りに島を巡る。脇道に少し入ると”ぶりぶち公園”だ。いったいなぜガイドブックに載せているのか不思議な公園だ。藪に囲まれどうやって入ったらいいかわからない。かろうじて踏みつけられた道?から中に入ると、とても座れそうにない朽ちたコンクリートのベンチが数個。まあ利用者が少ないということでは話題にはなるが・・・。僕は何度も来たことがあるのでわかったが、ここで休もうと期待して初めて来た人はこの存在すら気付かないかもしれない。公園を出るとニシ浜ビーチに向かう。しばらく農道を走り、坂を下るとあの美しいビーチが目の前に広がった。あの忌まわしい事件さえなければ・・・。僕は生きている限りあなたのことを忘れない。正月のビーチは多くの人で賑わっていた。泳いでいる人も3人くらいいた。強い日差しに心地よい風、そして眠気をさそう波の音。僕は防波堤の上に移動しリュックを枕に仰向けになった。気持ちいいなあー。夢の中にいるような気分。本当に夢の中に誘いこまれてしまい、1時間ほど眠ってしまった。時計を見ると3時を回っている。風がすこし冷たくなっていた。最後にビーチを見渡しニシ浜を後にし、自転車を返しに集落へと向かった。多少迷いながらも余裕を持って到着、暑いのでアイスを買って歩きながら港に向かった。何度来てもいい島だなあ。次こそは泊りで来よう。港に着くと安栄のチケットを売っている車を探すが見つからない。民宿の車に聞くとしばらくすると来るという。帰りはどうしても安栄に乗りたい。しばらくすると予告通り茶色のランクルが来てチケットを買った。船が到着し乗りこむ。20人くらいは乗ったな。帰りは定員がないようだ。後部デッキの一番いい席を確保。後ろ向きに座り、離れていく波照間を見る続ける。防波堤を出ると猛烈に揺れ始める。これでなきゃっ!。僕が最初に波照間に来た時は船が壊れて座礁したんだよな。そんなことを思いだした。最後部には波のしぶきがかかっているが2人の若者はかたくなに席を移動しない。一人はビニール合羽を着、もう一人はおそらくレゲエ調の音楽を聞いているのだろう。しぶきを全く意識せず一人リズムをとり悦に入っている。よく船が壊れないかと思うほどの揺れだが馬力にものを言わせひたすら走る。左右に島が見えるようになると揺れも収まり1時間ほどで石垣に到着。うーん、楽しかったー。次々に桟橋に到着する高速船、斜めに傾いた太陽とあいまって黄昏を感じさせる。僕は自転車に乗り途中買い物をしてキャンプ場に戻った。夕食を食べ外に出ると満天の星空、明日が雨なんて信じられないよ。

ギプスが取れた! 2003,1,1
A HAPPY NEW YEAR! ついに2003年の幕開け。今年もやじさんの日記帳をよろしくお願いします。

市役所前、カウントダウンで迎えた2003年。こんなに楽しい年越しは初めてでした。正に怪我の巧妙というヤツです。年を越してすぐに石垣市長と竹富町長の新年の挨拶がありましたが、僕の地元では自治体の首長が年越しイベントに参加するなんて聞いたことがありません。(知らないだけかもしれませんが)さすが沖縄という感じです。その後は三線の大合奏でお開きになりました。星空の下、自転車置き場に戻ると僕達の2台しかない。来た時はいっぱいだったのに。よく考えると自転車の主はほとんどは中高校生だよな。自転車に乗り暗い街の中を走りだす。でも営業している店があるよ。それにお客もいる。15分程でキャンプ場に到着。そういえばこのキャンプ場からもかなりの人達が行っていたな。見覚えのある顔が何人かいたな。テントに戻りすぐさまシャワーを浴びて温まった。ふーっ、心地いい疲労感で爆睡。
6時15分目が覚めた。テントを出て空を見上げたが星は一つも見えない。初日の出は見れそうもない。再び爆睡。
