やじさんの日記帳  2002年10月

降ったり止んだり 2002,10,31
早いもので今日で10月も終わりですね。信じられない早さで時が流れていきます。

今朝も7時半ごろ起床、昨日カセットコンロを買ってきたので自炊ができるようになったが、反面定住モードに入ってしまいキャンプ気分は少し減少、まあ仕方ないか。早速テフロン加工のフライパンでトーストを作る。しかし火加減が難しい。早く焼こうと強火にすると焦げついてしまうし温まらない。これは弱火でゆっくりと焼かなければならないことがわかった。焼きあがった食パンにスライスチーズを乗せると、ちょうどいい具合にとろけておいしい。新しい発見だ。
10時過ぎ、でかけようと思ったがとたんに雨だ、どうも前線が近くにあるらしい。炊事棟で話しをしていると、3輪スクーターでおじさんが釣りにやってきた。今は目いっぱい潮が引いているのでリーフの先まで歩いていける。一本勝負などと言い針を一本だけ持って歩いていった。切られたらそれで終わりにするという。それでも30分くらいで3匹釣り上げてきた。クモ貝も一つ拾ってきた。4匹目に食った魚がサンゴの中に入ってしまったため糸を切ったという。その後別の場所で釣るといい、今住んでる場所を説明し、遊びにおいでなどといって去っていった。それでも11時半ごろには晴れてきた。さっそくでかけようとすると、隣のキャンパーも街に行くといい一緒に行くことにした。彼は仕事を探しているらしいが今はちょっとむずかしいな。常用の仕事ばかりで短期は見当たらないという。12月になれば3ヶ月くらい精糖工場での仕事があるのだが・・・しかしこれをやってしまうと完全に渡り鳥モードだ。ここで越冬ということになってしまう。よく考えないと・・・。走りだすとまた怪しげなムード、シールドに水滴が付き始めた。強行に行こうと思ったが100キロ近くスピードを出すと痛い。そのうち本ぶりに、たまらず停車し合羽を着こむ。しかし街に入ると晴れている。うーっ、熱い。蒸れてたまらない。市役所の駐車場にバイクを止めアーケードに行ったが目的の場所は今日は定休日、残念。でもまた明日来ればいいさ。市役所に戻り、彼は図書館に行くといいそこで別れた。僕は雨が吹きこまないよう大きなブルーシートに張り替えるための太いロープを買いにホームセンターに行き、100円ショップで洗濯用石鹸や蝋燭、鍋などを買い揃えた。洗濯機用の洗剤を最初使用したが、手に付いたぬるぬるがいくら手を洗っても落ちない。洗濯してる時間より手を洗ってる時間の方が長いくらいだ。手洗いでは使えないことがわかった。
サイトに戻るとちょうどいい加減に潮が満ちている。多少雨が降っているが強引に海に入った。水は冷たくないのだが昨日の大雨で濁っているし、日差しがないのであまり綺麗じゃない。30分ほどで上がりシャワーを浴び、シートの張り替えだ。メインロープに太いロープを張る。その上にブルーシートを乗せ4方8方を引っ張る。試行錯誤で張ったらまるで蜘蛛の巣だ、夜は非常に危険だがすいているのでいいだろう。そのうちおそろしいほどの大雨が、炊事棟にいても吹きこんでくる。他の人はたまらずテントに戻ってしまったが僕はご飯を加熱中で移動不能、なんとか隅っこに移動してしのいだ。食事を終えみんなテントに戻ってしまったので僕もテントに。あしたは11月、またあした。

今日は雨 2002,10,30
しばらくはここ石垣市米原キャンプ場に滞在します。

昨日は結局石垣に2隻の船が着いたのですが米原に来たのは僕と外人4人だけでした。
昨夜から大粒の雨、テントの上にブルーシートを張ったので助かったが、もしなかったら悲惨なことになっていたでしょう。さらに場所の選択もよかった。以前の場所に張っていたら完全に水没、隣のテントの人はブルーシートなしだったので雨が入ってきたそうだ。なにしろ時間雨量68ミリだよ、1屬烹瓜間あたり68箸凌紊鮖気い新彁擦澄K榲にたたきつけるような雨だった。午前1時ころ目が覚めトイレに行こうとしたら炊事棟で3人の若者が飲んでいた。うるさいですか?と聞かれたが雨音で存在すら知らなかった。そこらじゅう水浸しでトイレまでのルートをみつけるのにも苦労した。
朝起きても相変わらずの雨、天気予報も雨、雨だと何もすることがない。テントの中だけにいると苦痛だ。時折雨があがるのでその間海岸を歩いたりして過ごす。海岸を川のほうに歩いていったがなんと川の位置が50メートル近く移動している。あまりの水量に今までの位置では曲がりきれず、砂浜をザグりながら流れを変えたようだ。その高さ約1メートル、一晩にしてしてこんな断層のような物が数十メートルに渡ってできてしまった。自然の力ってすごいなあ。
買いだしにも行けないので朝は買ってあったパンでよかったたが、昼はインスタントラーメンと残っていたパンでなんか寂しい食事になってしまった。昨日洗濯したシャツも乾かないほど湿度も高い。最高気温は27度程度です。Tシャツと短パンで過ごせます。
2時半過ぎ雨があがったので、しびれを切らし街に買いだしに行くことにした。街のほうは雲がかかっているが沖合いは青空も見える。街は雨かなーとも思ったが、案の定途中から本ぶりの雨になった。しかしここまできたら引き返すのも無駄だ。諦めて、品物ごとに一番安い店を先輩のキャンパーから教えてもらったので、別々の店に行く。特に水曜日はサンエーとマックスバリューでは水曜市で安売りをするという。なるほどここでは店によってかなりの値段のばらつきがある。蚊取線香は298円から650円、カセットコンロのガスにいたっては3本198円から640円まで。このように店を間違えると、かなりのショックを受けることになる。こんな買い物をしたのは始めてだ。いい勉強になったな、主婦の気持ちが少しはわかった気がした。びしょぬれになりながらサイトに戻って食事の準備。今日は暖めるだけの米だが、今度は米の炊き方を教えてもらって挑戦することにする。そのキャンパーは安上がりでなにやらうまそうのものを毎回食べている。おかずの作り方も教えてもらうことにしよう。明日は晴れるといいな。

ついに石垣島 2002,10,29
ついに石垣島に到着、ここまで28日間、5300舛瞭擦里蠅世辰拭D垢い茲Δ巴擦もあった。当初の予定より随分かかってしまったなあ。でもその分出会いや感動も得ることができたし、石垣祭りにも間に合ったからこれでいいんじゃないかな。しかしここは目的地ではあるがゴールじゃない。むしろ僕にとってはこれからだ、これから進路を決める。さあ、どんな毎日が展開されるかな。

午前5時前か、揺れがなくなったと思ったら船内放送が入った。宮古到着のようだ。しかし石垣と宮古さらに台湾と行き先別に部屋を分けたのだから放送も宮古行きの人の部屋だけにできないものかと思う。また寝る。
朝7時半過ぎ、レセプションホールに出てみた。空は曇り空、しかし雲の僅かな切れ目からは青空も見える。とりあえず雨は降っていない。これから長帳場になりそうなんでせめてテント設営の時だけは雨は勘弁して欲しい。
周期の大きなローリングが続いている。石垣が見えてきた、懐かしい気がする。デッキに出ると風が暖かい。多くの人がデッキに出て写真をとりあっている。何人かに写真を頼まれた。しばらくし車両甲板への誘導が始まったのでバイクの所まで行くが、バイクは僕一人だけ、他にトレーラー付のチャリダ―が3台だけだった。やはりこの時期の旅人は少ないのか…。ゲートが開くと一番で上陸した。早速ブルーシートを買い米原に向かった。懐かしい道路だ、再びここに来られるとは思わなかったが複雑な気持ちだ。30分ほどで到着したがテントが少ない、10張りくらいか、予想はしていたがかなり寂しい。でもここは海があるからな。テン場を決め早速設営開始、近くの人に張り方を教えてもらいブルーシートを張った。途中ロープが足りなくなり、他の必要な物も手に入れるため100円ショップに行った。洗い桶やハンガー、クーラーボックスなどを買い、ロープは近くのホームセンターで買い米原に戻った。最後数キロの所で雨が降ってきたが何とか被害は少なくて済んだ。ロープを張り終えると、今度は海だ。他にも泳いでいる人がいる。早速着替えて海に入った。少し冷たい気がしたが入ってしまうとそうでもなかった。久しぶりに見た熱帯魚やサンゴ、10月末に泳げるとはさすが沖縄。北側には虹がかかっている。なんと副虹まで見えるじゃないか。(※副虹とは主虹の上方にかかるもう一つのアーチ、色の並びが主虹とは逆)その後キャンパーからペットボトルを使ったランタンの作り方を教わり、ゴミ箱にあったボトルを洗って作成した。なるほどこれは綺麗で明るい。風が吹いても蝋燭は消えない。1週間ほどで曇ってくるがまたつくればいいとのことだ。ほとんどの物は100円ショップで手に入る。明日は風対策をしないと。また明日。