8時半過ぎ目が覚めコーヒーとトースト。テントを出ると曇ってはいるが青空も見え始めた。気持ちい風も吹いている。早速洗濯をすることにした。しかし洗濯機は使用中。目を離すと空いたときに他の人に使われてしまうので、ずっと洗濯機の周囲で待機、すぐに空いたので早速開始。それほど汚れていないので20分ほどで終了、洗濯干しのロープを張るのが面倒なので、近くの木の枝にハンガーを直接掛けて干す。風があるのですぐ乾くだろう。次にテント内を掃除した。昼、T君と昨日買っておいた餅を焼くことにした。弱火でゆっくりと焼かなければ。要領を得ないT君は焦げてばかりで柔らかくなっていない。醤油をつけ海苔を巻いて食べる。T君は濃い味が好きなようで醤油を付けては焼きまた付ける。まるで煎餅のような色だ。それでおいしいと言う。食べ終わると暑くなってきた。洗濯物はほとんど乾いたので、取り込んで街に出掛けることにした。あたたかく、のどかな正月だ。自転車で走り始める。頬を過ぎる風が気持ちいい。街に着くがすごく静かだ。交通量も極端に少ないし、歩いている人も少ない。島ではみんな家でゆっくりとお正月を過ごすのだろう。店も空いている所が少ないので、文句を言っている観光客もいた。街や港をふらふらと走り、4時ごろキャンプ場に戻った。テントに戻ると出掛けると言っていたT君がまだいた。自転車をひっくり返して整備していた。これから出掛けると言う。今晩は焼肉にしようということになり、僕がお金を出して何か買ってくるよう頼んだ。6時半ころタクシーを呼んだ。これから病院に行き、いよいよギプスが取れる。嬉しいな。タクシーは近くにいて、すぐ来るというので急いでテントを出た。入り口に行くと1分くらいで来た。タクシーの運転手といろいろ話しをした。親には心配するから話していない、と言うと笑っていたが、話したところで心配する人が増えるだけで怪我が早く治るわけじゃない。事後報告でいいたろう。10分ほどで八重山病院に到着、今日は原則休診日なのでER扱いだ。いつもの整形外科じゃなく、救急の部屋だった。しばらくして呼ばれるといつものA先生だ。元旦から当直か、大変だなあ。でも元旦にギプスが取れるとは粋な計らいだ。偶然かもしれないが。「4週間だね、やっとギプスが取れるね」。例のリューターを取りだしカットを始めた。固い表面しか切れない。インナーや包帯は切れないので、両側に溝を付け、片側をハサミでカットした。久しぶりに見る自分の右手、さっと空気に触れる感触が広がり、右手が露出した。ひえーっ、汚い。ボロボロだ。先生は「手を洗いましょうね」と言い流しに案内された。自分でこすって洗うが垢がボロボロ出てきりがない。あきらめて後はシャワーのときに洗おう。久しぶりに右手がフリーになったが親指がほとんど曲がらない、手首もあまり曲がらない。関節が固くなってしまったようだがそのうち元にもどるという。でも完全に治るまでバイクは乗れない。来週レントゲンを撮って、いつピンを抜くか決めると言う。外したギプスをもらってもいいですか?と聞くと。「いいけど、持って帰るの?」と先生は笑っていた。診察室を出て会計窓口に行く。会計の人が一人しかいないので計算に20分以上時間がかかった。支払いを済ませ外に出た。タクシーを探すと1台しかいない。しかも運転手はシートを倒して寝ていた。まあこんな時間じゃあみんな車でくるよね。キャンプ場に8時ころ到着。T君を待たせてしまったかな、と思ってT君を呼びに行くと、今帰ってきたばかりだという。早速僕のテントの前にコンロを出し焼肉開始。T君は3パック990円で焼肉用の牛肉を1200グラムも買ってきた。ひたすら肉を焼いて食べる。結局3時間近くも肉を焼いていた。肉の後は椎茸を焼きT君が6個全部食べた。最後に焼きお結びを作ったがうまくいかない。網にご半がこびりついてボロボロになってしまう。なぜだ。何度やってもダメだ。あきらめてアルミ箔の包んで終わりにした。11時半になっていた。シャワーを浴びに行き、休むことにした。明日は天気がよさそう、離島に行きたいな。