沖縄の想い 2002,10,28
いよいよ明日は石垣だ、今クルーズフェリー飛龍の船内です。

今日もゆっくりの8時起床、昨日はKさんもこの宿に泊ったが、既に起きていて出発の準備をしていた。僕も荷物を全て積み込むことにし荷造りを開始。同宿の人に挨拶をし9時過ぎ出発、今日は南部の戦跡を回ろうと思う。沖縄に来たら必ずどこかの戦跡を訪れることにしている。ひめゆりの塔を通過し、最初に平和祈念公園に行ったが月曜で休館、たしか前回も休館日に来た気がする。この資料館が新しくなってからまだ中に入ったことがない。しかし公園内は見ることができる。あの戦争で命を落とされた方々の名前が、敵味方関係なく刻まれている。とても数えられる数ではない。このまま東へ向かおうとも思ったが、やはりひめゆりの塔へ向かうことにした。そして資料館に入った。今日は時間に制限がない、そこに掲げられていた全ての方の写真を拝み、手記を読んで回った。修学旅行生か多くの高校生も訪れていた。生徒達の反応はさまざまだ。携帯で話しをしている人や、真剣に手記を読み涙を浮かべている人もいる。ここにある写真や、手記を書いた人達は、みんな君達と同じ年齢だったんだぜ。せめて1ページでもいい。ここに来たら必ず読んでもらいたい。今の平和は彼ら彼女らの犠牲の上に成り立っているんだと、少しは思ってもらいたい。特にこの沖縄は…特別な思いがある。自ら命を絶ってしまった沖縄出身の知り合いがいるということもあるが…。片っ端から手記を読んでいく、涙が止まらなくなる。なぜこんな悲惨な戦争が・・・想像を絶する悲惨さだ。そして自筆の手紙を見ると、とても熟視していられないくらい涙が出てきた。たっぷり2時間はかけて記憶に焼き付けてここを後にした。最後、塔に献花し黙祷を捧げた。とてもじゃないが笑顔で記念写真など撮る気持ちにはなれなかった。
その後、一度那覇に戻り昼食をとり、瀬長島に向かった。海中道路の脇の芝生にシートをひき、しばし昼寝。すぐ上を飛行機が通過していく。ファインダーに収まらないくらい低空で。心地よい風に吹かれながら、1時間半ほど休んだだろうか、バイクに戻り波の上ビーチに向かった。クラゲ除けのネットは既に外され、付着した藻を高圧洗浄機で取り除いていた。ここ南国沖縄でも少し秋の気配を感じるひとコマだった。防波堤で本を読んだりコーヒーを飲んだりとまったり。急ぐ理由なんてなにもない、出港に間に合えば十分だ。4時を回ったので新港に向かった。既に窓口は開いていて乗船手続きも開始されていた。しばらくするとKさんも現れた、偶然同じ日、大阪へ向かうフェリーに乗る。僕より2時間先の出港だが、フェリーで人を見送るなんて始めてだ。握手をし一旦別れKさんは船に向かった。僕はコンビニに行き食料を調達、安いガソリンを満タンにし埠頭に戻った。大阪行きは定刻から10分ほど遅れてゲートが上がり離岸を開始した。デッキにはKさんがいた。「気をつけてー」と大きく手を振った。乗客は少ないようでデッキに出ていたのは三人だけだった。薄暗くなった岸壁を大きな船体が離れていく、しばらく後進して転回を開始した。最後に懐中電灯を点灯し大きく振って後にした。またどこかで会えるといいな、屋久島の温泉で出会い、沖縄では三日を共にした。僅かな時間だったが旅人と別れるときはやはり寂しい、でも「さよなら」は言わない。再会できることを祈って、またどこかで…と。
7時乗船。船室に荷物を置きレセプションホールから送信。

明日は石垣島だ、また新しい出会いを期待して…。それじゃ。

キングタコス 2002,10,27
今日も那覇の南風にいます。

今朝も8時に起床、準備をし外に出た。雨は降っていないが曇り空、一応合羽を持って出る。R58を北上しムーンビビーチのみんなのキャンプ地にいってみたが到着時は10時近く、おっちゃん以外はみんな出掛けてしまったようだが、ここをベースにするそうだ。しかしこんなホテルの駐車場の隅っこのビーチをよく見つけたものだ。僕も北上することにした。まず万座毛に行く、久しぶりだな。荒々しい崖とは対称的に綺麗なグリーンの芝、そしてエメラルドグリーンの海に真っ白な砂浜、沖縄の風景。次に九州・沖縄サミットの開催された万国津梁館に向かった。歩くのが面倒なので強引に奥までバイクを乗り付けたら案の定守衛に追い返された。下の駐車場に止めるように言われたが、そんな所まで戻っていられない。すぐ近くのバス専用駐車場に止めた。バイクの特権、どこにでも止められる。ここからならすぐに到着、まず最初の印象は、沖縄だ!花が咲き乱れ琉球の赤瓦、床や壁の石材は珊瑚か。中に入ると総ガラス張り、そこからは遥か本部半島、青い空、白い雲、そして沖縄の海。絶好のロケーションだ。最後に外の銅像に向かった。まさかとは思ったが予想通り、故小渕恵三元総理だった。現職時代には鈍牛などと野党から罵られていたが、この九州・沖縄サミットの功績は忘れてはならない。時間と共にすこしづつ薄らいでいく人々の記憶。しかし沖縄があるかぎり僕は忘れない。その後R58を北上していくと許田のガード下で埼玉のKさんに遭遇、なんという偶然だ。そのまま瀬底島まで同行。さすが晴男、昨日と違って海も浜も空も、全然色が違う。これぞ沖縄!瀬底を後にしそろそろ昼だ、予定通りキャンプハンセンのゲート前、金武のキングタコスだ。ここはタコライスの元祖、ボリュームもキングサイズ。タコライスチーズを頼んだがでてきてびっくり、半分ほど食べたところで不安になってきた。ふうっ、あと少し、こんなに食べたのは久しぶりだ。何とかたいらげたがもう食えない、という感じだ。周辺を散策し腹ごなしだ。沖縄とアメリカをミックスしたような風景。日本とは思えない不思議な感じだった。再びバイクに乗りこみ海中道路を通り伊計島で折り返し浜比嘉島の浜で昼寝。1時間ほど寝てたかな。気持ちよかったー。そのあと那覇空港の南の瀬長島に行き夕日を見ていた。完全に日が落ちると宿に戻った。※美術館に写真をアップしてあります。あしたはついに石垣島に向かいます。あー明日の今ごろは、僕は船の中♪・・・じゃまたあした。

雑考 2002,10,26
昨日、今日と那覇の南風というドミトリーの宿?に泊ってます。

ここは宿といっても本当に寝るだけの宿で、東南アジアによくあるというドミトリーです。安室が以前通っていたアクタ―ズスクールのビルを改装して宿にしたもので、1階には大きな鏡やフロア―が残っています。最近このテの宿が増えて平均1泊1500円程度です。一応シャワーもあり夜を明かすのには問題ありません。有料でランドリーやインターネットも使えます。1階のフロア―の一部には畳が敷かれ、テレビや漫画などが置かれていて誰でもくつろぐことができます。しかしここに来るのは旅人だけでは無いようで、長期滞在者もいます。雰囲気もライダーハウスやユースとはかなり違います。一般の旅行者だったらまず敬遠し泊らないでしょう。

昨日は洗濯物の乾燥に時間がかかり、2時ごろまで起きていたので、朝起きたのが8時頃だった。しかし準備をするにはそれほど時間はかからなかった。連泊を決めこんでいたのでパッキングの必要がないからだ。最低限必要なものをリュックに入れ早速北上開始、一昨日会ったライダー達のキャンプ場所へ向かってみた。嘉手納町内の公園で場所はすぐにわかった。公園の隅におっちゃんと女の子はいたが他のライダーはもう出発したという。公園の管理人がいろいろ文句をいっていたらしい。またあとで、と挨拶し自分も北上を開始した。いい天気だ、久しぶりの本島だ。残波岬へ行くと見たことのあるバイクが・・・埼玉のライダーだった。だいたい沖縄に始めてきた人はこの辺りに寄るだろうと予想はしていたのだがバッタリ会うなんて・・・その後道の駅許田まで同行した。僕は瀬底ビーチへと向かった。道が整備されあっという間に到着、残念なことにキャンプは禁止されキャンパーは一人もいなかった。瀬底を後にしポパイさんのHPで見た食堂「なかよし」を探した。何度か巡回しやっと見つけたが、客は地元の作業関係の人がほとんどだった。
それほど小汚くはなかった。500円のかつ定食を頼んだ。噂の通り、カツは2.5枚、ご飯山盛り、おわんに沖縄そば、キャベツも山盛り、それに漬物だ。漬物以外は全部食べた。おなかいっぱいだ。満腹になったところで北部へ向かう。名護から北上し峠を越えて東側にでる。こちらは信号が全くない、辺戸岬までノンストップだ。他県ナンバーのバイクはなかったが、まあ当然だろう。その後みんなのキャンプ地に行ったがおっちゃん以外留守でそのうちおっちゃんも寝てしまったので宿に帰ってきた。しかし燃料が安い!レギュラー81円、屋久島より50円以上安いよ!

雑考
いつのまにか僕はこの様な宿や生活に抵抗感がなくなっていた。仕事をしていた時よりもかなり生活レベルは落としている。ここ沖縄に来るまでの約4600繊一切有料道路は通らなかったし、一泊の料金の最高は夕食つきで3360円だ。でも、心の中までは貧しくはなっていない。いや、却って何にでも心を許せるように、豊かになった気がする。今なら何でもできるような気がするな。実際旅に出る前、これほどまでにいろいろな人に出あい、感動し、そしてコミュニケーションを持てるとは全く予想しなかった。自分がこんな人間だったのかと、こんなこともできたのかと、改めて見なおすことができた旅だった。いつまで続けるかはわからないが、きっと大きな何かを得て帰るだろう。再び社会に戻る日に何がしかの糧になるであろう。もう一日沖縄だ。

ついに沖縄だ! 2002,10,25
今日で旅に出てから24日、ようやく沖縄入りです。でも目的地はもう少し先。

昨日は夜通し風が強かったな。でも建物の中で助かったよ。テントじゃ飛ばされちゃったかもしれなかったしね。安心して寝られたよ。
朝7時前に起きて撤収の準備、コンセントがあるので片っ端からフル充電。8時過ぎには役場の人が来るだろうからそれまでに出ないと。テントが無いだけパっキングは早い。天気は曇り、雨こそ降っていないが準備完了状態、いつでも降ってきそうだ。全ての荷物にビニール袋を被せ、合羽を着こんだ。島内を一周しよう。海岸沿いの道をゆっくりと走る。滅多に来られないこの島の風景を記憶に焼き付け風を感じる。すれ違う人と会釈を交わす、島の人達の温かさを感じるな。港近くの商店街を歩いた、風は10月下旬とは思えないほど暖かい。一通りこの島を味わうことができたかな。今度は天気のいい日にきたいなあ。街で焼きたてのパンを買ってターミナルに向かった。しかし全然人がいない、2階に上がると入港が1時間以上遅れ12時30分になっている。なんで島の人達は知っているのだろう、同報無線でもあるのかな。待合室で日記を作成。待合室のテレビは超ローカル番組だ、和泊町の子供議会の中継で中学生の一般質問だが国会中継のようになかなか面白い。ここにも合併の話しがあるんだな、与論との二つの島の合併はかなり難しい問題があるんだろうな。そんな島の問題を少し見ることもできた。港で積込みを待っていると近くにいた荷役を待っているおじさんが話しかけてきた。昔トラックの運転手をしていたころR1でよく静岡を通ったそうだ。親父さんは佐久間ダムの棟上げをしたと話していた。船が接岸しゲートが開くとおじさんは作業に戻っていった。結局入港してきたのは1時間以上遅れ12時50分。那覇着は9時近い。とても石垣行きには乗り継げないので那覇の安宿を予約した。

デッキに出てみた。頬を通りすぎる風はやさしく、雲をオレンジ色に染める夕焼け、そして雲の切れ間にみえるコバルトブルーの空、カーブを描き遥か彼方まで延びる白い曳き波。まるで夢の中の世界にいるようだ。まもなくして本部港に寄港、すっかり暗くなった港を幻想的に照らす水銀灯とナトリウム灯、その中をめまぐるしく動き回るフォークリフト、遠く見える夜景。本当に夢を見ているようだ。もう何もいらない!この瞬間、永遠であってほしい・・・。

那覇到着20時40分。明日は本島を回ろうかな、またあした。

念願の島 2002,10,24
今日は念願だった島、沖永良部島だ。笠石海浜公園キャンプ場にきています。東屋のコンセントは通電していてそこでアップしています。

昨日は乗船し、落ち着いてから屋久島からのライダー三人と沖縄に向かうチャリダ―のおっちゃん(56)と一緒にいた女の子の5人で甲板に出て、おっちゃんのもってきたゴザをひいて宴会だ。ロールマットでなくゴザというのがいい。キャンパーのいいところ、自分で持ち寄った酒を人には勧めず自分のペースで飲んでいること。ビール、チューハイ、泡盛とバラエティーに富んでいる。キャンパーの一人が作った胡瓜の漬物を食べながら話しがはずんだ。
そーなんですよ川崎さん、トランジスタ―ラジオ、サンスイのトランスなど、おっちゃんからは次々に懐かしい言葉が出てくる。しかしこれらに共感できるのは僕とおっちゃんだけだった。でもみんなから20代に見られるのは嬉しいな。10時過ぎそれぞれの部屋に戻った。
朝5時前、誰かが僕の足をたたいた。んっ?ここはどこだ?どうやら奄美大島のようだ。僕が奄美で降りると思って起こしてくれたようだが、本当は沖永良部で降りることを説明すると、謝っていた。親切で起こしてくれたんで別にいいんだけど、まだ昼近くまでかかるしね。再び寝入ってしまった。奄美や徳之島ではたくさんの人がの乗りこんできたようだ。徳之島では荷役が遅れ40分ほどの遅発、沖永良部に着いたのは12時過ぎだった。とりあえずターミナルで資料を集めキャンプ場を探したらすぐ近くにあった。でも天気は小雨、場所を見て決めよう。10分程で到着し手続きをしたが前回最後にキャンプした人は10月5日までだった。ここは無料だった。テントサイトは海岸沿いだがシャワー室や更衣室もある。荷物を更衣室に置き島内観光だ。鹿児島県なのにほとんど沖縄の雰囲気だ、僅かに内地風の建物もある。途中コンビニでサンドイッチとおにぎりを買い建設中の港で食べた。沖永良部といえば昇竜洞だ。早速向かった。入場料1000円は少し高い気がしたが、入って見て驚いた。おそろしく大きくそして綺麗だ。この綺麗さは日本中の鍾乳洞を見てきたがここが一番だ。あまりの綺麗さにみとれ、足元のリムストーンを見ていると頭に衝撃と激痛が・・・思わず座りこんでしまった。低いフローストーンに頭和ぶつけたようだ。さっきから案内放送でしきりに頭上に注意するよう言っていたのだが・・・幸い意識は清明だ。でもたんこぶができてしまった。十分満足し洞を後にした。雨が強くなってきたのでキャンプ場に戻り寒いのでフリースを着込み東屋で日記を作成しているとおじさんがあがってきた。勝手に電源を使って文句を言われると思ったが、ちゃんと許可をとって、指定されたサイトを説明すると、なんと管理棟に泊っていいという。これはありがたい、テントを張る手間がなくなったし寒くない。今日は雨なので特別だなどど言っていたけど、この時期キャンパーは珍しいようだ。夕方街?に買い物に行くと驚くべきことに「ホカ弁」があるじゃないか!もちろんここで弁当を買いキャンプ場に戻った。台風のように風雨が強い。明日は本島に行くけど大丈夫かな。

別れ、新たなる旅立ち 2002,10,23
いよいよ今日は屋久島を離れる日、この島には5日間だけだったけど、どっぷり浸かってしまった感じだ。名残惜しい気がする。しかし今日はとまり木からは5人も脱走する日、残っていて見送るのも寂しいから予定どおり出発する。かろうじて鹿児島までは5人一緒、沖永良部までもう一人のライダーと一緒だ、しばらくみんなでわいわいやってたんで突然の独りぼっちはかなりの落差があるな。屋久島ではHさんと5日間ずっと一緒に回ってたし。でも今日でお別れ、最初からこの日が来るのはわかっていたんだけど・・・いつか再会する日はあるのかな。荷造りをしていると感傷的な気分になってしまう。朝8時前、また2台で出発、万代杉を見に行く。この前は足場が悪く行けなかったからな。リベンジ気分だ。とまり木ではぽつぽつと雨が落ちていたが千尋の滝の駐車場まで来ると青空が見えていた。早速万代杉を目指す、いきなり急坂、崖っぷち、川渡りは岩が滑る、山登りというよりはクライミングだよ、両手両足でよじ登っていくという感じだ。息が切れ、足がついていかなくなる。ずっとこんな急坂の連続で足を休める暇もない。数分おきに立ち止まるが木々が深く展望がない。汗びっしょりだ。何度も蜘蛛の巣に引っかかるので僕たちが最初だろう、他に登る人なんかいないんじゃないか?もういやになるが一人じゃないから励ましあって登っていく。突然先方、頭上といってもいい場所に、大きな杉の幹が見えてきた。もうすぐやでー!とたんに気力が湧いてきた。約1時間、やっと着いたー。二人で記念写真を撮ったりして感動を共有した。ここも、来てよかったと思った。でも今日はあまり時間がない、汗が乾く間もなく下山を開始した。やはり下山は楽だ、膝が笑うが達成感でいっぱい、よくこんな所を登ったかと思うほどだ。途中何人かとすれ違い挨拶を交わす。駐車場からはとまり木に直行し荷物を減らすためカップ麺を消費した。後は荷造り、雨が降りそうなのでビニール袋でパッキング。他のライダーは次々に出発していった。最後に僕とHさんと並んでとまり木の看板の前でで記念写真。オーナーである姉さんに挨拶し港に向かった。うれしいことに計算書に一人一人コメントを書いてくれていた。忘れられない思い出になった。素晴らしい出合いと感動の島、また来たいと思った。船に乗り込み客室に入るとすいている。来るときは土曜だったし今日は平日か。曜日の感覚が無くなっているな。眠くなり寝てしまい起きるともう指宿沖だ、しばらくで鹿児島入港、17時20分あと40分しかない。Hさんに別れを告げダッシュでコンビニにその後新港まですり抜けやスタートダッシュでナント化15分前到着。既にバイクは受付は終了、船内に直接乗りこんで手続きだ。何とか間に合った。他にも屋久島からのライダーが2人いた。やはり駆け込み乗船だ。でも助かった。
明日はどこの島でしょう?また明日。

本当の島の姿 2002,10,22
今日もとまり木です。

朝7時に起床、トーストを食べ出発の準備、白谷雲水峡へ行くんだ。8時過ぎHさんと2台で出発、しかし途中で雨が降ってきた。コンビニに寄っておにぎりを買い合羽を着こんだ。そこから約12キロ山道を登るが駐車場に着いても雨、どうしようかと迷っていたが引き返すことにした。昨日の埼玉のライダーと会ったが彼は合羽を着て強行突破するという。他にもガイドを頼んだ人やツアーの人達も合羽をきて歩き出している。でも寒いし景色が見られないんじゃしょうがないと意見が一致しとまり木に戻った。しばらく本を読んだりしていたが、天候が回復してきた。気を取りなおし出掛けようということになり万代杉かさっき行った白谷雲水峡かどっちにしようと話し合い、リベンジだ。11時半ころ出発、30分ほどで登山口に到着、天候は曇りだが雨は降りそうもない。協力金300円を支払って入山する。まずは弥生杉方面に向かうがこれが結構登りがきつい、もうダメだと思うと平坦になる。そんな繰り返しで深い森の中を進む、いたる所に巨木の倒木が横たわっていて苔がむしている。本当にもののけ姫の世界である。(実際にここが物語の元になっているのです)しかし登りはハードだ。地面はぬかるみ、川渡りも何箇所かある、急な登りに斜面の細道、アドベンチャー気分は最高である。天気は好転し日差しがでてきた。蒸し暑い、でもこもれびが綺麗だ。幻想の世界を歩いていく。この島に、この日本にこんな世界があったとは。来てよかった。辻峠からは超ハードな登りだ、足だけでは登れず、両手を使いよじ登るという感じだ。10〜15分と表示してあったがとてもじゃないが到達しない。ハードなのでそう感じられるのかもしれないが。人の声が聞こえるようになる。僅かな木の隙間をかき分け身を乗りだすと、そこはまるで地上のものとは思えないほどの、言葉にできないほどの絶景である。ハードな登り約2時間、やっとたどり着いた別世界、記憶に焼き付けしばしたたずむ。下りも約2時間、来る時とは別の風景を味わいながら下山する。なぜかすごく心地いい疲労感だ。疲労感より達成感のほうが超越しているのだろう。全く飽きさせることのない島だ。
とまり木に戻り近くのホテルのレストランで食事をした。久しぶりの豪華な?食事だった。満腹になり8時から、とまり木のみんなで地元の公民館で行われた青年団の郷土芸能を見に行った。島での生活の一部を垣間見ることもできた。観光で見る島とは、一線を隔した一時だった。明日は島を離れます。また明日。

今日はまったり 2002,10,21
今日もライダーハウスとまり木です。

朝起きると大雨の音、この島では天気予報はあてにならない。昨日までは20%だったのにけさは50%、9時ごろ出発しようと予定してたけど雨が止まないのでとまり木でまったり、音楽を聞いたり小説を読んだり、またテレビを見たり午前中は外には出られなかった。ほかのみんなもまったりモード、もっとも長期滞在者はずーっとまったりだ。今朝も7時半までに起きたのは僕とHさんだけだった。他のみんなは9時過ぎにようやく起きてきた。そんな感じで昼を食べたころ雨が上がった。早速準備だ。Hさんも出掛けるという。今日は島を一周しようと思う。半時計回りに走り始めるが、途中の温泉に寄ったところでタオルを持ってくるのを忘れたことに気づき引き返した。とまり木に戻り今度は時計回りに走る。一昨日行った千尋の滝に寄るとHさんのバイクがあった。万代杉に行ったのかと思い行ってみようとするが道は険しく急で滑る。引き返そうかと思ったら「やじさーん」という声が、びっくりしたー。Hさんだった、やはり諦めて帰ってきたところだった。しばらく展望台で景色を眺めて過ごし別々に走りだした。その後奥の間温泉に向かったがよくわからず少し迷ってしまったが、なんとかたどり着いた。共同湯といってもかなり立派な建物で中も洗い場があり、まだ新しいようだ。200円は安い。無色透明な湯、少し硫化水素のにおいがする。外に出て少し休んだ後、無料の露天風呂の湯泊温泉に行った。最近リニューアルしたようで非常に綺麗だ。先客に埼玉から7ヶ月旅を続けているライダーがいた。近くに脱衣場は無いので近くで脱いで温泉に入った。温度はぬるめでゆったりするにはちょうどいい。冬じゃちょっとつらいかも。もう少し奥に別の湯舟があるというので行ってみた、こっちはかなりワイルドで波打ち際の岩場にあった。満潮になると波しぶきがかかりそうだ。温泉好きの僕はもちろんこっちにも入りライダーといろいろ話しをした。次には沖縄に行くという、日本一周か、いいなあ。でも予算があと6万円しかなく石垣までは行けないそうだ。ここは基本的には無料だが地元の人が管理清掃など維持しているので寸志100円を箱に入れた。
さっきのライダーにとまり木の電話番号を教えてそこを後にした。そのあとは反時計回りに走り始めた、途中なぜか鹿とサルが仲良くしていた。サルの軍団に遭遇すると前に車が止まってサルの見物をしている。おいおい早く行ってくれよ、そっちは車だけどこっちはバイクだぜ、この軍団に襲われたらどうするんだ!ホーンを鳴らすとようやく気づいて道を譲った。ほっとしてスピードを上げた。信号は無いが道が狭くてカーブが多く葉っぱが落ちていてペースが上がらない。そのうち寒くなってきた。さっきのライダーとすれ違い挨拶を交わす。まもなくライダーハウスに戻った。あしたは天気よさそう、もう一日屋久島だ。じゃまた明日。

縄文杉だ! 2002,10,20
今日もライダーハウスとまり木です。

きのうはどこへ行くか検討の結果、Hさんと縄文杉に挑戦することに決した。だが、これは簡単には達成できないのだ。なにしろ往復8時間はかかるのだ。体力が持つか心配だ。
朝5時半起床、Hさんはすでに起きていた。やばっ、トーストを焼いてくれた。急いで食べ、早速準備を開始6時20分前出発、6時出発の予定が若干遅れてしまった。薄暗い中バイク2台で出発、県道から脇道にそれるとワインディングだ。まだ続くの?って感じで7時ごろようやく荒川登山口に到着。駐車場は満車、しかしここはバイクの本領発揮、狭い場所でも止められるのだ。合羽を脱いでトレッキングシューズの紐を締め直し、7時7分出発。まずはトロッコの軌道を歩くが歩幅と枕木のピッチがあわず疲れるし、つまずいて歩きにくきことこの上無し。時々トンネルや橋がありインディージョーンズの冒険気分だ。後ろからトロッコが走ってきて避けなければならないとこともある。またそれも楽しいけど。最初のうちは会話もはずんでルンルン気分だがこれが2時間も続く、途中から線路の間に板が引かれ歩きやすくはなったが、高い橋に手すりも無くスリル満天だ。2時間20分かかってようやく登山道にたどり着いた。これから2時間は山道だ。いきなり急坂や岩登り、巨木の根っこで歩きにくいが所々木道が設置されていた。ひたすら山を登る、いかにも登山という気分だ、前後にガイド付きパーティーがいるのでそのガイドを聞きながら登る。暑い、喉が乾くのでスポーツドリンクを飲むと汗が吹き出てくる。途中ウィルソン株、翁杉、大王杉など有名な杉を見学、縄文杉など行けるのかと不安になるが、Hさんと一緒なので引き返すことも弱音を吐くこともできない。気を張って歩き続ける。時折ガイドの発するジョークにも笑う人は少ない、思考能力が低下しているようだ。なぜか自分にはピンとくる。まだ大丈夫だ。この半年間仕事でよく歩いたからな、体力が付いていたようだ。降りてくるパーティーとすれ違うと見た顔が。昨日一緒に来たチャリダ―だ、ユースの人達と登ってきたといいあと5分と教えてくれた。再び気力が湧いてきた。やっとのことで縄文杉に到着、人がいっぱいだ。こういう時に限ってカメラの電池切れだ、Hさんのカメラで記念写真をとってもらいおむすびを食べた。少し雨が降ってきたので下山することにしたが合羽を着ると通気が悪く蒸れてたまらん、結局雨に打たれたのと同じくらいびっしょりだ。帰りは楽かと思ったが疲労が蓄積している上下りで足が笑う。でも下らないと帰れない。いいペースかと思ったが結局8時間と1分で帰還。二人で「疲れたー」と口を揃え、バイクで宿に戻った。
でも二人だから達成できたんだろうな。一人じゃギブアップしてたかも。帰ってからのビールやチュ―ハイがうまかったなあ。あしたも屋久島、それじゃー。Zzzz・・・

島だ! 2002,10,19
今日は屋久島、ライダーハウス「とまり木」に来ています。電波の状況が良くないので翌日アップしています。

やっと離島へ渡ることにしました。昨日桜島ユースで知りあった三人で屋久島へ渡るべく6時に起床、テントがないので準備はすぐにできた。でも天候は雨、まあ予想していたことだし向こうでも宿だからいいか、合羽を着こんで7時10分他のホステラ―に見送られて出発、チャリダ―の人は10分前に出発していた、もう一人の子はまだ出てこない。フェリー乗りこむとチャリダ―はすでに到着、しばらくすると出港、相変わらず固縛をしないので支えていないと不安である。しかし鹿児島側の防波堤の手前で停止してしまう、港がいっぱいのようだ。待っていると1隻出てきたので動きだした。ふと見ると左舷側には潜水艦が停泊していた。なぜこんところに!って感じだ。
桜島桟橋から屋久島行きの南埠頭までまだ工事中で一度通りまで出なければならない、ショートカットできるチャリダ―と同時に到着、手続きを済ませると、やっとHさんが来た。雨なので連泊しようか迷っていたという。Hさんとは偶然屋久島でも同じ宿だ。バイクの積みこみが終わると三人で船室に入った。4時間近くの航海、結構揺れたが12時半過ぎ屋久島に到着。早速上陸、港の近くのかぼちゃとかいう食堂で食事をして別れた。少し迷いながらもとまり木に到着、Hさんはすでに到着、説明を聞いて荷物を降ろし、Hさんと2台で島内を巡ることにした。出た早々雨が降り始め、帰ろうかとも思ったが合羽を着て再度出発。有名な千尋の滝、と大川の滝を見た。ツーリングマップルはこの島は圧縮率(縮尺)が通常の2倍になっているので地図上ではなかなか進まない。近いと思ったのだが結局100キロ程走ったようだ。明日の計画を立てる、Sさんと縄文杉に行くことにした、朝6時出発、往復8時間かかるが体力が持つか心配だ、小学校の遠足では8時間ぐらい何でもなかった気がするが・・・どうなることやら、じゃまた明日。

久しぶりのユース 2002,10,18
今日は桜島ユースホステルに来ています。始めての本格的?な宿です。

今朝は思ったより寒かったな、でもまあよく寝られた。夜中変な物音もしなかったし、波の音でかき消されていたのかもしれません。6時半起床、タ―プは裏側のみ乾かせばよかったので、撤収は1時間半くらいで済んだ。8時10分出発。R10を南下、街中からR220に入る、巨人軍キャンプ地に行ってみるが駐車料金を取られるので止めてUターン。ここは通称日南フェニックスロードだ。海岸沿いを走る、天気は上々南国ムード満天だ。風も暖かく心地いい。日南町からは山間部に入る。高低差のあるワインディングは走りがいがある。一気に鹿児島まで走ってしまおう。最初無料のキャンプ場に泊ろうとも思ったが、これから天気は下り坂、雨の中の撤収はいやなので宿に泊ろうと思った。街中に入るとさすがに暑い。弁当を買い、堤防の上で食べた。そこで桜島ユースに電話し予約、ここは会員でなくても泊れて料金も同じだった、風呂も温泉だ。言うことないな。そのあとネットカフェに寄り画像をアップ、友人のページを巡回して掲示板に書きこんだりした。1時間以上はいたかな。最近では街に行けばだいたいネットカフェがあり便利になったな。その後港をチェック、明日の屋久島行きのフェリーの埠頭や出港時間・受付開始時刻を確認した。そして燃料はまだあるが、離島だと高そうなので満タンにした。新港埠頭へ行き沖縄行きフェリーの時刻表を確保、最後に桜島桟橋に向かった。鹿児島側から乗る場合は料金は桜島側で払うのだ。しかしこのフェリーバイクを固縛はおろか車止めすらしない。だいじょうぶかよって感じだ。防波堤を出ると揺れるのでバイクに戻って支えていた。まあわずか15分だけどね。桜島に上陸、有料道路のゲートみたいに料金を支払う、460円だ。ユースは国民宿舎の隣のはずだったが国民宿舎が移転していて迷ってしまった。港まで戻り何とかたどり着いたがユースなんて17年ぶりかなあ。バイクを止めるとさっき同じフェリーに乗っていたバラデロの人がいた。最近ユースの泊り客は高齢化していると聞くが、平日ということもあって学生の団体を除くとやはり僕より年上の人が多かった。ほかに徒歩で旅しているおじさんと三人で話しながら食事をした。あしたは屋久島かな。じゃまた明日。

南へ! 2002,10,17
今日は宮崎県高鍋海水浴場キャンプ村に来ています。オフシーズンなので無料です。でも僕のほか誰もいません。

昨日は場所の選択を過ったか、ロケーションは最高だったが標高もかなり高かった。近くの由布院では最低気温5.5度だよ。そこよりまだ高いからね。バイクのネットに霜が降りてたよ。夜中に寒くて何度も起きて、撤収にまた時間がかかってしまった。出発は9時ちょっと前。最近西に東に移動してちっとも南下していない。今日はずっと南に行こう。
ということでR10をひた走る。地図を見ずに走ったので臼杵石仏を見逃してしまった、また今度にしよう。途中脇道に逸れ小半鍾乳洞に寄った。読めるかい?「おながら」だよ。ここは成長途上の鍾乳石があり綺麗だ。照明も色が付けられ苔が生えないように工夫されている、真っ白な鍾乳石が見られる所は少ないかな。見学するとき懐中電灯を非常用に貸してくれるが、照明が消える事があるのかな、それに電池が消耗していて薄暗い。でも所どころ暗いところを照らして見られるのでこれはよかった。今度は自前の照明を持って入洞しよう。ここは久しぶりに満足できる鍾乳洞だった。帰るとき売店のおばさんが5月か6月ごろは蛍がたくさん飛んでいてその頃くるといいよ、と教えてくれた。是非来たいものだが・・・。
再び走りだす。こういう山中の道は好きだな。アップダウンと適度なカーブ、そして殆ど来ない対向車。あっというまに距離を稼いでしまう。今日は移動日と決めひたすら南下、宮崎県に入った。先に高鍋のキャンプ場を下見、受付に誰もいない。もう一箇所のキャンプ場を見に行くが途中工事中で大きく迂回させられた、さらに山奥でサイトは一番奥、誰もいない。こんな所いやだー。すぐに引き返し海岸に戻った。ここなら標高0メートル、昨日のように寒くないだろう。よく見ると時間外は近くの商店で受付するらしい、呼び鈴を何回押すすとカーテンが開きおじさんが見えたので、キャンプの受付は?と聞くと。今受け付けしてないからキャンプしていいよ。なぜか終始窓を開けなかったので大声で話さなければならなかった。でもラッキー、タダだ。一応芝生も照明もトイレもあるし水も出るし問題ない。ちょっとさびしいか。海岸が近いので海を見に行く、かなり遠くから波が砕ける、遠浅なのかな。陽が暮れるとカップルばかりになった。
波の音と虫の声、時折列車の通過音がする。そろそろ離島に行こうかな。じゃ、また明日。

地元の人との出あい 2002,10,16
今日は大分県志高湖キャンプ場に来ています。

昨日はキャンプ場にひとりぼっちだったからな、物音がするとドキドキしてしまってよく眠れないんだよな。
朝6時半起床、東屋の下だったんでタ―プの外は濡れていないが内側はびっしょり。でも陽が出てきたんですぐ乾くだろう。出発は9時ちょっと前、ちょうどいい時間だ。早速日本一の石段に向かう。すぐ場所はわかったが、3333段もある。1段1秒だとして5分で300段、となると1時間近くかかるのか。気が遠くなり3段ほど登って止めた。
R443、445を走り高千穂峡へ、バイクは駐車料金はタダだ。周囲を散策する、船に乗ろうとしたが手漕ぎ船で30分1500円で高いのでやめた。橋の上で写真を撮っていると、隣にいた人がこっちのほうが綺麗ですよと場所を譲ってくれた。お礼を言って、後にした。次に阿蘇に向かう。久しぶりだ、外輪山を越えると涼しくなってきた。火口まで行こうとしたが、ガスが出ていて道路は閉鎖、ロープウェイも休止中だった。草千里ヶ浜はすごく幻想的な風景だ。そこにはたくさんの修学旅行生がいた。はしゃいだり、馬に乗ったり、記念写真を撮りあったり・・・、戻りたいとは思わないが、いい時代だったな。なぜか懐かしくなったよ。そのあとはやまなみハイウェイをひたすら走って別府へ、寒い。由布院で道に迷ったが何とか4時にキャンプ場に到着。テントを張ろうとすると、おばちゃんが話し掛けてきた。いまから野宿?、そうです。どこから。静岡です。えーっ、それでどこまで行くの?など質問責め、なぜか設営を手伝ってくれた。おまけにこっちにおいでって、ついていくと温泉卵やサツマイモをくれた。ほかにも二人おばちゃんがいて一人は水彩画を描いていた。うまいな、県知事賞をとったことがあるという。これから温泉に行くと言うと近くの共同浴場を教えてくれた。もう一人のおばちゃんが地図を書いてくれた。ツーリングマップルにも色鉛筆で書いてくれた。とても親切だったので普通の鉛筆にして、なんて言えなかった。最初のおばちゃんが家の風呂(温泉が引かれている)に入れてあげるというが、今会ったばかりなのに・・・。30分ほどだったが楽しい時間を過ごせた。さっき聞いた共同浴場「丘の湯」に行ってみた。場所はすぐわかったが、バイクを止めるとこがない、むりやり隣の建物との間に止めた。入ると地元の人が数人いていっぱいだ。外に出てしばらく待とうとしていたら一人出てきて「はいらないの?」、「混んでるのでちょっと待ってます」、「いま空いたよ」、中に入り料金箱に100円入れた。なるほど皆さん上がってきた。やや硫化水素のにおいがする。温まったので上がると、また地元の人が来た。「あのバイクあんたの?」、そうです、「あれは背が高くないと乗れんね」などと話す。最後に「おじゃましました」といって出てきた。地元の人とのコミュニケーションは楽しいね。そのあと別府まで下り別の温泉に入り戻ってきた。今夜は冷えそう、また明日。

前線通過 2002,10,15
今日は熊本県砥用(ともち)町、家族旅行村キャンプ場に来ています。でもキャンパーは僕だけ。またひとりぼっちだ。

道の駅では朝ゆっくりしていられないからな。ましてや駐車場にテントを張ってるから。6時に起床、早速顔を洗いに行くと突然大粒の雨。ひぇー、まいったな、撤収しようとしてたのに。さっきまで晴れてたんだよ。幸い通り雨で15分くらいで上がった。でもテントはびっしょりだ、タ―プの水滴ぐらいふき取らないと。余計な時間がかかり出発したのは7時50分、でも早いほうだ。他にも車で夜を明かした人が何人もいた。
島原から熊本までフェリーで渡ろう、島原港へ着くと次の便はなんと30%引きになっている。ラッキーと思い30分前の発売開始を待って乗船券を買うと、割引になるのは乗用車だけだった。それなら10分前の超高速船の方がよかったじゃないか、50円しか変わらないのに25分も早く着く。でもまあいいか、計画を立てる時間が余計に取れたからな。懐かしい熊本港だ。ここならキャンプできるな。チェックしておこう。
上陸してキャンプ場に直行したが、受付は午後3時からだった。本当は荷物を降ろしたかったんだけどな。緑川沿いにいろいろな橋がある。まず内大臣橋、うぉー高い。でもなんでこんな所に巨額な費用をかけてこんな橋作ったんだ。田舎は公共事業がないと・・・なんて考えながら進むとまたしてや芸術的な橋、これも金がかかっていそうだ。渡ってみるとその先にはキャンプ場しかないじゃないか。税金の無駄使いだ。だんだん腹が立ってきた。さらにその先鮎の瀬大橋の看板が。うっ!これもデカイ!美しい!高い!金額も高そうだ。あきれて言葉も出てこない。車なんてめったに通らないじゃないか。今度は有名な通潤橋だ。橋の中央から放水するヤツだ。150年以上前に作られたのか。この橋で十分じゃないか。しかしよく作ったと感心してしまう、昔の人の職人芸と技術の粋を集めて作られた正に芸術だ!放水が見たかったが日曜日の正午以外は有料らしい、金を払って見たい気もするが、他の人にも見られてしまうじゃないか。
橋の近くに滝もあり一通り歩いてみた。まあ、満足。次は温泉だ。峠を超え高千穂温泉に着いた。でも近くに天岩戸温泉がある、名前につられてこっちのほうにする。200円も安いし。温まったところでテレビを見ていると明日の最低気温、高千穂は7度だ。冗談じゃない、熊本に戻るぞ。トンネルを超えると、うわぁー来たー!雨だ。バス停を見つけて合羽を着た。本格的な雨は始めてだ。視界不良でキャンプ場を10舛眥未蟆瓩てしまった。キレる寸前だ、でもまだ締め切りまで1時間あるし。雨も前線が通過すれば晴れるだろう。手続きをしてテントを設営。毛布を借りて1050円、ちょっと高いな。寒くなってきたな、明日は晴れの予想。どこへいこうかな、じゃまた明日。

再会ならず 2002,10,14
きょうは長崎県島原の道の駅みずなし本陣ふかえ、にきています。

よく走ったなー、というより走っただけの1日になってしまったかな。まあ、たまにはこんなこともあるよね。
久しぶりにベッドで浴衣を着て寝たよ。ゆったりぐっすり寝られた。昨日の修理とオイル交換で10860円もかかってしまった・・・痛っ。宿泊費は1950円だよ12日間で。
きのうはロズウェル星の恋人たちの最終回。早めに談話室のテレビをつけてチャンネルを確保した。サッカー後半ぐらいから見始めて、サンデースポーツの途中まで他の人もいたけどみんな部屋に帰ってしまった。みんなといっても昨日の泊り客は僕を含めて3人、滋賀と岡山の人。11時過ぎローカルニュースの後最終回が始まった。最初回?はビバヒルが終わった翌週から、土曜日の深夜だったな。ついに最終回か。最後だとわかったのは先週Mさんの部屋で見てたら来週は最終回の字幕が出てたから、宿を確保しなきゃと思ったんです。
番組の最後、みんながロズウェルを出ていくシーンでは涙が出ました。生まれ故郷を追われ、未知の場所へ、家族にも最愛の人にも行き場所を告げず、再び巡り会えることを祈って・・・でも、あんな暮らし、してみたい気がします。もしかすると・・・今してるかもしれない・・・。
朝9時前出発、目的地は長崎県北松浦郡小先、そこは25年前、引っ越していった友達の住所。
東田平の駅に到着、この辺りだ。何度か行き来するが、住所を表示していないので全くわからない。農作業をしていたおばあさんに○○番地はどこでしょう?ときいたが横にいたおじいさんもよくわからないようだった。逆にどなたをお探しですか?ときかれたので、Iさんです、というと、ああIさんならあそこだよ、と教えてくれた。すぐ近くだった。ドキドキしながら近づくと、庭におじさんがいた。こんにちは静岡の○○から来たんですが、Kさんはここにいらっしゃるでしょうか?と聞くと、ああ、Kは今埼玉にいるんだよ。まあ半分そんな気はしてたんだが。わざわざ来てくれたの、いや近くを通ったんで、小学校4年までしかいなかったのによく覚えていてくれたね・・・などいろいろと当時の話しをした。懐かしがっているようだった。名刺をわたして挨拶をし、そこを後にした。すると追いかけてきて090って番号は・・・たしか055・・じゃなかった?と聞かれた。携帯の番号です、ああそう。お互い、ありがとうございました、といって別れた。
ふとトリップを見ると400キロ近い、おかしいな、コックを見るとリザーブだ、やばっ!でも気づいてよかった。近くのスタンドで給油すると21リットル、危なかった。その後近くの港で弁当を食べ、行き先を考えた。それからひたすら走り途中小浜温泉に入った。150円。温まったところで走りだしたがキャンプ場がみつからない、結局たどり着いたのがこの道の駅ってわけさ、当日の寝る場所くらいは決めてから出発したほうがいいかな・・・じゃまた明日。

ついに九州 2002,10,13
今日はついに九州上陸、ここはレッドバロンの宿泊施設BIKE STATION福岡です。ここなら電気の心配ないし、ランドリー無料で1050円だ。今日宿に泊ったのはNHKの深夜番組ロズウェル星の恋人達の最終回を見たいからだ。

昨日はよく眠れたよ、久しぶりだな。借りた毛布が功を奏し、寝袋の窮屈さも無くゆったりと寝られた。さらに回りに何人かいたのも安心だった。でも夜中に雨が降ったな。テントをたたく音を覚えていた。
朝6時半過ぎ起床、コーヒーを沸かしパンを食べながらルートを考えていた。身支度を終えたところで、さあ撤収開始、タ―プは表裏ともびっしょり。まるで池に落としたようだ。煽ったところで乾かない。雑巾で拭って水滴を落とした。隣の人も苦労しているようだ。さらにテント本体の下の部分もびっしょり。まったく手がやけるな。諦めて半乾きのままたたんで詰めこんだ。かなりてこずってパっキングが終わり出発したのは9時ちょっと前だった。
萩市内を通化しR191に乗る。いい天気だ、青空を見るといやなことすべてがリセットされる。また走ろうという気力が湧いてきた。長門湯本温泉郷を散策、最初郵便局を探していたがすぐに見つかり、公衆浴場が橋の向こうにあったのでさっそく行ってみた。朝6時から営業していてなんと140円、よし入ろう。浴槽は2つあったがどちらも同じ温度、腰ぐらいまであるやけに深い浴槽だ。周囲に段差がありそこに座るとちょうどいいようだ。次に俵山温泉郷を散策、古い建物に狭い路地、いかにも歴史ある温泉郷という感じだ。旅館に内湯が殆どなく、外湯は近代的で綺麗過ぎここにマッチしていないようだ。20分前に入ったばかりなのでここはパス。
191に戻り西進、角島大橋の看板が目に止まった。TMでは点線、できたばかりか、早速右折しばらくするとそれはあった。わおー!美しい!エメラルドグリーンの海に、3次元的にそして芸術的曲線を描く橋。宮古島の橋より美しい。観光客がたくさんいた。便利にはなるが、離島の良さはすぐに失われてしまうだろうな。ノーヘルのカブ、ボロボロの軽トラ、開けっぱなしの玄関、帰りは脇道を通って見たがかろうじてそれは残っていた、しかし時間の問題だろうな。また国道にもどりひた走る。下関だ、ネットカフェにより画像をアップして、フェリー乗り場に向かう。なぜトンネルを通らないかって?有料道路は通らないって言ったでしょ。フェリーのほうが200円高いんだけどね。3時のフェリーに乗った。休日は平日の半分以下しか便がない。ちょうど乗れてよかった。デッキに上がると話し掛けてくる人がいた。沼津から来たの?今まで来たルートなどを話す。彼もライダーだった。(今日は車だったが)やはりアフリカツインのメリットだ。小倉に着きあとはひたすら福岡を目指すのみ。6時前到着、工場にフロントベアリングの交換を依頼し日記のアップしてます。明日は長崎あたりかな。じゃまた明日。

また故障 2002,10,12
今日は山口県川上村、たけいだに緑の村キャンプ場に来ています。圏外なので翌日アップしました。大丈夫です。生きてます。

今朝は猛烈に寒かったよ。夜中何度も起きて、キャンピングガスで暖を取るがそれも束の間、消せばすぐ寒くなり起きてしまう、この繰り返し。どうもぐっすり眠れない。
朝6時半前、あまりの寒さに耐えられず撤収開始。しかしタ―プもマットもびっしょりで、なかなかはかどらない。ここはバスターミナルの駐車場なので、退屈なバス待ちの乗客の恰好の見世物になってしまいました。でもそんなことは気にしない。気にしてたら野宿なんてできないさ。てきぱきと撤収し後にする。途中道路の温度計を見るとナンと9度!一桁だよ。寒いわけだ。まあ、こんな内陸の山間部にビバーグしたのが間違いだった。気を取りなおし三段峡へ向かう。もう何年も前だが一度来たことがある。駐車場は有料でバイクは200円。僕が一番乗りだった。時刻8時半過ぎ。駐車場の人に話し掛けられる。このバイクのメリットは、デカい、目立つ、忘れない。みんなびっくりして話し掛けてくる。今回は二階滝へ行くことにした。徒歩約20分。深い森林の中の遊歩道を歩く。いい気分だなあ、僕が一人占めだ。時間どおりに船着き場についた。船頭さんに頼んで二階滝まで渡してもらう。途中深い岩の間を通る。高さ20メートル、幅1.8メートル、深さは7メートルだという。滝は1段しかなく、昭和60年?の大水で崩れて1段になってしまったそうだ。体力が余っていたのでその後三段の滝までいった。次は温泉だ、美都温泉、ここもきれいで新しい、400円。バイクに戻ると隣に沼津ナンバーのバイク!オーナーが戻るまで待ち話しをした。富士から来たそうだ。米原の名刺を渡すと、自分で撮ったの?ポスターみたいだ、とあの綺麗さに驚いていた。温まったところで今度はどこに行くか考える。何か変だ。後輪から異音がする。かなりヤバそうなバキバキ音だ。スピードを出すと消える。まいった。近くのレッドバロンを探すが一番近いのは宇部だ。島根には無い!まあ予定なんて無いから宇部に向かう。3時過ぎ到着。バラしてみるとやはりベアリングの玉が1つ無くなっていた、分解寸前、シャフトは助かった。念の為、反対側のベアリングも交換してもらい、修理代7100円也。二万キロを超えればガタもでるさ、フロントもヤバいんだな。九州で交換しよう。その後はキャンプ場へ直行、すごい山だな、誰もいなかったらここは止めよう。何とか受け付け終了直前に到着。ほかにも何人かいた。よかった。毛布も借りられた。テント設営後はまた温泉だ。バイクで10分ほどの阿武川温泉。ここは最高だ、お湯はぬるめ、露天風呂あり、ボディーソープ、シャンプー、タオルつきで300円、空になりかかっていたボディーソープのミニボトルを満タンにしてきちゃった。明日は九州へ渡るよ、じゃ、また明日。

再び本州へ 2002,10,11
今、広島県戸河内インター近くの戸河内バスセンターの駐車場にいます。
一昨日あまりの寒さのため寝袋をもう一つ買おうかとホームセンターを巡ったのですがどこにもありませんでした。仕方ないので110×2000という大きなビニール袋を買って、寝袋にこれを被せて寝ることにした。なるほどこれは暖かい、快適だ。しかし通気性が無いため中が結露してびっしょりだ。そのかわりタ―プは濡れていない。うまくいかないものだ。
朝7時起床、撤収の準備に取りかかった。荷物が多い上、朝露に濡れて乾かすのに時間がかかる。結局出発したのは9時半だ。隣のキャンパーに挨拶をし出発した。昨日はネットカフェが見つからなかったのでそのキャンパーに聞くと1箇所あると教えてくれた。早速そこに行き、デジカメの画像をアップしようとしたが再起動すると元の設定に戻るようになっている。管理者モードにしないと解除できないようだ。まあこれが当たり前だろう。諦めて堀江港に向かった。すぐチ近くだ。バイク込みで2700円、しまなみ海道の3600円より安い。20分ほどの待ち時間で乗ることができた。平日なのですいている。中で天ぷらうどんを食べた。航海時間2時間弱で呉に到着。広に向かった。近畿大学を探したが見つからないので歩いている人に聞いたら西条に移転したそうだ。代わりに広島国際大学というすごい豪華な建物の大学が建設中だった。
広を後にし広島に向かう。途中まで渋滞したがバイパスに入ると高速道路並みにハイペースだ。R433から488に入り湯の山温泉に、ここは広島藩主浅野家の湯舟が残るという温泉館に行った。坂を登ると何やらいい音色が・・・尺八を吹いているおじさんがいた。何人かが聞き入っている。僕もその中に入った。いい音だなあ、吹き終わると思わずみんなから拍手がわきあがった。リクエストに答えて何曲か吹いてくれた。広島駅の近くから来たというそのおじさんはよくここに来るという。またききたいなあ。温泉で温まったところで次の湯来温泉の無料露天風呂を探すが見つからなかった、残念。山を越え龍頭峡キャンプ場へ行くが閉鎖されている。まいったな。仕方ないのですこし走って道の駅戸河内に行くがとてもテントを張れるようなところが無い。どうしようかと戸惑っていると、すぐ前にバスターミナルがあって大きな駐車場があった。ここにしよう、隅のほうの芝生にテントを張った。チューハイを飲みながら日記を書いています。バッテリーが無くなってきたのでこのへんで。また明日。

うどん 2002,10,10
今日も松山市野外活動センターのキャンプ場にいます。きのう出会ったキャンパーと今日はモツ煮にしようなどと約束してしまったため連泊です。しかし、ここは公共施設なので設備は最高。でもちょっとサイトが遠いけど、200円だから文句も言えないかな。

今朝は強烈に寒かった。凍死するかと思ったよ。それに夜通し鳥除けの空砲が鳴ってるし、どんぐりがよく落ちるし。どうもぐっすり眠れないなあ。
朝起きると雲は無い。天気がいいので出掛けることにした。パンクも直り、身軽になったアフリカツインは最高によく走る。轍・段差・多少の荒れ道はへっちゃらさ!早速案を練り、四国カルストに行くことにした。山岳部のワインディングは楽しいな。車も少なく快適に走れる。徐々に標高が上がると寒くなってきた。ぱっと視界が広がると石灰岩の独特の地形が・・・。うーむ、素晴らしい、天気も最高。途中、多摩ナンバーのオフ車でホクレンの旗を付けたバイクが2台止まってたな。夏からずっと旅を続けてるのかな。話しがしたかったけどずっと遠くにいたから。
帰りに「亀の井」といううどんやさんに寄ってみました。TMにも出てたから。しょうゆうどんの大盛りを頼んで、出てきてびっくり、なんやねん、これ!つゆが入ってないじゃん。なにかキットが付属しているが、どないせいっちゅうねん。が、よく見るとメニューの裏に食べ方が書いてある。大根を自分でおろして、レモンを絞って、やくみを乗せて、このしょうゆ(つゆ?)をかけて食べるのか。なるほど・・・いける。食べはじめる。んっ・・・なんやねん、この量!こんなに食えるか。でも残すと悪いしな。ここの主人偏屈だから怒るかもしれん。やっとのことでたいらげた。うー、もう食えん。
そのあとは松山に戻り、今日は権現温泉だ。ここは古くからの湯治湯らしい。建物はきれいで新しかったが。
サイトに戻り隣のキャンパーとモツ煮を作って食べる。小学生がキャンプファイヤ―や、きもだめしをやっていて賑やかだ。こんな頃もあったんだんなあって、また懐かしくなったよ。明日は広島に渡るよ!じゃまた明日。

旅人との出会い 2002,10,9
今日は松山市の野外活動センターのキャンプ場に来ています。

夜中、寒さで何度も目がさめてしまった。このキャンプ場に僕一人っきりだから物音が余計に気になってしまう。
何度となく目が覚め、結局6時半には撤収開始。丸1日雨に打たれたからなあ。テントもびっしょりだ。タープをばたばたと煽って水滴を落とすが半分は自分に振りかかってくる。これじゃたまらん。木に引っ掛けて干そう。問題はテントだ。よく見るとマットの下は水浸し。よく寝てる間濡れなかったな。どうやら下に敷いたドカシーとの間に雨が溜り、浸水したようだ。中を雑巾でふき取り、僅かに雲を通して見える太陽に向けた。バイクのタイヤには空気があった。よかった。結局出発は9時になってしまった。さめうらダムからR194へ、途中道の駅で旅人に出あう。何台かのライダーともピースサインを交わす。アメリカンのライダーは親指を立ててすれ違った。うーむ、シブい。後輪のことばかり気になり、もう山岳部は走りたくない。海岸線を回り松山市へ。おーっ都会だ!二日間とんでもない山奥にいたからな。人がたくさんいてうれしくなった。途中ホームセンターに寄りパンク修理剤を買っておいた。最悪の場合でもコレがあれば何とかなる・・・かもしれない。たまっていた洗濯をしにコインランドリーに向かった。ここは学生街だ。いいなあ、若者がいっぱいで、なつかしいなあ。あのころに戻った気がした。洗濯に30分はかかるので忘れたカメラを取りに戻ろうと走りだすと、リヤが滑る、あれーーっ、パンク修理剤を充填し、諦めてレッドバロンに向かった。タイヤを外すとやはりねじけ釘が刺さっていた。これでひと安心だ。修理代5400円也。
松山といえばそう道後温泉だ。街中にあってかなり人が多いが、なかなか古風な造りで趣があった。浴場には「坊っちゃん、泳がないで」などと書かれていた。なかなかいいね。すっかり暗くなってテン場に戻るともう一張りてんとがあった。よっかた、旅人だ。もう何ヶ月もスクーターで旅をしてるという。いろいろ話しをしながら、湯豆腐をごちそうになった。うまかったなあ。今日は星が出てる。ちょっと冷えそう。じゃまた明日。

ひとりぼっち 2002,10,8
今日も高知県帰全山公園キャンプ場にいます。

夜明け前、テントをたたく雨の音。えっ?そんな予報じゃなっかたぞ!まいったなあ。
明るくなっても続く雨音。完全に移動する気力を逸した。連泊を決め込む。しかしテントの中何もすることが無い。うとうとしたり、ラジオやMD、Mさんにもらった文庫本を読んだりしてまったりモード。
昼ごろ隣にいたおじさんは撤収を開始している。えっ行っちゃうの、今夜はひとりぼっちかなあ。
すっかり静かになってしまった。3時半を回り、意を決し温泉に行くことにする。ついでに充電してこよう。小雨の中走りだす。5前まで温泉にいたら僕が最後で店じまいの準備をしていた。おじさんに名刺をもらってキャンプ場に向かう。やけに滑るな、雨のせいかな。念のため止まって後輪をさわると、げっ!スカスカだ。こんな山奥で。偶然持って来たパンク修理剤を使いなんとかキャンプ場までたどりついた。明日の朝までもてばいいが・・・。
幸い近くに修理工場とスタンドがある。でもコイツの修理はできるかな。

コンビニでチューハイと食料を買いに行って帰ってくると鹿児島にいる友達からメールが入っていた。特攻平和観音像に行ってきたそうだ。死の直前、笑顔で写っている彼らの写真を思うと・・・、察するに余りあるよ。最年少は17歳だよ。少し酔っているせいもあるが涙が止まらなくなるよ。彼らは何を思って死んでいったんだろう。それにくらべ、今、なんていい時代なんだろう。そして自分を省みる。本気で泣いたり笑ったりできるんだよ。今日を生きることを妨げるものなんてなにもないんだよ。自分の考え方次第でどうにでもなる時代さ。金なんか問題じゃないよ。地球上で、今の僕らのレベルで生活できる人間なんて、ほんの一握りなんだから・・・。この日記を書いたり読んだりできる人は、世界の人口の1%だよ。

再度旅立ち 2002,10,7
今、高知県の帰全山公園キャンプ場に来ています。

昨日も寝たのは結局2時頃になってしまった。オーストラリアの話しとか、たくさんの写真を見ながら話してくれた。
起きたのは10時ちょっと前、居候だからな、Mさんのペースに合わせて起きる。でも今から準備してもこっちが間に合わない。「ゆっくり準備して、気をつけてね」と今日もカギの隠し場所を指定して仕事に行ってしまった。一緒にいたのは二日(というか二晩)だけだったけどやっぱり寂しいな。でもずっとここにいるわけにもいかないしな。少し重い気分で荷物をまとめ部屋をロックしてバイクに荷物を乗せた。またいつか来たいな。
宇野港からフェリーで四国に渡った。途中奥白髪温泉というところに寄った。山奥の温泉だが、これぞ秘境の温泉だ!絶対におすすめ!10時から5時までで宿泊施設は無い。渓流沿いの岩風呂(内風呂)、これがまたいいんだよ、湯加減も最高、つい長湯してしまったよ。でもよく温まった。

帰全山といってもここは河川敷です。道路は川向こう。流れの音が子守唄にも聞こえてなかなか快適。僕の他にテント1張り、挨拶をすると、お互い一人じゃ心細く、よかったです。などと話した。その人は東京の町田から来たそうで連泊、昨日は大雨だったそうだ。炊事棟とトイレはちょっと遠いが掃除が行き届いてとてもきれいだ。なにしろ無料だからね。今日まで宿泊費はゼロです。ちょっと寒いな。二日ばかり屋根の下で寝てたからかな。じゃ、また明日。

居候 2002,10,6
今日も岡山です。

昨日はあの後Mさんと再会。僕のおごりで食事をして、そのあと「こんどは私がやじさんの知らない世界に連れてってあげる」っていわれて・・・、Mさんかなりの強者だからな、ちょっぴり不安になってきた、いったいどこに?。行った場所は外人ばかりが集まるバーでした。でもそこにいるのは米・豪・加などの国の人。気になっていた口髭を生やした人や布を頭に巻きつけた人はいなかった。聞くと高校の英語の先生や、NOVAの講師の人達だって!すごく明るい雰囲気でビールを飲みながら話しもはずんだ。1年オーストラリアに行ってたんで英語は堪能だし、友達もいっぱいいるみたいだった。結局1時くらいまでいたよ。楽しかったなー。部屋に戻ってきても結局寝たのは3時頃だったな。

今日は天気が下り坂なので、出発を見合わせここで居候だ。
Mさんは10時過ぎ仕事で出掛けてしまったので暇になった。午前中は天気が持ちそうなので、牛窓まで行ってみた。以前NHKで放送してたから。のどかな風景。でも雲行きが怪しくなってきた、戻ろう。途中チェーンのキリキリ音が気になるのでホームセンターでチェーンオイルを買ってその場で塗布。うっ・・・カラカラだ!気づいてよかった。

そのあとは雨も降ってきて、何もすることが無くウダウダ。日記を書いたりテレビやMDを聞いて過ごす。
明日は出発できるかな。四国へ向かおう。

ここへの投稿は文字制限があるので一部だけです。帰ったらレポ全文をアップします。

再会 2002,10,5
今、岡山市の「キャンプ」というネットカフェからです。名前がいいですね。
ここからなら時間を気にせずネットできます。写真もデジカメのドライバーを勝手にインストールしてアップしました。XPは初めてだけど何とかなりそうだ。

昨日も安眠を妨害する輩が出たよ。雷だ。上空に寒気が流れ込んだせいらしいが、稲光のあと2秒程度で轟音が。かなり近いようでした。いったい何時まで鳴っていたのかは分からないが、あさ一番の挨拶は「昨日はすごかったですね」でした。近くの木に落ちるんじゃないかとハラハラしてました。おまけにテントに穴開いちゃったし。

昨日は温泉に行けなかったので、今日は欲張って2箇所だ。まずは朝一でハワイ(羽合)温泉だ。大きな温室のような建物の中には陽がさし、無色透明なお湯に反射してとても綺麗だ。湯を出ると朝の連ドラが放送されている。10時なのになぜだ?無性に屋久島に行きたくなってきた。
次は岡山の湯原温泉だ。ここはダムの下に有名な無料の露天風呂がある。前来た時は雪で断念したが、今日は良い天気だ。土曜日とあって見物人も多いが、このテの温泉は一度勇気を出して入ってしまえば大丈夫だ。入っていかないと損だよ。と言いたくなるね。そのあとは瀬戸内海方面に出て倉敷の美観地区にも行きました。

今日はこのあと米原で出会ったキャンパーと再会の予定。しかし、メールという媒体はすごいよね。これが無ければ名前を聞いたぐらいで、二度と会うことはなかっただろうし・・・。メールを媒体に再会できたキャンパーはこれで3人目です。それじゃ今日はこのへんで。

出会い 2002,10,4
今、鳥取県の柳茶屋キャンプ場にいます。

昨日は福井県の道の駅河野で野宿、6時ごろ到着、他にも先に富山から来たチャリダーと4月から旅を続けているという神戸のライダーと出会った。やっと旅人に出会えた。途中何人かのチャリダーやライダーと挨拶を交わしたが、ゆっくり話しができたのはこの旅では初めてだ。やっぱり一人旅の楽しさって、こういう出会いと、そこで話すこと。話しの内容なんてどうでもよくて、同じ境遇と時間を共有しているということがうれしいんだよな。道の駅が営業を終える8時半ごろまでいろいろとダべリング。あっというまに時間が過ぎてしまう。それに日本中のどの場所の話しをしても大体話しが合うんだよ。みんな日本中を旅してる。旅人同士では会話がはずむんだよな。出身地によって言葉も違う、そんな所もいいよなあ。

ところで今日は天橋立に寄ってきました。リフトで傘松公園まで上がったら、さすが日本三景。快晴とまではいかないが天気は上々。すばらしい景色を堪能してきました。
キャンプ場に着くと先客が何人かいる。何なんだコイツら。平日なのに。一緒に到着したライダーはテントの張り方がわからず四苦八苦している、どうやら借り物らしい、3人がかりでアイデアを出しあいながら無事設営。こういうことなら任してくれ。ん・・・雨か、雷が鳴ってる。・・・わー!雹(ひょう)だ15ミリはある。炊事棟へ避難。それじゃまた。

10月5日誤字訂正

眠れぬ夜 2002,10,3
きのうは眠れなかったー。温泉(訂正、所在地は新潟県でした)を出て結局道の駅越後何とかの関にとまりました。ちょうどいい緑地帯がありその中に東屋があってテーブルと椅子もある。ちょうどいい具合にテーブルの両側がテント一張り分のスペースがある。ここにしよう!というかここしかない。キャンプ禁止の看板も無いし、そもそも一晩中ガラガラとアイドリングしてるトラックよりよっぽど環境にやさしい。などと勝手な理屈をつけて納得した。テントを張り終えやれやれ寝るか、ディーゼルの音は気になるが、我慢できないほどじゃないな、と思ったのも束の間、グオー・・・ガガガガ・・・・すざまじい音とともに地響き。飛び起きて外をよく見ると10メートルほど先に線路!しかも複線だ。まあ12時を回れば列車も来なくなるだろう、と思ったんだが、来るんだよ貨物列車が。結局ほとんど寝られなかったな。
今日は黒部峡谷鉄道に乗ったよ。でも途中崖崩れで出平までの降り返し、あと東尋坊にも行った。今河野シーサイド温泉ゆうばえでシグマリオン+携帯でアップしてます

10月5日補足:道の駅の名称 越後市振の関

旅立ち 2002,10,2
今、富山県の親不知交流センターまるたん坊というところで温泉から出てきたところです。交流室(パブリックスペース)でまったりしてます。電源もあるのでここでアップ。

今日は昨日までの嵐が嘘のようにいい天気です。旅立ちを祝っているかのように。雲ひとつ無い空に、通りすぎる風景、風が心地いいです。今回の旅では基本的に有料道路は通らず、野宿かキャンプ場、ユースなどに泊るつもりである。最近では道の駅も増えて便利になりました。バイクでは車と違ってどこでも寝られるというわけにはいきません。場所を選ばなければ、追い出されたり警察に通報されたりします。犯罪にまきこまれることもあるかもしれません。

今日はすでに350キロ以上走ってます。疲れたのでそろそろ寝場所を決めないと、ここに併設されているキャンプ場はクローズされて利用できないんです。少し先のキャンプ場はフリーサイトが2500円と恐ろしく高い。やはり道の駅にしようか。公園に泊るには少し勇気がいるな。気にしなければいいんだろうが、もう少し野宿に慣れてからにしよう。
しかし親不知というところは工事が多いな。あんな道よく作ったかと思うよ。黄金道路にも似ているな。
しばらく天気が続きそう。それじゃ今日はこのへんで。

台風接近 2002,10,1
今日から10月、台風が直撃しそうなので今日の出発は見合わせ。暴風域に入り、県内に上陸の可能性もあります。鉄道や飛行機、道路もストップし始めてます。台風の持つエネルギーって広島型原爆の10万個分!日本で使うエネルギーの1カ月分に相当するそうです。
台風とは、熱帯で発生する低気圧。中心付近の最大風速(10分間の平均)が17.2メートル(風力8)に達すると「台風」と呼ばれます。台風には○○号という呼び名とは別に名前があるんですがほとんど発表されません。なぜでしょう?
あと台風が弱くなると熱帯低気圧や温帯低気圧になりますがこの違いは?自然に消耗して風力が8未満になったときは弱い熱帯低気圧。寒気が流れ込み、その性質が変わったものが温帯低気圧、というわけだったんです。

今日一日買い物やパッキングなど旅立ちの準備をしてました。目的地は石垣島だけど、ルートは全くの未定!どうなることやら。とりあえず日本海側に出て南下しようと思ってます。